第 408 回のスポットライトリサーチは、九州工業大学 情報工学府 博士後期課程 1 年の 難波 里子 (なんば・さとこ) さんにお願いしました。
難波さんの所属する山西研究室では、生命科学におけるビッグデータの AI 解析を活用した創薬研究に取り組んでおられ、教授の山西先生は学術変革領域 B 「シナジー創薬学」の領域代表を務めるなど、ホットな分野の最前線を走っています。
難波さんらのグループは今回、ドラッグリポジショニング (既承認薬の新たな効能を探す研究。安全性や薬物動態の問題をクリアしやすく、効率的に新効能の薬を開発することができる。過去記事も参照ください) の概念を応用したターゲットリポジショニングという理論をもとに、生命科学のビッグデータから新規治療標的分子を高精度で予測する AI を開発しました。その功績は高く評価され、Bioinfomatics 誌に論文が掲載されるとともに、九州工業大学よりプレスリリースされました。
From drug repositioning to target repositioning: prediction of therapeutic targets using genetically perturbed transcriptomic signatures
Satoko Namba, Michio Iwata, Yoshihiro Yamanishi
Bioinformatics, 38, Supplement_1, July 2022, i68–i76, DOI: https://doi.org/10.1093/bioinformatics/btac240
MotivationA critical element of drug development is the identification of therapeutic targets for diseases. However, the depletion of therapeutic targets is a serious problem.
ResultsIn this study, we propose the novel concept of target repositioning, an extension of the concept of drug repositioning, to predict new therapeutic targets for various diseases. Predictions were performed by a trans-disease analysis which integrated genetically perturbed transcriptomic signatures (knockdown of 4345 genes and overexpression of 3114 genes) and disease-specific gene transcriptomic signatures of 79 diseases. The trans-disease method, which takes into account similarities among diseases, enabled us to distinguish the inhibitory from activatory targets and to predict the therapeutic targetability of not only proteins with known target–disease associations but also orphan proteins without known associations. Our proposed method is expected to be useful for understanding the commonality of mechanisms among diseases and for therapeutic target identification in drug discovery.
難波さんは学部時代の専門は医学でプログラミング経験はほとんどない状態だったにも関わらず、情報工学の知識や技術を短期間で習得し、大きな研究成果に繋げました。何事も粘り強く取り組む難波さんの姿勢が、このような成果を生んだと思います。難波さんは異分野を経験していることが大きな強みであり、創薬科学ビッグデータの真の意味を考察できる稀な若手研究者です。難病のための新しい治療薬を開発するという目標に向かって、今後も邁進してもらいたいと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
医薬品開発において、治療標的分子(薬剤で制御することで疾患の治療に繋がる生体分子)を同定することは重要課題です。しかし、既存の病理学的知識から推測できる治療標的分子は限定されており、治療標的分子の枯渇が世界的な課題となっています。
今回の研究では、既存の薬剤を新しい疾患に転用するドラッグリポジショニングの概念を治療標的分子へと拡張することで、既存の治療標的分子を新しい疾患に転用するターゲットリポジショニングの概念を提案しました(図1)
図1.本研究で提案するターゲットリポジショニングの概念
治療標的分子の細胞応答を反映する遺伝子発現パターンと疾患特異的な遺伝子発現パターンの融合解析により、疾患横断的に治療標的分子を予測する機械学習手法を開発しました(図2)。従来手法では、疾患治療に向けて阻害すべき治療標的分子と活性化すべき治療標的分子を分けて予測することが困難でしたが、遺伝子発現情報を用いることで、両者の識別を可能にしました。また、疾患間で類似する発症メカニズムを考慮することで、従来の手法と比較して治療標的分子を高い精度で予測することが可能となりました。
図2.生体分子と疾患特異的な遺伝子発現パターンの融合解析により治療標的分子を予測する提案手法の概要
提案手法は既存の治療標的分子だけでなく未開発の生体分子に対しても治療標的分子としての治療可能性を予測できるため、既存の治療標的分子の転用や新規の治療標的分子の創出による、医薬品開発の促進が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では疾患の病態メカニズムの類似性を考慮することで、既存の治療標的分子の情報が不足している疾患に対する治療標的分子の予測を可能にしています。実際、国の指定難病である全身性エリテマトーデスや関節リウマチに対して予測された治療標的分子について、妥当性を確認することができました。治療標的分子の同定は非常に難しく、治療標的分子が未解明の疾患は多く存在します。疾患間の類似性を考慮することにより、従来手法では困難だった難治性疾患や希少疾患に対する治療標的予測が期待できるようになったことは本研究の成果だと思います。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
研究テーマ全体を通して、あらゆることに苦労しました。私にとっては医学から情報工学に専攻を変えて初めてのテーマであったため、知識・技術の両面において不十分でした。最初の頃は失敗も多く、また先生方と満足のいく議論もできなかった記憶があります。多くの方の協力やアイデアが必要不可欠でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
現在、治療方法の確立していない「指定難病」は338疾患あります。これらの疾患は未解明な部分が多く、現状では根本的な治療方法がありません。難治性疾患の解明に向け、医学と情報科学双方の観点から、疾患治療に有効な化合物の探索・創出を行っていきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
本研究は私にとって専攻を変えて初めて取り組んだテーマであり、苦しみも大きかった分、感動も大きいものでした。本研究の遂行には、多くの方の協力やアイデアなくしてはなし得ないものでした。周囲の方々への感謝と初心を忘れず、今後も自己研鑽に励み、一人前の研究者を目指していきたいと思います。
最後に終始熱心なご指導・ご協力を賜りました山西教授をはじめ、岩田研究員、研究室の皆様にこの場をお借りして心より感謝申し上げたいと思います。
研究者の略歴
[名前]
難波里子
[所属(大学・学部・研究室)]
九州工業大学 情報工学府 博士後期課程 山西研究室
[略歴]
2020年3月 九州大学 医学部 卒業
2022年3月 九州工業大学 情報工学府 博士前期課程 修了
2022年4月〜現在 九州工業大学 情報工学府 博士後期課程(現在D1)
2022年4月〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)
[研究テーマ]
疾患の治療標的分子や治療薬を予測する情報科学技術の開発
難波さん、山西先生、インタビューにご協力いただきありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
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