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スポットライトリサーチ

反応経路自動探索が見いだした新規3成分複素環構築法

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第419回のスポットライトリサーチは、北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)・林裕樹 特任助教にお願いしました。

現在ERATOプロジェクトを走らせている前田研究室は以前のスポットライトリサーチにも登場頂いています(388回)が、独自技術である「反応経路自動探索法」を用いた展開を各方面で強力に推し進めています。しかしながら計算だけでは現実世界の話に落とし込めないため、実験的に証明する必要性は常に伴っています。今回は合成化学者・計算化学者がタッグを組み、新規な3成分複素環合成法を予測のうえ、その開発に成功したという成果になります。Nature Synthesis誌原著論文・プレスリリースに公開されています。

“In silico reaction screening with difluorocarbene for N-difluoroalkylative dearomatization of pyridines”
Hayashi, H.; Katsuyama, H.; Takano, H.; Harabuchi, Y.; Maeda, S.; Mita, T. Nat. Synth. 2022, doi:10.1038/s44160-022-00128-y

今回は研究を現場で指揮された美多剛 特任准教授前田理 教授のお二人から、林さんの人物評を頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

林裕樹君は2020年2月より我々の前田ERATO有機合成グループに特任助教として参画し(所属はICReDD)、ICReDDのミックスラボ(計算、情報、実験の研究者が一同に介し研究を行うラボ)で研究を進めています。前評判は芸術肌。その評判通り、論理的に考えて研究を進めるスマートな化学者です。有機化学の知識や合成化学実験のスキルはもちろんのこと(詳しく述べても面白くない)、化学式の三次元構造の描写や発表スライドの構成や色使い、論理構築全てにおいてパーフェクトです。英語での論文執筆もお手のもので、今回のNature Synthesisをご覧になれば明らかですよね?加えて、人当たりがとても良く誰にでも分け隔てなく優しいので、ミックスラボでは様々な国の研究員から信頼されています。着任してから計算化学で反応を予測して実現するという命題のもと、林君は計算化学(Gaussian、およびGRRM)を短期間で習得し、本プレスリリースの三成分反応を短期間で仕上げました。論文審査に時間を要しましたが、見事Nature Synthesisに受理され、我々のグループ一同大はしゃぎです!

美多 剛

 

林さんとは、MBLAの世界ツアーでHartwig研を訪問した際に、彼がHartwig研で進めていた酵素反応の研究を紹介いただいたのが最初です。その際に計算への期待も語ってくれていて、ツアーでお会いしたたくさんの若手の中で特に印象に残っていましたので、今ICReDDで一緒に研究できていることを大変うれしく思っています。今回、計算先行での合成法開発という最先端の課題にチャレンジし、そのランドマークともいうべき成果を出していただきました。これは、実験についてはもちろん、計算についても利点と弱点をよく理解し、かつ、理論研究者との議論を重ねることで成しえた融合研究の成功例だと思っています。それを成し遂げてくれた林さんのがんばりに、拍手を送りたいと思います。

前田 理

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回の研究では、量子化学計算による反応スクリーニングから、新しい3成分反応の開発に成功しました。
これまでの反応開発での量子化学計算は、既知の反応の機構解析が主な役割でした。これに対して、量子化学計算を未知の反応の予測に用いることができれば、計算結果をベースにした効率的な反応開発プロセスの実現が期待できます。しかし、この場合、進行する可能性のある全ての反応経路を見逃さずに網羅的に算出して考慮する必要があります。それを可能にしたのが、前田先生らが開発したICReDDのシルバーバレット、人工力誘起反応法(AFIR法)です。AFIR法は、DFTのような既存の計算手法と併用して、入力した分子から可能性のある反応経路を自動で算出する「反応経路自動探索法」の1つです。計算結果は、生成物候補と対応する遷移状態や活性化障壁を内包した反応経路ネットワークとして得られます。
この研究では、AFIR法を用いた新しいアプローチによる反応開発に取り組みました。特に、ジフルオロカルベンと2つの不飽和結合との3成分反応に焦点を当てて、コンピュータ上で反応をスクリーニングし、得られた計算結果の中で付加価値の高い反応を実験で実現する、ということに挑戦しました。

AFIR法による計算の結果、ジフルオロカルベンとメタンイミンから調整されるアゾメチンイリド中間体と、3成分目の不飽和結合との1,3-双極子環化付加反応が速やかに進行することが示唆されました。この反応で得られる生成物は、窒素原子に隣接したα位の炭素に2つのフッ素原子が結合した含窒素複素環化合物です。この分子骨格は医薬品候補化合物として期待されますが、その効率的な合成手法は限られていました。

そこで、このAFIR法によって示唆された反応形式の実現を目指し、実験をスタートしました。その結果、ピリジン、ジフルオロカルベンおよび様々な求電子剤(アルデヒド、ケトン、イミン、アルケン、アルキンなど)の脱芳香族化を伴う三成分環化付加反応の実現に成功しました。この際も、計算によってピリジンを用いることで目的の環化付加反応の活性化障壁が競合する副反応の活性化障壁よりも低いことが示唆されて、これが本反応の実現の鍵となりました。今回の研究で確立した計算→実験のワークフローが、有機化学分野におけるDX推進の一翼を担えれば幸いです。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究は、私がICReDDに着任して最初に取り組んだプロジェクトです。この研究で使っているジフルオロカルベンは、美多さんたちが2020年に報告したジフルオログリシンの合成に関する研究からきています。このジフルオログリシンの合成研究とは別のアプローチで新反応開発ができないかということで研究がスタートしました。また、私にとって本格的に計算に触れた最初の研究でしたが、そこには計算化学の天下の前田研、とても心強かったです。それで結果がまとまって論文を書いて投稿までは良かったのですが、審査とオープンまでの時間がすごく長く、もどかしい日々を過ごしていました。やっと日の目を見て、今はほっとしています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

今回の研究のポイントは、AFIR法を用いた化学反応のin silicoスクリーニング→実験での実現、のプロセスをどうやって効率化できるかでした。狙った反応があって、それを計算するなら実験した方がいいですし、闇雲に計算するのも計算資源を無駄にする可能性があるのでよくありません。また、予測を目的とした計算では、DFT計算を併用して膨大な数の反応経路を探索する必要があるので、入力分子の原子数が多い場合は計算時間がかかってしまいます。
そこで、今回の研究では、できるだけ計算コストをセーブして有望な反応を効率的に探索するために、原子数の少ないシンプルな分子を用いた反応スクリーニング→得られる計算結果を参考にして実験条件を設定、という戦略を考えました。これが鍵になって、研究をうまく推進することができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

自分の専門分野の有機化学で頑張っていくのもいいですが、それと同時に異分野との融合を積極的にしていきたいです。ポスドク先のHartwig研やICReDDにいてより一層感じますが、異分野との融合研究はうまくいくと計り知れないパワーを発揮します。将来も、難しい課題に取り組んでいく際は自分の枠に囚われずに、分野を横断していろんな角度からアプローチしていきたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

特に、計算の敷居を高く感じている人や使ったことのない人に向けてですが、ぜひ一度計算に触れてみてください。反応開発の分野では、機構解析の常套手段になってきましたし、計算の強みがわかります(弱いところもわかります)。私はICReDDに来るまでほとんど触れてこなかったのもあって難しい印象を持っていましたが、今ではこんなものかという感じです。前田先生のAFIR法も原理は超シンプルで、誰でも使えます(計算の目的によってはたくさんの計算資源が必要ですが…)。使い方はICReDDのMANABIYAで教えてくれるので、興味がある方はぜひ参加してみてください。

最後に、現場で一緒に悩んでこの研究に取り組んでくださいました勝山さん、高野くん、原渕さん、文句のつけようがない最高の計算と実験設備を与えてくださった前田先生、美多先生、日頃からお世話になっているICReDDのメンバーにこの場をお借りして感謝申し上げます。

研究者の略歴

[名前] 林 裕樹(はやし ひろき)

[所属] 北海道大学 化学反応創成研究拠点(WPI-ICReDD)
JST-ERATO前田化学反応知能創成プロジェクト 特任助教

[略歴] 2016.3 名古屋大学大学院工学研究科 博士後期課程修了
(石原 一彰 教授、ウヤヌク ムハメット 准教授)
2016.4 – 2017.3 カリフォルニア大学バークレー校 化学科 博士研究員
(Prof. John F. Hartwig)
2017.4 – 2020.1 九州大学基幹教育院 助教(内田 竜也 准教授)

2020.2 – 現在 現職(前田 理 教授、美多 剛 准教授)

[研究テーマ] 計算科学を用いた反応開発

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cosine

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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