第411回のスポットライトリサーチは、鳥取大学大学院持続性社会創成科学研究科(野上研究室)修士2年の遠藤大史 さんにお願いしました。
なんともインパクトのある記事タイトルの「シクロカサオドリン」は、新しいオリゴ糖で環状グルコサミンです。今回ご紹介する成果は、電気化学的な酸化反応を組み込んだ合成プロセスを用いて、環状グルコサミンの6糖, 7糖の自動合成を実現させたという成果です。
徳島文理大学の西沢先生らが命名した「シクロアワオドリン」をオマージュして、今回合成された分子は「シクロカサオドリン」と名付られています。合成プロセスから分子の名前までこだわりが詰まった本成果は、Chemical Communications 誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Synthesis of Cyclic α-1,4-Oligo-N-Acetylglucosamine ‘Cyclokasaodorin’ via a One-Pot Electrochemical Polyglycosylation–Isomerization–Cyclization Process”
Endo, H.; Ochi, M.; Rahman, M. A.; Hamada, T.; Kawano, T.; Nokami, T. Chemical Communications, 2022, 58, 7948–7951. doi: 10.1039/d2cc02287g
研究室を主宰されている野上 敏材 教授から、遠藤さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回のインタビューをお楽しみください!
鳥取大学工学部の研究成果にスポットライトを当てて頂き、ありがとうございます🙇 今回の成果は共同研究者である大学院生の遠藤大史氏、越智雅治氏、Md Azadur Rahman氏ならびに株式会社コガネイの濱多智昭氏、川野貴宏氏の努力の結晶です。中心的な役割を担った遠藤さんは、私が指導した学生さんのなかでトップレベルのポテンシャルを持っています。優秀な学生さんたちと研究ができて自分は幸せだなと思いますし、同じ23歳の時点での私自身と比べると彼らは勉強熱心で献身的で素直で本当に将来が楽しみです😄 私が出した遠藤さんの卒業研究のアイデアはハズレばかりで、紆余曲折の末にシクロカサオドリンの合成を研究テーマとするに至りましたが、彼は粘り強く取り組みました。なお、秋からは博士前期課程を短縮して博士後期課程に進学予定ですので、彼自身の成長と研究の発展を確信しています😊
野上敏材
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
環状オリゴ糖であるシクロデキストリン(グルコースのみで構成される)のグルコースをグルコサミン(グルコースの2位は水酸基、グルコサミンの2位はアミノ基)に置き換えた環状オリゴ糖の合成研究です。ちなみに、グルコサミンはエビやカニの殻が原料となっており、鳥取県は松葉ガニやベニズワイガニの水揚げが多いことで有名です(1。
シクロデキストリンは分子内に空孔を有しており、この空孔に色々な分子を閉じ込めることが出来ます。安全性も高いことから、食品・医薬品・芳香剤など日常でも広く使われているオリゴ糖です(2。
我々は陽極酸化による糖鎖の重合反応を自動化した装置(液相自動電解合成装置)を開発・利用して、単糖から環状オリゴグルコサミン保護体の合成を達成し、因幡(鳥取)の傘踊りにちなんで「シクロカサオドリン」と命名しました(3。
液相自動電解合成装置を利用することで、従来は合成に多段階の作業が必要であった環状オリゴ糖の合成がワンポットで自動合成可能となりました。加えて、電気化学的にグリコシル化反応を行うため、不安定な試薬を使うことがなく安全性や再現性も非常に高いです。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
精製方法ではかなり工夫しました。単糖から環状オリゴ糖を合成するための多段階反応をワンポットで行うため、粗生成物には様々な副生成物が混在していました。これら副生成物の中から環状オリゴ糖を取り出し、収率を比較するために特に精製順序を工夫しています。
はじめは、粗生成物をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)で2回精製することで環状オリゴ糖を単離していました。しかしながら、この方法では精製完了までに時間がかかる上に、GPCの性能の都合で一度に大量の粗生成物を処理できませんでした。どうにか処理時間と粗生成物の重量を削減できないかと試行錯誤したところ、シリカゲルカラムクロマトグラフィーで前処理をしてからGPCにかけると、環状オリゴ糖がきれいに単離できることがわかりました。この方法を編み出してから3日かかっていた環状オリゴ糖の精製が1日でできるようになり、一気に実験の効率が上がりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
脱保護です。論文掲載のルートにたどり着き、論文に使えるようなシクロカサオドリンの13C NMRデータが取れるまでいろいろなルートを試しました。はじめは、キチン(N-アセチルグルコサミンからなる多糖)からキトサン(グルコサミンからなる多糖)への脱保護を真似て、水酸化ナトリウム水溶液での脱保護を行いました。しかしながら、この方法では、環状オリゴ糖の2位がアミノ化体とN-アセチル化体が混在してしまい、環状オリゴ糖の均一な脱保護が不可能でした。絶対うまくいくと思い、手持ちの保護体をすべて使っていたのでショックを受けました。
これではどうにもならないと思い、N-アセチル体を目標にして脱保護に挑戦しました。ただ、これも2,3-オキサゾリジノンカルボニルの選択的脱保護が難しく、窒素上のアセチル基を含むカルボニル基を全て脱保護してから再度アセチル化をすることで何とか合成できました。(この方法での収率は4段階で11% 収量:約5 mg)。
13C NMRのデータを取るためにも、この方法でゴリ押すべきか悩んでいた時に、エタンチオール(すごく臭い)とジメチルジオキシラン(DMDO、過酸化物)でオキサゾリジノンカルボニルを選択的に脱保護できる田中浩士先生ら(東工大)の論文を見つけました(4。また、野上先生がポスドク時代に悪戦苦闘したDMDO合成も、エバポレータで調製する方法が報告されている例を見つけ(5、これらの方法を参考にして3段階52%の収率で脱保護を達成し、論文投稿に必要なスペクトルデータを取得しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
大学で研究しているうちは、面白い化学の創出に尽力したいと考えています。いろいろな人の化学に対する情熱・考え方に触れ、切磋琢磨することで、自分自身の化学研究に対する嗅覚を養いたいです。この研ぎ澄ました感覚を頼りに、常識を打ち壊わすような研究を展開したいです。
将来的には人類のために貢献できる研究を展開したいと考えています。我々は感染症、高齢化や環境・エネルギー問題など様々な課題に直面しています。これらの課題に対して、自分の持つ化学の知識と技術を駆使して解決策を提案・実行したいと考えています。遠い将来になるかもしれませんが、この問題は私が解決したのだ!と胸を張れるようになりたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後までお付き合いいただきありがとうございます。学部生のころからいつも見ていた「ケムステ」に寄稿させていただくとは夢にも思いませんでした。連絡いただいたときには、かなり嬉しかったです。現在、シクロカサオドリンの物性の調査や類縁体を合成すべく鋭意研究中です。これからも面白い環状オリゴ糖をその用途を含め、世の中に広めたいと思います。今後の我々の研究にご期待ください!
本研究の遂行にあたり首尾一貫して懇切丁寧にご指導いただいた野上先生に深く感謝申し上げます。そして、共同研究者の越智さん、ラーマンさんをはじめとする野上研究室のメンバー、共同研究者で株式会社コガネイの濱多さん、川野さん、ここまで自由にさせてくれた両親にも御礼申し上げます。最後に、私たちの研究に興味を持ち、このような機会を提供していただいたChem-Stationの本田さんにも感謝します。
研究者の略歴
名前:遠藤大史(えんどう ひろふみ)
研究テーマ:電気化学的手法による新規環状オリゴ糖の合成、非天然鎖状オリゴ糖の合成
略歴:
2021年3月 鳥取大学工学部 化学バイオ系学科卒業
2021年4月~2022年9月 鳥取大学大学院持続性社会創成科学研究科 工学専攻 博士前期課程 早期修了見込み
2022年10月 鳥取大学大学院工学研究科 工学専攻 博士後期課程 進学予定
関連リンク
- 食のみやこ鳥取県 松葉ガニ
- 日本食品化工
- 鳥取しゃんしゃん祭
- Koinuma, R.; Tohda, K.; Aoyagi, T.; Tanaka, H. Commun. 2020, 56, 12981-12984. DOI: 10.1039/D0CC05901C
- Taber, F. D.; DeMatteo, W. P.; Hassan, A. R. Synth. 2013, 90, 350-357. DOI: 10.15227/orgsyn.090.0350
- 野上有機合成化学研究室