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スポットライトリサーチ

パラトーシスを誘導する新規化合物トリプチセンーペプチドハイブリッド(TPHs)の創製

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第403回のスポットライトリサーチは、東京理科大学大学院 薬学研究科薬科学専攻 青木研究室に在籍されていた山口 晃平 (やまぐち こうへい)さんにお願いしました。

青木研究室では生物有機化学を専門とし、金属錯体、有機分子の化学反応や自己集積を活用した新規薬剤の開発、機能性超分子の設計と合成、機能開発などを具体的な研究テーマとして取り込んでいます。

本プレスリリースは、がん細胞のパラトーシスに強く作用する錯体の合成とその機構の解明についての研究成果で発表されました。そもそもパラトーシスとは、細胞内の遺伝的にコードされた機構により生じるプログラム細胞死の一つですが、原因となるメカニズムなど未解明な部分が多く、このプロセスをより深く理解することでがんなどの治療のための新しい戦略につながる可能性があります。青木研究室では以前にイリジウム(III)錯体-ペプチドハイブリッド化合物(IPHs)を合成し、この化合物ががん細胞のパラトーシスを誘発することを見出していました。今回、パラトーシス誘導機構をより詳細に明らかにするため、IPHsとは分子構造が大きく異なる3種類の新規ハイブリッド化合物を合成し、それらの機能評価と作用機序の解明に成功しました。

この研究成果は、「Bioconjugate Chemistry」誌およびプレスリリースに公開されています。

Design, Synthesis, and Anticancer Activity of Triptycene–Peptide Hybrids that Induce Paraptotic Cell Death in Cancer Cells

Kohei Yamaguchi, Kenta Yokoi, Masakazu Umezawa, Koji Tsuchiya, Yasuyuki Yamada, and Shin Aoki

Bioconjugate Chem. 2022, 33, 4, 691–717
DOI: doi.org/10.1021/acs.bioconjchem.2c00076

研究室を主宰されている青木伸 教授より山口さんについてコメントを頂戴いたしました!

我々の研究室では、シクロメタレート型イリジウム(III)錯体(Iridium complex-peptide hybrids, IPH)に塩基性ペプチドを導入したハイブリッド化合物(IPH)が、がん細胞中でプログラム化細胞死の一つであるパラトーシスを誘導することを報告していました。しかも死細胞中での発光が強くなりますので、がん細胞のパラトーシス誘導剤と死細胞の発光検出剤という二つの機能を持っていることになります(Yokoi, K. et al. Biochemistry 2022, Aoki, S. et al. Topics in Curr. Chem. in press)。それに対して、山口君はパラトーシス誘導活性の分離と増強を目的として、IPHのIr錯体ユニットをトリプチセンに置き換えたハイブリッド化合物(Triptycene-peptide hybrid, TPH)の設計と合成を行いました。研究開始当初、文献通りに分子間Diels-Alder反応でトリプチセンユニットの合成を試みましたが、副生成物や目的以外の立体異性体の方が優先して得られました。しかし山口君は、syn-型トリプチセン骨格が主生成物となる反応条件と異性体の分離法を発見して、最終的に目的とするTPHの合成に成功し、同じペプチドを導入したIPHよりも抗がん活性が高いことを見出しました。彼は、それらの抗がん活性評価やパラトーシス誘導機構解析のための生化学・細胞生物学実験を全て自分で行い、彼の化合物が小胞体とミトコンドリアの膜接合、小胞体からミトコンドリアへのカルシウムイオン輸送などを介してパラトーシスを誘導することなどを明らかにしました。山口君が、4年生で研究室に配属されてから修士課程の2年間でこれらの成果を挙げ、修士論文やBioconjugate Chemistryのfull paperとしてまとめたことを信じていただくのは難しいかも知れませんが、これらの成果は彼の才能と毎日の努力や集中力の積み重ねの賜物です。改めて敬意を表し、彼の将来の活躍と世界への貢献を期待いたします。また、共同研究者の皆様のご支援、ご助言に対しても、心からお礼を申し上げます。

東京理科大学薬学部生命創薬科学科・教授 青木伸

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

プログラム細胞死はいくつかのタイプが知られています。具体的には、アポトーシス、ネクローシス、オートファジー、パラトーシスです。本研究ではアポトーシスなどとは異なり「パラトーシス」を誘導するトリプチセンーペプチドハイブリッド(以下TPHs)の合成に成功し、さらにパラトーシスのメカニズムの解析を行いました。

トリプチセンとは3つのベンゼン環が120°で架橋したプロペラ状の化合物です。TPHsの具体的な構造は、トリプチセンの18位、13位または16位に炭素数8からなるアルキルリンカーを介し、アミノ酸であるグリシン2残基とリシン3残基からなるペプチドを3つ導入したトリスペプチド化合物1(syn)2(anti)と、トリプチセンの1位と8位に同じ配列のペプチドを2つ導入したビスペプチド化合物3です。syn体は3つの置換基がすべて同じ方向に向いていることに対し、anti体は3つの置換基が互い違いの方向に向いている構造のことを言います。

syn1anti2はJurkat細胞(ヒト白血病性がん細胞)に対して強い抗がん活性を示しました。また、顕微鏡によりJurkat細胞の観察を行いました。アポトーシスを誘導する抗がん剤エトポシドとTPHsで処理した細胞形態変化を比較したところTPHsはアポトーシスとは異なる細胞死を誘導している可能性が示唆されました。そこで、TPHsで処理したJurkat細胞をTEM(transmission electronic microscopy)で観察したところ、「細胞質の空砲化」が認められ、その他の現象もTPHsによってパラトーシスが誘導されていることが示されました。

パラトーシスのメカニズム解析の結果、ミトコンドリア内Ca2+濃度の上昇や小胞体とミトコンドリアの細胞膜の接合が誘導されていることが分かりました。この接合はミトコンドリアと小胞体を染色する蛍光プローブの蛍光強度の重なりによって観察することができました。

多くの抗がん剤はアポトーシスを誘導するものが多く、抗がん剤治療によるアポトーシス耐性の獲得が課題となっています。従って、本研究の成果がアポトーシス以外の細胞死を誘導する新規薬剤の開発に貢献することが期待されます。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

この研究での思い入れは2つあります。

1つ目は、TPHsがパラトーシスを誘導していることが明らかになったことです。顕微鏡の観察によりTPHsがJurkat細胞に対してアポトーシスではない別の細胞死を誘導している可能性であると考えていました。しかし、パラトーシスの特徴である「細胞質の空砲化」は顕微鏡では観察できず、確信がもてませんでした。そこで東京理科大学の梅澤雅和先生土屋好司先生のご協力によってTEMによる観察を行い、「細胞質の空砲化」を確認することができました。

2つ目は、異性体であるsyn体のX線構造解析です。X線構造解析は名古屋大学 山田泰之先生のご協力を得て行いました。トリプチセン合成の際にsyn体とanti体の異性体の分離に成功し、1H NMR解析でsyn体とanti体を同定しました。山田先生にsyn体のX線構造解析を行っていただき、私の予想通りsyn体の構造を確かめることができ、非常に感動しました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

トリプチセン骨格の合成においてsyn体とanti体を分離することが難しかったです。この異性体はトリプチセンを合成するときのアントラセン誘導体とベンザイン中間体のDiels-Alder反応によって得られますが、トリプチセンの異性体を分離する報告例が少なかったため、考えられる精製方法をすべて検討しました。再結晶や再沈殿、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによる精製を行い、考えられる溶媒の組み合わせをかえて地道に検討しました。当たり前のことかもしれませんが、諦めずに継続したことでこの課題を乗り越えることができました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

当たり前と思われている現象でも、常に「なんで?」という姿勢を忘れず、何事にもチャレンジしたいです。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究ではプログラム細胞死の1つであるパラトーシスを誘導するトリプチセンーペプチドハイブリッド(TPHs)の合成に成功し、さらにその細胞死のメカニズムの検討を行いました。この研究を皮切りとして、新しい治療薬が開発されることを祈っています。

また、この研究は決して1人ではできませんでした。当時の研究室のメンバーや青木先生のアドバイスやディスカッションをし、皆でつくりあげた成果であると思っています。研究でうまくいかないときでも諦めずに継続し、チャレンジすることができました。そのため、課題に直面しても諦めずに継続することが大事だと思います。

最後に、TEMによる観察でお世話になった梅澤先生、土屋先生、X線構造解析でお世話になった名古屋大学 山田先生、また、いつも熱い指導と活発な議論をしてくださった青木先生、研究のことで相談にのってくれた研究室の先輩、後輩、同期生にこの場を借りて心より感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前

山口 晃平 (やまぐち こうへい)

略歴

2020年3月 東京理科大学 薬学部 生命創薬科学科 卒業

2022年3月 東京理科大学大学院 薬学研究科 薬科学専攻 修了

2022年4月から 化学メーカー勤務

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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