第396回のスポットライトリサーチは、東京大学 大学院工学系研究科 応用化学専攻 山口研究室の和知 慶樹 (わち けいじゅ)さんにお願いしました。
山口研究室では触媒化学を専門としており、特に不均一系触媒を使った反応の開発を主に研究されております。具体的には、ファインケミカルズ合成から天然炭素資源の化学的転換と合成テーマの中で高効率反応と新反応の開発に挑戦しています。プレスリリースの研究はメタン酸化触媒についてで、メタンを原料とする化学品合成技術が望まれていますがその酸化反応は高温で、生成物が酸素と反応して二酸化炭素が生成されることや触媒の劣化が課題でした。そこで本研究では、分子状鉄–タングステン酸化物を触媒の前駆体に用いることで、二酸化炭素の排出を抑えながら効率よくメタンを転換し、さらに600℃でも触媒が劣化しない、長時間安定な鉄酸化物サブナノクラスター触媒の開発に成功しました。
この研究成果は、「Applied Catalysis B: Environmental」誌およびプレスリリースに公開されています。
Keiju Wachi, Tomohiro Yabe, Takaaki Suzuki, Kentaro Yonesato, Kosuke Suzuki, Kazuya Yamaguchi
Appl. Catal., B, 314, 121420 (2022).
DOI: 10.1016/j.apcatb.2022.121420
本プレスリリースの共同研究者である助教の矢部 智宏 先生より、和知さんについてコメントを頂戴いたしました!
和知くんは、私が早稲田大学から着任してきた時に修士1年に進学し、ポリオキソメタレートを触媒として用いたメタン酸化という新規のテーマに取り組んできました。研究室に気相反応装置がなかったため、二人で反応装置の組み立てから始めました。最初はほとんど何もでてきませんでしたが、弱音一つ吐かずにたくさんの実験をこなしてくれました。ポリオキソメタレートの構造を維持するために低温で頑張っていましたが、発想を転換して壊してもいいから高温で反応してみようと試したところ、思いがけずたくさんの生成物が得られたことが驚きでした。柔軟な発想力と強靭な忍耐力のお陰で今回の論文に繋がったと思います。また和知くんは、何事にも対しても熱意・向上心があり、報告会やディスカッションにおいても、積極的に発言し場を盛り上げてくれます。自分の研究だけでなく後輩の面倒見もよく、後輩たちの良きお手本として研究室を牽引してくれる頼れるリーダーです。博士課程も残り1年ほどですが、さらに素晴らしい結果を出してくれることを確信しています!今後の和知くんの躍進に目が離せません。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
ポリオキソメタレート (POM) は、無機多座配位子として機能する分子状金属酸化物であり、有機溶媒中で「分子鋳型」として用いることで種々の金属多核構造を設計可能です。本研究では、新たに開発した鉄二核導入POMを前駆体として用いてシリカ上に鉄酸化物サブナノクラスターを形成することで、二酸化炭素をほとんど排出せずにメタンをホルムアルデヒドや一酸化炭素などの有用化学原料へと直接転換することに成功しました。
天然ガスの主成分であるメタンと酸素を用いて有用化学品を合成する技術が望まれていますが、高温条件下では生成物が過剰に酸化され、二酸化炭素を副生することが課題でした。従来の鉄酸化物クラスター触媒ではメタン酸化に高い活性を示すことが知られていましたが、600 ℃という高温ではクラスターが時間とともに凝集して失活することが依然として課題でした。今回新たに開発した触媒では鉄二核導入POMを高温処理することで熱安定な鉄酸化物サブナノクラスターが形成し、高い触媒耐久性を実現することを見出しました。さらに二酸化炭素の排出率も従来の酸化鉄触媒の三分の一である9%まで減らすことに成功しました。今回の触媒調製手法は熱安定な金属酸化物サブナノクラスター触媒を設計する汎用的な手法であるため、様々な触媒としての応用が期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究の工夫はPOMを熱で壊すことで新たな構造ができるという点にあります。これまでPOMを触媒として用いた研究ではその精密構造をいかに保つかに重点が置かれてきました。しかし本研究の発想はその常識を捨てたことで初めて得られたものでした。また従来の鉄酸化物触媒がPOM触媒を初期活性で上回っていたため、当初はこの研究を論文としてまとめることが難しいと感じていました。しかし、タングステン酸化物が囲うことで鉄酸化物の凝集が抑制されるという仮説をもとに長時間試験を行った結果、安定性で両者に大きな差が出たためホッとしました。最長三日間の触媒耐久試験を後輩と協力して、研究室に寝泊まりしたりしながら行ったので、この実験は最も思い入れがあります。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
反応を600 ℃という高温で行っていたため、最初のPOMの構造は分解していました。そしてシリカ上で分解してできた新たな構造はサブナノサイズであったため、そのキャラクタリゼーションに最も苦労しました。固体触媒中のナノ構造を分析する代表的な手法としてはSTEM (走査型透過電子顕微鏡) とXAFS (X線吸収微細構造) の二つがあります。しかしSTEM分析では周囲に重元素のタングステンが大量にいる中で鉄を直接観察することはできませんでした。またXAFSにおいても今回の触媒は従来の鉄酸化物クラスター触媒とは全く異なるスペクトルを示したのでお手上げ状態でした。
最終的にいくつかのモデルを立て消去法を用いることで議論を完成させました。STEMの元素マッピングとXAFSのプレエッジピーク挙動の変化を組み合わせることで、反応中の触媒は鉄酸化物サブナノクラスターがタングステン酸化物クラスター中に分散した構造を持つという結論にたどり着きました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
メタンは非常に反応性が低く、選択的転換が困難な物質です。しかし今回そのメタンに一矢報いることができたので嬉しくもあり、また触媒化学の楽しさにより一層惹かれました。特に気相反応はバルクケミカルと密接に絡んでおり、年間数万トン規模で生産が行われる巨大な化学プラントで自分達の開発した触媒が使われるかもしれないという非常に夢のある分野です。今後も不可能な反応を可能にする魅力的な触媒の開発に携わっていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまでご覧いただきありがとうございました。実はメタン酸化のテーマに取り組んでから今回の結果が出るまでに丸三年かかっています。しんどいなと思った時も多くありましたが、楽しむことを忘れずに毎日研究を続けたことがよい結果につながったと思います。今年の夏はとても暑いですが皆さんも健康に気を付けてお過ごしください。
最後になりますが、本研究を遂行するにあたり熱心にご指導いただいた山口和也教授、鈴木康介准教授、矢部智宏助教、米里健太郎特任助教、多くの実験協力をしてくれた鈴木崇哲様、ここまで私を育ててくれた両親、そしてこのような機会を提供して下さったChem-Stationスタッフの方々には心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:和知 慶樹 (わち けいじゅ)
所属:東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 山口研究室
研究テーマ:金属導入ポリオキソメタレートを用いたメタンの選択的酸化
略歴:
2018年3月 東京大学 工学部 応用化学科 卒業 (山口和也 教授)
2020年9月 東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 修士課程修了 (山口和也 教授)
関連リンク
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- 東京大学大学院 工学系研究科 応用化学専攻 山口研究室:所属研究室HP