第404回のスポットライトリサーチは、北海道大学 大学院薬学研究院 天然物化学研究室の有馬 陸(ありま くが)さんにお願いしました。
天然物化学研究室では、海洋生物等に由来する生物活性物質の単離・構造同定から生合成・全合成、医薬品への応用を目指した生薬や食品有効成分の作用機序解析、難培養微生物の解析など天然物に関する研究を幅広く進めておられます。本プレスリリースの研究成果は天然物として新規のN–N 結合を含む複素環化合物の発見で、手法としてはゲノムデータベース分析からヒドラジン合成酵素遺伝子をもつ放線菌を調べ、その代謝物の精製しNMRの結果から推定される構造の化学合成を行いました。これにより、得られた天然物にはこれまで例のない複素環であるジヒドロピリダジノン骨格を有することを証明しました。さらに、生産菌の遺伝子ノックアウトや組換えタンパク質の in vitro 機能解析などの結果から N–N 結合が生じるユニークな生合成の経路を発見しました。
この研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」誌およびプレスリリースに公開されています。
A Natural Dihydropyridazinone Scaffold Generated from a Unique Substrate for a Hydrazine-Forming Enzyme
Kenichi Matsuda, Kuga Arima, Satoko Akiyama, Yuito Yamada, Yo Abe, Hikaru Suenaga, Junko Hashimoto, Kazuo Shin-ya, Makoto Nishiyama, and Toshiyuki Wakimoto
J. Am. Chem. Soc. 2022, 144, 28, 12954–12960
DOI: 10.1021/jacs.2c05269
研究室を主宰されている脇本敏幸 教授と指導教員である松田研一 講師より有馬さんについてコメントを頂戴いたしました!
有馬君は私が担任を担当した1年生のグループのメンバーの1人でした。話をするうちに1年生から早くも研究をやってみたいと志願してきたため、研究室に受け入れることにしました。部活や講義、実習などで多忙なスケジュールにもかかわらず、継続的に研究室に来て実験を進めてきました。天然有機化合物討論会には2年生の時から参加しています。今回、彼が学部生の頃から積極的に取り組んできた研究が論文に結実しました。人生初のリバイスの時には何度も心が折れそうにもなったようですが、諦めずに最後まで成し遂げることで、立派な大学院生に成長しました。4年前に出会った高校を卒業したばかりの初々しい姿が今では懐かしいです。さらに4年後にはどんな有馬君に出会えるのか、今から楽しみです。
北海道大学大学院薬学研究院・教授 脇本敏幸
有馬陸氏はこの4月に大学院に入学したばかりの新人ですが、彼との付き合いはもう4年になります。彼は明確なビジョンと高い行動力をもっており、まだ大学1年生の時に研究室を訪問してくれました。今もきちんとした目的意識を持って日々の実験に誠実に向き合っていて、その姿勢にとても感心しています。今回有馬氏が研究対象としたのは、前任者の秋山智子さんが苦労して単離した低分子量の極性化合物(しかしながら水への溶解性はいまいち)で、扱いが非常に難しい新規天然物でした。生合成研究では、遺伝子破壊株の構築、蓄積する生合成中間体の単離・構造決定、組換え酵素による中間体の変換反応のin vitro再構成といった手法をとるのが一般的ですが、極性の高い天然物を扱う場合、中間体や酵素反応生成物の単離・構造解析が困難になります。有馬氏は極性の高い中間体をひとつひとつ地道に合成し酵素の機能解析を行うことで、生合成経路の前半部を見事解明してくれました。遺伝子やタンパク質のin silico解析、生化学、有機化学といった色々な分野の素養を幅広く身に着けることの強みを、私としても今回改めて認識したところです。今後も分野横断的に興味を広げて、独自性の高い人材になってくれることを期待しています。
北海道大学大学院薬学研究院・講師 松田研一
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
窒素-窒素共有(N-N)結合は多くの低分子医薬品に見られますが、天然物としては非常に珍しい構造です。しかしゲノムデータベースを参照すると、数多くの微生物がN-N結合を形成する酵素遺伝子を有していることが分かります。これによって生合成される未知のN-N結合含有天然物を効率よく同定できれば、新たな医薬品シーズの供給に繋がります。
本研究では、N-N結合を形成するヒドラジン合成酵素遺伝子を指標としたゲノムマイニングと、N-N結合含有天然物を特異的に検出する比色定量法を組み合わせた天然物探索を行いました。その結果、Streptomyces属放線菌から新規天然物actinopyridazinone A及びBを単離しました。これらはジヒドロピリダジノン環を有する初めての天然物であり、全合成によってその環構造を確認しました。またその生合成に関して、非タンパク性アミノ酸であるL-diamino butyric acid (DABA)とL-AlaがN-N結合した新規ヒドラジン中間体DABA-Alaを見出しました。加えて、他の生物が有するヒドラジン合成酵素を検証することで、ヒドラジン合成酵素の基質となるアミノ酸には大きな多様性があることを明らかにしました。
Actinopyridazinoneが有するジヒドロピリダジノン環は創薬研究で盛んに利用されてきた骨格ですが、今回同じ骨格が天然から初めて単離されました。今後は、その形成機構を解明し、有機合成と酵素合成を組み合わせることで、これを母骨格とする化合物ライブラリーの合成やその効率的供給を目指します。
※ゲノムマイニング…ゲノム情報から天然物の部分構造を予測することで、新規性の高い天然物を効率的に探索する研究手法です。膨大なゲノムデータを新規天然物(金脈)の眠る鉱山に見立ててこのように呼びます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
Actinopyridazinone類の発見と単離は前任者が担当し、私はその化学合成及び生合成機構の解明を目的としてこのテーマに関わりました。特に、その生合成研究における生合成中間体の合成と酵素機能解析には深い思い入れがあります。
Actinopyridazinoneの生合成中間体は全てアミノ酸誘導体であり、いずれも水にしか溶解しませんでした。これらを純度良く、大量に合成するため、その合成経路や保護基には工夫を重ねました。
生合成酵素の機能解析でも、基質及び酵素生成物は一般的な逆相カラムに全く保持されず、分析前の誘導体化が必須でした。合成標品を用いて誘導体化条件について検討し、基準データを確保していったのは、地味ですがこだわりを持って行った実験です。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究で取り扱った化合物はどれも極性が高く扱いに苦労しましたが、中でも生合成中間体であるDABA-Alaの合成と構造決定は困難でした。
DABA-Alaのようなヒドラジン構造を含むアミノ酸は合成例がなく、初期の検討では系中での分解物しか見えませんでした。粘り強く検討を続けた結果、安定な中間体を経由する合成経路を見出し、収率良く合成できました。
酵素反応により生じたDABA-AlaのAla部分の立体化学を決定する際は、当初は2種のジアステレオマーが分離する分析条件が全く見出せませんでした。最終的に、誘導体化の後キラルカラムを用いて40分程度保持させることで、少量であればピークトップが分離することを見出し、Ala部分の絶対立体をLと決定できました。あの時ほどAlaではなくてGlyならと思ったことはありません。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私が所属する天然物化学研究室の魅力はと聞かれたとき、私の中で最初に出てくる答えは、研究活動を通じて自然界の持つ途轍もないポテンシャルを発掘できることだと思います。例えば微生物は、水中中性条件かつ様々な化合物やタンパク質などが共存する中、複雑な天然物を見事に創り上げます。その過程には、私では想像もつかない変換反応や化学構造が多くあり、それらからは人間の有機合成とはまた違った巧妙さ、精巧さが感じられます。
今後の研究生活では、これまでに身に着けた実験技術を生かし、そういった化学的な自然の神秘の中でもより深い部分に触れ、解き明かしていきたいです。また、これらを有機合成と組み合わせながら活用することで、新しい角度から化学に貢献できたらと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回の論文を通じて、研究が始まってから論文へ至るまでの間に如何に多くのステップが必要かということを実感しました。中でも想像以上に過酷だったのは、submit直前やrevise時の実験でした。期日に追われながら「acceptのための実験」を何度もこなすのがこれほど精神的に追い詰められる作業なのかというのは、体感して初めて分かりました。百聞は一見に如かずといいますが、まさに研究活動の真髄を垣間見られたと思います。
しかしその中には、技術的、経験的な成長に繋がる今後の研究活動にとって大事な要素が詰まっていたように思います。私自身、このsubmitやreviseの期間を経て大きく成長したことを確信しています。今回の成果を糧に、今後はより一層研究に尽力いたします、応援よろしくお願いいたします。
最後になりますが、貴重な研究紹介の機会をくださったChem-Stationの皆様、日頃よりご指導いただいております脇本敏幸教授、松田研一講師、そして本研究にお力添えいただきました共同研究者の皆様にこの場をお借りして感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前 : 有馬 陸(ありま くが)
所属 : 北海道大学大学院生命科学院(北大院薬) 修士1年
テーマ : N-N結合含有天然物の単離、構造決定、全合成、及び生合成研究
略歴 :
2018年3月 広島大学附属高等学校 卒業
2018年4月 北海道大学薬学部 入学
2019年4月 北海道大学薬学部薬科学科 進学
2022年3月 北海道大学薬学部薬科学科 卒業
2022年4月 北海道大学大学院生命科学院修士課程 入学