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スポットライトリサーチ

イミンアニオン型Smiles転位によるオルトヒドロキシフェニルケチミン合成法の開発

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第394回のスポットライトリサーチは、東京農工大学 大学院工学府 応用化学専攻 森研究室の神野 峻輝(じんの しゅんき)さんにお願いしました。

森研究室では有機合成化学を専門としており、特に分子内の酸化還元を利用したC(sp3)–H結合官能基化型骨格構築法の開発で数々の研究成果を発表されています。プレスリリースの研究はケチミン合成法についてで、従来のケチミン合成法であるケトンとアミンとの縮合反応には、立体的に嵩の大きいものや極端に電子不足な部位を持つものの合成には適用できないという制限がありました。そこで本研究では、古典的な芳香族求核置換反応の一種であるSmiles転位を適用し、温和な条件下で実行できる嵩高いケチミン合成法の開発に成功しました。この研究成果は、「Organic Letters」誌およびプレスリリースに公開されています。

Access to ortho-Hydroxyphenyl Ketimines via Imine Anion-Mediated Smiles Rearrangement

Shunki Jinno, Takahiro Senoo and Keiji Mori

Org. Lett. 2022, 24, 23, 4140–4144
DOI: https://doi.org/10.1021/acs.orglett.2c01349

研究室を主宰されている森啓二先生より、神野さんについてコメントを頂戴いたしました!

本研究は妹尾くん(2020年度修士卒)が始めたテーマを神野くんが引き継いだものです。正直にいうとSmiles転位には全く興味がなかったのですが、別の反応の基質を眺めている中で“このような基質からこのような形式でSmiles転位が起これば面白いケチミン合成になりそう!”というアイディアがふと思い浮かび、始めました。あまりにも安易な発想で始めたので、当初はここまで広がりを見せるとは思っていなかったのですが、そこは神野くんの強い探究心の賜物ですね。神野くんは研究者気質の強い学生で、いろいろなことを提案してくれるとともに反応を細かく追跡してくれるので、こちらの予想していない多くの事を見つけてくれました。現在、この研究の発展版に取り組んでいますが、そこでも面白い結果を見つけてくれています。今後に多いに期待しています!!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

温和な条件下で実行できる、分子内の転位反応を利用した嵩高いケチミン合成法の開発に成功しました。

本研究で標的とするケチミン構造は、触媒分子や有機材料、生物活性物質中などにみられる重要な構造です。その最も直接的な合成法として、カルボニル化合物とアミンとの縮合反応が広く利用されています。しかし、立体的および電子的環境によりどちらかの反応性が低下すると、当量以上のルイス酸の添加や加熱還流などの過酷な反応条件を必要とします。特に嵩高いカルボニル類の場合には、縮合条件での合成は困難です。この課題の解決策として我々が着目したのが、イミンアニオンを中間体とするSmiles転位です。図に示すオルト位にフェノキシ部位を持つベンゾニトリル類に有機金属種を加えると、シアノ基と反応してイミンの窒素原子上に負電荷を持つ化学種(イミンアニオン)が生じます。この中間体からのSmiles転位によって目的物であるケチミンが合成できる、というプロセスです。本手法には2つの特徴があります。1つは反応性の高い有機金属種を使っているので、嵩高いものを含めた様々な置換基を適宜変更して導入できるということと、もう1つは電子求引基の置換した比較的求核性の低いアミン由来のケチミンが合成できるということです。配位子として利用可能なヒドロキシフェニルケチミンが合成できることも、本手法の利点です。実際に実験を行ったところ、室温、1時間以内でケチミンをしかも高収率で合成できました。期待通り、アントリル基などを含む嵩高いケチミン合成にも本手法は適用可能で、やはり高い収率を実現できました。

開発した反応

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

求核剤によるSmiles転位の反応性の違いを発見できたのは非常に思い入れがあります。

本反応は、当初は室温で終夜攪拌していましたが、よく調べると室温、30分程度でも反応が完結することが分かりました。そこで、温度を0度に下げて反応を行ったところ、これでも転位の進行が確認できました。0度に温度を固定して求核剤の効果を調べると、興味深いことに導入するsp2炭素求核剤の電子効果よりも立体効果の方がSmiles転位の反応性に大きく影響することを発見できました。当初はイミン“アニオン”を経由することから電子効果が影響してくると予想していたので、これは意外な結果でした。実践することの重要さを痛感したと同時に実験の面白さを体感できた、有意義な発見でした。

反応性の違い

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

本手法のウリは簡単な条件で実行できる点です。そのため、実は特にこれと言って苦労したことはありません(笑)が、強いて言えば有機リチウム種の取り扱いでしょうか。研究室に配属されたばかりの実験に慣れない頃は、有機リチウム種を失活させてしまったり、ハロゲン金属交換がうまく起こらなかったりと、実験結果が安定せず、再現性を取ることに非常に苦労しました。実験を繰り返すうちに操作上のミスも減り、結果が出るようになってからとてもやりがいを感じられるようになりました。

また、忙しい研究生活を乗り切るため、東小金井駅徒歩五分のカレー屋「サイのツノ」のカレーを食べることで精神力をつけ頑張りました!

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

有機化学は、現在においても未知の反応や反応経路、化合物などと分からないことの方が多いといっても過言ではないほど、自由で壮大な分野です。予想外な実験結果が得られるたびに、有機化学の面白さに惹かれます。これからも有機化学について学び続けると共に、この探求心を忘れずに様々な実験を行っていきたいと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ご清覧ありがとうございました。

僕が実験をする上で心がけていることとして、どんな実験結果からも何が分かったのかをしっかり明確にしています。それが操作上のミスだとしても、反応上の問題だとしても、次に活かすことができれば、失敗でも何でもないわけです。Practice makes perfect!!

本研究は、妹尾貴弘修士の研究内容の引継ぎですが、妹尾さんだけでなく様々な人達の助力のおかげで論文として発表することができました。本研究を行うにあたって、多大なる御指導、御鞭撻を賜りました本学 森啓二准教授、研究室生活を支えてくださった研究室の皆様、そしてこのような機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの方々に深く感謝申し上げます!

研究者の略歴

名前:神野 峻輝(じんの しゅんき)

所属:東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 森研究室 博士前期課程 1年

経歴:2022年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科 卒業

研究テーマ:イミンアニオン型Smiles転位によるオルトヒドロキシフェニルケチミン合成法の開発

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ただの会社員です。某企業で化学製品の商品開発に携わっています。社内でのデータサイエンスの普及とDX促進が個人的な野望です。

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