ポンコツシリーズ一覧
第8話:ポンコツ博士,反応を仕込む②
ポンコツ学者,学んだことを思い出す
筆者は「ごちゃごちゃした反応より究極にシンプルな反応が一番理想なんだ。物事を無駄に複雑化するのは簡単で,研究という既に複雑なことやってんだから,シンプルに,シンプルに!」という言葉を耳にタコができるぐらい聞かされたため,一応シンプルさを意識する努力をしている。”シンプルに”というのはただ簡単・大雑把にするのではなく緻密に物事の本質を捉えろということを意味する。ざっくりした鉈ではなく研ぎ澄まされた日本刀を作れということだ。
iPS細胞はES細胞の膨大な遺伝子を地道に探索し,最終的に4つの遺伝子まで絞り込めたからこそ現在の偉業に至る。複雑なものから本質を突き詰めて必要なものだけにすると,結果も自ずとシンプルになる好例だ。応用研究はさらに複雑なのだから基礎研究の段階でできる限りシンプルにしておかないと更なる発展など程遠いことは間違い無い。
ポンコツMachine,ほどよく検討する
これまでチームメンバーは,前回から最適化を目指す反応系においてPd触媒の活性をさらに上げる反応系を探していたが,筆者からすると今回の本質を捉えていない気がした。つまり,水の過剰な添加によって原料の分解を招くことが収率の上がらない1番の要因であるため,まず水の量を減らすことが優先だと考えた。この作業仮説のもと,筆者は水の影響が確認できる実験系を設定してスクリーニングを開始した。そして,過飽和量の無機塩と少量の水の添加に変更した4個目の反応系で約15%の収率向上と10~15%ほど原料回収できる系を見出した。
個人的にBRSM(based on recovered SM)という表記があまり好きではなく現場の人間として原料回収せずにスパスパ進めたいので,土台を固めた反応条件から反応を完結させる実験系や他の触媒条件を探索した。相関移動触媒を添加すると収率が4-5%程度微増する条件を見つけたものの,別の問題で原料が分解してトータルマイナスになった。
ポンコツ先輩,うざ絡みする
筆者は何とも言えない結果によって得られたもやもやとストレスを解消するため,帰国が近づいて慌ただしい日本人学生の邪魔をすることにした。結果について「どう?」と挨拶がわりのジャブをふんわり入れると「添加剤加えて収率3~4%しか上がらなかったら誤差ですよ。誤差。」と宮田ばりの高速クロスカウンターを喰らい,瞬殺KOしてきたのでしょんぼりした。しかし,筆者も10%上がっていれば悪くなかったと考えており,おっしゃる通りだった。彼には筆者が一時帰国したとき,どんなに忙しかろうが焼肉を奢って貰おう。
今回の場合,研究内容を考えると1つの反応を最適化し続けて合成過程を誇る研究がゴールではなく,早く最後までモノを作って生物活性評価を行い,次の展開に繋げることが本質だ。反応の最適化に飽きてしまった筆者は,本質を見据えるという名の言い訳のもと,検討を切り上げることにした。目的物が本当に良いモノと確認できれば,その時本気で最適化しよう。
ポンコツチーム,メンバーの脱退に泣く
ある程度データが出来上がったところで予定外の出来事があった。チームメンバーであるD1の子がラボローテーションをするのでチームから抜けた。当時のチームは筆者,D5x2, D1で構成されており,筆者らはサポートという形でD1の子に最先端の合成を任せていた。ラボローテーションは研究所のカリキュラムとして認められており,筆者も非常に良い文化だと思っている。入ってから何か違うと感じたときに色々な所を回って「自分で選択できるシステム」は様々な方向性に悩む学生にとって良いはずだ。彼女もここで学んだことを活かして別のラボで頑張ってほしい。
筆者らはその子の歩調にあわせて研究スピードを緩めていたが,その必要がなくなった。のんびりできるパラダイスタイムが終焉に近づいていることに気付き,筆者は少し泣いた。
ポンコツ博士,信頼のされ方を探ってみる
D5の学生がDefenceの内容に使うため,D5の学生が最先端の実験を行うことになった。彼らが卒業するといよいよ「筆者,動きます。」状態になる。その前にまずボッスの信頼を得るため,事前に一工夫することにした。具体的には,筆者が見つけた鍵反応の最適条件を最先端を行う学生に再現してもらうことを試みた。得体の知れない人間が最速で信頼してもらうには既に信頼されている共同研究者に実験系を再現してもらうのが一番確実だ。ちゃんと再現できるか少しドキドキしたが,D5の学生が実験系を完璧に再現できたため,この結果を持ってボッスの最上級の褒め言葉であろう「Fabulous!」を頂いた*。また,ボッスにこれぐらいの検討で切り上げてええかいな?とスムーズに聞けた上,筆者のペースで実験できるようになった。
*推薦してくださった先生が「ボッスってFabulous!ってめっちゃ言わない?」と言っていたが「OK・Good・Nice・Fantastic!」しか言われたことがなかったため,筆者が勝手にFabulousをボッスの最上級と定義した。留学して2 Fabulousしか貰ってないので頑張りたい。
ポンコツ悟りポスドク,再度悟る
ポスドクとしてちゃんと真面目にやっているアピールを行った。今回の結果は若い頃の数撃ちゃ当たる発想から,最初の思考でそれなりに本質に近付けられる感覚が確立されていることが大きいのかもしれない。骨組みが整っていたのでぶっちゃけ大した検討ではなかったが。
一方,上述に挙げた感覚を掴むためには,昔から要領が良くない筆者が嫌々ながらも実験も含めた色々なことをこなした経験があるからこそなのではと考えている。実験に関しては,理論的だが鬼畜さ・理不尽さが入り交じる時代背景で,殺人的な実験量をこなしてきた若手教授世代から言わせればゴミのような少ない実験量と言われるかもしれないが,自分なりに限界の中でやってきたつもりである。最近,プロ野球で投げ込みや走り込みの必要・不要論などの色々な論争があるが,筆者は実験化学においても量をこなして”自分なりの何か”を掴む工程があると考えている。
やったことない実験系や面倒そうな雑務が転がり込んできそうでも速攻ノーと言うのではなく,一度は渋々やってみることをお勧めする。その経験を経て取捨選択するのは自由だが,あーだこーだ避けるのはあまりオススメしない。相手の試させてくれる時間とタイミングもまた有限なのだ。やりたくない気持ちはすこぶる分かるが,自分にほんの少しでも余裕があるなら愚痴愚痴言いながらやった方が,その経験を活かせる時が人生のどこかに眠っている気がする。(本当にキツイときは避けることも重要だ,逃げ恥x②)
賢い人に上述の工程は不必要かもしれないが,筆者は凡人であり,振り返れば今の筆者を構成するために必要な工程だった。まだまだ道半ばでこれからも大なり小なり失敗と経験を重ねるだろうが,アラフォーやアラフィフになって再度振り返ったときにどんな形であれ全てを笑い話にできる人間になっていれば勝ち組だ。と,アラサー筆者は新たな境地を悟った。
最低限の仕事を終えて自由行動しやすくなった筆者は,次のミッションに備えるためにさらなる日常生活の充実を目指した。
〜〜続く〜〜
関連リンク・引用文献
いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元。
iPS細胞の発見をもたらした「必要」と「偶然」 —ノーベル生理学・医学賞を授賞した研究の背景:Science Portalより
ピッチャーのコントロールについて:本文中の投げ込み動画と同様に”やらないと身につかない”を成功した一流選手達が口を揃えてコメントすると重みが違う。量・質の議論は両極端ではなく,自分にピッタリの質を探すために色々な量をこなす必要があるということだろう。コントロールの鬼だった攝津さんのフォームはシンプルさを突き詰めた結果らしい。その他,この動画(この辺から2分程度)の五十嵐さんの組織論が面白く,アカデミアどころか社会全体に通じる。