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スポットライトリサーチ

タンパク質の構造ゆらぎに注目することでタンパク質と薬の結合親和性を評価する新手法

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第 387 回のスポットライトリサーチは、慶應義塾大学大学院理工学研究科 泰岡研究室 前期博士課程 2 年の 安田 一希 (やすだ・いっき) さんにお願いしました。
安田さんの所属する泰岡研究室では、分子動力学 (MD: Molecular Dynamics) を用いた分子シミュレーションを駆使し、ナノテクノロジー・環境科学・創薬などの先端技術をミクロな視点から解析されています。安田さんらのグループは、タンパク質の “構造ゆらぎ” がリガンド (タンパク質に結合する低分子) との相互作用によって特徴づけられることを MD とディープラーニングを組み合わせた計算科学により明らかとしました。その結果は高く評価され、Nature 系列誌 Communications Biology に掲載されるとともに、慶應義塾大学よりプレスリリースされました。

Differences in ligand-induced protein dynamics extracted from an unsupervised deep learning approach correlate with protein–ligand binding affinities
Ikki Yasuda, Katsuhiro Endo, Eiji Yamamoto, Yoshinori Hirano and Kenji Yasuoka
Communications Biology, 2022volume 5, Article number: 481, DOI: 10.1038/s42003-022-03416-7.

Prediction of protein–ligand binding affinity is a major goal in drug discovery. Generally, free energy gap is calculated between two states (e.g., ligand binding and unbinding). The energy gap implicitly includes the effects of changes in protein dynamics induced by ligand binding. However, the relationship between protein dynamics and binding affinity remains unclear. Here, we propose a method that represents ligand-binding-induced protein behavioral change with a simple feature that can be used to predict protein–ligand affinity. From unbiased molecular simulation data, an unsupervised deep learning method measures the differences in protein dynamics at a ligand-binding site depending on the bound ligands. A dimension reduction method extracts a dynamic feature that strongly correlates to the binding affinities. Moreover, the residues that play important roles in protein–ligand interactions are specified based on their contribution to the differences. These results indicate the potential for binding dynamics-based drug discovery.

 

慶應義塾大学大学院理工学研究科の安田一希 (修士課程2年)、遠藤克浩 (研究当時博士課程2年)、平野秀典特任准教授、同大学理工学部の山本詠士専任講師、および泰岡顕治教授の研究グループは、機械学習によりタンパク質の構造ゆらぎから薬 (リガンド) とタンパク質の結合親和性を予測する新規手法を提案しました。

近年、コンピュータシミュレーションによるリガンドの結合親和性を予測する研究が盛んに行われています。しかし、従来の手法は長時間かつ多くの計算資源を必要とします。本研究では、短時間の分子動力学シミュレーションとディープラーニングを含む機械学習手法を組み合わせることで、少ない計算資源でリガンドの結合親和性を評価することに成功しました。

(中略)

本研究成果は、2022年5月19日に国際誌「Communications Biology」に掲載されました。

慶應義塾大学プレスリリース、2022 年 5 月 20 日

シミュレーションによるリガンドとタンパク質の結合親和性予測は、創薬研究において強力な支えになることは間違いありません。AI 創薬に各研究者が鎬を削るなか、本研究成果は簡便に創薬可能性を評価する手法のグローバルスタンダードとなる可能性を秘めています。

安田さんの研究姿勢や人となりについて、研究室を主宰する教授の 泰岡 顕治 先生 よりコメントを頂戴しました!

安田君は、タンパク質が関係する生理現象に強い関心がある学生です。今回の研究は、機械学習を使ったタンパク質の分子動力学データの解析ですが、データの解析や実験文献との比較考察などで、彼の長所である分析力と好奇心がよく表れています。また、学内外の共同研究にも積極的に参加するなど、活躍の場を広げつつあります。普段の生活でも研究で培った観察力を発揮し、周囲の仲間や教員とのコミュニケーションも活発に行なっています。分子動力学と機械学習の組み合わせという新しい分野を開拓する研究者として、これからの活躍にますます期待しています。

今回の成果は修士1年までの研究内容ということで、今後もますますの研究の進展が期待されます!
それでは、インタビューをお楽しみください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

タンパク質の分子構造は,安定な構造の付近をふらふらとゆらいでいます。そして,タンパク質の機能を制御する役割を持つリガンドが結合した際には、そのゆらぎはリガンドとの相互作用により変化します。本研究では、ニュートンの運動方程式を解くことで分子の挙動をシミュレーションする分子動力学計算によりタンパク質の運動を原子解像度で追跡しました。その後、リガンドとの作用によって変化するタンパク質のゆらぎを機械学習により解析しました。その結果、機械学習の特徴量抽出により得られた構造ゆらぎの特徴から、リガンドの結合親和性を評価できることを示しました

図1: タンパク質の構造ゆらぎを分子動力学計算によって得たのち、機械学習により特徴抽出を行う。本研究では、ゆらぎの特徴を表す量とリガンドの結合親和性が相関することを示した (プレスリリースより)。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

工夫した点は、機械学習によって得られるゆらぎ特徴量の解釈です。一般的に、機械学習では「中身がブラックスボックス」と揶揄されるように、結果の解釈が難しいです。しかし、今回の手法はゆらぎを表す時系列データの違いから自動的に特徴を抽出しますが、具体的にどのようなゆらぎが特徴として認識されているかを解析により明らかにすることが可能です。機械学習によって判定された特徴的な運動をうまく説明するような量の探索には何ヶ月もかかりましたが、最終的には、拡散運動に注目した良い物理量を設計することができました。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

一口に構造ゆらぎといっても、膨大なアミノ酸から構成されるタンパク質が示す構造ゆらぎは、時間スケールや部位などに関して多種多様です。今回の手法は、注目する構造ゆらぎをある程度自分で探索する必要があり、この選定が難しかったです。そのため、注目する粒子の数や時間スケールなどに関して複数のパターンでの計算を行いました。その結果、リガンド結合サイト付近にあるアミノ酸の短時間の運動から、リガンドの結合親和性を精度良く求めることが可能であると分かりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

将来的には、シミュレーション技術を様々な化学や生物に関する現象へ応用し、現象解明や技術開発を行いたいです。プレスリリースのタイトルに “創薬への応用が期待” とあるように、創薬や医療分野への技術応用を常に見据えながら、社会に貢献できる科学者になりたいと考えています。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします

最後までご覧くださりありがとうございます。学部4年時から取り組んできたテーマを何とか形にすることができました。そして、試行錯誤しながら研究を行い、結果をまとめ、論文として発表するという一連の研究活動から非常に多くを学ぶことができました。今後も自己研鑽に励み、一人前の研究者を目指したいです。

最後に、このような場で研究を発信する貴重な機会を与えてくださった Chem-Station のスタッフの方々に心よりお礼申し上げます。また、普段からお世話になっている研究室の学生や教員の方々、そして家族に改めて感謝申し上げます。

研究者の略歴

名前: 安田 一希 (やすだ・いっき)
所属: 慶應義塾大学大学院理工学研究科 泰岡研究室
研究テーマ: 分子動力学シミュレーションデータへの機械学習の活用

安田さん、泰岡先生、ありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!

泰岡顕治先生の第 12 回ケムステ V シンポ講演動画

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DAICHAN

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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