[スポンサーリンク]

化学者のつぶやき

カルボン酸、窒素をトスしてアミノ酸へ

[スポンサーリンク]

カルボン酸誘導体の不斉アミノ化によりキラルαアミノ酸の合成法が報告された。カルボン酸をヒドロキシルアミンと縮合後、ルテニウムもしくは鉄触媒によりアミン部位の特異な1,3-移動が進行する。

不斉C(sp3)–Hアミノ化

α-アミノ酸(非天然を含む)は、生物活性物質、機能性材料、医薬品など様々な分野で用いられるため、その簡便な不斉合成法開発の学術・産業的価値は極めて高い[1]。直截的な合成法として、入手容易なカルボン酸のカルボニルα位でのC–N結合形成が考えられる。実際に、カルボニル化合物の直接不斉アミノ化は多く報告されているが[2]、酸性度の低いカルボン酸を出発物質として用いたのはほとんどない(図 1A)[3]。また、適用可能なアミノ化剤は一般的にアゾ化合物である。したがって、それら反応で得た生成物をアミノ酸へと導くのは多工程に渡る上、困難である。
一方、ナイトレン挿入反応は触媒によって反応性、反応点を調整できる有用なC–Hアミノ化法である。分子内反応は確立されているものの、分子間反応はそのエナンチオ選択性に課題がある[4]。本論文著者のMeggersらは2019年、ナイトレン挿入反応によるアジド基をもつアセトアミドの不斉分子内アミノ化を報告した(図 1B)[5]。本反応では、著者らが得意とするChiral-at-Metal(Ru)錯体*1が不斉触媒として用いられた。アジドとRu錯体により生成したナイトレンがC–H結合と反応する。その際に、アセトアミドのアリール基と触媒のピリジンのp-p相互作用により立体配座が固定され、高エナンチオ選択的に反応が進行する。2020年、同様の触媒によりウレア誘導体の不斉分子内C–Hアミノ化にも成功した[6]。著者らはこの反応形式をカルボン酸の不斉アミノ化反応に適用できないかと考えた。試行錯誤の末、カルボン酸とヒドロキシルアミンの縮合体であるアザニルエステルを出発物質に用い、窒素原子を転位させる「分子内」不斉C–Hアミノ化を開発した(図 1C)。すなわち、アザニルエステルのN–O結合が開裂し、生じたナイトレンがカルボン酸のカルボニルα位のC–H結合に挿入することで反応が進行すると想定した。

図1. (A) カルボニル位の不斉アミノ化反応 (B) chiral-at-metal錯体を用いたナイトレン挿入反応 (C) 今回の研究

 

“Stereocontrolled 1,3-Nitrogen Migration to Access Chiral α-Amino Acids”
Ye, C. -X.; Shen, X.; Chen, S.; Meggers, E. Nat. Chem. 2022, 14, 566–573.
DOI: 10.1038/s41557-022-00895-3

論文著者の紹介

研究者:Eric Meggers 

研究内容: Chiral-at-Metal錯体を用いた不斉反応、キラルな光触媒を用いた不斉反応

研究者:Shuming Chen (陈 舒铭)

研究者の経歴:

2016    Ph. D., Yale University, USA (Prof. Jonathan A. Ellman)

2016–2019 Postdoc, University of California, Los Angeles, USA (Prof. Kendall N. Houk)

2020–     Assistant Professor, Oberlin College, USA

研究内容: 計算化学による反応機構の解明

 

論文の概要

著者らは、アザニルエステル1に対してジクロロメタン中、L-RuDMPと炭酸カリウムを作用させることで(R)-アミノ酸誘導体2が得られることを見いだした(図 2A)。例えば、フェニル基(2a)、アジド基(2b)をもつアザニルエステルを用いると良好な収率、エナンチオ過剰率で対応するアミノ酸誘導体を与えた。光学活性なa位二置換アザニルエステルも本反応に適用できた((s)-1c→(R)-2c)。また、(R,R)-FeBIPを用いるとS体のアミノ酸誘導体が得られた。芳香環をもたないアザニルエステルから高いエナンチオ過剰率でアミノ酸誘導体2dを与え、リトコール酸誘導体1eのような複雑化合物を用いても問題なく反応が進行した。
DFT計算により、この高いエナンチオ選択性は、先行研究[5]と同様に遷移状態におけるアザニルエステルのアリール基と触媒のピリジン部位とのπ–π相互作用に起因することがわかった(図 2B)。なお、芳香環をもたない場合は、カルボニルa位の置換基と窒素上の保護基との立体障害を避けるような立体配座をとることで、エナンチオ選択的に反応が進行すると著者らは結論づけた(論文参照)。
著者らは計算化学と実験的な反応機構解析から本反応はラジカル機構であると推定している(図 2C)。まず、アザニルエステル1のN–O結合が開裂し、各々が触媒に配位することで中間体Aを与える。続いて、水素原子移動(HAT)によりジラジカルBが生じる。ラジカルリバウンドによってキレート錯体Cが生成し、プロトン化されて錯体から脱離することで、アミノ酸誘導体2を与える。

図2. (A) 反応条件と基質適用範囲 (B) 主要な遷移状態 (C) 推定反応機構

以上、Chiral-at-Metal錯体を用いたナイトレンのC–H挿入反応による、a-アミノ酸の不斉合成法が開発された。アザニルエステルから分子内で窒素を”トス”することで、高い反応性とエナンチオ選択性を獲得した。本手法により、多分野におけるアミノ酸研究の促進が期待できる。

 用語説明

Chiral-at-Metal錯体: 複数の二座配位子が八面体錯体を形成することで中心金属が不斉点となる錯体を指す(図3)。Meggersらが開発した錯体では、二つの二座配位子によって中心金属の立体化学が決定する。配位したアセトニトリルは容易に脱離し、反応基質が配位する。

図3. Chiral-at-Metal錯体

 

参考文献

  1. (a) Koniev, O.; Wagner, A. Developments and Recent Advancements in the Field of Endogenous Amino Acid Selective Bond Forming Reactions for Bioconjugation. Chem. Soc. Rev. 2015, 44, 5495–5551. DOI: doi.org/10.1039/C5CS00048C (b) Mazo, A. R.; Allison-Logan, S.; Karimi, F.; Chan, N. J.-A.; Qiu, W.; Duan, W.; O’Brien-Simpson, N. M.; Qiao, G. G. Ring Opening Polymerization of α-Amino Acids: Advances in Synthesis, Architecture and Applications of Polypeptides and Their Hybrids. Chem. Soc. Rev. 2020, 49, 4737–4834. DOI: 10.1039/C9CS00738E (c) Blaskovich, M. A. T. Unusual Amino Acids in Medicinal Chemistry. J. Med. Chem. 2016, 59, 10807–10836. DOI: 10.1021/acs.jmedchem.6b00319
  2. For selected examples; (a) Saaby, S.; Bella, M.; Jørgensen, K. A. Asymmetric Construction of Quaternary Stereocenters by Direct Organocatalytic Amination of α-Substituted α- Cyanoacetates and β-Dicarbonyl Compounds. J. Am. Chem. Soc. 2004, 126, 8120–8121. DOI: 10.1021/ja047704j (b) Suri, J. T.; Steiner, D. D.; Barbas, C. F. Organocatalytic Enantioselective Synthesis of Metabotropic Glutamate Receptor Ligands. Org. Lett. 2005, 7, 3885–3888. DOI: 10.1021/ol0512942 (c) Evans, D. A.; Nelson, S. G. Chiral Magnesium Bis(sulfonamide) Complexes as Catalysts for the Merged Enolization and Enantioselective Amination of N-Acyloxazolidinones. A Catalytic Approach to the Synthesis of Arylglycines. J. Am. Chem. Soc. 1997, 119, 6452–6453. DOI: 10.1021/ja971367f
  3. Morrill, L. C.; Lebl, T.; Slawin, A. M. Z.; Smith, A. D. Catalytic Asymmetric α-Amination of Carboxylic Acids Using Isothioureas. Chem. Sci. 2012, 3, 2088–2093. DOI: 10.1039/C2SC20171B
  4. For selected examples; (a) Nishioka, Y.; Uchida, T.; Katsuki, T. Enantio- and Regioselective Intermolecular Benzylic and Allylic C–H Bond Amination. Angew. Chem., Int. Ed. 2013, 52, 1739–1742. DOI: 10.1002/anie.201208906 (b) Nasrallah, A.; Boquet, V.; Hecker, A.; Retailleau, P.; Darses, B.; Dauban, P. Catalytic Enantioselective Intermolecular Benzylic C(sp3)–H Amination. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 8192–8196. DOI: 10.1002/anie.201902882
  5. (a) Zhou, Z.; Chen, S.; Qin, J.; Nie, X.; Zheng, X.; Harms, K.; Riedel, R.; Houk, K. N.; Meggers, E. Catalytic Enantioselective Intramolecular C(sp3)–H Amination of 2-Azidoacetamides. Angew. Chem., Int. Ed. 2019, 58, 1088–1093. DOI: 10.1002/anie.201811927
  6. Zhou, Z.; Tan, Y.; Yamahira, T.; Ivlev, S.; Xie, X.; Riedel, R.; Hemming, M.; Kimura, M.; Meggers, E. Enantioselective Ring- Closing C–H Amination of Urea Derivatives. Chem 2020, 6, 2024– DOI: 10.1016/j.chempr.2020.05.017
Avatar photo

山口 研究室

投稿者の記事一覧

早稲田大学山口研究室の抄録会からピックアップした研究紹介記事。

関連記事

  1. フリーラジカルの祖は一体誰か?
  2. 対称性に着目したモデルに基づいてナノ物質の周期律を発見
  3. ケムステイブニングミキサー2019ー報告
  4. コロナウイルスが免疫システムから逃れる方法(1)
  5. (-)-ナカドマリンAの全合成
  6. ~祭りの後に~ アゴラ企画:有機合成化学カードゲーム【遊機王】
  7. 電気化学の力で有機色素を自在に塗布する!
  8. 白リンを超分子ケージに閉じ込めて安定化!

注目情報

ピックアップ記事

  1. ImageJがWebブラウザ上で利用可能に
  2. PACIFICHEM2010に参加してきました!②
  3. ソープ・インゴールド効果 Thorpe-Ingold Effect
  4. 求核的フルオロアルキル化 Nucleophilic Fluoroalkylation
  5. 危険物データベース:第5類(自己反応性物質)
  6. 論文・学会発表に役立つ! 研究者のためのIllustrator素材集: 素材アレンジで描画とデザインをマスターしよう!
  7. タミフルの効果
  8. 核のごみを貴金属に 現代の錬金術、実験へ
  9. ソラノエクレピンA (solanoeclepin A)
  10. 「化学の日」はイベント盛り沢山

関連商品

ケムステYoutube

ケムステSlack

月別アーカイブ

2022年6月
 12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930  

注目情報

最新記事

「MI×データ科学」コース ~データ科学・AI・量子技術を利用した材料研究の新潮流~

 開講期間 2025年1月8日(水)、9日(木)、15日(水)、16日(木) 計4日間申込みはこ…

余裕でドラフトに収まるビュッヒ史上最小 ロータリーエバポレーターR-80シリーズ

高性能のロータリーエバポレーターで、効率良く研究を進めたい。けれど設置スペースに限りがあり購入を諦め…

有機ホウ素化合物の「安定性」と「反応性」を両立した新しい鈴木–宮浦クロスカップリング反応の開発

第 635 回のスポットライトリサーチは、広島大学大学院・先進理工系科学研究科 博士…

植物繊維を叩いてアンモニアをつくろう ~メカノケミカル窒素固定新合成法~

Tshozoです。今回また興味深い、農業や資源問題の解決の突破口になり得る窒素固定方法がNatu…

自己実現を模索した50代のキャリア選択。「やりたいこと」が年収を上回った瞬間

50歳前後は、会社員にとってキャリアの大きな節目となります。定年までの道筋を見据えて、現職に留まるべ…

イグノーベル賞2024振り返り

ノーベル賞も発表されており、イグノーベル賞の紹介は今更かもしれませんが紹介記事を作成しました。 …

亜鉛–ヒドリド種を持つ金属–有機構造体による高温での二酸化炭素回収

亜鉛–ヒドリド部位を持つ金属–有機構造体 (metal–organic frameworks; MO…

求人は増えているのになぜ?「転職先が決まらない人」に共通する行動パターンとは?

転職市場が活発に動いている中でも、なかなか転職先が決まらない人がいるのはなぜでしょう…

三脚型トリプチセン超分子足場を用いて一重項分裂を促進する配置へとペンタセンクロモフォアを集合化させることに成功

第634回のスポットライトリサーチは、 東京科学大学 物質理工学院(福島研究室)博士課程後期3年の福…

2024年の化学企業グローバル・トップ50

グローバル・トップ50をケムステニュースで取り上げるのは定番になっておりましたが、今年は忙しくて発表…

実験器具・用品を試してみたシリーズ

スポットライトリサーチムービー

PAGE TOP