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スポットライトリサーチ

ラジカルの安定性を越えろ! ジルコノセン/可視光レドックス触媒を利用したエポキシドの開環反応

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第379回のスポットライトリサーチは、早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻(山口潤一郎研究室博士課程1年の会田 和広 さんにお願いしました。

「分子をぶっ壊す」を一つの大きな研究テーマに掲げる山口研究室では、これまでに困難であった共有結合の開裂と組み換えに関する研究を多数報告しています。
今回ご紹介するのは、可視光レドックス触媒を用いた、これまでとは異なる非対称エポキシドのC-O結合開裂反応の開発です。新たな選択性を示す分子変換法の開発は、これまでに困難であった分子の構築に大きく貢献する可能性を秘めています。本研究成果は、Cell PressのChem誌およびプレスリリースに取り上げられています。

“Catalytic reductive ring opening of epoxides enabled by zirconocene and photoredox catalysis”

Kazuhiro Aida, Marina Hirao, Aiko Funabashi, Natsuhiko Sugimura, Eisuke Ota, and Junichiro Yamaguchi

Chem 2022, 8, ASAP. DOI: 10.1016/j.chempr.2022.04.010

研究を指導された山口潤一郎 教授太田英介 助教から、会田さんについて以下のコメントを頂いています。

山口潤一郎 先生

会田くんは純粋に努力の人ですね。自分にもそこそこ厳しく、人にはもっと厳しいです笑。その性格から、研究室のお世話係である、ラボリーダを任命しました。実はあまり心地よい役柄ではないのですが、とってもよくやってくれています。
研究テーマに関しては、太田講師の第一報目。実は太田講師もこのスポットライトリサーチで「あれ?この子昔飲んだことあるぞ!」ということで、採用したんですよ。
会田くんは彼のはじめての学生なので、二人三脚でよくここまで仕上げました。時間はかかりましたが、当研究室初の光反応。ここから彼らの快進撃は始まります。

太田英介 先生

2019年の春、当時四年生の会田くん、着任後半年の僕、そしておそらく研究室主催者の山口教授(潤さん)も、このプロジェクトがここまで長期戦になるとは思ってもいませんでした。第一著者の会田くんは僕が教員になって初めてつけてもらった四年生の一人。潤さん風に言うと一蓮托生の関係です。研究開始当初は光源も不足していて、光触媒も一から作らなければならない、ジルコノセンの調製方法も知らない、そんな状態からスタートしたゼロイチ研究を完遂してくれました。本人も書いていますが、半年ほど目的の反応も進まず、幾度も暗礁に乗り上げそうになりました。しかし僕には、会田ならやってくれそうな気がする、という根拠のない自信がありました。というのも、彼は底なしのスタミナと貪欲な知識欲の持ち主。四年生の夏ぐらいから、その片鱗を見せ始めました。化学への熱量が尋常ではなく、寝る間を惜しんで実験し(たまに寝ながら?)勉強する学生です。あまりにも吸収が速いので、四年生にもかかわらず色々なことを詰め込んでしまった気がしますが、今では彼抜きで山口研の光反応開発は考えられないと思うほどのキーマンに成長してくれました。彼の特徴を一言で言うならば「窮地に立たされたときに真価を発揮する男」でしょうか。それまで20%台だった開環体の収率を卒論発表1ヶ月前に50%、そして1週間前には90%へと押し上げました。反応機構解明でも、なかなか決定打となるデータの取れない日々が続く中、グローブボックスで溶液を調製することで納得のいくデータを取っています。僕自身実験結果に驚くことも多く、この研究を通して勉強させてもらいました。立場的には教員と学生ですが、苦難を共に乗り越えてきた戦友という表現がしっくりきます。博士一年となった今は後輩から信頼される立派なラボリーダー。現在進行中のテーマもこれまたチャレンジングですが、きっと彼ならやり遂げてくれるはず。今後も目が離せません。

今回はスポットライトリサーチムービーも撮影していただきました。スポットライトリサーチムービーとインタビューをお楽しみください!

スポットライトリサーチムービー

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

今回私たちは、ジルコノセン/可視光レドックス触媒を利用したエポキシドの開環反応を開発しました。

エポキシドは環歪みに由来する高い反応性を有することから、有機合成における合成中間体として頻用されます。エポキシドの変換には開環反応が利用され、極性機構では、エポキシドは求電子剤として振る舞います。一方、ラジカル機構でC–O結合を開裂する場合、エポキシドは求核的な炭素ラジカルとしてはたらき、極性機構とは異なる生成物に誘導できます。

図1. エポキシドの開環反応

これまでのラジカル機構でのエポキシドの開環反応は、チタノセンを利用した反応が一般的でした。また、本反応は官能基許容性が高く、天然物合成にも頻用されます。本反応において、非対称のエポキシドを用いると、C–O結合開裂の位置選択性が問題になります。チタノセンを利用した場合、熱力学的に安定なラジカルを与えるようにC–O結合が開裂し、多様な生成物に誘導できます。私たちは、より不安定なラジカルを与える触媒系を設計できれば、エポキシドをさらに有用な合成中間体として利用できると考えました。そこで私たちは、チタノセンを利用した反応の駆動力が強いTi–O結合の形成であることに着目し、Tiより酸素親和性の高いZrを用いれば、より不安定なラジカル中間体が得られると期待しました。Bell–Evans–Polanyi則から、非常に強固なZr–O結合の形成を駆動力とすれば、C–O結合開裂の遷移状態がより早期化すると予想されます。遷移状態が早期化すれば、遷移状態の構造が原系に近くなり、ラジカル反応の常識を覆す、ラジカルの安定性に支配されない触媒系が設計できると考えました。

図2. 作業仮説

 

以上の作業仮説のもと、種々の検討に取り組んだところ、ジルコノセン/可視光レドックス触媒存在下、チオウレアと1,4-シクロヘキサジエンを添加してエポキシドに青色光を照射することで、置換基の多いアルコールを得ることに成功しました。本反応は想定したように、チタノセンとは異なる位置でC–O結合が開裂し、より不安定なラジカルを経由して反応が進行します。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

一番の思い入れは、添加剤であるチオウレアの発見です。B4の初めにこのテーマの研究を開始してから約半年間、いくら実験しても全く目的の生成物が得られない日々が続きました。そこで、同族のチタノセンを利用したエポキシドの開環反応に関する論文を文字通り読み漁り、チオウレアの添加を思いつきました。チオウレアを添加したことでアルコールの収率が0%から5%程度まで向上し、非常に感動したことを覚えています(たった5%ですが…笑)。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

ありきたりですが、機構解明実験に苦労しました。山口研究室で初めての可視光レドックス触媒を利用した研究テーマということもあり、機構解明研究における知見が全くありませんでした。その他の論文の見よう見まねで実験を進めてみたものの、全く期待する結果は得られませんでした。最終的にStern–Volmer実験やNMR実験など、全てグローブボックス内で試料を調製することで期待の結果を得ることができました。空気下で行っていた実験が間違っているとは夢にも思っていなかったので、想定する反応機構を疑っていましたが、念のためグローブボックス内で試料を調製したことで、期待した実験結果が得られました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

これまで0→1のテーマを研究してきたので、これからも新しい化学に積極的に挑戦していきたいです。また、今回の論文で量子化学計算や電気化学など、有機合成化学以外の分野について学ぶ機会をいただけたので、今後も幅広い分野に興味をもち、有機合成化学にとらわれない発想、思考で研究していきたいです。現在、日本学術振興会の若手研究者海外挑戦プログラムに申請しているので、このプログラムに採用され、さらに幅広い化学に触れることが第一の目標です。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

ChemRxivに投稿されてから約1年間、山口研の幻の論文と噂になっていたかもしれませんが、遂に出版できました。Chem誌に出版されて、非常に嬉しい反面、続報へのプレッシャーが半端ないです笑。現行テーマもうまく行けば今回以上に面白い成果になると思いますので、是非期待していてください!

最後に、日頃の研究を指導してくださっている潤さん、慶さん、英介さん、カトケンさん、分離の困難な生成物を一生懸命単離してくれた平尾さん、就活の中、原料を必死で合成してくれた船橋さん、機構解明研究で量子化学計算やNMRなどお付き合いいただいた杉村さんに感謝します。また、こうした形で研究紹介を行う機会を下さったChem-Stationスタッフの皆様に深く感謝いたします。

筆頭著者の会田(写真右)と2nd authorの平尾さん(写真左)

研究者の略歴

名前:会田和広

所属:早稲田大学大学院先進理工学研究科応用化学専攻 山口潤一郎研究室

   博士課程一年 日本学術振興会特別研究員(DC1)

研究テーマ:ジルコノセン-可視光レドックス触媒を用いた環状エーテル開環反応の開発

関連リンク

プレスリリース:従来とは逆のエポキシドの還元的開裂反応に成功~ジルコニウムと可視光に着目した触媒を開発~

Macy

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有機合成を専門とする教員。将来取り組む研究分野を探し求める「なんでも屋」。若いうちに色々なケミストリーに触れようと邁進中。

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