引き続きアメリカでの日常グルメ編をお送りいたします。(実験で面白いネタがないとか言えない)
ポンコツシリーズ一覧
第6話:ポンコツ博士,食文化を探究す②
最近筆者は,アカデミアや企業戦士達が学会等をオンライン視聴できるようになったことは極めて革新的な出来事だった,と考えるようになった。デメリットが多いコロナ騒動で新しい試みがあったのはメリットだったのではないだろうか(オンライン発表は好きでないが,聞くのは嫌いじゃない)。今後,学会のハイブリット化が当たり前になりそうな近未来において日本の大きい学会でオンライン国際発表が進展するのだろう。日本人科学者の英語力(会話力の方が正しいかも)が問われるため,次世代の学生らは英語がペロリヤーナになっていなければ良い研究でも国際競争に対抗できなくなるのではないか。自主学習できない筆者が強制的に英語圏で生活することになって良かったな…などと思いにふけるのであった。
と,偉そうなエセ識者のようなことを書いてみた。何故かというと,オンライン懇親会に参加した際に先生方から「アメリカでなんで和な食事してるの!肉を喰え!肉を!」と筆者の食生活についてご指摘頂いたのである。筆者も肉は好きなので肉回を書かねばと思ったが,ケムステ記事だからそこはかとなく科学記事にしなければ…と言葉を捻り出したのだった。
長い前置きになったが,筆者は日本のアカデミアの指示に従ってアメリカンビーフを探索した。
ポンコツグルメ家,アメリカ肉を勉強する
日本の牛肉にA5, B5, No.12などのランクがあることは周知の事実ではないだろうか。筆者は子持ち世帯年収で平均ちょい上ぐらいの家庭で育ったが(両親は地方公務員+準公務員),食べることを生きがいとする両親が和牛しか買わなかった。そのため,やけにエンゲル係数が高い幼少期を過ごしており,地元和牛を食べるのが日常だった。和牛といっても田舎なのですき焼き用の和牛切り落としが300-500円/100g,ステーキ用ヒレも1000円/100g程度で都会相場より安めなのだ。両親が東京で同じレベルの和牛を買おうとした時,2-3倍高くて卒倒したらしい。何れにせよ,知らず知らずと肉にうるさいはずの筆者はアメリカンビーフの情報を収集した。このサイトによるとアメリカの牛肉は米国農務省(USDA)によって決定されており,Prime>Choice>Selectの順番でグレード付けされているらしい。Choiceが日本へ一般輸入されている牛肉なので,筆者はまずChoice肉を購入し,その後Prime牛を試食することにした。
ポンコツ肉食家,Choiceを喰らう。
筆者はRalphsで容易に入手可能なステーキ用のリブ肉を購入した。$9.0/240gなのでリーズナブルなお肉だろう(図1A)。触った感じ,身や脂身に硬さを感じたためレア~ミディアムを断念し,白ワインとバター,オリーブオイルを用いてじっくりウェルダンまで仕立てることを試みた(図1B)。出来上がりを図1Cに示した。想像より肉汁が出たのでなんだかワイン煮みたいになったが,ほどよい柔らかさの肉を得ることができた。また,筆者は溢れ出した肉汁が勿体ないのでオイスターソースと絡めてえんどう豆と人参の炒めものを調製した。情熱を注げる方は肉汁の封じ込めを目指して低温調理(40-63℃)を行った後,中火でアロゼをした方が良いかもしれない。
実食の時間だ。最適な条件を確認するため,筆者は粗挽塩胡椒から検討を開始した(Table 1,entry 1)。塩胡椒はサシの効いた肉の旨味を引き立てることが知られている。しかし,Choice肉が思った以上にさっぱり赤身のため,旨味…!という旨味を感じることができなかった。マグロのトロ,松阪牛などに代表される油がのった旨味に反応する日本人舌であることも影響しているのだろう。味の向上は見込めないかも…と筆者は少し肩を落としたが,添加剤としてソースをスクリーニングしたところ,わさび醤油で化けることを見出した(entry 5)。さっぱりxさっぱりのコラボに間違いはなく,筆者の予想を超えた美味しさを確認できた。
Table 1 Optimization of Choice Steak Conditionsa
ポンコツ美食家,Primeを喰らう。
Choiceの味わい方を確認できた筆者は,Prime肉に対する検討を試みた。しかし,アメリカでも高級肉は価格が高く,購入を怯んでいた(>$15/250g)。そんな中,ある日筆者はRalphsのセール販売メールを確認したのですぐにPrime肉を調達した。確かにWagyuよりも安くて大きいお買い得品だった(図2)。筆者は,ママタレブロガー化してきていることに気が付いた。
Prime肉には明らかな柔らかさを感じたため,ほとんどの部分をミディアムレアで調製した。”ほとんどの部分をミディアムレア”にした理由は,1切れをウェルダンにしてChoice肉と比較するためである。化学系の反応開発研究では溶媒,温度,添加剤等のファクターを1つずつ変えて条件を最適化していくのが定石だ。化学的な類比思考を行うと,Prime肉の真の旨味を確かめるためにはChoice条件からファクターを1つずつしか変えられない。つまり,Prime肉でウェルダン+わさび醤油を検討してからミディアムレア+わさび醤油→ミディアムレア+塩…と展開しなければ最適条件は見いだせない。研究生活によって鍛えられた筆者の変人感が顕になったが,料理においてもやり方は理に適っているはずだ。検討の詳細については割愛させて頂くが,旨い肉に余計なものは無粋であることが分かった。すなわち,塩胡椒の添加が一番美味しかった(table 2, entry 3)。
Table 2 Optimization of Prime Steak Conditionsa
ポンコツ博士,まとめる
まことしやかに噂されるアメリカの肉が安くて大きくて美味しいという事実に間違いはなかった。高級グレードも比較的容易に入手可能で,旨い肉には塩胡椒の添加が最適であることが分かった。
メンタル的に追い込まれやすい研究の世界において何らかの癒しスパイスが入るだけで精神的に楽になることは言を俟たない。筆者はどんなにお金がなかろうとも,倒れないように食べるものだけは意識して院生生活を突破した(代わりになけなしのお金と筆者本来の体型を失った)。今回の記事は過酷な生活と向き合う研究戦士達への息抜きになれば幸いだ。また,科学記事っぽくするため,反応開発研究の学生に向けて筆者が学んだ美しいtableの作り方の1例をなんとなく紹介した。
一方,筆者の食べたお肉の中でかど萬のオイル焼きが人生で一番美味しかったと記憶している。あのレベルを家で再現することは不可能なので,次回は外食編(BBQやステーキなど)をレポートし,日本の焼肉屋・ステーキ店との違いでも投稿しよう。
…一体,筆者は何を書いているのであろうか。正気に戻った筆者は記事の迷走から帰ってくるため,実験という現実に向き合うことにした。
〜〜続く〜〜