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一般的な話題

飲むノミ・マダニ除虫薬のはなし

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Tshozoです。先日TVを眺めていて「かわいいワンちゃんの体をダニとノミから守るためにお薬を飲ませましょう!」というCMをボーっとみた後風呂に入り、布団に入ったあと何か違和感を感じたため調べました。お付き合いください。(注:本件はニンゲンの薬の話ではなく、犬猫などのケモノのためのお薬の話です! 絶対に食べたり使用したりしないでください!)

記事概要

要は「飲み薬でなんで体外の虫が殺せるんだ?」という疑問が発生したためです。結論としては「経口薬を体に吸収させ、実質的に血液中に殺虫剤を混ぜることで血を吸いに来た虫を駆除する」ということだったのですが正直ええっ、と思いませんか。言い方は悪いですが殺虫剤を体内に撒くのですよ。そこに違和感があったため、冒頭の疑問につながることになったわけです。

・・・と思いましたが、同様のルートをたどる材料は意外と既に色々と前例があるのに気づきました。

たとえばフィラリア。蚊を媒介とする、犬などのペットだけでなく医療の発達していない途上国では人にも恐ろしい寄生虫ですが、今ではペットへは経口薬で非常に高い確率で予防できます。詳細は省きますがモキシデクチンのようなタイプのものだと、経口薬として血中に吸収されその状態が保持されつつ侵入してくる原虫の細胞膜へ作用することによるもの。なので血中に薬剤を一定期間保持させるのは当たり前の話なんですね。

またそこから進んだ皮膚への移行についても、ヒトの水虫薬で既に実績があります。体内から効く世界初の水虫経口薬が1997年に開発され特に爪水虫に効果を上げていますが(塗り薬に使われる「テルビナフィン」が飲み薬として使われているという、珍しいタイプ)、これも長期的にジワジワと血液から爪を含む皮膚組織へ浸透することで効能を発揮。そうした薬が既にあることを考えると、体内、特に血液を経由して皮膚へ移行させ、結果的に体外でその効果を発現させるというのは技術的には意外と問題にはならないのかもしれません(注:テルビナフィン塩酸塩は摂取した場合肝臓に悪影響が出ることがあり、患者さんは使用に当たっては事前の十分な確認が必要です)。おわり。

と簡単に書いてみたものの、やっぱり結構難しい気がしてきましたし、色々工夫がありそうな気もしてきたので以下調査結果を書いていきます。

どういう薬か

筆者が見たのはベーリンガーインゲルハイム社が開発・製造し、日本全薬社が販売する「ネクスガード」という薬のCM。ちょうど今某県付近で活発にCMされているので目にする人も多いのではないかと思います(下記で例に挙げるものの一部にはミルベマイシンオキシムのような線虫駆除薬が併せて配合されていますが、今回記事はそれらは割愛)。

公平のため書いておきますと同様の薬は他社からも発売されており、MSD Animal Health社の「ブラベクト」(有効成分を日産化学が発見)、エランコジャパン(バイエル系)の「クレデリオ」、ゾエティス(ファイザー系)社の「サロネラル」などがありますがこれらはいずれもイソオキサゾリン系の分子構造を持ち、基本機能は似ておる模様です。で、それぞれに使われているのがアフォキソラネル(Afoxolaner)→ネクスガード、フルララネル(Fluralaner)→ブラベクト、ロラチネル(Lolatiner)→クレデリオ、サロラネル(Saloraner)→サロラネル、という物質。分子構造は下図の通り。

今回紹介する主な薬 4種類(英語版wikiより引用) どれも犬だけでなく猫にも使えるもよう
時系列的にはアフォキソラネルが最初に発見され、フルララネルがほぼそれと同時、
ロチラネルが少し遅れ発売、サロラネルが一番新しいらしい

こうした成分に共通しているのがマダニやノミ等の有害無脊椎動物に共通する神経機能(下図・ゴキブリ駆除に関する成分に関する記事から再掲)のうちClイオン(クロライド)チャンルに作用する点。イソオキサゾリン系物質はこのクロライドチャネルより深く浸透する性質を持ち、その結果イオンの動きを妨げ対象虫を異常興奮状態に至らしめ死滅させるというもの。このチャネルは哺乳類には存在しないらしく、犬や猫の体内に対し有害性はかなり低いことが予想されます。上図のように「平べったい長細い分子構造」が当該チャネルと相性が良いのでしょう。一方で本来このチャネルに対し機能を果たすべきGABA(γ-アミノ酪酸)はそこまで平たくない分子構造なのに不思議ですね。

無脊椎動物の神経チャンネルと作用する薬剤一覧(以前の記事から再掲)
今回はFipronilが養蜂に関係し得るということで欧州で規制が入ったため、
その代替物的に塩素イオンチャンネルを阻害する材料が求められていた

State-dependent inhibition of GABA receptor channels by the ectoparasiticide fluralaner - ScienceDirect

(文献1)より引用 クロライドチャネルの中に忍び込み、-CF3部位でClをはじき返す作用のように見える
ちなみにイベルメクチン(とフィプロニル)もこのチャネルを標的にしていて基本無脊椎動物にしか効果がない
なのに某
ウイルスに効くとか言う話が出てくること自体が荒唐無稽なので無視しましょう
(注:イベルメクチン、フィプロニル、イソオキサゾリンそれぞれ作用する場所は異なる)

で、問題はこれらを一旦体内に取り込ませ、血液経由で体内に拡散させることがなぜ出来るのかという点。正直文献を読み込んでもわからんのですが、MSD・日産化学殿によるこちらの資料による体内拡散の結果を見てみると犬の場合摂取後に「フルララネルは経口投与後、脂肪組織、肝臓、皮膚、腎臓、筋肉、被毛に分布した」とあり、何の原理かわからんですが血液経由で全身、しかも皮膚や毛にまで到達するということが明らかになっています。分子構造がよく似ているほかの3つの薬剤もおそらく同様に拡散するのでしょう。

さらに驚くべきはその即効性。上記資料を改めて見るとフルララネルだと4時間(P9)、またZoetis社に資料も見てみるとサロラネルだとたった3時間(P2)でその有効性が発揮(ノミ、マダニを実際に駆除)されるらしくその体内拡散性が極めて高いことが裏付けられています。もちろんアフォキソラネルもロチラネルもほぼ同等の即効性を示すようで、いずれも血流に乗るとはいえ、皮膚とか体毛付近まで出てくるのに接種後数時間ですよ。まぁ筆者が酒飲んだらすぐ酔っぱらったり赤くなったりすることを考えるとそんなに不思議なことではないのかもしれませんが、エタノールのような低分子材料ではなく分子量600前後の中分子とも言えるようなサイズの分子が犬や猫の体内に容易に拡散するのか、という点で興味深いところです(ここらへんの皮膚移行性についての概論はこちらの紙面がわかりやすい・特に毛に移行しやすいのは汗腺などの付属器官を経由している可能性有)。

なぜこうも拡散性が高いのか色々調べてみましたが、脂溶性と親水性のバランスが優れている、ということと犬と猫はヒトに比べて概ね体重が少ないので薬剤が回りやすい、ということ以外ほとんどわかりませんでした残念ながら。おそらくこれまでの動物用医薬品の経験からどの分子構造が体内に拡散しやすいかを決めていったものだと思いますが、製薬会社はそういったことも含めて重要なノウハウをお持ちなんだと思います。

代表的なフルララネルの効果(文献2) 血を吸いに来たノミを
長期間片っ端からやっつけていることがわかる
また皮膚や体毛にも移行していることから、血を吸う前に叩いている可能性も大

おなじく実際にノミ・マダニに苦しんでいた犬の状態がフルララネル投薬により改善された例(文献3)
一目瞭然とはこのこと 他の3種類も同等の効果を示す

あと筆者が少し勘違いをしていたのですが、これまでのノミ・マダニ除去薬は例えば犬の背中側の首元に滴下することで効果を発揮すると考えていました(例:「フロントライン」・Fipronilが有効成分として使用されていた)。実際に使用説明書にも「血中にはほとんど移行しない」と書かれており、いわば外用薬だったわけです。ところが今回調べた結果、たとえばZoetis(ファイザー系)が提案している「レボリューションプラス」では犬や猫の背中に滴下することで全身の皮膚・体毛に広がり効果を示す…だけでなく、なんと皮膚経由で素早く血管に入り臓器を含めた全身に拡散し、さらに皮膚に逆拡散するという非常に興味深い体内拡散経路をたどります。有効成分自体はサロネラル(と線虫用のセラメクチン)なのですがその溶媒は開示されておらず、皮下脂肪をすぐに通り抜けて血管に到達する配合について工夫されているものと推定されます。何等かの理由で経口で接種できないようなケースや、手順の簡単さなどを考えた場合には重要な薬剤の使用方法なのでしょう。なおそれはもう昔、筆者が工業用エタノール(>99%)を入れたビーカーに手を突っ込んでどのくらいで酔っぱらうかをオフザケ半分で試してみたことがありその結果結構な短時間で(以下略)

Zoetis社の動画より引用 リンクこちら

このように本当に色々な工夫がなされている点、感心する以外ございません。ただ筆者はヒネクレているのでこうした有効性が高い材料が出てくるにつけ、その残留性や副作用や耐性虫の発生、またミツバチ等の益虫への有害性とかの方が気になってしまうのですが最近はこうした周辺への影響についても事前にだいぶ調べているはずなので、背反事項が出てこないことを祈るばかりで。いずれにせよ今回紹介したイソオキサゾリン系のダニ・ノミ殺虫薬は新たに開発されてからまだ10年経っていない新しい材料ですので、使用されるのはいいとしても思わぬ現象が出てこないとも限りません。筆者ごときが心配する話ではないのかもしれませんが、是非注意深く経緯を見守っていただきたいところです。

ノミ・マダニに関するヒトへの被害などについて雑感

実はエキノコックスの話を調べたあたりからマダニ・ノミ・南京虫などのキーワードが気になり色々と調べていたので、以下今のところのまとめを蛇足的な感じで書いてみます。

筆者の時代でいうと近隣が田舎であったためダニ経由であるツツガムシ病は結構うるさく言われていましたし最近で言うとSFTS(重症熱血小板減少症候群)とかいう厄介な病気がありますし、そもそもダニはいったん噛みつかれると簡単には取れず、かなり厄介な害虫であることは再認識されねばなりません。特に最近キャンプブームなどで何も知らずに草むらや笹藪に入っていきイノシシやシカ経由で葉の裏に移動したダニに乗り移られて噛まれて吸血されきって初めて気が付く、ということは結構起きているのではないかと思います。

「シカにおける抗SFTSV抗体保有状況」(文献4)より引用
要はSFTS罹患経験のあるシカ個体数の割合で、西日本、特に中国地方近辺はかなりやばい数値
(文献4)にはアライグマ経由でもかなり拡大していることが明示されている

筆者は奈良県が結構好きで何度か訪れているのですが、よく見ると耳のあたりとか頬とかにマダニが結構いたりする鹿がいて(参考リンク:こちら)そういった個体を避けては周囲の葉とか足元とかを気にしてキョロキョロしているせいで完全に不審人物と化しています。帽子をかぶってマスクをして変な動きをしている中年の男がいたら間違いなく筆者と思っていただいて結構です。ただ大前提として奈良公園内のシカは野生だからそれがいいのと、シカの食べ物に農薬をまくわけにはいかない、という前提で管理しているのでもちろんそのことを認識したうえで訪問していますが、特に発生しやすい夏場などに行くことが多いのですが今回の記事を書いてみてヒト用のアフォキソラネルとか出来ないのかなとも思ったりしています。山の管理や狩猟を生業とされるような方々には必須の予防薬になったりせんかなぁとも…無理ですかね。

筆者撮影

そりゃ事前にディートなどが入った虫よけスプレーを体中にまく、とかいう手もありますが忘れたら終わりですし効能は100%とはいいがたいのが現状。あと殺虫というより忌避剤なのでとりあえず追い払うのみ、というのも平和主義的すぎてあまり好みではない。別に飲み薬でなくても構いませんが奈良公園は大好きなだけに足が遠のくようなことにしたくないなあと強く思っているため、何とか良い方法を関係される方々に見出して頂きたい次第で。

またダニだけでなくノミも昔ヨーロッパでネズミ経由でペストを媒介していた歴史があるように、だいたいろくでもないものを運んでくる可能性が非常に高い害虫。今回調べて初めて知ったのですがノミはサナダムシのような条虫をも媒介するらしく、ダニも今まで以上に知られてないようなタイプの難病とかも仲介しているんではないかと邪推してしまいます。第一ノミは噛まれると非常にかゆく処置を誤ると化膿すら起こし、筆者の場合も30年前に噛まれた傷の部分が未だに残っている有様です。完全に個人的恨みになりますがノミこそ殲滅されねばなりません。そのため繰り返し申し上げます通り筆者は平和主義者ですが自分が昔受けた被害のことを考えると目につく限り殲滅しなければならないと思っております。その中で人間社会に一番近いケモノである犬、猫を中心に今回のような薬剤が安全な形で使われ、被害が減ることを願ってやみません。同時に、どうしてもニンゲン関係にスポットライトが集まるあまり、極めて重要な分野でありながら相対的に目立たない分野になってしまっているであろう農業・畜産・動物分野でこうした化学物質を地道に作られ、土台から社会に貢献されている方々にももっとスポットライトが当たっていってもらいたいと考えている次第です。

ということであんまりまとまっておりませんが今回はこんなところで。

参考文献

1. “State-dependent inhibition of GABA receptor channels by the ectoparasiticide fluralaner”, M. Kono et al., Pesticide Biochemistry and Physiology
Volume 181, February 2022, リンク

2.”ブラベクト錠 獣医師向け資料”, MSD Animal Health, リンク

3. “Efficacy of orally and topically administered fluralaner (Bravecto®) for treatment of client‑owned dogs with sarcoptic mange under field conditions”, Chiummo et al. Parasites Vectors (2020) 13:524, リンク

4. “重症熱性血小板減少症候群(SFTS)の現状(動物編)”, 前田健 国立感染症研究所 獣医科学部 第11回日本医師会-日本獣医師会連携シンポジウム 令和元年度, リンク

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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