第 374回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学 創薬化学大講座 薬化学研究室 (永澤研究室) 6年生の 河合 寛太 (かわい・かんた) さんと、同大学 医療薬剤学大講座 薬物治療学研究室 (位田研究室) 6年生の 村上 貴規 (むらかみ・たかのり) さんにお願いしました。
ヘムは化学的にも生物学的にもさまざまな魅力を秘めた、鉄含有生体分子の一つです。呼吸、エネルギー産生、異物代謝など生体の恒常性維持に必須の分子であり、またその分解物 (ビリルビンや一酸化炭素) もさまざまな生理活性を示します。さらには、ヘムの産生や代謝異常が各種難治疾患と関与することも多くの研究によって明らかとされています。しかしながら、生きた細胞内で遊離ヘムのダイナミクスを検出することは困難とされていました。
河合さんと村上さんのグループは、これまでに所属研究室で培われてきた「鉄(II)イオンを検出する技術」を応用して、遊離ヘムを選択的に検出できる新規蛍光プローブを創製し、世界最高レベルの感度で生細胞内の遊離ヘムのイメージングを実現しました。そしてその成果を J. Am. Chem. Soc 誌へ発表し、見事カバーとして採用されるに至りました。研究成果についてのプレスリリースはコチラをご覧ください。
“Molecular Imaging of Labile Heme in Living Cells Using a Small Molecule Fluorescent Probe“
Kanta Kawai, Tasuku Hirayama*, Haruka Imai, Takanori Murakami, Masatoshi Inden, Isao Hozumi, and Hideko Nagasawa,
J. Am. Chem. Soc, 2022, 144(9), 3793–3803, DOI: 10.1021/jacs.1c08485
Labile heme (LH) is a complex of Fe(II) and protoporphyrin IX, an essential signaling molecule in various biological systems. Most of the subcellular dynamics of LH remain unclear because of the lack of efficient chemical tools for detecting LH in cells. Here, we report an activity-based fluorescence probe that can monitor the fluctuations of LH in biological events. H-FluNox is a selective fluorescent probe that senses LH using biomimetic N-oxide deoxygenation to trigger fluorescence. The selectivity of H-FluNox to LH is >100-fold against Fe(II), enabling the discrimination of LH from the labile Fe(II) pool in living cells. The probe can detect the acute release of LH upon NO stimulation and the accumulation of LH by inhibiting the heme exporter. In addition, imaging studies using the probe revealed a partial heme-export activity of the ATP-binding cassette subfamily G member 2 (ABCG2), potential LH pooling ability of G-quadruplex, and involvement of LH in ferroptosis. The successful use of H-FluNox in identifying fluctuations of LH in living cells offers opportunities for studying the physiology and pathophysiology of LH in living systems.
本研究を指揮された薬化学研究室准教授の平山祐先生より、お二人の研究生活についてのコメントを頂戴しております。
河合くんは好奇心旺盛で、どちらかというと考えより手が先に動くタイプです (少なくとも私にはそう見えます)。配属された当初から、実験のスピードと量がすさまじく、四回生 (2020年度) の秋頃には基盤となるデータが出はじめていました。細胞内ヘムの濃度を人工的に変動させるような実験系がほとんど無く、プローブの応用実験が手探り状態だったのですが、私の無茶振りをもろともせず、いくつもの新しい実験系を立ち上げてくれました。共同研究者の村上くん (薬物治療学研究室、研究者の略歴・写真左) は、河合くんと同級生で、ヘムエクスポーター FLVCR1a のノックダウン実験を一緒に実施してくれたのですが、二人で刺激しあって実験している様子は見ていて頼もしく感じました。論文投稿からリバイスの間、二人とも実務実習期間が重なっていたのですが、空き時間と休みを利用して着実に進めてくれ、今回の採択にこぎつけることができました。
本学は現在、全 6 年制に移行して、彼らの学年がその一期生ですが、「薬剤師免許を持つ研究者」の育成をかかげており、その良いロールモデルになってくれています。今後も持ち前の好奇心と馬力でおもしろい研究を進めていってくれることと期待しています。
薬剤師免許を所有する研究者は薬学部 6 年制移行によって激減してしまいましたが、やはり基礎と臨床の橋渡しができる 6 年制薬学科出身の研究者は重要であり、6 年制=臨床という当初のステレオタイプなイメージからの脱却を図る教育機関が増えてきたように感じます。「最先端の研究」と「ハイレベルな臨床業務」は決して両立できないものではありません。もちろんその実行には不断の努力が必要ではありますが、学生の研究に対する情熱と教員の優れた指導がそれを可能とするでしょう。本研究の成果は、多くの薬学生と研究者をエンカレッジするという意味でも非常に素晴らしいものであると感じました。それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
本論文ではヘム選択的蛍光プローブを新たに開発し、ヘムの細胞内挙動について調査を行いました。
ヘムは、二価鉄とプロトポルフィリンIX から構成される金属キレート大環状分子です。その役割としてはヘモグロビンでの酸素運搬や、ミトコンドリアでの電子伝達、P450 酵素の活性中心などが知られています。これらはタンパク質に結合したヘムですが、細胞内には遊離のヘムも存在しており、様々なシグナルを担っていることが示唆されています。しかし、生細胞内で遊離ヘムを可視化する手法はほとんど無く、未開拓な状況でした。そこでヘム選択的蛍光プローブとして H-FluNox を設計・合成しました (図1 b)。
H-FluNox はグルタチオン存在下で二価鉄と比較し、ヘミンに対して 100 倍選択的に応答しました (図1 a)。さらにその他生体内金属と比べてもヘミン選択的な反応を示しました。そこで、生細胞イメージング用プローブである AcH-FluNox を新たに開発してイメージング実験を行いました。
HeLa 細胞にヘムの生合成原料である 5-アミノレブリン酸 (ALA) とクエン酸鉄アンモニウム (FAC) を処理することで蛍光増大しました。またヘム合成阻害剤として知られているスクシニルアセトンを処理することで蛍光が減弱しました。このことから AcH-FluNox によって細胞内におけるヘムの挙動を可視化することに成功しました (図1 c)。
本発表論文中では他にも、NO (一酸化窒素) によるヘムの遊離、グアニン 4 重鎖のヘムプールとしての機能、薬物排出タンパク質がヘムトランスポーターとして機能すること、フェロトーシスにおけるヘムの増大等、様々な生理刺激によるヘムの変動について報告しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください
どの実験も時間の有効活用をするように工夫していましたが、特に論文投稿に向けた準備とリバイス実験の時期は実務実習の時期と丸々かぶってしまい、時間がないなかで結果がより求められる日々であったことが印象に残っており、また思い入れも強いです。
実務実習では薬剤師業務などを現場で学ぶため朝から夕方までは実験をする時間が取れませんでした。その中で、隙間時間の有効活用に努めました。時には朝 4 時から実習が始まるまでの間や、実習後の夜遅くまで実験を行いました。リバイス実験においても予期せぬ新たな生命現象に遭遇し 3 回も提出期限を延長してもらい、なんとか論文投稿までなんとか運ぶことができました。とても充実した時期ではありましたが、休みが無くとても大変だったというのが実際の印象です(笑)。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
細胞にとって諸刃の刃であるヘムの性質にはとても苦労しました。プローブを使用してヘムの細胞内挙動を解明するために、細胞内ヘムのホメオスタシスを一時的に変動させるような実験を行なっていましたが、ヘムによる細胞毒性のコントロールには非常に神経を使いました。その中でも村上君 (研究者の略歴・写真左) と行った共同研究が一番大変でした。一番初めに行った実験ではイメージング時に細胞数が片手で数えるほどしかなく、この手法では評価実験は厳しいだろうと感じたこともありました。しかし、それを村上君と一緒に議論を重ねて、試薬の種類、処理濃度・時間、細胞の育成条件、シャーレの種類などありとあらゆる条件を振ることで、やっと論文の形にまで持っていくことができました。論文の細胞を見ると、ここまでよく頑張ったなと感動します。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
社会における実用性のみに捕らわれず、純粋に面白いと思えるツールの開発や生命現象の研究に常に携われるようになりたいです。また自己満足で終わらず、見出した面白い研究を、ある一定の結果まで導くための実力を持てるように向上心を常に持ち、貪欲に努力していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
「試しにやってみよう」の精神が大事だと思います。研究していく上で、参考文献を探し、立てた仮説を基に実験を行うことが、研究を円滑に推し進めるために必要不可欠です。しかし、時には純粋に面白そうと感じたことをとりあえずやってみる方が、思いがけない結果をもたらすことがあります。また、そういう所に研究の面白さがあると感じています。
最後になりましたが、このような貴重な機会を与えてくださった、Chem-Station スタッフの方々に感謝申し上げます。また本研究を進めるにあたり、永澤先生、平山先生、辻先生には多くのご指導・ご激励をいただいたこと、この場をお借りして深く感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:河合 寛太 (かわい かんた) (写真右)
所属:岐阜薬科大学 薬学科 薬化学研究室
略歴:
愛知県立豊橋南高等学校 普通科 卒業
2016-現在 岐阜薬科大学薬学科 在学中、2019年10月より薬化学研究室に配属
研究テーマ: ヘム選択的蛍光プローブの開発とヘムの細胞内動態解明研究
名前:村上 貴規(むらかみ たかのり) (写真左)
略歴:愛知県立一宮高等学校卒業
2016-現在:岐阜薬科大学薬学科 在学中 2019年10月より薬物治療学研究室に配属
研究テーマ: 神経難病における脳内鉄ホメオスタシスの理解と制御
実務実習をこなしながら弱冠 5 年生での JACSカバー、凄すぎます!河合さん、村上さん、インタビューにご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
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