第375回のスポットライトリサーチは、茨城大学大学院 理工学研究科(近藤研究室)近藤 健 助教にお願いしました。
近藤研究室は2021年4月に発足した新しい研究室で、新しい触媒や反応の開発を行っています。注目されている光触媒ですが、貴金属の使用や高エネルギーの短波長光でなければ反応が進行しないことが多いという問題がありました。今回ご紹介するのは、上記の問題を解決する、記事タイトル通りまさにホウ素の力で空気が酸化に参加するという成果です。Chemical Communications 誌 原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Catalytic Aerobic Photooxidation of Triarylphosphines Using Dibenzo-Fused 1,4-Azaborines”
Kondo, M.; Agou, T. Chemical Communications, 2022, 58, 5001–5004. doi:10.1039/d2cc00782g
共著者の吾郷 友宏 准教授から、近藤先生について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
近藤先生はちょうど1年前に日立キャンパスに着任されましたが、我々の研究室ではタダの合成中間体としてしか見ていなかったホウ素化合物のポテンシャルを見抜かれ、ご自分で計画立案~実験研究~総括を迅速に達成されました。今後も、ご専門の一つである機械学習を使った触媒反応から有機・高分子材料開発など、斬新な着眼点からユニークで世界を先導する研究を進めていかれると思います。
研究以外では、近藤先生も私もラーメン大好きで、週末には車で日立周辺のラーメン屋を一緒に巡っております。今年度から対面での学会も順次復活していくと思いますが、日本各地のラーメン屋巡りにも期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
酸化反応は有機化学において最重要反応の1つですが、毒性・爆発性を示す酸化剤の利用、酸化剤由来の化学廃棄物の発生など、様々な問題が残っています。一方で空気中の酸素は入手容易・クリーンで理想的な酸化剤ですが、酸化反応には不活性なため、1重項酸素やスーパーオキシドラジカルなどの活性酸素に変換する必要があります。今回、有機ELなどに利用される有機ホウ素発光体(アザボリン)を光触媒に用いることで、空気中の酸素と白色光でリン化合物や硫黄化合物を酸化できることを明らかにしました(図1)。我々のホウ素触媒は①光触媒能による「3重項酸素の1重項酸素への活性化」、②ホウ素による「酸素付加中間体の活性化」によって酸化反応を促進します。リン化合物や硫黄化合物の空気酸化反応では、ほとんどの場合、水やメタノールなどプロトン性溶媒が不可欠ですが、この反応系では非プロトン性溶媒中においても反応が円滑に進行します。一方、ホウ素部位を酸素や硫黄に置き換えた触媒ではほとんど反応が進行しませんでした(図2)。この結果から特長②に挙げたホウ素部位のルイス酸性が重要であることが示唆されました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
私は2021年4月から吾郷先生(有機典型元素化学)と福元博基先生(高分子)と共同で研究室を運営しており、一般的な試薬はある程度揃っているのですが、着任1年目で反応開発に必要な試薬がほとんどありませんでした。光触媒に使えそうな有機ホウ素発光体はあったのですが、肝心の試薬が無いので途方に暮れていました。とりあえず、試薬棚にあるトリフェニルホスフィンの空気酸化でもやってみるか…、と試しにやってみたところ、意外に高い触媒活性を示して驚きました。その際に吾郷研のターゲット分子(=TADF分子)の中間体であるBr置換体を使っており(量がたくさんあったので使っただけですが)、それが最適触媒になるとは思いませんでした。この分子を使っていなかったら、ホウ素発光体に見切りをつけてこの研究は始まっていなかったかもしれません。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
古典的な酸化反応にいかに新規性を持たせるかに苦労しました。前述したように今回の酸化反応はプロトン性溶媒が無くても反応が進行するので、そこに面白みを持たせようと思いました。ホウ素が何か重要な役割を果たしているのだろうとは予想していたのですが、私はホウ素に関しては素人だったので、有機典型元素化学のスペシャリストの吾郷先生に色々とご助言いただきました。反応機構の考察は大変でしたが、最終的に先行研究や量子化学計算の結果に基づいて反応機構を推定した時には、結構面白そうなメカニズムだなあと感動しました(図3、あくまで推定なので、今後は実験的にも証明したいです)。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
化学には様々な分野がありますが、色々な化学を融合させた研究を行いたいと考えています(次は福元先生と高分子化学で何かやりたい)。今回も「光化学」「触媒化学」「構造有機化学」「有機典型元素化学」などの融合研究です。ある分野では当たり前だと思っていることも異分野を融合させると面白いことが分かるかもしれません。もちろん、化学にこだわらず、生物学や機械工学を取り入れてみるのもいいと思います(私も機械学習+有機化学の融合研究に携わっています)。最初は異分野領域に踏み込むことは躊躇うと思いますが、新しいこともたくさん学べるので楽しいですよ。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
研究者は最先端の研究に目を向けがちですが、研究室の大先輩の論文・試薬を改めて確認してみると、一見無関係に見えても面白い発見やヒントがあるかもしれません。今回の研究成果も過去の遺産のおかげです。研究で行き詰まった際には、皆さんの研究室の実験ノートや報告会資料、試薬棚をぜひ確認してみてください。
最後になりましたが、共著者である吾郷友宏先生、メンターである福元博基先生、今回このような貴重な機会を与えてくださったChem-Stationスタッフの方々に感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:近藤 健(こんどう まさる)
所属:茨城大学大学院 理工学研究科 量子線科学専攻
研究テーマ:有機化学を基盤とする異分野融合研究
略歴:
2012年 3月 名古屋工業大学工学部生命・物質工学科 卒業
2014年 3月 名古屋工業大学大学院工学研究科未来材料創成工学専攻 博士前期課程修了(中村 修一 教授)
2017年 3月 名古屋工業大学大学院工学研究科未来材料創成工学専攻 博士後期課程修了(中村 修一 教授)
2017年 5月 プリンストン大学 訪問研究員(David W. C. MacMillan 教授)
2017年 11月 大阪大学 産業科学研究所 特任助教(笹井 宏明 教授)
2020年 4月 大阪大学 産業科学研究所 助教(笹井 宏明 教授)
2021年 4月~ 現職