祝10話!筆者すらこんなに継続できると思っていなかったこのエッセイ。いったいどこまで続くのでしょうか。
ポンコツシリーズ一覧
国内編:1話・2話・3話 国内外伝:1話・2話・留学TiPs
第4話 ポンコツ博士,実験す
実験を開始した筆者は,チームメイトから貰った原料ビンをひっくり返し,25g程度あることを確認したので,とりあえずこのスケールで原料合成を始めることにした。最初の反応は非常に簡単かつ,結晶性が高かったので簡易な祖結晶精製で効率よく化合物を得ることができた(でもなんかちょっと臭かった)。海外でちゃんと実験できた!と意気揚々になった筆者は,次の実験工程を確認した瞬間,テンションが下がった。次の生成物はシリカゲルや熱に不安定で,ささっと精製しないと元の原料に戻ると書かれていたのだ。2工程目でコレですか…とドスの効いた日本語がとっさに出てしまったが,幸い筆者しか日本語が分からないためバレなかった。
ポンコツテクニシャン,実験テクを駆使する
筆者は,とりあえず反応を仕込んで反応混合物(以下,クルード)を30-40グラム程度確保した。出来上がった生成物がどのくらい不安定かを確認したかったので,2次元TLCでシリカゲルに対する安定性を調べた。1回目の展開後で分解を確認できなかったため,10分ぐらい放置して再度展開すると半分くらい原料に戻っていた。元々かなり独り言が多い筆者は「10分以内なんですね…」とまたも呟いてしまったが,誰にもバレないのは最高だった。
仕方ないので手持ちの精製テクを駆使して挑むことにした。ポンコツ必殺テクニック「ろ過マト」である。
う・ん・ち・く
所属した研究室ではBiotageさんや山善さん等の自動精製装置は残念ながら存在せず,どんなに馬鹿でかいスケールであろうと化合物の精製は自分の腕にかかっていた。そんな中,ろ過マトは大学生活を生き抜くために自力で編み出した必殺技だった…!と思っていたが,2000年頃,東京大学の福山研究室におられた菅敏幸先生が天然物談話会で情報共有しており,巷で知られた技だった。さて,基本的な方法はこのファイルを参照していただくとして,その応用法を紹介したい。ろ過マトの良いところは「吸引しながら精製できること」に尽きる。
例えば,Corey-Fuchs Alkyne反応でとあるアルデヒド原料を350gを仕込んで1段階目のクルードが2kgほど得られたとしよう。副生成物の大半はトリフェニルホスフィンオキシド(O=PPh3)であり,Hexane/Et2O(4:1)の混合溶媒を加えることで沈殿物として除けるが,大体1kgしか落とせない。もし残り1kgのクルードを教科書通りに精製すれば,ハンドバズーカ型カラム管を立てる必要があり,流速次第で1日中精製する羽目になる。発狂すること間違いなしだ。(余談だが,筆者は若かりし頃,大量のO=PPh3をう○ちと呼び,出来上がるたび後輩にわざわざ見せていた。おそらくあれがアカハラである。)
一方,ろ過マトは吸引ビンと組み合わせることで超高速精製が可能である。多少カブったとしても,再度カラムすれば良いだけで,圧倒的時短になる。ちなみに吸引できたら何でもいいと思って吸引できないガラス器具を無理やり使わないように。爆音と共にガラスのとてつもない粉砕が起こり,危険である(n=2)。
アナログ博士,ろ過マトる
ラボで吸引ビン等が見当たらなかったため,2口フラスコとなんか吸えそうな器具を使用し,このシステムで40gの混合物から10分以内に目的物の精製を目指した(Fig. 1A)。結果はFig. 1Bでそれなりに成功した(Visitingの学生に見せようとはりきったら,濾紙に混合物がべっとり付いて詰まり,ちょっと失敗したのは秘密である。10分以内で終わらせたので許してほしい)。
デリバリー博士,化合物をお届けする
前回の報告より10%程度,収率を改善できてホクホクになった筆者は実験をさらに進めた。以後もいちいち面倒な工程が多かったが,最先端を進める学生に鍵中間体を3グラムほど託すことができた。個人的にはまずまずの結果であった。
メンバーからある程度信頼を得た筆者は,メンバーがずっと苦戦していた収率が悪いポイントを改善することになった。筆者は,目標をセンターに入れてスイッチボタンを押す何かになる前に,日常生活の更なる充実を目指した。
〜〜続く〜〜
おまけ 〜菅先生とのエピソード〜
2回しか会ったことがないので先生は認識してなかっただろうが,お会いした時を随筆したい。
初めてお会いしたのは大学5年生である。筆者はとある学会でポスター発表をすることになり,ポスターの前で突っ立っていた。誰も来ないのでボーッとしていると,菅先生がフラフラっとポスターの前に立ち,ポスターをじっと見始めた。当時先生を知らない筆者は,誰だ…この人…と訝しんでいると,「君は〇〇(恩師の名前)くんの学生かい?」と突然問われた。「はい」と筆者が答えると,ここはどういうアイデアだ,この反応は実際やってみてどうだ,といくつか質問を投げかけてくれた。
ポンコツ筆者がちゃんと答えられたか正直今でも定かではないが,最後に「君は博士課程に進学するのかね?」と問われた。自分ルールでD進条件を満たしていたので進学の選択肢を心の中で浮かべていたが,まだ決めた訳ではなかった。しかし,ここはラボ的に前向きな回答をしなければと「進学しようと思っています」と答えた。
「そうか!君の居る研究室は昔からそうでなくちゃな!〇〇くんの仕事は面白いな!君も○○くんのもとで頑張りたまえ!」と言った後,颯爽と去っていった。
やった本人にとって大したことない行動だったとしても,第三者にはとてつもない影響を与えていることは多々ある。この場合も同様で,菅先生が激励したことで,筆者の人生の決断を後押ししたのである。今振り返ってみると菅先生の一言がなければ,もしかすると筆者は博士課程に進学していなかったかもしれない。人生とは本当に分からないものだ。
なので,他の先生方も本当にPh.D進学者の全体的な増加を求めているのであれば,知らない学生の研究ポスターにフラフラっと赴き,とりあえずよくわからない激励をしてほしいものである。人は褒められると調子に乗ることが多いため,案外,褒められてコロッとなる学生がいる気がするのは気のせいだろうか?。
ーおまけ終わりー
謝辞
改めて菅先生のご冥福を深くお祈りいたします。また,研究Tipsの添付・配布に関しまして,福山透先生に許可を頂きました。この場を借りて御礼申し上げます。
過去記事・関連リンク
有機化学合成協会誌3月号(2022):菅先生の追悼記事。筆者が許可メールを頂いた後,偶然にも福山先生が記事内で談話会の資料に関して語っているので驚いた。
菅先生の研究Tips:菅研究室のHPに最新版が存在した。HPリニューアルで万一リンクが消える場合,実験テク等がケムステに移管されないだろうか?
いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元。