現代、日本人の約 3 人に一人が花粉症 (季節性アレルギー性鼻炎) に罹患しており、その中でもスギ花粉症は国民病と呼べるほどメジャーなアレルギー性疾患に位置しています。花粉症の罹患者数はこの20年で増加の一途をたどっているようですが、治療・予防の選択肢もそれに合わせて増えています。ケムステでは過去にも花粉症対策の基礎知識という記事を公開しておりますが、当時よりも選択の幅は大幅に増えました。
花粉症における治療の第一選択はやはり抗ヒスタミン薬です。症状が軽めの方やなかなか受診する時間のない方には OTC 医薬品*を用いたセルフメディケーションが推奨されます。
*OTC = Over The Counter を意味し、薬局やドラッグストア等で購入するいわゆる一般用医薬品を指します。
ドラッグストアに並ぶ OTC 医薬品。右下には鼻炎薬が。 (画像はライセンスフリーのものを使用しています)
花粉症の市販薬、どれを選べばいい?
さて、薬局で買える抗ヒスタミン薬 (単一有効成分のもの) にはどんなものがあるでしょうか。思いついた順に有効成分名 (括弧内は代表的な商品名) をざっと並べてみました。
- フェキソフェナジン塩酸塩 (アレグラ®FX)
- ロラタジン (クラリチン®EX)
- エピナスチン塩酸塩 (アレジオン®)
- ベポタスチンべシル酸塩 (タリオン®AR)
- ジフェンヒドラミン塩酸塩 (レスタミンコーワ®)
- アゼラスチン (ムヒ®AZ)
- エバスチン (エバステル®AL)
- セチリジン塩酸塩 (ストナリニ®Z)
- ケトチフェンフマル酸塩 (ザジテン®AL鼻炎カプセル)
- メキタジン (ストナリニ・ガード®)
…ドラッグストア 1 店舗で全ての成分を取り扱っているわけではありませんが、かなり多いですね。これに成分量の違いや同成分の PB 商品があると、選ぶのも一苦労です。お世辞にも価格が安いと言えないものもあり、自分に合った医薬品を一発で選びたいところです。ですが正直、抗ヒスタミン薬の効き目の実感には個人差によるところも大きいので、薬剤師は過去の服用歴や患者さんの生活リズムに合った用法・副作用の強さ・価格などを元におすすめせざるを得ません。
しかし、たくさんある有効成分も、その化学構造に基づいてみると数種に統合分類することができ、「これは効いた、こっちは効かなかった」などの情報から患者さんに適した成分をある程度推測してオススメすることが可能となります。そこで本記事では、構造式に基づいた分類で抗ヒスタミン薬を紹介し、OTC 医薬品を選ぶ際の指標を提供したいと思います。
ベンズヒドリル構造を有する抗ヒスタミン薬
ジフェニルメチル基 = ベンズヒドリル基 (水色ハイライト部分)を有し、さらに脂肪族第三級アミンが特徴的な一群です。紫色のパッケージで有名なアレグラ (フェキソフェナジン) もここに入ります。
第一世代抗ヒスタミン薬であるジフェンヒドラミンは効果こそ最強で安価なものの、眠気・鎮静の副作用が非常に強いため日中の服用には向いていません。第二世代抗ヒスタミン薬のフェキソフェナジン、ベポタスチン、セチリジンは構造中に親水性のカルボキシ基を有するため血液脳関門透過性が低くなっており、そのため中枢系の副作用である眠気が出にくくなっています。またエバスチンはカルボキシ基を持っていませんが、このお薬はいわゆるプロドラッグであり、tert-ブチル基を構成する一つのメチル基が生体内でカルボキシ基に代謝されることで薬効を示します。
ベンズヒドリル系の選択には、比較的弱めの薬剤であるフェキソフェナジンの効果を基準にすると良いでしょう。フェキソフェナジンで少し効果が現れるが物足りないという場合は、同じベンズヒドリル系であるベポタスチンなどが著効するかもしれません。逆にフェキソフェナジンやベポタスチンでほとんど効き目を感じない方は、別系統の抗ヒスタミン薬が合っているかもしれません。また、第二世代のベンズヒドリル系抗ヒスタミン薬であっても眠気の副作用の強さには違いがあります。眠気による運転の可否についての添付文書への記載がその目安となります。フェキソフェナジンは運転に関する注意の記載がありません。ベポタスチン・エバスチンは「注意して運転する」となっています。そしてセチリジンは「運転させないこと」との記載があります。もちろん個人差がありますので、フェキソフェナジンでも眠くなるという方はこれまた別系統の抗ヒスタミン薬を選択することをオススメします。
ジベンゾシクロヘプタン構造を有する抗ヒスタミン薬
真ん中に七員環を持った特徴的な三環系構造 (赤色ハイライト部) を有する一群です。花粉ラクチンでおなじみのクラリチン (ロラタジン) がこのグループに含まれます。OTC 薬ではほかにケトチフェン (ザジテン) が市販されています。医療用医薬品では、シプロヘプタジン (ペリアクチン)、デスロラタジン (デザレックス)、オロパタジン (アレロック) がこの構造を有しており、ベンズヒドリル系に次いで抗ヒスタミン薬のメジャーな骨格です。
ロラタジンは血液脳関門に存在する P糖タンパク質によって排出されるため、眠気など中枢系の副作用が少ないとされています。ロラタジンはやや弱めであるものの、添付文書に運転に関する注意の記載がなく、フェキソフェナジンと並び使いやすい抗ヒスタミン薬です。ケトチフェンは「運転させないこと」となっています。
フェノチアジン構造を有する抗ヒスタミン薬
窒素原子と硫黄原子を含む三環系複素環であるフェノチアジンを構造中に有します。メキタジン (ストナリニ・ガード) が OTC 医薬品として市販されています。他のフェノチアジン系抗ヒスタミン薬には、総合感冒薬 PL®顆粒に含まれるプロメタジンがあります。
フェノチアジン系抗ヒスタミン薬は世代に関わらず抗コリン作用が強く、口の渇き・排尿困難・散瞳といった副作用が現れやすいとされており、閉塞隅角緑内障や前立腺肥大症の既往がある患者さんへの投与は禁忌となっています。また眠気も現れやすいため運転は避けることとなっています。OTC 薬の中では特に注意の必要な一群です。もちろん、他の系統の薬剤が効きにくい場合は禁忌に該当しなければ試してみても良いでしょう。
特殊な構造を有する抗ヒスタミン薬 ①
エピナスチン (アレジオン) はグアニジン構造を有する抗ヒスタミン薬で、高いヒスタミンH1受容体選択性とマスト細胞 (肥満細胞) からのケミカルメディエーター遊離抑制作用を併せ持つ特徴的な医薬品です。強塩基性であるグアニジン構造は生体内でプロトン化を受けるため、中枢移行性・鎮静性は比較的低く、車の運転は「十分注意すること」となっています。併用禁忌や注意となる医薬品もなく、1日1回の服用であることや、OTC 医薬品では症状に合わせて 10 mg・20 mg の二種類の用量が選択できることから、特にこだわりのない場合は第一選択薬にしてもいいかもしれません。
特殊な構造を有する抗ヒスタミン薬 ②
アゼラスチンはフタラジノン構造を有する唯一の抗ヒスタミン薬です。OTC 医薬品には単剤のムヒ®AZ や、リボフラビンとの配合剤であるジンマート®などがあります。同成分を主成分とする医療用医薬品であるアゼプチン®錠のインタビューフォームによると「ヒスタミン、ロイコトリエンなどのケミカルメディエーターに対し遊離抑制・拮抗作用を有するとともに、炎症細胞の遊走・浸潤や活性酸素産生の抑制作用によりアレルギー性疾患の重症化・慢性化に関連するアレルギー性炎症の抑制が期待できる」とあります。抗ヒスタミン作用に加え、炎症そのものを抑制する効果を併せ持つ医薬品です。これにより、アレルギー性疾患の重症化・慢性化に関連するアレルギー性炎症の抑制が期待できます。
構造上の特異性から、他の薬剤で充分な効果が得られない場合に効果を発揮すると考えられます。一方で鎮静性はやや強く、車の運転は避けることとされているため、使い所を選ぶべき医薬品でもあります。
薬剤師からみた抗ヒスタミン薬の選び方
特にお気に入りの医薬品が無い場合は、生活リズムに併せてフェキソフェナジン (1日2回服用) かロラタジン (1日1回服用) を第一選択にすると良いかと思います。いずれも眠気の副作用は現れにくく自動車の運転に対する注意もないうえ、2022 年 4 月現在では薬剤師不在でも購入することができます。選んでみた医薬品で一定の効果が得られたものの、もう少し強めの医薬品が欲しいと感じる場合は、同系統の医薬品で選んでみる (フェキソフェナジン→ベポタスチン、ロラタジン→ケトチフェン) と失敗のリスクを少なくできると思います。それでも効果の薄い場合は、エピナスチンを試すことをお勧めします。もちろん OTC 医薬品ではどうにもならないと感じたら受診を推奨しますが、構造式に基づいた薬理作用で医薬品を処方してくれるお医者さんはそうそう居ないと思いますので、抗ヒスタミン薬の選択には患者さん自身がある程度の薬識を持っていただくのがベストかと思います。
余談: 抗ヒスタミン薬以外で花粉症に有効な OTC 医薬品
点鼻薬であるフルチカゾンプロピオン酸エステル (フルナーゼ®) は、抗炎症性ステロイドであり鼻炎症状に対して即効性を示します。2022 年 4 月現在は要指導医薬品のため薬剤師による対面指導を受けないと購入できませんが、セルフメディケーションにおいて重要な位置を占める医薬品として注目されてます。鼻腔内のムズムズ感などは内服の抗ヒスタミン薬だけでは改善できないことも多く、ひどい花粉症症状には内服薬と外用薬を上手に組み合わせることが有効です。
漢方薬である小青竜湯 (しょうせいりゅうとう) は「水っぽい鼻水」が気になる方にお勧めです。漢方薬が副作用を示さないというのはだいぶ前に否定されたデマですが、少なくとも市販の抗ヒスタミン薬との併用には問題ないので、症状に応じて相補的に使用することが推奨されます。また、葛根湯加川芎辛夷 (かっこんとうかせんきゅうしんい) は抗ヒスタミン薬で改善しにくい鼻閉 (鼻詰まり) に著効を示します。いずれも OTC 医薬品として購入できますので、薬剤師に相談のうえ上手に活用してみてください。
おわりに
医薬品を化学構造から分類し選択することは、現役薬剤師でもなかなか難しいと思います (今のコアカリで学年が上がるにつれ構造式に触れる機会が減るのを何とかしてくれ)。しかし、医薬品とは化合物であり、その性質の類似性が化学構造によって予測できることは想像に固くありません。薬局の店頭で宣伝文句に踊らされ何となく選んでいた医薬品も、構造式に立ち返って分類することにより、真に自分に合った成分を選ぶことが可能になると思います。毎年花粉症に悩む皆様方、ぜひとも一度「お薬のカタチ」を意識して、パートナーを探してみてはいかがでしょうか。
[amazonjs asin=”B08B3H96Y1″ locale=”JP” title=”OTC医薬品の比較と使い分け”] [amazonjs asin=”4816370978″ locale=”JP” title=”現場で役立つ! OTC医薬品の特徴と選び方”]本記事の執筆にあたっては、こちらの書籍を参考にさせていただきました。より深く構造式と薬理作用の関係について学びたい方はぜひお買い求めください。
[amazonjs asin=”4909197052″ locale=”JP” title=”医薬品構造化学―薬の構造と薬理作用の関係を紐解く”]