第 380回のスポットライトリサーチは、東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 物質応用化学専修 博士前期課程 (研究当時) の 栗田真之介 (くりた・しんのすけ) さんにお願いしました。
栗田さんら、東京農工大 分子触媒化学研究室 (平野雅文 研) のグループでは、有機金属触媒や有機分子触媒を巧みに活用し、さまざまな機能性分子や新反応の開発に取り組まれています。今回、栗田さんらのグループは入手容易なルテニウム触媒を用いたイミノアルキンと共役ジエンのアニュレーションにより多置換ピロールを合成する新規手法を開発し、その成果を Organic Letters 誌に 発表、プレスリリースしました。
Shinnosuke Kurita, Sayori Kiyota, Nobuyuki Komine, and Masafumi Hirano
Org. Lett. 2022, https://doi.org/10.1021/acs.orglett.2c00773
A reliable method for preparing polysubstituted pyrroles from conjugated iminohexatrienes has been discovered. Ru(0)-catalyzed cross-dimerization of iminoalkyne with conjugated dienes provides a series of conjugated iminohexatrienes. Subsequent treatment with a catalytic amount of acetic acid (7 mol %) leads to an unexpected cyclization yielding 2-alkenylpyrroles. The overall reaction can be considered as a formal (4 + 1) annulation that involves the formation of a conjugated iminohexatriene followed by an intramolecular aza-Michael-type 5-exo–trig cyclization and subsequent proton migration.
新しい多置換ピロールの簡単合成法を開発:医薬品などの短段階で高収率な合成に貢献
https://research-er.jp/articles/view/109895
ピロールは天然物や医薬品を含む数多くの生理活性物質に含まれる複素環であり、多置換ピロールの効率的合成法は各種研究・産業において非常に有用です。栗田さんらのグループは本手法を用いてユニークな新規多置換ピロール群を合成し、その応用性を実証しました。
研究を指揮された教授の平野雅文先生より、栗田さんの研究姿勢や人となりについてのコメントを頂戴しました!
栗田真之介君は都立の名門 西高校から本学に入学し、私の研究室に来てくれました。高校から学部 3 年までは水泳部に所属し、競泳を続けたスポーツマンでもあります。研究室に入ってからは、休みの日にもやってくるなど大変熱心に取り組んでくれて、どこからか持ってきたドライアイスでカラムをぐるぐる巻きにして分離に成功するなど大変器用な学生でした。この 4 月からは界面活性剤などで有名な某企業に就職して兵庫県明石市で勤務とのことです。水泳部出身の栗田君ならこの絶好のチャンスを活かして、いつかうず潮逆巻く明石海峡・鳴門海峡を泳ぎきり、人生の荒波も乗り超えて世界で活躍する研究者になれると確信しています。
なんと、体力・行動力とセンスに溢れる素晴らしい研究スタイルですね!!ぜひとも見習いたいと思います!
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
多置換ピロールは、天然物や医薬品に見られる生物活性分子として機能する重要な複素環骨格です。多置換ピロールの合成法は 100 年以上前から優れた方法が知られていましたが、望みの位置に望みの置換基を導入した多置換ピロールの合成を目指して新たな合成法が活発に研究されています。我々の研究では、0価ルテニウム錯体を触媒としてイミノアルキンとペンタジエン酸メチルの反応により、室温かつ反応時間わずか 10 分でこれらの分子がカップリングした直鎖状のイミノ共役ヘキサトリエンが高収率で生成することが分かりました。
この化合物は、容易に加水分解されてしまうため、カラム精製もできませんでした。そこで未精製のまま Borch 還元によりアミンに変換して単離する計画としました。しかし、予想外なことに、還元生成物は一切得られず、偶然にも分子内環化した多置換ピロールが得られました。また、検討の結果、反応に用いた酸が環化芳香族化を促進していることが分かりました。この反応では交差二量化反応をメタノール中で行うと直接目的物を得ることもできました。本研究での重要な発見はメタノール中では加水分解が進行しないことであり、酸により溶媒であるメタノールの付加脱離が促進される点です。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
特に思い入れがあるのは、ピロールが形成していることがわかるまでの過程です。上記でイミノ共役ヘキサトリエンが不安定であることは述べましたが、その原料であるイミノアルキンも不安定なものが多く、–80℃ で保存をしないと分解してしまうものもありました。本研究は最初の原料合成から気を使い、イミノ共役ヘキサトリエンが得られても気を使って、というところで大変でした。また中間体の単離もできないため、本当に所望の生成物が得られているかも不安でした。その後偶然にもピロールが形成していることを、分析機器を駆使して平野教授と同定するまでは、分解してしまったのではないか、また新しい研究テーマに変更になるのではないかと、気が急いていたことを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
イミノ共役ヘキサトリエンの単離精製を試みたり、Borch 還元を試みたりしたところが困難に感じました。不安定なため、乾燥させたアルミナでカラムクロマトグラフィーをしたり、脱水条件下で Borch 還元を試みたりしました。Borch 還元の反応条件で偶然に生成したピロールが同定できた時は、面白い反応だと感動するより、実験が失敗したわけではなかったんだと安堵の方が大きかったです。B4~M1 までの研究は良い結果が得られない日々だったので、それと比べたらこの程度の困難は楽な方だと感じています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
日々の世界情勢に応じて、その時々でニーズも変化します。私は春から化学メーカーに入社しました。大学院までは目の前の実験をひたむきに頑張っていればよかったのですが、社会人はそうはいきません。これからは社会に貢献できるように、今後の社会の動向にアンテナを張り、どのような製品がニーズに結びつくのか、自分の化学の技術がどう生かせるのか、を常に考えて行動に移していきたいと思います。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
長期間良い結果が出ずに辛いこともありましたが、先輩や同期が夜遅くまでや、休日も頑張っている姿を見て、自分も頑張らなきゃと実験してきたことが、今になってよかったと気づきました。人によっては非合理的と感じるかもしれませんが、その下積みの成果として、新テーマになって1年で結果を出して論文投稿ができました。正直、今回の結果は ”たなぼた” だと自覚しています。が、下積みと周りの環境 (同期や先輩・後輩、スタッフ)は、私の研究に大きな影響を与えたと感じています。
1 人で頑張らなければならない場面もありますが、1 人だけでは研究はできない、ということは伝えたいですし、今後も自分に戒めていくつもりです。
最後になりましたが、ご指導頂いた平野雅文教授、小峰伸之助教、清田小織技術専門職員、そしてこのような貴重な機会を与えてくださった Chem-Station スタッフの方々に、この場を借りて心より感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前:栗田真之介
現所属:ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社
経歴:
2020年3月 東京農工大学 工学部 応用分子化学科 卒業
2022年3月 東京農工大学大学院 工学府 応用化学専攻 物質応用化学専修 博士前期課程修了
2022年4月~ ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ株式会社
栗田様、平野先生、ご協力いただき誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
東京農工大・平野研のスポットライトリサーチ
・シンクロトロン放射光を用いたカップリング反応機構の解明
・2つの異なるホウ素置換基が導入された非共役ジエンの触媒的合成と細胞死制御分子の形式合成に成功