第 378 回のスポットライトリサーチは、岐阜薬科大学大学院 生化学研究室 薬学専攻博士課程1年の 工藤 優大 (くどう・ゆうだい) さんにお願いしました。
工藤さんの所属する生化学研究室 (五十里 彰 研究室) では、新規抗癌剤開発、生理機能の維持における膜輸送体の機能・発現・局在に関する研究、新規機能性分子の創製といったテーマを掲げ最新の研究活動に励んでおられます。工藤さんらのグループは今回、新規抗癌剤の開発研究において目覚ましい成果を挙げられ、その研究成果を Journal of Medicinal Chemistry 誌に発表されるとともに、岐阜薬科大学よりプレスリリースされました。
オートファジーは、生体内の恒常性維持システムとして非常に注視されいてるメカニズムであり、化合物によりその機構を制御することは生命機能の解明や創薬といった分野において注目の的となっています。工藤さんらのグループは、オートファジーという生命現象に特異的な役割を担う分子である Atg4B に着目し、その阻害剤を見出すことに成功しました。ある種のがん細胞において、オートファジーは抗がん剤に対する耐性獲得メカニズムとしても機能します。Atg4B阻害剤は抗がん剤との併用によってその抗がん効果を増強し、がん細胞にトドメをさすことを可能とします。今回の成果は新たな作用機序を有する抗がん剤の創成においてさきがけとなる成果です。
研究を指揮された、生化学研究室 教授の 五十里 彰 先生ならびに准教授の 遠藤 智史 先生より、工藤さんの人となりや研究姿勢についてのコメントを頂戴いたしました。
工藤君は途中で諦めることがなく、時間をかけて粘り強く研究に取り組んでいます。また、集中力が高く、短期間で研究を実施し、まとめる能力を兼ね備えていると思います。研究チームではリーダー的存在で、他の学生の研究指導も積極的に行っており、非常に頼りになる存在です。今後はさらに視野を広げ、新しい道を切り拓いていくことを期待しています。
五十里 彰
工藤くんは勉強よりも実験が好きなタイプで、研究室配属時に複数研究テーマを提示したところ、どれも興味があるということで、同時に 2 つの研究テーマを進めることにしました。1 つが今回のオートファジー阻害剤に関する研究です。空き時間を作らないように実験を詰めていく圧倒的な実験量で 5 回生の終わりにはほとんどデータを揃え、6 回生に入って初稿を書き上げ、国家試験勉強もあったのですが、リバイス対応なども済ませ、採択に至ることができました。かと言って勉強をおろそかにしていたわけではなく、超(!)短期集中型で、国家試験模試でも十分な成績を取り、国家試験も大幅に余裕をもって合格しています。もう 1 つのアンドロゲン制御に関わる研究テーマについてもすでに実験は終えており、論文も書き上げています。新しい実験手技や実験機器にも興味津々で、次々と新たな評価系を構築しながら、オートファジーの現象の理解に向けて新しい研究テーマを進めています。また、その人柄と面倒見の良さから後輩からの信頼も厚く、これからの活躍を期待しています。
薬学部 6 年制カリキュラムでは、研究室配属後に事前学習 (OSCE、CBT)、実務実習 (病院と薬局に約半年)、通常講義に国家試験勉強とやらないといけないことが山積みです。その間に、研究を行い、学会発表、論文作成、大学院入試などもあります。大学院進学後は、まとまった時間がとれるため、じっくりと腰を据えて新たな分野を切り拓くような研究を進めていってほしいですね。
遠藤 智史
岐阜薬科大学は薬学部完全 6 年制に移行しつつも、薬剤師養成と最先端の研究の両立に成功しており、目覚ましい成果を多数挙げられています (第374回のスポットライトリサーチも岐阜薬科大学の学部生の方々の成果でした)。まさに今後の薬学研究のロールモデルを確立しつつあります。しかしながら、薬学部高学年のさまざまなイベントをこなしながら論文発表できるだけの研究成果を挙げるには、並大抵の努力では済まないことも想像に難くありません。そんな事情も鑑みつつ、今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
オートファジーに関連する論文は年間 1 万件発表されていますが、汎用されるオートファジー阻害剤は PI3 キナーゼ阻害剤やリソソーム阻害剤で、どちらもオートファジーを選択的に阻害するわけではありません。そこで、オートファジー特異的阻害剤の開発が必要であると考えました。オートファジーに特徴的な現象であるオートファゴソーム形成に重要な Atg4B に着目し、その阻害剤の創製に成功しました。オートファジーは抗がん剤処理のようなストレス誘導時に細胞保護的に誘導されるため、オートファジー阻害剤の併用が有効であると考えられています。前立腺がん細胞を用いて、開発した Atg4B 阻害剤が、既存前立腺がん治療薬と併用することで抗がん活性を増強することを明らかにしました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
本研究では in silico スクリーニングより見出した化合物をベースとして特異的に Atg4B を阻害する誘導体の創製を行いました。ベースとなった化合物はホスホリパーゼA2 (PLA2) を阻害することが報告されていたため、各誘導体の PLA2 および Atg4B 阻害活性についてそれぞれ IC50 値を算出するために多くの PLA2 阻害アッセイと in vitro cleavage assay* を行ったのは印象に残っており、Atg4B 阻害活性を効率的に評価するための新しいツールの必要性を感じ、今後開発できればいいなと思いました。
*in vitro cleavage assay: 大腸菌の系で発現し、単一に精製した酵素 (Atg4B) と基質 (C末に GST を融合させた LC3: LC3-GST) をインキュベートした後にSDS-PAGE で展開し、CBB 染色することで、基質 LC3-GST と生成物 (LC3とGST) のバンドの濃さを定量化することで、Atg4B 酵素活性を評価できる。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
本研究では、細胞内において創製した阻害剤の効果を見るために、抗がん剤によってオートファジーを誘導しました。その際に、オートファジーが誘導される適切な時間および濃度を検討することが大変でした。抗がん剤ごとにオートファジーおよびアポトーシスが起こる濃度や時間が変わってくるため、多くのウエスタンブロットを行うことで評価しました。結果として、それぞれの最適な濃度、時間で阻害剤の効果を見ることができ、研究を進める上でもコツコツと条件検討する重要性を学びました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私は母親を卵巣がんで亡くした経験から、また薬学部出身者として難治性のがんや神経変性疾患といった難病に対する治療薬の開発を目指しています。現在、医学の発展により、がんは治る病気となってきていますが、全ての患者さんが治る訳ではありません。私は薬学出身者として化合物の構造活性相関や物性といった化学的視点と生命現象といった生物学的視点を合わせ、新薬の開発に貢献したいと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
今回プレスリリースして頂いた研究は私が初めて研究に携わったテーマとなります。この研究を通して、「研究の面白さ」や「研究の大変さ」、「研究のやりがい」を知りました。想定の結果が得られなかった時もいろいろな角度からその結果を考察することは日常にも活きています。研究を通して生まれた、人と人との交流や考え方を研究だけでなく日常にも経験を活かすことが出来ればいいなと思っています。
最後になりましたが、このような貴重な機会を頂きました Chem-Station スタッフの皆様に厚く感謝申し上げます。私は化学というよりはどちらかというと生物寄りですが、Chem-Station は興味深い記事がたくさんで、また化学の内容も分かりやすく解説していただいているので、専門ではない分野の記事もいつも楽しく拝見させていただいています。また、本研究を進めるにあたり、五十里先生、遠藤先生、吉野先生には日々ご指導いただき、時には温かいお言葉をかけていただきまして、この場を借りて深く感謝いたします。
研究者の略歴
工藤 優大 (くどう・ゆうだい)
岐阜薬科大学大学院・薬学専攻博士課程1年・生化学研究室
略歴
札幌市立開成高等学校 普通科 卒業
2022年3月 岐阜薬科大学・薬学部・薬学科 卒業
2022年4月―現在 岐阜薬科大学大学院(薬学専攻)博士課程
研究テーマ
「オートファジー阻害による細胞障害機序の解明」
「オートファジー阻害作用を有する天然化合物の探索」
「アンドロゲンシグナルを制御する植物由来新規成分の探索」
工藤さん、五十里先生、遠藤先生、ご協力いただきまして誠にありがとうございました!
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!