私は化学素材メーカーで30年以上新規材料開発を行っており、それに伴って法規対応も多く経験しています。
化学メーカーでは、多くの法規制と向き合う必要があります。化審法、安衛法、毒劇法、消防法、化管法、水質汚濁防止法、大気汚染防止法、土壌汚染対策法……ざっと挙げてみただけでもこれだけの法律が出てきます。
また、食品衛生法、薬事法、農薬取り締まり法などの用途別の法規制もあります。
この中で特に苦労するのが「化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律」いわゆる化審法です。新規化合物を製造販売する場合に申請が必要になりますが、数千万円もの費用がかかるため、予算とも相談しながら対応していかなければなりません。
この化審法について、主に新規化学物質審査時の試験方法をまとめてみました。
化審法制定の目的
化審法はPCBによる環境汚染問題をきっかけとして1973年に制定されました。制定の目的が、化審法の第一章の第一条に目的が書かれていますので、引用しておきます。
この法律は、人の健康を損なうおそれ又は動植物の生息若しくは生育に支障を及ぼすおそれがある化学物質による環境の汚染を防止するため、新規の化学物質の製造又は輸入に際し事前にその化学物質の性状に関して審査する制度を設けるとともに、その有する性状等に応じ、化学物質の製造、輸入、使用等について必要な規制を行うことを目的とする
・経済産業省:化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律(PDF)
1925年に毒物及び劇物取締法が制定され短期毒性が強い物質の規制は開始されていましたが、それではカバーできない環境汚染を防止するために作られたのが化審法です。
化審法では次の3つことが定められています。
- 新規化学物質の事前審査
- 上市後の化学物質の継続的な管理措置
- 化学物質の性状等(分解性、蓄積性、毒性、環境中での残留状況)に応じた規制及び措置
この中で、最初に示した「新規化学物質の事前審査」について、述べていきたいと思います。
新規化学物質の届け出
新規の化学物質を製造、輸入するときには、危険性を試験して厚生労働省に届け出る必要があります(年間1t未満なら少量新規化学物質として試験をせずに届け出可能)。
危険性を判定する主な基準は次の3つです。
- 難分解性
- 濃縮性
- 長期毒性
環境に放出されたときに、分解されず、動植物の体内に濃縮されて、長期毒性が強いものほど危険性が高いと判定されます。
危険性の判定
届け出時の試験結果によって、化学物質は危険性に応じて下記のように分類されます。
この表で、上にいくほど危険性が高く、取り扱いの規制が強くなります。
一番厳しい第一種特定化学物質は、難分解性、高蓄積性で長期毒性もある物質で、基本的には(必要不可欠な場合を除いて)製造、輸入ができません。
二番目の監視化学物質は、難分解性、高蓄積性で長期毒性が不明な物質で、詳細な用途まで届け出る義務があるなど、厳しく管理されます。
それ以外の物質は、一般化学物質に分類されます。その一般化学物質の中でも危険性を総合的に判断して、第二種化学物質、優先評価物質、特定一般化学物質(2017年の改正で新設)、その他に分けられ、上にいくほど管理が厳しくなります。
新規な化学物質は登録申請を行って、どの分類かに登録された後に製造・輸入が可能になります。
*試験研究用途では届け出は必要ありません。もしここまで規制されたら研究などやってられませんから。
化審法届け出に必要な試験
化審法に登録申請する際には、必要な有害性試験結果を示さなければなりません。その試験は大きく4つに分かれます。
- 分解性試験
- 蓄積性試験
- 毒性試験
- 生体系影響試験
それぞれの試験について、簡単に説明します。
分解性試験
試験物質が環境中で分解されるかどうかの試験です。
活性汚泥と試験物質を混合し、25℃、28時間処理した後、分解に使われた酸素量、処理後の試料の分析(HPLC)を行います。活性汚泥の調整(全国10か所以上から採取して混合する、微生物の培養法、pHの調整法など)は細かく指定されていますし、対照群としてアニリンを分解させて所定の分解率以上の汚泥でなければデータが採用されないなど、詳細な試験方法が定められています。
この試験で、CO2やH2Oまで完全に酸化分解された場合は、易分解性化合物としてその後の試験が免除されます。しかし、そんな物質はごく少数です。
多くの場合は試験物質が残存し次の試験に移るのですが、問題なのは中途半端な分解生成物ができた場合です。この場合は、その分解性生成物まで有害性試験を行わなくてはなりません(分解生成物が化審法未登録物質だった場合)。そうなると頭を抱えることになってしまいます。
蓄積性試験
試験物質が河川に流れ込んだとき、水中の魚の中で蓄積されるかどうかを判定する試験です。蓄積されて濃縮される物質ではと、魚だけでなく人間も含めた高次捕食動物に害を及ぼす危険性が高くなります。
蓄積性試験には、濃縮性試験と分配係数測定試験の二種類の方法があります。
蓄積性試験1: 濃縮性試験
試験は、コイやメダカなどが泳いでいる水槽に試験物質を溶解し(溶解度以下で2濃度)、28~60日間、魚の中の物質濃度を追跡して行います。体内濃度が飽和した場合または60日の時点で試験を終了し、次の式で表されるBCF値によって濃縮性を判定します。
BCF=Cfss(平衡時の魚体中の試験物質濃度)/Cwss(平衡時の水中の試験物質濃度)
- >5,000 濃縮性が高い
- 1,000 – 5,000 専門家判断
- < 1,000 濃縮性は高くない
蓄積性試験2: 分配係数測定試験
分配係数測定試験は濃縮性試験の変わりになる簡易的な評価方法で、魚の脂肪に似た物質として1-オクタノールを用い、試験物質の水-1-オクタノール分配係数を測定するものです。分配係数Powの対数log Powが3.5未満の場合、濃縮性は高くないとして濃縮性試験が免除されます。
分配係数試験は濃縮性試験よりも費用が安く期間も短いので、構造から予測してlog Powが3.5未満になりそうな場合は分配係数試験を、3.5以上になるようなら濃縮性試験を行うことが一般的です。水への溶解度や分子構造からPowを推定する方法も知られていますし、分配係数は自分で簡単に予備テストができるので、その結果によってどちらの試験を行うのか決定します。
長期毒性試験
長期毒性試験としては、Ames試験、染色体異常試験、反復投与毒性試験の三つの試験が必要になります。
長期毒性試験1: AMES試験
変異性を調べるためにAMES試験を行います。化審法で定められている変異株は次の5種類です。
- ネズミチフス菌:TA100、TA98、TA1535、TA1537
- 大腸菌:WP2uvrA
長期毒性試験2: 染色体異常試験
染色体異常試験は、化学物質を培養細胞に投与して、細胞中の染色体に異常が発生するかどうか確認する試験です。化学物質を投与して1.5細胞周期経過後の染色体の形状を観察して異常があるか確認します。
長期毒性試験3: 反復投与毒性試験
ラットに試験物質を28日間投与し、一般状態観察、死亡率、体重、摂餌・摂水量、血液検査、など各種データを採取し、一般毒性を確認して無影響量NOELを求めます。
生体系影響試験
試験物質が生体系に与える影響を判定するものです。
試験物質濃度を変えて、藻類、甲殻類(オオミジンコ)、魚類(ヒメダカ)、底生生物(セスジユスリカ)に対する影響を確認し、半数が活動できなくなる(成長阻害、遊泳数、致死率)濃度で判断します。
化審法申請の決定タイミング
化審法では試験に費用、日数がかかるため、申請するかどうかを判断するタイミングが難しいことが悩みの種です。早過ぎると事業化に至らず検査費用が無駄になる可能性が高くなりますし、遅過ぎると取得が間に合わず事業化が遅れてしまいます。
特に最近では事業化までのサイクルが短く、判断に迷うケースが多くなっています。市場状況の予測が必要なプレッシャーのかかる判断に苦労している人も多いのではないでしょうか?
*法律は改定されることがありますので、必ず最新の情報を確認してください。
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