第367回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院理学系研究科(磯部研究室)・福永 隼也 さんにお願いしました。
ダイアモンドは「完全対称性」と、どの角度から見ても同じように見える「強等方性」を有する美しい構造を持っています。今回ご紹介するのは、ダイアモンドと同じく炭素からなっており「完全対称性」「強等方性」を持ち、「神話」上の物質とされていた物質の化学合成に成功したという成果です。Proceedings of the National Academy of Sciences, USA誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“A Minimal Cage of a Diamond Twin with Chirality”
Fukunaga, T. M.; Kato, T.; Ikemoto, K.; Isobe, H. Proceedings of the National Academy of Sciences, USA, 2022, 119, e2120160119. doi:10.1073/pnas.2120160119
研究を指導された磯部寛之 教授と池本晃喜 講師から、福永さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
磯部寛之 先生
福永隼也君は、極めて積極的な研究者です。はじめて会ったのは学部3年生の有機化学の講義でしたが、「夏休みに実際の有機合成化学の実験に触れてみたい」と、卒業研究前に飛び込んできました。今回の分子は、福永君が手がけた3作品目の分子です。最初が「フェナインナノチューブ(Science 2019)」で、その次が「Sドープ有限長カーボンナノチューブ(Angew. Chem. 2021)」、そして今回の「フェナインポルクセン(PNAS 2022)」です。いずれも合成的に挑戦的であるのみならず、構造科学や物理・化学での不可思議な新奇性を教えてくれた分子たちです。福永君は、着実に自身の成長を遂げながら、これらの研究に重要な貢献をなしてきており、彼がこれから産み出す「分子」、見つけ出す「こと」を大いに期待しているところです。
池本晃喜 先生
福永君は、高校時代に化学オリンピックで金メダルを受賞しており、研究開始直後からその能力の高さを存分に発揮していました。今後も益々の活躍が期待されます。煙草を嗜んでいる、かつラーメンの暴食をしていると聞いていますので、是非健康に気をつけつつ、化学を展開していってくれればと思います。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
理論上の存在であった「ダイアモンドの双子」を化学合成するという研究です。
ダイアモンドの構造が美しいことは、Chem-Stationの読者の皆さんならご存知のところかと思います。化学の分野においても、その最小かご単位であるアダマンタンの化学が、理論予測・石油からの単離・合成法の開発をはじめとして大きく発展してきました。一方、最近になって、ダイアモンドの構造の美しさは数学的にも解明され、「完全対称性(結晶内で対称性の要素を最大限に有していること)」と「強等方性(結晶の構成要素の分布が方向に依存せず、どの角度から眺めても同じように見える性質)」を有するとされました。さらに、この数学的アプローチは「完全対称性」と「強等方性」を有する炭素性物質がダイアモンド以外にもう一つだけ存在しうることも提唱しています。それが今回の研究対象となった「ダイアモンドの双子」です。ダイアモンドにはない特異なキラリティを持つなど興味深い物質なのですが、実際に合成されたことはない未知の物質でした。
今回の研究では、ギリシャ神話に登場するジェミニ双子にちなんでこの物質をポルクスと名付けました。この理論上の物質は、2008年の数学により「ダイアモンドの双子」と位置づけられたのですが、実はこれは「再発見」で、このネットワーク自体は、1932年にはじめて議論されて以来、幾度となく議論の俎上に載せられてきました。そして、その折々に違った名前(Laves’ net、 Net 1、 Y*、 net (10,3)-a、 3/10/c1、 srs、 double triamond、 K4)がつけられてきたことから、「神話上の物質」のようなもののようにも感じていたものです。私たちは、このポルクスの頂点となる平面三角形に、ベンゼン環を置くことでその最小かご単位分子(ポルクセン)の化学合成を達成しました。また、ポルクスが有する特異なキラリティに着目し、キラリティの固定化・異性体の分離を通じてキラリティの存在を証明しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
論文を書くにあたって、「この実験で何が分かったのか」を論理的に緻密に考えていったことです。
ダイアモンドの双子の研究(主に理論研究)は、ほとんどが”数学・物理”の分野で行われていました。それらを読み解いた上で、自分たちが行った”化学”の実験結果と照らし合わせました。単結晶X線構造解析、CDスペクトルからNMRスペクトルに至るまで、この結果からは何が言えて何が言えないのかをじっくりと考えました。なかなか結論の出ない日々が続きましたが、磯部先生・池本先生と頻繁に議論を重ねながら、少しずつ論理を組み立てていきました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
ポルクセンのもつ立体化学とキラリティを理解すること、そしてキラル物質として実現するのには苦労しました。
初めに合成したポルクセンは、結晶構造中で左手・右手の関係にあたるキラルな2種が観測されてはいました。ただ、環状構造のために複雑な立体化学が存在していて、幾何学・数学で数え上げると異性体は5600種も存在しえることがわかりました。そして実際のスペクトル分析から、溶液中では、この異性体が素早く相互変換していることがわかりました。つまり溶液中では、剛直な構造、キラリティは存在しなかったのです。そこで、「やっぱりキラルな異性体を合成・単離したい!」と思って、新たに構造を設計したポルクセンを合成しました。しかし、なかなか単離には至らず、分子デザインをやり直したり、所有しているキラルカラムを片っ端から試しました。その結果、研究室の奥で眠っていて誰も使っていなかったキラルカラムで、保持時間の差わずか30秒で分離することが分かりました。誰も使っていないカラムということで、当然分取用カラムも所有していなかったため、分析用のカラムを何十回も繰り返し使うことで単離に成功しました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
有機化学の研究者になって、人々の心に残る分子を生み出していきたいです。
化学というのは、”現象の理解”と”創造性”の両方に重きを置く学問だと考えています。最近、このバランスこそが化学の面白いところなのだと実感しています。研究を通してこの化学の面白さをこれからも味わいながら、多くの人にこの化学の面白さを伝えられる・少しでも社会の役に立てる、というところも目指していければと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
日本で化学を研究している人なら知らない人はいないであろうChem-Stationに、自分達の研究を取り上げていただいて、本当に光栄です。研究というのは、自分一人だけで考え込んでいるだけではなかなかうまくいかないと思います。そのような時は、研究室のスタッフや学生を捕まえて話すのもいいでしょうし、Chem-Stationなどで他の人の研究に刺激をもらうのもいいでしょう。私自身も、他の人の研究の話を聴く・読むのが好きで、自身の研究のモチベーションに繋げています。
最後に、一緒に研究を進めてくれた加藤昂英君、研究テーマのきっかけを与えてくださった小谷元子先生(東北大学)、技術面でサポートしていただいた吉留大輔様(シュレーディンガー社)、副指導教員として議論していただいた野崎京子先生、日々の研究を指導・支援していただいた磯部寛之先生、池本晃喜先生、記事としてとりあげてくださったChem-Stationのスタッフの皆様に、この場を借りて感謝を申し上げます。
研究者の略歴
名前:福永 隼也(ふくなが としや)
所属:東京大学大学院理学系研究科化学専攻 物理有機化学研究室(リンク)
研究テーマ:新規ナノカーボン分子の開発
略歴:
2019年 東京大学理学部化学科卒業
2019年〜現在 統合物質科学国際卓越大学院コース在籍
2021年 東京大学大学院理学系研究科化学専攻修士課程修了
2021年〜現在 東京大学大学院理学系研究科化学専攻博士課程
2021年〜現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)