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痔の薬のはなし after

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Tshozoです。

以前こういう痛々しい話を書いたのですが、その後若干の再発はみたものの何とか平静を保っており、恐る恐る日々を送っております。そうこうしているうちにコロナ禍に巻き込まれ病院に行かなくていい容易には行けなくなり、日々の注意と運動と湯たんぽで自助努力を継続中。なお使い勝手がいいので職場にはまだ「内臓疾患」で通しています。

その結果大量出血+発熱激痛のセットは発生しなくなってはいますが、それでもやっぱり時々少し赤いものが発生するたびにチラチラ頭を過るのが「肛 門 手 術」の四文字。特に筆者の職場にはマスクをつけながら肛門手術の実体験を大声で食事中に喋る迷惑なスタッフ(男)がいるせいで、その話を小耳に挟んでしまってどんどん不安になってくるのですね。しかしその際に、裂肛と診断された際にA肛門科で発生したA先生との会話の中で下記のようなコメントを頂いたのを思い出しました。

筆者 :「先生、これ酷くなるとやっぱり手術とかになってしまうんでしょうか、長期で入院とかしなくちゃいけないんでしょうか」

A先生:「あー、(言語不明瞭)だけど程度がひどくなければ(言語不明瞭)注射って手もあるからそんなに心配しなくてもいいと思いますよ」

筆者 :「はぁ。。。」

前回記事の少し後に切れ痔に加えて痔核が発生してしまっていた筆者、肛門付近に注射と聞きヒュンと尻尾を巻きました。加えて筆者は聞き直しを躊躇う癖があり、その時は何を注射(うつ)んかと怯えていたため処置方法が不明だったわけです。しかし今回色々調べていくうちにその内容が判明したのと、その処置に使う薬に興味深い歴史がありましたため書いてみることにしました。

前回記事より再掲 前回は切れ痔メインだったが
直近段階で痔核(内)も発生したことが明らかになった

【該当する薬について】

今回紹介する薬は二つあり、そのひとつは実はケムステ代表がずいぶん前に短いトピック(この記事)として採り上げていたもの。その名も「ジオン 注」。ガンダム世代が狂気する名称。英文字表記でも「ZIONE」。そしてもう一つは「パオスクレー」という、こちらも入れ替えたらアバオアクーとかになりそう。A先生が言われていた注射というのはこれを痔疾患部に使うというものでした。それぞれ見ていきましょう。

①ジオン 注

これは実は中国発祥のお薬で、日本では非常に独特な経緯を辿り商品化されたもので、(文献1)(文献2)でその当事者であられるレキオファーマ 奥社長が開発の経緯を含めて非常に詳しく語られています(製品リンクはこちら・ジェイドルフ薬品殿)。要点を絞ると、

(1)レキオファーマ社はもともと貿易業に従事していたが中国の「消痔霊」という痔疾患治療薬を知り、製品化を決断し中国外での開発・販売権を獲得
(2)しかし当時 中国での治験実績は採用できなかったため同社が全く経験外にもかかわらずゼロベースで日本で治験開始、飲食店を経営しながら進めるも難航
(3)単独での商品化を見直し製薬会社(当時 吉富製薬・現田辺三菱製薬傘下)と提携
(4)開発決意から17年間の苦闘の結果、2005年に医薬品として承認される

という流れ。消痔霊、いい名前です。なんかこの痔を見てるだけで心が洗われる感じしませんか。しませんか、そうですか。

この消痔霊を開発された中国の史兆岐教授は漢方を含めた中国医学の大家だったらしく、レキオファーマが相談に行くまでに中国国内で既に1000人近い患者にこの薬を使った処置を施していたとのこと。言い方は失礼かもしれませんが、当時、入浴剤とかならともかく中国の生薬由来でこうした形で海外へライセンスアウト的な形販売していけた医薬品はなかなか例を見なかったのではないでしょうか。

消痔霊の発明者 北京 広安門医院の史兆岐教授(故人)
開発経緯詳細はレキオファーマのこちらのページに記載されています
消痔灵注射液价格对比益盛_消痔灵注射液多少钱一支_兔灵

中国でも現役で使用されているもよう
史兆岐先生の写真がパッケージに載るのは中国ならではの気がします
(写真リンクを見失いました・申し訳ございません)

ただ正直に申し上げますが(2)とか正気の沙汰ではないですよね。筆者が500億円渡されてやれって言われても絶対に持ち逃げする自信があります。リスクを考えたらどこかで撤退することも有り得たであろうに、最後まで意思を貫いた奥社長をはじめ関係者の方々に敬意を表したい次第です。

で、組成ですが(文献3)と(文献4)を見ると下記のとおり。主要構成は消痔霊と大きく変わってはいないようですが、本当に何が効いているのかの明確化、薬効最適化や添加剤変更、副作用の明確化と抑制、薬剤の長期保存性改良など含め日本の法令に合わせ直さなければならなかったでしょうから実質ゼロベースの開発と同等で、非常に手間のかかるものだったのでしょう。

(文献3), (文献4)よりそれぞれ引用

このうち有効成分は硫酸アルミニウムカリウム(KAl(SO4)2)、およびタンニン酸の2種類。それぞれ中国医薬で言うミョウバンと五倍子という材料に含まれていた成分で、そこから史教授によって左側表のように最適化されたものと推定されます。その作用機序は(文献3)に詳しく書かれておりその文献タイトルが「内痔核硬化療法」とあるように、

「タンニン酸により組織に対し強い収斂作用をもたらして蛋白質を凝固させ血管を収縮させつつ、多くの細菌に対し制菌作用を示す」
ミョウバンは局所に注入するとその部位に強い炎症をもたらし組織の線維化を引き起こす」

という2つの作用で痔核内で収斂を起こさせ血流を悪化させつつ線維化させポロっと落ちるようにする、「●ボコロリ」的な作用を示すものと思われます。なおこのタンニン酸の作用は少し前に書いた「忍者が玉露の煎じ汁から毒薬を作った」という記事の「タンパク質を架橋して硬化させるような状態をつくる」ことと同じ効果をもたらしていたのに今気づきました。

代表的なタンニン酸の分子構造 前回記事より引用
五倍子に含まれるタンニンなのでおそらく縮合型の収斂作用の強いタンニン酸と思われる

さらにミョウバンについては薬用ミョウバンの説明書きに詳しい記載があり(文献5)、

アルミニウムイオンはたん白質と結合してこれを沈殿させるので、収れん薬として作用する。濃厚液は局所を腐食して炎症を起こす。本薬は代表的なアルミニウム可溶性塩で収れん、止血、防腐の作用を有し、内服しても胃腸粘膜から吸収されることなく、粘膜に局所作用を及ぼすに過ぎない

ということでタンニン同様強い収斂作用に基づく効果があることがわかります。通常なら1種類の薬剤で済ませるのでしょうが、2種類組み合わせて作用を強めるのがポイントかと。ここらへんの組合せの観点は漢方薬的なものからきたのかもしれませんね。ただ、使用方法や投薬量を誤ったりすると血液中にアルミニウムイオンが入って体内バランスが崩れたり急性アルミニウム脳症と呼ばれる非常に恐ろしい症状を引き起こすおそれが極稀にあるとの記載もありました(PMDAによる文書リンク)、万一のことを考えて透析を受けている方は使用を控えるよう注意書きがありましたのであしからず。

ちなみにその他添加剤は、それぞれクエン酸ナトリウム:pH調整剤、デキストランとグリセリン:増粘剤・安定化剤(兼 分散剤?)、亜硫酸水素ナトリウム:酸化防止剤、トリクロロブタノール:防腐剤、ということですのようです。しかし健康への影響を考慮すると防腐剤の選択があんまりよくないですよね、直感的に。ということもあってか、ジオンにするときにはそれがなくなっており、おそらくは進化した容器で腐ったり変成したりするのを起こしにくくしているのだと推定されます。

それにしてもこれをどう使うのか、ですが、痔疾患、特にいぼ痔と呼ばれる内外痔核に直接注入するというのが一般的(参考リンク)。打った後はしばらく待つだけのようなのですが、正直めっちゃ痛そう。腫れている痔核に注射針を直接穿刺するとは何という残酷な治療法だ、と思ったのです・・・が、よく見てみるとちゃんと硬膜外麻酔や局所麻酔をしてから処理するそうです。よかった。重度の痔核には適用は難しいようなのですが、軽度であれば十分短時間で済ませられるらしく気になる方は調べてみてはいかがでしょうか。

この薬剤を日本で実現させた上記のレキオファーマはこの製品をベースに引き続き企業活動を続け、中国や沖縄の伝統的な生薬などから健康補助製品や医薬品を開発しようという独特なベクトルで製薬事業を発展させようとされています。この方向性は「なぜ沖縄なのか」という同社の存在意義にしっかり応えることの出来るもので、確固たる開発コンセプトがある点は素晴らしいと感じる次第です。今後も活躍を期待したいところです。

②パオスクレー

こちらは上記のジオンが開発される前から一般的に使用されていた処置剤でして、実は歴史は①より古いもの(後述)。成分はなんと5%フェノール水溶液、これにアーモンドオイルなどの油成分を適量加えたもの。フェノール(石炭酸)は筆者がお世話になっていた研究室ではガンガン使っていましたが、さすがにこれを体内に注入すると思うと少し憚られる材料ではあります(劇薬の部類に入る)。水溶液が手指の消毒に使われるケースはある以外はあんまり日常生活では目にしませんね。どうして使用されることになったんでしょうか…

ということで開発の経緯。現在手元で調べられる限りでは(文献6)(文献7)に詳しく、完成形に近づくまでの前段をかいつまんで書きますと

①イギリス Dudley Wright氏がフェノール10%溶液に、ハマメリスという生薬に使われていた植物からの抽出物を加えた混合液を痔疾患部に注入してカサブタ化させ、疾患部を除去する方法を提案・この時点ではハマメリスが有効成分とみなされていてフェノールは殺菌剤・制菌剤としての位置づけだったらしい 1900年前後のもよう
(施術も道具も非常に未成熟で失敗が多かったものの、それなりの効果があったそう)
②1919年,1924年あたりにフェノール10%水溶液+綿花油、フェノール20%水溶液+グリセリンという組成が提案されてトライが続く
一方アメリカでも1916年あたりに最適濃度が5%であることを見出し、添加物にはキニーネウレタンが用いられた
③以上の組成で結構効果が上がってきていたものの、注射処置による大量出血や激痛が発生してしまっていた

ということでやっぱりこっちも痔疾患部に直接投入のスタイル。もう①の時点から患部に注射針で直注するスタイルが出来上がってたようですが、たぶん当時は道具も麻酔も(時代的に注射針とかも加工技術が未成熟で、外径1mmを超えるような極太針を使っていたと思うと…)そんなに発達していなかったでしょうから処置室から絶叫が聞こえるとかあったんじゃないでしょうか。妄想ですが。

で、③の問題点に対し打開策を見出したのは同じくイギリス王立薬剤師会所属の”Arthur Solomon Morley”氏。フェノールの濃度を5%に合わせるとともに一緒に加える油の方に注目、また施術時にシリンジから注入されやすい安定な粘度に保つことが重要と考え、それにアーモンド油が適正であることを見出しました。これに基づいて地元の病院で臨床を行い、きちんと結果を出して商品化したようで(文献8)には「イギリスではBP(British Pharmacopoeia)にOily Phenol Injectionとして収載され、公定書医薬品として痔核の硬化療法に使用されている」とありましたからその高い効果と普遍性を示していると考えられます。

(文献8)より Morley氏の口述筆記を行ったものらしい

この調査の過程でイギリスでは今でもこのパオスクレー同様の組成を持つ薬剤を販売している会社があるのだということもわかりました(リンク: Ethypharm社)。というか痔疾患自体、天才数学者ベルンハルト・リーマンも患っていたくらいなのですから普遍性を持つ疾患であり、悩みは今も昔も同じだったのでしょう。これらの解決に貢献した各氏に改めて敬意を示したいと思います。

このパオスクレーの作用機序ですが(文献8)によると「内痔核粘膜下層に注射することにより、静脈瘤様変化を呈している上痔静脈を圧迫閉塞させ、速やかに止血し、更にこれを次第に縮少させ、遂には線維組織化させて痔核を硬化萎縮させる(参考リンク)」とあり、ジオンとは少し異なり皮膚を膨張させて血流を阻害するというように読めますね。しかしかえすがえすも水溶液とは言えフェノールを人体に注入するってなかなか勇気がある気がします。現代だと治験始めるスクリーニング段階で却下されるんじゃないでしょうか。上記の通り近年は局所麻酔などが進化していますから処置時の痛みはそこまで心配するものではないでしょうが…

ということで、どちらの薬剤も痔の治療には必要不可欠で(こちらのリンク先をお読みください)それぞれに得意不得意がありますのできちんとお医者様と症状と相談しながら選択して処理を受けてくださいね。

おわりに

というわけで今後筆者の疾患が悪化した場合に使用する可能性のある薬剤の経緯と中身、背景をラフに調べてきましたがいかがでしたでしょうか。読まれた方がその痛みと悩みを共感していただけると書いている側としてはこれ以上ない幸せではあります。

なお今回採り上げたジオンについてちょっと書き足すと、あくまで経験論ですが中国医学は非常に奥が深く、たとえば中国鍼灸は特定の分野では西洋医学では難儀な症状でも解決出来る方がいるように(注:先生のウデに100%依存するので学問としては成り立ちにくい分野でもあるかも)漢方薬も総合的なバランスを取ったり「未病」と呼ばれる体調不良を改善するのにはかなり適している組合せを提供し、症状を改善してくれる実例を周囲で見てきました。この消痔霊もそうした考えに基づき生まれてきた薬剤なのかもしれません。別にどっちが優れているとかではなく、中国医学にも西洋医学にもそれぞれ得意分野があるわけで、そこから色々なオプションを提供していただけるのが一番望ましいわけで。個人的には中国鍼灸のおかげで色々救われてきたこともあり、前者の位置づけは今以上に広がってほしいなと願う次第です。

まぁ、ただ正直「科学的に」という観点からは相性が悪い気はします。西洋医学・薬学はどちらかというと原因と効果をセットで一つに純化してそれを追求するのに対し、中国医学は原因を一つに絞らず健康全体のバランスを考えて総合的に対応しようとするイメージが強く、建築業者と建物診断士くらいの文化の違いがありそうなので。ただどちらも人体という建物に対し重要な意味を持ちますので、最近色々喧しい狭い観点でとらえることなく純粋に科学的にどちらの分野へも貢献していかれる方が増えていくことを希望しております。

それでは今回はこんなところで。

【参考文献】

1. “代表取締役社長の奥キヌ子さん|医薬品やサプリで健康づくりに貢献”, 2020年7月16日, 沖縄タイムス, リンク

2. “”, 週刊ほーむぷらざ, 2020年7月, リンク

3. “消痔霊注射による内痔核硬化療法”, 日本大腸肛門病学会雑誌, 54 巻 (2001) 10 号, リンク

4. “ジオン注無痛化剤付”, リンク

5. “医療用医薬品 : ミョウバン”, Kyoto Encyclopedia of Genes and Genomes, 2021年1月19日付, リンク

6. “痔核に対するSclerotherapy PAOSCLEの効果を検討して”, 植村剛, 臨牀と研究49(3)824-827, 1972, リンク

7. “DISCUSSION ON THE INJECTION TREATMENT OF PILES.”, SUB-SECTION OF PROCTOLOGY., Proceedings of the Royal Society of Medicine, May 13, 1931.1, リンク

8. “パオスクレー内痔核内注射用250mg”, 医薬品医療機器情報提供ホームページ, 鳥居製薬提供, リンク

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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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