「金属触媒概念によって治療応用を目指す研究」について取り上げます。前回記事①からの続きです。
“Catalysis Concepts in Medicinal Inorganic Chemistry”
Silvia Alonso-de Castro, Alessio Terenzi, Juan Gurruchaga-Pereda, Luca Salassa* Chem. Eur. J. 2019, 25, 6651-6660. doi: 10.1002/chem.201806341【概要】 金属医薬(metallodrugs)を生体内触媒として活用する治療指向型研究に関する総説を紹介する。かつて発達をみせたメタロドラッグ概念(Chem. Rev. 2014, 114, 4540 など)は医薬ケミカルスペースの拡張を意図した思想下に研究されており、化学変化を起こさない静的な分子、もしくは当量のコバレントドラッグとして捉えられてきた。これに触媒能をもたせる研究展開は、その一歩先にある思想と位置づけられる。
戦略2.生体直交型遷移金属触媒(細胞外基質が変換対象)
ケージド化合物または前駆体から医薬を触媒的に細胞内生成することは、抗がん剤の生物活性を制御し、全身性副作用を軽減する可能性を秘めている。
Streu・Meggersは2006年、[Cp*Ru(cod)Cl] 錯体(11)とチオールの外部添加により、HeLa細胞におけるAlloc保護ローダミンの活性化ができることを報告した。数年後にはRuIVキノリン触媒(12a および12b)が、GSHのような内在性求核剤を用いて、同反応を進行させることを報告した。さらに、12aおよび12bの配位子を別構造で置換した13は最も高活性な触媒となり、血清中においても有意な触媒活性を示した。これらの触媒は蛍光分子の脱保護のみならず、HeLa細胞内で抗がん剤プロドラッグ (Alloc-ドキソルビシン)を変換し、細胞死を誘導した。活性(IC50)はドキソルビシンの直接投与に相当することが示されている。
MascareÇas グループは、ミトコンドリアへの蓄積を促進するトリフェニルホスホニウムカチオン(14)を接続することで、特定の細胞小器官を標的にできることを示した。のちにWardらは錯体12aをビオチン-ストレプトアビジン技術と組み合わせてHEK-293T細胞内に導入し、Alloc保護された甲状腺ホルモン(トリヨードチロニン)の脱保護を触媒する人工酵素を開発した。すなわちビオチン化触媒15と 蛍光分子(TAMRA)-細胞透過分子(ポリジスルフィドCPD)をストレプトアビジン4量体が同時担持することで、触媒の細胞内取り込みを促進させつつ、局在モニタリングも可能にした。
生体環境下でのPd触媒反応とPd0ナノ構造触媒の使用は、生体直交触媒とその治療応用における基盤となる。Bradley・Unciti-Brocetaらは、ゼブラフィッシュ体内などの生体夾雑系にてポリスチレンマイクロ粒子担持型Pd0ナノ粒子がカルバメート保護ローダミンを触媒的に脱保護できることを示した。この触媒反応は、大腸がん・膵臓がん細胞でのプロパルギルケージド前駆体からの5-フルオロウラシル(5FU)生成、ならびに緩衝液および細胞培地でのカルバメート保護ゲムシタビンの活性化など、様々な抗がん剤の活性化にも使用された。Bray らはこのPd0マイクロデバイスが、腫瘍組織内でカルバメート保護ドキソルビシンの脱保護を進行させることをex vivoで実証した。前立腺がんを持つマウスに投与したとき、Pd 触媒は良好な生体適合性を示し、ゼブラフィッシュを用いた研究では、ケージドドキソルビシンは生来の心毒性を回避できることも示された。同様のコンセプトは、フロクスリジン、ボルリノスタット、およびドキソルビシンのプロパルギル保護医薬についてin vitro触媒的脱保護を進行させるAu触媒樹脂、FePdハイブリッド磁性ナノワイヤなどの開発においても示されている。
Rotelloらは、金属触媒を金ナノ粒子に担持させたシステムを組上げた「金ナノザイム」を考案した。リガンド末端(ベンジルアンモニウム基)とcurcubit[7]uril(CB7)間のホスト-ゲスト相互作用がもたらす立体障害によって、ナノ粒子表面に位置する金属触媒への基質へのアクセスが阻害される。CB7の競合ゲストである1-アダマンチルアミンを添加すると金属触媒がアクセシブルになり、触媒活性が回復した。これらの条件下、[Cp*Ru(cod)Cl] (11)はAlloc 保護ローダミンの蛍光をオンにした。Pd(dppf)Cl2は、HeLa 細胞内のプロパルギル保護 5FU の脱保護を進行させ、細胞生存率の有意な低下をもたらした。
戦略3. 金属錯体を基質とする生体直交型触媒
上述の例において金属錯体は、特定の有機化合物の変換反応を加速させる触媒として機能していた。Salassa(本総説の責任著者)らのグループはこれと一線を画する戦略、つまり金属錯体をプロドラッグ型基質として用いた光活性化法を提案した。 金属医薬が触媒反応の基質として働き、効率的かつ選択的な光活性化が可能になれば、金属医薬にとって望ましくない生物学的影響の軽減に役立ったり、金属触媒の生体内活性化の新たな戦略になり得る。そもそも、金属錯体の触媒的変換はほとんど例が知られていない。
Salassaらはフラビン類が、生体環境下でPtIVとRuII-アレーン型プロドラッグ錯体を標的とする光触媒変換を進行させることを示した。例えばリボフラビンは460 nmの低線量光照射下で、16aをシスプラチンに変換した。この反応は、細胞培養液中でも進行し、また優れた選択性を示した。この新形式触媒反応では、フラビン類のフォトレドックス化学により、PtIV の金属還元反応や RuII錯体の配位子解離反応が誘発される。触媒活性種である還元型フラビンは金属基質と過渡的付加体を形成し、金属中心への電子移動を促す。リボフラビン触媒-PtIV基質の光活性化は、様々な癌細胞の生存率を低下させた。Capan-1細胞において、光活性化後の16aはシスプラチンに似た抗増殖プロファイルを示し、致死濃度の薬剤遊離には極低線量光照射で十分であった。タンパク質足場にフラビンを固定すれば、PtIV 基質の変換を制御できる可能性がある。実際、グルコースオキシダーゼやグルタチオン還元酵素(フラビン含有酵素)を同じ目的に使うと、フラビン部位へのアクセス性が限られるため、触媒活性が低くなるかほとんど観測されなかった。
結語と展望
治療応用に加え、生物学の基礎的理解と革新的ケミカルバイオロジーツールとしての応用を見据えた(金属)医薬のポテンシャルを向上させるべく、触媒概念の実装は以前より追求されてきた。この分野での取り組みは、薬物候補の選択性を高める触媒能と、副作用や薬物耐性を低減しうる新たな薬理作用を発見できる可能性がモチベーションとなっていた。にもかかわらず、研究者は比較的少数の触媒反応形式に焦点を当てており、この分野の発展が立ち後れてきた。事実、昨今のブレイクスルー事例は触媒反応候補の拡張が必須であることを示唆している。
補足
2017 年に報告されていた下記レビューは金属化合物の生体毒性について詳細に論じられているので、興味のある方は参照されたい。
“Toxicity of Metal Compounds: Knowledge and Myths” Egorova, K. S.; Ananikov, V. P. Organometallics 2017, 36, 4071. doi:10.1021/acs.organomet.7b00605
【前回記事①はこちら】
【本シリーズ記事は、糖化学ノックイン領域において実施している領域内総説抄録会の過去資料をブログ記事に転記し、一般向けに公開しているものです】
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