Tshozoです。
昨年ゴム事業がENEOS殿に移り、ついに半導体をはじめとした先端技術材専門会社としての1歩を踏み出したJSR。昔から興味があったためにJSRなどを追っかけていたのですが、先日、同社が更に大きな賭けに出たと思われるニュースがありました(JSR プレスリリース)。
内容的にはJSRがInpriaというアメリカの企業を買収したというものですが、今回は無機フォトレジストという半導体の”サイズ”を左右する重要要素の、有力な次世代技術を持つ企業を買った点に関して非常に重要な意味を持つと感じたため採り上げることにしました。お付き合いください。
はじめに・半導体産業に関する諸々
日米半導体協定を発端に躓き、隣国の政府を後ろ盾とした巨額投資攻勢やファブレスを中心とした商売上手さ・事業観・速度感に圧倒され、国のバックアップも十分でない状況などにより実質衰退してしまった日本の半導体産業。ですがそんな中でも気を吐くのが半導体に関わる化学材料の企業の皆様。信越化学・SUMCOのシリコンウエハ、切断用スライサの旭ダイヤモンド、ジャパンファインスチール、ポリッシャーのニッタハース、日立化成、フジミインコーポレイティッド、フジフィルム、エッチング・洗浄液ではステラケミファ、森田化学、関東化学、多摩化学工業、宇部興産、三菱ケミカルなどなど正直数えきれないくらいの材料系企業が関わっています。ここらへんの半導体の技術経緯や概要についてはberg殿による諸々の記事が秀逸ですのでぜひご覧ください。
んで、その中でも半導体サイズ(配線ルール)を左右するのに不可欠かつ重要な意味を持つのがフォトレジストという材料。何をしとる材料かと言うと「極小回路を半導体上に光学的に転写」する仕事をしている、と言えばいいでしょうか。材料内容と歴史的な流れは同じくberg殿のこの記事を読んでいただくとして、ここにも日本メーカが大きな存在感を発揮しています。2020年時点で各社シェアが東京応化25%、上記のJSR27%前後、信越化学18%、住友化学14%、そして富士フィルム7%とでだいたい世界シェアの90%をおさえており、化学の強豪ダウ、メルクすらも寄せ付けない圧倒的な開発力を背景に快進撃を続けてきました。なおレジストの用途・機能の全体像はこちらの東京応化工業殿の資料がグラフィカルで非常にわかりやすかったのでぜひご覧ください。
UV光を使った簡易プロセスイメージ(文献1)
レジスト膜へ光を照射し感光した/感光しなかった部分を溶かし極小回路を形成
Post Developの後のオレンジ色の壁の寸法と状態が本記事の主役
なおCPUのようなプロセス・ロジック回路でこうした微細化効果を発揮し
メモリのような3D化が進む構成のものはそこまで微細化は要求されない(らしい)
で、こうしたレジストは極薄くフィルム状に広がるようなものでなければなりませんゆえ、従来はJSRをはじめとした高分子材料メーカの独壇場。その中でも「盛者必衰」をどう避けるかに各社必死になって取り組まれてきて、これまで30年くらいはその高分子での深堀がうまくいっていました。その結果サブミクロンレベルがしんどい、とか言ってたのはいつの時代のことやら、ここ10年でArFレーザーを露光用光源に使う液浸フォトリソが難なく(嘘)工業化され、幅数十nmレベルの配線が容易(嘘)に作れるようになってきた状況です(注:各社から発表される”~nm”というのは、実は正確な配線の幅・配線の間隔などの数値を反映していないケースが多々ありますのでご注意ください・詳細は極東半導体戦闘集団の異名を持つ東京エレクトロン殿のこちらのページが参考になります)。
そして液浸法が実現されたと思いきや2018年、オランダPhillipsに源流をもつ研究開発会社ASML(半導体の”虎の穴”らしい)が苦節30年の末、Sn原子を応用したダブルレーザプラズマから発光するEUV(Extreme UltraViolet:極紫外光)を利用した露光用光源工業化に目処をつけ、配線幅10nmレベルの工業的な露光技術に目処をつけました。また研究開発レベルでは更にその先のサブナノレベル、つまりピコレベルとかの幅をもつ配線も技術的には作れる状況になっているそうで(伝聞ベース・実データ未確認)。もちろん工業的に作れるメーカはご存じ台湾TSMCや韓国Samsungなどに限られているのですが「先端品を作れてしまう材料の成功」=業界標準を押さえる、ですから関連材料を扱う会社の将来に決定的な意味を持ちますから…もちろん従来品もまだまだ活躍の場はあるはずですが時代の流れは非情であります。
ASMLによるEUVを使った微細化の歴史(文献2) たった数十年でL/Sが1/1000レベルに…
(ただ元のロードマップだと2010年には数nm実現、だったそうで、10年遅れとも言えます)
日の目を見ない「かもしれない」技術に30年も継続的に取り組んでいけるその精神性に感服する
日本にも個別の伝統企業は多いがシステム的なものは弱いのかもしれません
で、高分子レジストが困っているのはその10nmクラスの話。これまでの数十nmクラスのラインパターンルールでは光源に液浸ArFといった、発光波長160nm前後のArF光源を使ったリソグラフィであり高分子材料が十分に吸光し反応してくれる範囲でした。しかし上記EUVではその波長が13.5nm!!! まずこの超短波に対し従来系の有機高分子がこうした超短波に反応しにくい。またラインのハバが10nm付近に至るとせっかくパターンを作っても壁が倒れる! 壁がくっつく! 壁面がガタガタになる! といったことが起こって従来延長線上ではEUVの回路形成におそらく使用できないであろう、つまり技術的限界が見つつあるのです(予想されてはいました・下図が一例)。なお下記、フォトレジストを感光させ溶出後に形成される配線の仕切り壁(レジスト壁という名前で言います)に要求される必要指標として、L/S:ライン/スペース・レジスト壁の幅/壁と壁の間隔、H/PまたはHP:ハーフピッチ・隣り合うレジスト壁とレジスト壁の間隔、LER:Line Edge Roughness・レジスト壁の側面の粗さ数値、LWR:Line Width Roughness・上記レジスト壁の幅のばらつき数値、などがありますので下記適宜使用していきます。
上記の用語のイメージ あくまでもイメージ (オレンジ部がレジストの残留部)
LWR, LERについては統計的に示す必要があるらしいが詳細は割愛
高分子系レジスト材料に変革が迫られるの図 (文献3)より筆者が編集して引用
上手く組成を選ばないと仕切ってほしいはずの壁がくっついたりする
(材料Bは光照射で発生する酸の拡散を制御することで対応)
ただ材料BでもLERがやや不安になってしまう…
まず、これまで活躍してきた高分子系レジストについて少し概論を。これらは一般的に「化学増幅型レジスト(Chemically Amplified Resists:CAR)」とよばれるもので、こちらのberg殿のブログにも書いてあるとおり光を吸収してプロトン(酸)を発生させることでエッチング溶液に対する高分子の溶解性を変化させる原理のもの。組成はだいたい社外秘ですが主鎖はアクリル系が主流の模様です。このあたりの材料の歴史的な発展はJSR 征矢野研究員によるこちらの技報が一番よくまとまっており、おすすめです。
上記のレジストのカベが形成されるイメージ (文献4より編集して引用)
現状はCAR=Modified Base Resin(MBR) + Photo Acid Generator(PAG)と考えて差し支えない
MBRも「酸によって側鎖が外れ溶解性が上がる」工夫がされてある
なお実際には高分子系では「反応」の電子雪崩は起きにくいことに注意
しかし10nm以下という極めて狭い領域でこのプロトン放出・拡散を制御するというと結構難しそう。直観的にはnmのレベルになってくると「じわっと溶ける」系でLWR, LERといった半導体内の配線関連数値をロバストかつ低いばらつきに抑えることが一層難しくなるであろうことは想像が出来ます。
そこでASMLが目をつけたのがInpriaによる無機系材料を含んだレジスト。具体的組成は明らかにされていないのですが、調査するとハフニウム・ジルコニウムのナノ微粒子をコアとしの有機無機混合物であると推定されます。
CARに対するNon-CARとしての無機材料レジストのメカニズムイメージ(同じく文献4より引用)
CARがポジレジスト(露光部が溶ける)なのに対しネガレジスト(露光部が残る)としてはたらく・・・が、
どうも調合次第でポジにもネガにも変えられるという「ホンマか?」的な話を聞く
いずれにせよ光照射で発生した電子を効率よく利用するために原子核の吸光率が低い材料が望まれる
今のところ文献上で確認できている無機レジスト材料群(文献5より引用) InpriaにはZr系材料もあるらしい
これら無機材料をコアに、溶解度を制御する高分子材料を混ぜた系で実現させていると予想
組成は明らかになっていないがインプリアによる、ハフニウムナノ酸化物を
応用しているはずのレジストによる10nmL/Sパターン 驚異的な綺麗さ(文献5)
ただ同社のバージョンを上げた製品だと少しLERが悪くなっているような印象を受ける
何かのバランスをとるために材料設計を変えたか?(同 文献5)
いずれにせよ露光条件が少し違うので並列に比較はできない
で、何故こうした材料がいいのか。一つにはハフニウム・ジルコニウムの短波長吸収効率が悪く反応効率がいい(要は光を散乱することができ、光電効果に基づいた連鎖的な反応を形成し得る)、これが第一の決定的な違い(下図)。Cもそれなりに低いですがケタが一つ違いそうですし散乱径が無機系材料と比べてえらく小さいはずですのでこの点は大きな違いです。そもそも現状EUVの発光効率が1%、つまり20kW入れてやっと200W付近の出力が取れる程度らしいので電力費だけでもうえらいコストになってしまいますから、反応性を上げること自体がコスト削減につながるのでこのレジストの反応効率は死活問題であるわけです。ただし、色々文献を眺めると2017年時点でまだ数値的にはCARタイプの方が反応効率がよい印象があり、結局達成できる領域でバランスを見ながら使っていくことになるのでしょう。
どの原子が最も吸収しやすいか、を示したマップ(文献3から編集して引用)
おそらくこの図からHfとかZr関係を選択したと推定
どっちも高価だがレジストの分量としては極小量なので問題ないのでしょう
SnはIn横の高いグループなのだが何故選ばれたのかはちょっとワカラナイデス
そして2つ目には無機物を含んでリジッドであるためエッチング後カベが倒れにくい(高いアスペクトでも維持できる模様)。最後の3点目にはCARでみられるような酸拡散に依存しないメカニズムゆえにLERなどが悪化しにくい、といった長所が挙げられます。なおこの無機レジストに早くから取り組んでいたのは、Oregon州立大学のDouglas A. Keszler教授の主催する研究室(リンク)、及びCornell大学のC. K. Ober教授の主催する研究室(リンク)でした。今回採り上げているInpriaはこれらの活動からのスピンオフで出来た企業で、高分子全盛だった時代(確認したところ2000年前後から既に…)からコツコツ材料系を組み立て、途中でシラン系材料に寄り道したにせよ結局今回のハフニウム系・ジルコニウム系を見つけ出し、最終的に何百億円という価値がみとめられる企業を育てたのですから、こうした戦略と根性がまったく本邦と違うという印象を受けます。死屍累々の中突き進んで儲かってきた業界だからこそ出来た芸当であることは肝に銘じる必要がありますが。
Ober教授によるInpriaのベースになった材料イメージ(文献6から引用)
9年近く前の資料なので内容的に少し古い可能性があるので注意
ただ、コンタミを嫌う半導体工程でナノ粒子を使うこと自体「マジか?!」案件であると思う
もちろん無機物には無機物なりの問題点があります。2015年あたりの報告を見てみると「まだ反応効率が悪い」「溶けにくい」「リフトオフしにくい」「無機の微粒子粉末が残るかもしれない」といった感じの懸念オンパレード。そもそもEUV光源は高真空でしか使うことが出来ず(様々なガス原子と反応するため)、低分子材料を使うと揮発してコンタミにもなり得るという問題も起案されていて有機分子が配位するだけのタイプの場合なかなかこれは苦しい(のでオリゴマーくらいまでは上げないといけないのでは)。2018年あたりに発表されたようなトップデータもこうした懸念を記載していないのですが、これらは原理的というより工学的な観点のもので、溶剤や剥離剤を使って流していたような部分を見直すことで解決していくのではないでしょうか。だいいち名だたるプロの方々が判断したうえで買収の判断をしたのですから筆者レベルの素人が考えるような懸念はすでにクリアする目処が立っているとみるべきでしょう。
【おわりに】
今回驚いたのは、InpriaにはJSR以外にも世界中の名だたる企業が出資をしており、ライバルの東京応化はもちろんSamsung、Intel, Applied Materialsのファンド部門からも資金を得ていた経緯があったためです。そうした企業群が食指を伸ばしていた中で最終的にJSRが経営権を取得したということはよほどの破格の条件提示と知財戦略(JSRが既に見出していた材料系がinpria社に知財的におさえられていたためその特許ごと買った、という可能性もあります)との合致があったからなのでしょう。商売や経営というのは分野にもよりますがケチケチしていると波に乗り遅れたりしてしまうケースがあるだけに、難しい判断だったと思います。同社は冒頭で述べた通り祖業のバルクゴム事業をENEOSへ売却したことから、先端材料化学会社としての自社の製品パイプラインを一層強化していきたい思惑もあったのでしょう。このあたり、何としても商売につなげていただきたいところです。
また、ほかの高分子系レジストメーカも黙っていないと思います。L/Sが数nmレベルの先端半導体はそうそう安定してモノが出てこないでしょうから10nm以上の回路パターンへの需要も旺盛な中まだまだ主要材料として活躍するでしょうし、もしかしたら上記のEUVの分野でも使える高分子材料が出てきてしまうかもしれません。特にJSRや信越化学、東京応化工業など各社の誇る高分子合成技術や無機材料分散技術、酸発生剤技術とを応用することがポイントになるかと思います。じっさい、2017年でLWRに苦戦はしているものの解像度的には5nmレベルのL/Sが実現できている化学増幅型酸発生系ポリマーのレジストがJSRから発表されていて(こちら)、それから5年近く経っていることを考えるとまたもう一つレベルを上げているのかもしれません。また最近ではEUVレジストで信越化学が怒涛のシェア拡大を見せているようで、もしかしたら有機無機ハイブリッドのような、Inpria社のお株を奪うような材料系をすでに完成させているのかもしれないのも気になるところです。いずれにせよ今回紹介したようなニューアイテムが出てくることで、関連される業界の技術レベルが一層活性化されることを期待したい次第です(中の人は大変なご負担になるとは思いますが…)。
それでは今回はこんなところで。
【参考文献】
- “DEVELOPMENT AND ADVANCED CHARACTERIZATION OF NOVEL CHEMICALLY AMPLIFIED RESISTS FOR NEXT GENERATION LITHOGRAPHY”, Cheng-Tsung Lee, Georgia Institute of Technology, December 2008, リンク
- “EUV Source for High Volume Manufacturing:Performance at 250 W and Key Technologies for Power Scaling”, Igor Fomenkov, ASML Fellow, 2017 Source Workshop, Dublin, Ireland, November 7th
- “Novel EUV resist development for 13nm half pitch7th”, JSR Micro, Yoshi Hishiro, EUV Workshop 2016
- “EUV resist: the great challenge of small things”, S. Castellanos, EUVL Workshop 11, 14 June 2018, Berkeley
- “Review of Metallic Resists for EUV”, Robert Brainard a and Lisa Brainard, EUV Symposium June. 2016
- “Understanding the Patterning Mechanism of Inorganic Nanoparticle Photoresists from HfO2 and ZrO2”, Christopher K. Ober, International Symposium on Extreme Ultraviolet Lithography, September, 2012