「細胞小器官(オルガネラ)選択的な薬物送達法」についての技術的進展をまとめて紹介します。前回記事①からの続きです。
“Guiding Drugs to Target‐ Harboring Organelles: Stretching Drug‐ Delivery to a Higher Level of Resolution”
Sivan, L.‐Z. S.; Jaber, Q. Z.; Fridman, M. Angew. Chem. Int. Ed. 2019, 58, 15584. doi: 10.1002/anie.201906284【概要】 薬剤を標的の組織や細胞,病原体などに送達することで,毒性を低減し,治療効果を高めることができる.その送達の分解能をさらに高め, 特定のオルガネラに対して選択的に薬物を送達することで,より高い効果が得られる.ここでは, 化学修飾による低分子の細胞内分布の制御に焦点を当てる.
2. 細胞内コンパートメントへの選択的送達(続き)
2-4. 小胞体とゴルジ体のターゲティング
小胞体(ER)やゴルジ体は生合成されたタンパク質を原形質膜へ送達する際の経由点である. 小胞体は分泌タンパクや膜タンパク質のプロセシングやフォールディングに関わる.ゴルジ体はリン酸化,アシル化,グリコシル,メチル化,硫酸化などのタンパク質の翻訳後修飾の場である.
小胞体に関しては小胞体移行(H2N-Met-MetSer-Phe-Val-Ser-Leu-Leu-Leu-Val-Gly-Ile-Leu-Phe-Trp-Ala-Thr-Glu-Ala-Glu-Gln-Leu-Thr-Lys-Cys-Glu-Val-Phe-Gln-)や小胞体保留(-Lys-Asp-Glu-Leu-COOH)のシグナルペプチドが同定されている.Zheng らは,FKBP12-Rapamycin-associated Protein が小胞体およびゴルジ体に局在することに着目し,ゴルジ体局在を可能とするペプチド配列を同定した(80 アミノ酸と 100 アミノ酸の配列) .このペプチドの一部を切り取ることで, 小胞体局在へと変化することも明らかにした.小胞体に局在する 蛍光分子を分析した結果, 中程度の大きさの共役を持つ両親媒性, 脂溶性のカチオン性化合物が多いことが分かった. amino-flavonoid 誘導体は小胞体に局在した.また, naphthalimide誘導体はリソソームもしくは小胞体に集積し,脂溶性が高い場合には小胞体に,水溶性が高い場合(アジド部にグルコース を導入した場合) にはリソソームへの選択性が見られた.
小胞体は膜構成成分であるステロールの生合成にも関わっており,アゾール系化合物は真菌の小胞体に存在するエルゴステロールの生合成に関わる酵素を阻害することから,抗真菌剤として利用できる. 蛍光を持つアゾール系抗菌剤A, B の酵母における局在を調べたところ,主にミトコンドリアに集積することが分かった.これに対し,小胞体に局在するアゾール誘導体C は,A, Bより劇的に高い抗菌活性を示した.この結果は,オルガネラターゲティングが,哺乳類細胞だけでなく,抗菌剤の設計においても有効であることを示している.
2-5. エンドソームとリソソームのターゲティング
エンドソームとリソソームは,動的に相互変換するコンパートメントである.エンドソームは細胞表面から他のオルガネラへ物質を輸送する.リソソームは酸性で多くの分解酵素を含み,物質の消化に重要な役割を持つ.
糖はリソソームにタンパク質を送達する重要なシグナルである.マンノース-6-リン酸はゴルジ体で認識され,エンドソーム/リソソーム系へと輸送される.(リソソーム蓄積症に対する酵素補充療法では,マンノース 6 リン酸でタグ付けしたリソソーム酵素を利用する.) また,そのほかの糖もリソソームのターゲティングに利用可能である.
細胞表面の受容体を介したエンドソームへの内在化はさまざまな薬物送達に利用されている(エンドサイトーシスの利用) . 特に葉酸受容体は腫瘍で過剰に発現しているため,抗がん剤のがんターゲティングに利用される.葉酸に対して vinblastatin を複合化した化合物は抗がん剤として開発が進んでいる. この化合物はがん細胞に取り込まれた後,エンドソームにてリンカーが開裂し,vinblastatinを放出する.エンドサイトーシスによる化合物の取り込みを利用する際には,化合物の分解が起こるリソソームに到達する前にエンドソームから抜け出す設計が重要である.アニオン性のポリマーや低 pH で不安定化するミセルやポリマーはエンドソームにおける薬物放出を可能とする 設計に利用される.コレステロール誘導体で膜にアンカリングした後,エンドソームにて, ジスルフィド結合の開裂を伴って細胞質に抜け出す化合物も合成されている.
3.“ビッグデータ” 解析によるオルガネラ標的分子モチーフの同定
薬物の活性を保持しながら,特定のオルガネラをターゲットできる分子変換を行うためには,現状,一つ一つの分子に対して検討が必要である.データベースの拡充とその利用は,特定のオルガネラを標的するための分子モチーフを同定するための強力なツールとなり得る.ビッグデータアプローチにおいて問題になっているのは,実験条件のばらつきなどの要因による収集されたデータに含まれるノイズである.データの質の向上とデータマイニング戦略の改善により,このアプローチの有効性を大きく向上できる可能性がある.
4.将来展望
組織や細胞レベルを超えて薬物をオルガネラレベルで送達する技術は,薬効の改善,作用機構の制御,毒性の低減,薬物耐性の克服などを実現する可能性がある.現時点で,低分子を特定のオルガネラに送達する手法としては,ペプチドや脂質,リガンドなどの天然のタグとの複合化が中心である.合成によるオルガネラ送達タグの創製には試行錯誤が必要で, 報告例は少ない.わずかな構造の変化でも細胞内での分布を変化させるため,オルガネラ送達を合理的に薬物の設計プロセスに組み込むことは難しい.また,薬物のオルガネラ送達に関して,現時点ではin vitroでの活性評価が中心で,in vivoでの有効性はほとんど調べられていない.
オルガネラを標的とした薬物送達が医薬品設計のプロセスの一部となるためには、 次のような点の進展が必要である.まず,化合物と細胞内局在の包括的なデータセットを高い質で生成し,新規なオルガネラ送達モチーフの同定が進む必要がある.また,低分子の細胞内分布を決定する方法論の感度と分解能の向上は重要である.顕微鏡や質量分析を用いた分子イメージングの進展が不可欠である.加えて, 細胞内送達プロセスの理解,オルガネラ送達タグのレパートリーの拡大も重要である.これらの進展は薬物送達をより高い分解能で実現し,薬剤の有効性を高めることにつながる.
5.補足
オルガネラのマーカーもしくは送達タグとしては、以下のような化合物が利用されている。
【前回記事①はこちら】
【本シリーズ記事は、糖化学ノックイン領域において実施している領域内総説抄録会の過去資料をブログ記事に転記し、一般向けに公開しているものです】
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