セスキテルペンAgarozizanol Bの全合成が初めて達成された。光照射下で進行するカスケード反応とシクロプロパン環の開裂による構築困難なprezizaane骨格の短工程形成が本合成の特徴である。
Prezizaane骨格の短工程形成
セスキテルペン類にみられるprezizaane骨格は、六員環と2つの五員環からなる三環性構造(トリシクロウンデカン骨格)および4つの炭化水素基からなる。prezizaane骨格を有する天然物として、(+)-prezizaene(1)やprezizanol(2)、(+)-jinkohol II(3)がある(Figure 1A)。1990年にVettelとCoatesらによって1と2が合成されて以来、複数のグループによって1–3の合成が達成されてきた[1–3]。本骨格形成の鍵は、如何にして四級炭素(C1)と架橋炭素(C9 and C10)を構築するかである。その骨格形成は難しく、1-3の全合成はいずれの場合も15工程以上を要する。また、1–3よりも酸化段階が高いprezizaane骨格を有する(+)-agarozizanol B(4)の全合成は未だ報告例がない。
本論文著者であるBachらは、より簡便なprezizaane骨格構築法を用いた4の合成を目指した。彼らは、自身のグループが開発した光誘導型カスケード反応に着目した[4]。本反応では、光照射下で1-インダノン誘導体5の環化付加反応が進行し、シクロプロパンを含む五環性ケトン6を与える。得られた6に臭素を作用させると、オレフィンの臭素付加に続いてシクロプロパンが開環し、トリシクロウンデカン骨格を有する8を与える(Figure 1B)。今回彼らは本手法を応用した4の逆合成解析を考えた(Figure 1C)。4は9の脱酸素化とアセタールの酸加水分解により得られる。9のprezizaane骨格は、シクロプロパン10の結合開裂により形成される。10は11の光誘導型カスケード反応により誘導する。11は、12と13のSN2反応により得られる。本合成の課題は、三置換オレフィンを有する11の光誘導型カスケード反応とシクロプロパン10の結合開裂を効率よく進行させることである。
“Concise Total Synthesis of Agarozizanol B via a Strained Photocascade Intermediate”
Rauscher, N.; Næsborg, L.; Jandl, C.; Bach, T. Angew. Chem., Int. Ed.2021, 60, 24039-24042.
DOI: 10.1002/anie.202110009
論文著者の紹介
研究者:Thorsten Bach
研究者の経歴:
1987–1988 M.S., University of Southern California, USA (Prof. G. A. Olah)
1989–1991 Ph.D., Philipps University Marburg, Germany (Prof. M. T. Reetz)
1991–1992 Postdoc, Harvard University, USA (Prof. D. A. Evans)
1992–1996 Independent Researcher, Münster University, Germany
1997–2000 Professor, Philipps University Marburg, Germany
2000– Professor, Technical University of Munich, Germany
研究内容:天然物合成、C–H活性化を伴うクロスカップリング反応の開発、光反応を用いた複雑骨格構築法の開発
論文の概要
はじめに著者らは12と13のSN2反応により光反応前駆体11を調製した。得られた11の光誘導型カスケード反応はシクロプロパン10を収率よく与えた(62%, dr = 2:1)。メタノール中、11に350 nmの紫外光を照射すると、オルト-光環化付加が進行し中間体14を与える。シクロブタン14の逆旋的開環反応によりシクロオクタトリエン15となり、15の逆旋的[4p]環化反応により16が生成する。続いて1,3-ビラジカル16’を経由した16のジ-p-メタン転位が進行することで、課題であった四級炭素C1と高度な縮環構造を有する10が11から一工程で得られた。10の不要なジアステレオマーを分離し、次なる課題であるシクロプロパンの開裂反応を試みた。10に水素雰囲気下金属触媒を作用させたところ、オレフィンの還元とともに、望まぬ結合(C1–C5)でシクロプロパンの開環が進行し、18が生成した。そこで、1)ケトンの還元2)オレフィンの還元3)アルコールの酸化後にシクロプロパンを開環する段階的手法を試みた。ケトン10にオキサザボロリジン17を作用させたところ(Corey–Bakshi–Shibata還元)、速度論的光学分割が起こり、高エナンチオ過剰率でアルコール19を得ることができた。続く、19のオレフィンの水素化、アルコールの酸化によりケトン20へと誘導した。20に対し、クロロトリメチルシランとヨウ化ナトリウムを作用させると、望みの結合でシクロプロパンの開環が進行し、prezizaane骨格をもつ22が得られた。22のC–I結合開裂、ケトンの還元により得られたアルコールをキサンテート23とした。最後に23のBarton-McCombie脱酸素化により24としたのち、アセタールの酸加水分解により(+)-agarozizanol B(4)を得た。
以上、光誘導型カスケード反応とシクロプロパン環の結合開裂を鍵反応とした (+)-agarozizanol Bの不斉全合成がわずか11工程で達成された。
スティッキーフィンガーズの突破力には及ばないが、光化学を用いれば天然物合成における困難もくぐり抜けられると感じた。
参考文献
- Vettel, P. R.; Coates, R. M. Total Synthesis of (–)-Prezizaene and (–)-Prezizanol. J. Org. Chem. 1980, 45, 5430–5432. DOI: 10.1021/jo01314a062
- Piers, E.; Jean, M.; Marrs, P. S. Synthesis of Vinylcyclopropanes via Palladium-Catalyzed Coupling of Cycloprpylzinc Halides with Vinyl Iodides. Tetrahedron Lett. 1987, 28, 5075–5078. DOI: 1016/S0040-4039(00)95593-X
- Sakurai, K.; Kitahara, T.; Mori, K. Stereocontrolled Synthesis of (–)-Prezizanol, (–)-Prezizaene, Their Epimers and (–)-Allokhusiol. Tetrahedron 1990, 46, 761–774. DOI: 1016/S0040-4020(01)81359-4
- Næsborg, L.; Jandl, C.; Zech, A.; Bach, T. Complex Carbocyclic Skeletons from Aryl Ketones through a Three- Photon Cascade Reaction. Angew. Chem., Int. Ed. 2020, 59, 5656. DOI: 10.1002/anie.201915731