ニッケル/可視光レドックス触媒を用いたアルコールの脱酸素型クロスカップリングが開発された。N–ヘテロ環状カルベン塩(NHC salt)を用いた炭素–酸素結合の切断が本手法の鍵である。
アルコールの脱酸素型クロスカップリング
遷移金属触媒によるC(sp2)–C(sp3)クロスカップリングには、ハロゲンやボリル基をはじめ様々な官能基が利用されてきた。しかし、天然に豊富に存在し安価なアルコールをアルキル源とするC(sp2)–C(sp3)クロスカップリングの開発は未だ発展途上である[1]。多くの場合、アルコールは事前に官能基化する必要があり、アルコールを直接利用するC(sp2)–C(sp3)クロスカップリングの例は少ない[2]。例えば宇梶、菅らは、ニッケル触媒/塩化チタンを用いた脱酸素型クロスカップリングを達成した。しかし、適用できる基質はベンジルアルコールに限られる(図 1A)[3]。また、Liらはニッケル触媒と電気化学的手法を用いることで、アルコールとハロゲン化アリールの脱酸素型クロスカップリングを達成した(図 1B)[4]。この手法では、反応系中でアルコールをアルキルブロミドに変換しており、立体障害の大きい3級アルコールは利用できない。これらの反応では、利用可能なアルコールは限定されており、より広範なアルコールに適用できる手法が求められる。
今回、プリンストン大学のMacMillan教授らはニッケル/可視光レドックス触媒を用いるアルコールとハロゲン化アリールの脱酸素型クロスカップリングの開発に成功した(図 1C)。筆者らは、N-ヘテロ環状カルベン(NHC)-アルコール付加体に着目し、アルコールからアルキルラジカルを発生させる触媒系を構築した。本反応は医薬品や天然物を含む種々の1–3級アルコールに適用できる。
“Metallaphotoredox-enabled Deoxygenative Arylation of Alcohols”
Dong, Z.; MacMillan, D. W. C. Nature 2021, 598, 451–456.
DOI: 10.1038/s41586-021-03920-6
論文著者の紹介
研究者:David W. C. MacMillan
研究者の経歴:
1991 BSc., University of Glasgow, Scotland (Associate Prof. T. N. Jones)
1996 Ph.D., University of California, Irvine, USA (Prof. L. E. Overman)
1996–1998 Postdoc, Harvard University, USA (Prof. D. A. Evans)
1998–2000 Assistant Professor, University of California, Berkeley, USA
2000–2003 Associate Professor, California Institute of Technology, USA
2003–2004 Professor, California Institute of Technology, USA
2004–2006 Earle C. Anthony Professor of Chemistry, California Institute of Technology, USA
2006–2011 A. Barton Hepburn Professor of Chemistry, Princeton University, USA
2006– Director Merck Center for Catalysis, Princeton University, USA
2011– James S. McDonnell Distinguished University Professor of Chemistry, Princeton University, USA
研究内容:光レドックス触媒、不斉有機触媒の開発にもとづく天然物や薬品の新規合成法の開発
論文の概要
著者らはアルコール1をNHC塩4とピリジンで処理し、続いてNiBr2·dtbbpyおよびIr(ppy)2(dtbbpy)PF6触媒存在下、ハロゲン化アリール2を添加し、青色光を照射することで、カップリング体3を与えることを見いだした(図 2A)。本反応は、キラルな一級アルコール1aや、ブロモ基をもつ二級アルコール1bから良好な収率でカップリング体3が得られる。さらに三級アルコール1cや糖誘導体1dが本反応に適用できた。また、著者らはジオール1eに対し、4-ブロモベンズアルデヒド、5-ブロモ-2-メチルチアゾールを逐次的に反応させることで、ジアステレオ選択的にカップリング体3fを得ることに成功した(図 2B)。
著者らは次のような反応機構を提唱した(図 2C)。まず、アルコール1とNHC塩4から、NHC-アルコール付加体5が生成する。その後、青色光で励起されたイリジウム(III)によって5が酸化され、ラジカルカチオン9となる。脱プロトン化により9がα–アミノラジカル10に変換され、続くカーバマート11の生成を駆動力としたb開裂によって、アルキルラジカル12が得られる。ハロゲン化アリール2がニッケル(0)錯体14に酸化的付加して生成する15に対して12が攻撃することで、ニッケル(III)錯体16となる。その後、還元的脱離によってカップリング体3を与え、生成したニッケル(I)錯体13はイリジウム(II)錯体8によって還元され14が再生する。
以上、Ni/可視光レドックス触媒とNHC塩を用いたアルコールの脱酸素型クロスカップリングが開発された。天然物や医薬品に最も多く存在する官能基であるアルコールを脱酸素カップリングに利用できる本反応は、既存の合成戦略を刷新しうる可能性が期待される。
参考文献
- Ertl, P.; Schuhmann, T. A Systematic Cheminformatics Analysis of Functional Groups Occurring in Natural Products. J. Nat. Prod. 2019, 82, 1258–1263. DOI: 1021/acs.jnatprod.8b01022
- (a) Zhang, X.; MacMillan, D. W. C. Alcohols as Latent Coupling Fragments for Metallaphotoredox Catalysis: sp3–sp2 Cross-Coupling of Oxalates with Aryl Halides. J. Am. Chem. Soc. 2016, 138, 13862–13865. DOI: 1021/jacs.6b09533 (b) Anka-Lufford, L. L.; Prinsell, M. R.; Weix, D. J. Selective Cross-Coupling of Organic Halides with Allylic Acetates. J. Org. Chem. 2012, 77, 9989–10000. DOI: 10.1021/jo302086g (c) Arendt, K. M.; Doyle, A. G. Dialkyl Ether Formation by Nickel-Catalyzed Cross-Coupling of Acetals and Aryl Iodides. Angew. Chem., Int. Ed. 2015, 54, 9876–9880. DOI: 10.1002/anie.201503936
- Suga, T.; Ukaji, Y. Nickel-Catalyzed Cross-Electrophile Coupling between Benzyl Alcohols and Aryl Halides Assisted by Titanium Co-Reductant. Org.Lett. 2018, 20, 7846–7850. DOI: 1021/acs.orglett.8b03367
- Li, Z.; Sun, W.; Wang, X.; Li, L.; Zhang, Y.; Li, C. Electrochemically Enabled, Nickel-Catalyzed Dehydroxylative Cross-Coupling of Alcohols with Aryl Halides. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 3536–3543. DOI: 1021/jacs.0c13093
- Coulembier, O.; Lohmeijer, B. G. G.; Dove, A. P.; Pratt, R. C.; Mespouille, L.; Culkin, D. A.; Benight, S. J.; Dubois, P.; Waymouth, R. W.; Hedrick, J. L. Alcohol Adducts of N-Heterocyclic Carbenes: Latent Catalysts for the Thermally-Controlled Living Polymerization of Cyclic Esters. Macromolecules 2006, 39, 5617–5628. DOI: 1021/ma0611366