第357回のスポットライトリサーチは、東京大学 大学院薬学系研究科 有機合成化学教室(金井研究室) 博士後期課程2年の丸山 勝矢 さんにお願いしました。
タンパク質の化学修飾法は、タンパク質の機能解析のような基礎的な研究から新規機能付与や機能制御のような応用的な研究まで、活用の仕方は無限大とも言える強力なツールです。簡便で選択性の高い修飾が可能な手法が幅広い分野の研究者から望まれる一方、タンパク質は一般的に有機溶媒や高温に弱いためマイルドな条件で高効率な反応を開発せねばならず、これは容易なことではありません。
丸山さん達は今回、タンパク質を構成するアミノ酸のひとつである「チロシン (Tyr) 」を選択的に修飾する手法をJ. Am. Chem. Soc.誌原著論文および東京大学薬学部プレスリリースで発表しました。
”Protein Modification at Tyrosine with Iminoxyl Radicals”
Katsuya Maruyama, Takashi Ishiyama, Yohei Seki, Kentaro Sakai, Takaya Togo, Kounosuke Oisaki*, Motomu Kanai*
J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 19844–19855
DOI : 10.1021/jacs.1c09066
丸山さんを指導されている有機合成化学教室の金井 求 教授および生長 幸之助 講師より、丸山さんについて以下のコメントを頂いています。
【金井先生より】
プロジェクトを通じて学生の成長を目の当たりにするのは、大学教員をやっていて一番うれしいことの一つです。丸山君は特にこのプロジェクトで人間的な奥行きが深まったような気がしています。もともとサイエンスに関しては非常に優秀な学生で、どちらかというと低分子を用いた反応開発を希望していましたが、先輩から引き継いだ時に既に先が見えていたので(この読みが大誤算、これもあるある)、まずはこれをフィニッシュしてくれということで学部4年生のときに本テーマを開始しました。東大生にはあるあるなのですが、自分が完全に納得しないと梃子でも動かない、という一面も修士のときくらいまではありました。たくさんの紆余曲折を経て、自分のこだわりと、プロジェクトに必要なときはどんなに難しくても一歩も引かない勇気、加えて他人の言うことも一理あるかもしれないという自省力、を兼ね備えるようになってきた気がします。
今は自らの発想で、待望の低分子を用いた触媒反応開発のプロジェクトを開始しています。彼の力で必ずや成功に導いてくれると確信していますし、それに加えて、自ら歩んできた経験をもとに後輩の成長を引き起こしてくれると期待しています。
【生長先生より】
2014/2/3の実験で種を見つけて以来、7年半(!)かかってようやく表に出せました。反応開発を専門としてきた自分ですが、1報の反応開発研究にこれほどのリソースを割いたことは当然なく、集大成的な仕事に仕上がったことにまずは安堵を覚えています。何かやるたび予想外の現象に直面する研究でもあり、つまりは未開拓なところを掘っていた証だと思うのですが、反面、長くゴールが見えない状態が続きました。強い意志のもとに愚直に研究を進めていける丸山君が3代目として引き継いで、彼の突破力ありきで完成にこぎ着けることができました。進め方などで夜中の2時まで激論することもありましたが、安易に逃げることなく骨太な議論ができたので、振り返ってみれば楽しい生活でした。社会に出ても圧倒的な活躍ができる、馬力ある人材だと評価しています。
図. 生長先生が種を見つけた2014/2/3の実験のノート
ちなみに金井先生の研究室では、以前に「トリプトファン」を選択的に修飾する手法を開発したことをJ. Am. Chem. Soc.誌に報告しており、この成果もケムステのスポットライトリサーチに取り上げさせていただいています。目的に応じてチロシンとトリプトファンの修飾反応を使い分けることで、研究の幅がぐんと広がりそうですね。
それでは、選択的チロシン修飾反応を達成した丸山さんのインタビューをお楽しみください!
【Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。】
タンパク質は、20種類の天然アミノ酸からなる生体高分子であり、生命秩序制御の中心を担っています。タンパク質に対し人工的に結合を形成するタンパク質化学修飾反応は、抗がん剤をモノクローナル抗体に結合した抗体-薬物複合体(ADC)が有望な医薬モダリティとして注目されるなど、医薬創製や生物研究における重要ツールとなっています。タンパク質の機能を損なわないためにも、高選択的反応による均質修飾法が求められています。この点で、疎水性アミノ酸のチロシン(Tyr)は、タンパク質表面への露出度が小さいため有力な修飾の標的であるにもかかわらず、従来より標的とされていたリジン(Lys)やシステイン(Cys)と比較して修飾の方法論は限られていました。
今回我々は、嵩高いオキシム試薬から酸化的に生成するイミノキシルラジカルを基盤とした新たなTyr選択的修飾反応を開発しました(図a)。本反応は、有機溶媒を用いない温和な条件下、Tyr選択的に高効率に進行し、広範なタンパク質に多様な機能性分子を結合することが可能となります。反応の興味深い点として、図aに示すiPr型のオキシム試薬を用いた場合には安定な修飾体が得られる一方で、メチル基1つ分だけ立体的に大きいtBu基をもつ型の試薬(図b)を用いた場合には、修飾体のTyrとオキシム部位の間の結合が可逆的な性質を持つことが見出されました。この修飾体は、光照射あるいは還元条件にて脱修飾反応が高効率に進行し、未修飾Tyrを定量的に再生します(図b)。タンパク質の周囲の分子との相互作用においてTyrがしばしば鍵を握っていることから、Tyrの修飾・脱修飾を介したタンパク質機能のON/OFFスイッチという形でこの現象を応用できないかと考えました。一例として本反応で修飾したモノクローナル抗体は、抗原との結合能が1/8程度に減弱したのに対し、脱修飾を行った抗体は修飾前と同等のオーダーに結合能が回復しました(図c)。
本研究成果は、Tyrを足掛かりにタンパク質に新たな機能を付与する従来のタンパク質修飾法としてのみならず、タンパク質機能を外部刺激でON/OFF制御する一般性の高い新たな基盤技術となると期待されます。
図. 今回開発したチロシン選択的修飾反応と活用の一例
【Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。】
オキシム試薬の嵩高さが修飾反応の特性(反応性、修飾体の安定性)にクリティカルに影響を及ぼす点には特に思い入れがあります。オキシム試薬構造は、文献報告を基に図bのようなtBu型の試薬から研究がスタートしていて、比較的高い収率で反応が進行するものの、修飾体が不安定で、そのままではタンパク質修飾法としての実用化は難しい状態にありました。オキシムの嵩高さとO-H結合の結合解離エネルギー(BDE)の間の相関関係に着目することで、反応性と修飾体の安定性を絶妙なバランスで達成するiPr型のオキシムを発見した時には心が躍りました。
さらに修飾反応としては一見不都合なtBu型オキシムによる修飾体の不安定性にも、何とか価値づけできないか考えて、タンパク質機能のON/OFF制御を考案しました。図cに示した抗体の結合能スイッチ以外にも、修飾・脱修飾による酵素活性のON/OFF制御の実証にも成功しました。かつて鋭い方に「酵素の活性中心ポケット内の埋もれたTyrを修飾するのは困難なのではないか」と指摘されたことがあり、自分の中でももっともな指摘だと納得していただけに、自ら創ったケミカルツールで酵素活性の制御が成功した際の驚きと喜びは大きなものでした。
【Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?】
油断すると凝集するような繊細なタンパク質を反応基質として設定する以上、有機溶媒を用いない中性緩衝液中、希釈条件、室温~体温程度という温和な反応条件が要求されるため、検討可能なパラメータの少なさと、多くの有機合成反応の知見が活かしづらい点に独特の難しさがあったと思います。加えて、反応性、修飾体の安定性、他のアミノ酸との選択性を同時に達成する必要がある点が困難でした。温和な条件下高い反応性を達成できた一押しのデザインの試薬構造も、修飾体の安定性を両立することができず、泣く泣く捨てざるを得ないことがありました。また、モデルペプチドに対して90%以上の収率で進行することを確認した最適反応条件をタンパク質へ適用すると、わずか5%しか反応が進行しない壁に直面し、巨大複雑基質であるタンパク質を修飾する難易度の高さを見せつけられ、再び試薬構造と反応条件を洗い出す検討に戻ったこともありました。
いずれの困難に対しても現象に対し仮説を考え続け、実験で検証することを丁寧に繰り返す中で何とか活路を見出し、高いクオリティの反応が完成したと自負しています。
【Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?】
生命は、多彩な分子と化学反応の重ね合わせで成り立っていて、今回の研究がそうであるように、化学には生命秩序を分子レベルで精密に動かす力がまだまだ秘められていると感じています。将来は、創薬研究に携わり、蓄えてきた知識、経験、感性を基に、これまでにない医薬を創り出し、疾患に苦しむ患者さんに届けたいと考えています。
【Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。】
最後までお読みいただきありがとうございました。何とか理想的な形で出すことができたこの研究に携わる中で、多くを学びました。先人たちが残した研究に触れて広い知識や視野を持つことの重要性を痛感させられた一方、良い意味で愚直に実験を行う重要性も認識しました。自身の知識・経験・想像からうまくいかないことが予想される実験でも、やってみると時には予想外の嬉しい結果が得られたこともありました。扱うテーマの価値を最大化するためには、時間の許す限り実験ベースで意思決定を行い、可能性を狭める(実験を減らして楽をする)ためではなく、広げる目的で自身の知識・経験・想像力を使うようにすることは重要なのではないでしょうか。今後も、視野を広げながら研究力を研鑽し、一人前の研究者を目指したいと考えています。
最後に、この光栄な機会を与えていただきましたChem-Stationの皆様、ディスカッション等を通じ手厚いご指導・ご助言をいただき、研究の遂行をサポートしていただいています金井先生、生長先生をはじめとする有機合成化学教室の皆様にこの場をお借りして深く感謝申し上げます。
【研究者の略歴】
名前:丸山 勝矢(まるやま かつや)
所属:東京大学大学院薬学系研究科 薬科学専攻 有機合成化学教室 博士後期課程2年
研究テーマ:タンパク質化学修飾反応の開発
略歴:
2018年3月 東京大学薬学部薬科学科卒業(金井求 教授)
2020年3月 東京大学大学院薬学系研究科修士課程修了(金井求 教授)
2020年4月 東京大学大学院薬学系研究科博士後期課程(金井求 教授)
2021年4月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
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