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スポットライトリサーチ

基底三重項炭化水素トリアンギュレンの単離に世界で初めて成功

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第359回、今年最後のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院基礎工学研究科(新谷研究室)・有川 忍 さんにお願いしました。

電子スピンの向きがそろった材料は磁石となり、原料が入手可能な有機分子からなる磁石は長い間研究されています。タイトルにもあるトリアンギュレンという炭化水素分子は、2個の電子スピンの向きが大きな力によって揃うと理論的に予想されており、約70年前から合成が検討されてきましたが、反応性が高いために単離と結晶化には成功していませんでした。今回ご紹介するのは2個の電子スピンの向きが揃った炭化水素分子の結晶構造を明らかにした世界で初めての研究成果です。Journal of the American Chemical Society原著論文プレスリリースに公開されています。

“Synthesis and Isolation of a Kinetically Stabilized Crystalline Triangulene”
Arikawa, S.; Shimizu, A.; Shiomi, D.; Sato, K.; Shintani, R.  Journal of the American Chemical Society, 2021, 143, 19599–19605. doi:10.1021/jacs.1c10151

研究を指導されました新谷 亮 教授清水 章弘 准教授から、有川さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

新谷先生

有川君は、私が阪大で研究室を立ち上げたのと同時に一期生として学部4年生で入ってきて以来、一緒に研究活動をして5年近くになりました。メキメキと有機合成の力をつけ、開殻分子の取り扱いや分析手法についても自ら進んで学び、今や研究室で最も頼れるメンバーとなっています。研究者としての今後のさらなる成長・活躍を期待しています。

清水先生

有川忍さんは、私が現在の研究室に異動して、一緒に研究するようになった初めての学生です。トリアンギュレンという、これまで数多くの研究者の挑戦を退けてきた分子にも臆することなく、反応段階数の多さも苦にせず、忍耐強く合成に取り組みました。不安定化学種の取り扱い方法も確立しておらず、また、ESR も満足に測定できない環境から、研究をスタートしましたが、持ち前の行動力を遺憾なく発揮し、共同研究者とも協力しながら研究を進め、見事に研究を成功に導きました。研究を進めるにあたり、自分で考え、何でも挑戦する姿勢が顕著で、研究室内でもリーダーシップも発揮しています。今後、優れた研究者・教育者として、大いに活躍してくれると信じています。

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

クラーの炭化水素として知られるジラジカル分子トリアンギュレンを、速度論的に安定化することにより世界で初めて単離し、詳細な電子状態を解明することに成功しました。特徴的な三角形構造を持つトリアンギュレンは、同じ方向に配列した2個の電子スピンを持つことが量子化学計算から予測されており、古くから注目を集めていました。そのため約70年も前から、合成が検討されてきましたが、二つのラジカル部位に由来する不安定性のため、これまで誰も単離には成功しておらず、詳細な電子構造はもちろん、基礎的な物性さえも未解明な状態でした。

今回、私達は、トリアンギュレンのスピン密度が大きな炭素原子を立体的に保護できる大きな置換基を導入することで、トリアンギュレンの安定性が大きく向上することを見出しました。その結果、カラムクロマトグラフィーでの精製や結晶化が可能となり、トリアンギュレン誘導体を単離することができました。

本研究は、基底三重項炭化水素分子の結晶構造を明らかにした世界で初めての研究成果です。また、単離したことにより、光学的および電気化学的な基礎物性だけでなく、磁気的な性質も調べることができ、トリアンギュレン誘導体が2個の電子スピンを同じ方向に配列させる大きな力を持つことを明らかにしました。

図 トリアンギュレンのスピン密度分布およびトリアンギュレン誘導体の結晶構造

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

研究当初は、トリアンギュレンは二つのラジカルを持つ分子であるため非常に不安定であり、立体的に保護されていても、慎重に扱わなければすぐに分解してしまう、という固定観念がありました。そのため、脱気封管中での結晶化など、限られた精製作業しか行えず、トリアンギュレンを単離するのに、長い間、四苦八苦していました。

そのような状況の中、トリアンギュレンの分解物および未反応原料を追跡するために、たまたま、薄層クロマトグラフィー(TLC)を使って調べる機会がありました。すると驚いたことに、酸素などが付加した極性が高い化合物ではなく、立体保護したトリアンギュレンそのものと思われる非極性の成分が、分解することなくTLCで上がってくることに気づきました。最初はまさかそんなことはないだろうと思いましたが、この成分をカラムクロマトグラフィーで集めて結晶化し、磁気測定を行うと、トリアンギュレン誘導体が比較的高純度で分離できていることがわかりました。当時、カラム精製の威力とメシチル基による速度論的安定化の偉大さに驚いたことを今でも覚えています。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

合成したトリアンギュレン誘導体は、凍結溶液の電子スピン共鳴(ESR)測定において分子構造から予想されるスペクトルを示しませんでした。そのため、X線結晶構造解析によってトリアンギュレン骨格が見えていたにも関わらず、長い間合成がきちんとできているか確証が持てず苦労しました。

手探りではありましたが、粘り強く反応条件や精製法を検討し、純度の高い結晶を単離することで、正しく測定結果を判断することができ、SQUID測定や熱容量測定などの様々な測定からトリアンギュレンが合成できているという証拠を総合的に押さえることができました。ESR測定において予想されるスペクトルを示さない理由は未解明ですが、最終的には、大阪市立大学の佐藤教授に知恵をお借りし、パルス電子スピン共鳴測定を行うことで、分光学的にも三重項種の存在を確認することができ、確かに、トリアンギュレンが合成・単離できていることがわかりました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

トリアンギュレンの研究から、一つの考え方だけで物事を判断するのはいけないということをよく学びました。これらの経験から私は、広い視点で物事を見られるように、有機合成以外の異分野に触れることができる融合領域で(場合によっては大きく分野を変え)、様々なバックグラウンドを持つ研究者と切磋琢磨し、研究できればと思います。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本研究では、前駆体の合成までは比較的スムーズに進行しましたが、上にも述べた通り、トリアンギュレン誘導体の検出と単離・精製には二年近く時間がかかりました。そのため、思うように進捗しない期間が長く、つらい時期もありました。しかし、その分、先生にはいろいろなことを教えてもらえましたし、自分であれこれ考える練習もでき、非常に勉強になった二年でした。皆様も、うまくいかないこともたくさんあるとは思いますが、あまり落ち込まずに、勉強と思って、粘り強く楽しく頑張っていただければと思います。

最後に、本研究を行うにあたり、直接ご指導賜りました新谷教授、清水准教授に感謝を申し上げます。また、磁気測定に関してお世話になりました、大阪市立大学大学院理学研究科の佐藤教授、塩見准教授にも心からお礼申し上げます。

研究者の略歴

名前:有川 忍(ありかわ しのぶ)
所属:大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 新谷研究室 博士後期課程 2年
研究テーマ:m-キノジメタン骨格を有する開殻性分子の合成と物性
経歴:
2018年 大阪大学基礎工学部化学応用科学科 卒業
2020年 大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 博士前期課程 修了
2020年-現在 大阪大学大学院基礎工学研究科物質創成専攻 博士後期課程 在学
2020年-現在 日本学術振興会特別研究員(DC1)
受賞:2021年大津会議アワードフェロー

関連リンク

  1. 研究室HP

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大学院生です。ケモインフォマティクス→触媒

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