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スポットライトリサーチ

ポリエチレンテレフタレートの常温解重合法を開発

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第353回のスポットライトリサーチは、産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター(ケイ素化学チーム)・田中真司 主任研究員にお願いしました。

毎日の飲み物で皆さんもお世話になっているでしょうPETボトル。PETとはポリエチレンテレフタラートという高分子材料の略称です。

軽量で割れず携帯性も良いので広く普及しており、最近では分別後のリサイクルも徹底されています。ただ扱いやすいと言うことは反面、分解されにくいと言うことでもあり、PETの分解(解重合)プロセスには多くのエネルギーが必要となっていました。今回紹介する研究は、ごくごく簡単な室温条件下に、PETの分解を達成したという話です。Green Chemistry誌原著論文・プレスリリースに公開されています。

“Capturing ethylene glycol with dimethyl carbonate towards depolymerisation of polyethylene terephthalate at ambient temperature”
Tanaka, S.; Sato, J.; Nakajima, Y.  Green Chem. 2021, 23, 9412-9416. doi:10.1039/D1GC02298A

研究チームを主宰されている中島裕美子 チーム長から、田中博士について以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!

表情を表に出さないタイプの人間ですが、固体NMRなどの新しい知識を積極的に吸収し、真摯に研究を推進する姿からは、内なる情熱が感じられます。ネコとスイーツが大好きという、お茶目な一面も、、、。共同研究にも前向きです。お見掛けの際はぜひお声がけください!

Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。

飲料用ボトルや繊維で汎用されている、ポリエチレンテレフタレート (PET) 樹脂の解重合反応に関する研究です。近年、廃プラスチックによる環境汚染問題が顕在化し、そのリサイクル技術への関心が高まっています。中でも、PETは比較的リサイクル技術が進んできた樹脂ですが、PETのケミカルリサイクル法は200度以上の高エネルギープロセスであることが大きな課題でした。最近、PET分解酵素による低温での解重合が注目を集めていますが、結晶成分が分解されにくいといった問題もあります。我々は、この社会課題には化学の力が貢献する余地はまだまだあると確信し研究に取り組んだ結果、常温でのPETの解重合法の開発に至りました。

Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。

本研究の鍵は、解重合で発生するエチレングリコールを炭酸ジメチルで捕捉するアイデアにあります (図1)。

図1. 本技術の鍵となるアイデア

採用した解重合の反応形式はメタノールによるエステル交換反応です。エステル交換は平衡反応ですので、反応を効率よく進行させるには、いかに平衡を生成系に偏らせるかが重要になります。そこで、反応系に溶媒兼捕捉剤として炭酸ジメチルを加えてみたところ、PETの解重合が室温でも効率的に進行することを発見しました。フレーク状のPETサンプルであれば、50度付近まで加熱することで全て解重合し90%以上の収率で高純度のテレフタル酸ジメチルを得ることができます (図2)。

図2. PET樹脂の常温での効率的な解重合

ところで、炭酸ジメチルを使用するアイデアは、大学院生時代に同じラボで取り組まれていたアミド結合の切断反応に着想を得ています (DOI: 10.1002/anie.201201789)。出身ラボは合成化学の様々なテーマが混在するところで (筆者は白金多核錯体に関するテーマ)、ラボ内で自由に議論し合える環境にあった経験が今に繋がっていると思います。

Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?

この研究に着手したのは昨年の秋頃からです。今年の春先に特許出願し、夏までには論文を書き上げて、今秋の論文とプレスリリースの発表に至りました。実験開始から論文発表までおよそ1年、というのはこれまでの筆者の研究活動で最短でした。そういう意味では、ここまでの内容ではそれほど難しいところはなかった、と言えます。強いて挙げるとすれば、反応前後でのPETの状態の観察が難しいところです。この点は、筆者が得意とする固体NMR測定がかなり役に立ちました。もっと難しい点は今後実用化を進める上でたくさん出てくると思いますが、今回の成果で、研究を進める上で最も大事なものは「アイデア」だということを改めて認識しました。

Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?

本プレスリリース技術の内容については、現在関連する多数の企業と協議を進めています。今後は社会実装に向けた取り組みを進める予定です。化学的視点でのアイデアが社会課題の解決に貢献する一例となれるよう、鋭意努力する所存です。ただし、実用化への取り組みは重要ですが、そればかりでは次のアイデアが生まれにくくなります。次の課題解決に向けた化学の基礎研究も並行して取り組んでいきます。

Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。

本サイトは学生の読者が多いと思いますが、先述のように、本研究成果のアイデアは学生時代に多様な研究テーマに直接触れた経験が生かされています。自身の研究テーマを究めることが第一の仕事ですが、一見無関係と思われる研究テーマにも積極的に興味を持つことが将来に繋がると思います。そんな筆者は、現在は物理化学的な側面が強い固体NMRの分野に飛び込んで研究活動の幅を広げています (ケムステ記事)。今後はこのテーマでも良いニュースが届けられるよう、研究に邁進いたします。

研究者の略歴

田中 真司
産業技術総合研究所 触媒化学融合研究センター ケイ素化学チーム 主任研究員

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博士(薬学)。Chem-Station副代表。国立大学教員→国研研究員にクラスチェンジ。専門は有機合成化学、触媒化学、医薬化学、ペプチド/タンパク質化学。
関心ある学問領域は三つ。すなわち、世界を創造する化学、世界を拡張させる情報科学、世界を世界たらしめる認知科学。
素晴らしければ何でも良い。どうでも良いことは心底どうでも良い。興味・趣味は様々だが、そのほとんどがメジャー地位を獲得してなさそうなのは仕様。

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