Yaghi らはMOF-303と呼ばれる金属-有機構造体における水分子の吸着過程を単結晶X線回折により明らかにしました。さらにその知見に基づきMOF-303の構造を改変することで、空気中から捕集した水を容易に回収できるよう設計できることを示しました。
Evolution of water structure in metal-organic frameworks for improved atmospheric water harvesting
Nikita, H.; Pei, X.; Chheda, S.; Lyu, H.; Jeong, W.; Sauer, J.; Gagliardi, L.; Yaghi, O. M. Science 2021, 374, 454. DOI: 10.1126/science.abj0890
社会的問題設定
水は地球表面の70%を覆っていますが、そのなかで私たちが飲むことができる水は、1%だけといわれています1。実際に、世界の全人口の半数以上が、一年のうち一か月は過度の水不足を経験する環境にいるといわれています2。空気は水蒸気を含んでいるため、空気中から水を捕集できれば、水不足の解決に貢献できる可能性があります。例えば脱水剤としてよく利用されるゼオライト (モレキュラーシーブ)は容易に空気中の水を捕集できます。しかし、それらの典型的な脱水剤は、水の吸着の力が高すぎて、捕集した水を回収するために250 °C 以上の高温が必要になります。空気中の水を効率的に捕集し、かつその水を容易に回収できるシステムを構築するのは難しいのです。
技術や手法のキモ①
金属―有機構造体 (metal-organic framework: MOF) は、空気中の水を捕集できる新しい多孔性材料として注目されています3。金属や配位子を適切に選択することで、適切な孔の大きさを持つ材料を合成したり、表面の親水性を調節することができるからです。このような構造の設計容易性は、ゼオライトのような従来の多孔性材料にはありません。さらに、MOF が結晶性化合物であることは、単結晶X線回折による構造決定や水の吸着部位の同定も可能にします。
科学的問題設定
これまでに、水が吸着したMOFの結晶構造により、水の吸着部位は同定されてきました3。ただし、水がどのような機構で吸着部位を占有していくかを結晶構造だけで読み解くのは困難です。水分子の吸着に伴う結晶構造の変化を追跡できれば、水の吸着機構が理解でき、さらに材料合成指針を提案できる可能性があります。しかし、一般的に水蒸気圧を調節することは難しく、水の吸着の過程を追跡することは困難です。
技術や手法のキモ②
筆者らは、MOF内での水の吸着過程を調査するため、水を吸着したMOFの単結晶を不活性ガスのフローのもとで徐々に加熱することで水を脱着させ、その脱着過程での回折データを逐次集めました。25 °Cでの吸着等温線において、吸着データと脱着データが完全に重なったため(ヒステリシスを示さなかったため)、脱着の過程を追跡することで、吸着の過程も理解できると考えたのです。なお、これらの実験はローレンス·バークレー国立研究所 (Lawrence Berkeley National Laboratory: LBL) の放射光設備 (Advanced Light Source: ALS) で行われたため、1フレームを1秒で測定することができました。そのため、ゆっくりと昇温しながら逐次回折データを集め、3分から12分程度の時間幅で集められたデータを1セットの結晶学データとしました
成果の概要
水捕集において, 2021 年の報告当初の最先端化合物である MOF-303 ([Al(OH)(PZDC)], PZDC2- = 1-H-pyrazole-3,5-dicarboxylate) の水の脱着過程を、単結晶X線回折を用いて逐次解析しました。その結果、ピラゾール配位子の窒素原子や金属二次構造単位のOH基に挟まれた窪みが最も強い吸着部位であり、そこを種にして水の多量体のクラスターが形成されていくことが明らかになりました。そこで、ピラゾール配位子の代わりにフラン配位子 FDC2- (FDC2- = 2,4-furandicaboxylate) を用いて類似構造体を合成し、その第一吸着部位の窪みでの水素結合を弱めることを試みました。その結果、吸着容量を妥協することなく、水の吸着エンタルピーを低下させ、穏やかな温度サイクルにより、より多くの水を回収できることを示しました。
(a) MOF-303に吸着した水分子をが種形成, クラスター形成, ネットワーク形成のどの段階で吸着したかを表した図. (b) ピラゾール配位子をもつ MOF-303 とフラン配位子を持つMOF-333の水の吸着等温線の比較.
主張の有効性検証 1:MOF-303の水の吸着過程
はじめに、MOF-303の水の25 °Cでの吸着等温線を測定し、その水吸着の振る舞いについて解析しました。その結果、相対湿度が 0 に近く、著しく低い湿度において急激な水の吸着が観測され、さらに相対湿度 0.10 から0.20 にかけて再び急激な吸着量の増加が観測されました。著しく低い湿度においての水の吸着は、捕集した水の回収を困難にするため望ましくありません。著者らは、湿度が0に近い領域での初期の水の吸着ステップを S と名付け、S の分子的な起源を単結晶X線回折を用いて研究しました。
MOF-303 の構造と 298 K での水の吸着等温線. 湿度が限りなく0に近い領域で, 急激な水の取り込み (ステップS) が観測されました. また吸着過程と脱着過程にヒステリシスがなく, 脱着等温線は吸着等温線とほぼ重なりました.
単結晶構造解析の結果、最も吸着力が高い第一吸着部位はピラゾール配位子のイミノ窒素とアミン窒素そして、金属二次構造部位(SBU)中のOH基に挟まれた窪みであると明らかになりました。水分子の水素原子は、それらの3つのヘテロ原子から 2.797(7) Å, 2.887(9) Å, 2.798(6) Å の距離にあり、それぞれと水素結合していると示唆されました。第二吸着部位も、ピラゾール配位子とSBU中のOH基に囲まれた窪みであり、そこでは2つの水素結合が形成可能でした。これらの吸着部位は、MOF-303 の親水性の窪みであり、吸着等温線におけるステップSの起源であると帰属されました。
MOF-303 の第一吸着部位と第二吸着部位.
第三吸着部位は、第一吸着部位や第二吸着部位には使われていない残りのOH基とのみ水素結合できる位置にあることが分かりました。そして、第四吸着部位は、第一吸着部位と第二吸着部位の水分子と水素結合を作って三量体を作るような位置にあると示唆されました。第一吸着部位から第四吸着部位までの占有は、結晶構造の非対称単位ごとに独立しており、隣接した非対称単位間で、それらの吸着部位が相互作用することはありません。したがって、第一吸着部位から第四吸着部位の占有は、その後に続く水クラスター形成の種形成段階 (seeding stage) に相当すると筆者らは帰属しました。
筆者らはMOF-303 の第一吸着部位から第四吸着部位が占有されるまでは核形成段階に当たると帰属しました.
さらに水の吸着量が多くなると、新たに吸着される水分子は MOF と相互作用することはなく、すでに吸着している水分子と水素結合を作ってクラスターを形成することが確認されました。具体的には、隣接した非対称単位間の吸着水分子の間隙を埋めるように水分子の四量体、つづいて六量体を形成します。この段階は、クラスター形成段階 (clustering stage) と名付けられました。さらに水の吸着量が多くなると、水の六量体クラスター同士の間を埋めるように水分子が占有されることが確認されました。この段階は、ネットワーク形成段階 (networking stage) と名付けられました。
MOF内に水のクラスターができたときの構造. 種段階で吸着していた水分子を薄いピンク色で示し, その後に吸着した水分子を濃いピンク色で表しています. 論文中に水の吸着過程の結晶構造の図がより詳細に掲載されています.
結晶学的に決定された水分子の吸着サイトの数は、吸着等温線の最大容量と一致しており、結晶データの解析によって吸着過程を解明することの妥当性が裏付けられました。
単結晶 X 線構造解析によって明らかになったのは水の吸着部位だけではありません。水の吸着量が増えるにしたがって、結晶の単位格子が大きくなることが明らかになりました。その理由は隣接したピラゾール配位子の N 原子間に水分子が挿入されるため、水の吸着が配位子の N 原子間の距離を広め、MOF 全体の構造がひずむためであると筆者らは考察しました。
主張の有効性検証 2:温和な水の捕集サイクル実現のための材料設計
単結晶 X 線構造解析により、MOF-303 での水の吸着は、種形成、クラスター形成、ネットワーク形成の三段階で起こることが確かめられました。水クラスターの種形成は、ピラゾール配位子の N 原子が関与していることがわかったため、ピラゾール配位子をより疎水的な配位子に置換すれば、種形成のステップの水の吸着エンタルピーが弱められ、捕集した水を容易に回収できると筆者らは考えました。具体的には、2,4-フランジカルボン酸(FDC: 2,4-furanedicarboxylic acid)がピラゾール配位子の代替配位子として最適であると考えました。フランには、ピラゾールのピロール性NH基のような水素結合のドナーがありません。さらにフランのO原子はピラゾールのイミン性N原子よりも塩基性が低いため、水素結合のアクセプターとしての能力も低いです。
2,4-フランジカルボン酸 (FDC: 2,4-furanedicarboxylic acid) を用いた MOF (MOF-333) の合成は、MOF-303 の合成と同様の条件で進行し、単結晶 X 線回折や粉末 X 線回折により、その構造がMOF-303と同様であることが確認されました。MOF-303と同様の単結晶構造解析により、 MOF-333 の水の第一吸着部位は配位子間の窪みであることがわかりました。ただし、フランのO原子と水分子のO原子の距離は 3.01 Å でした。これは、MOF-333 における N 原子と水分子のO原子の距離(2.797(7) Å, 2.887(9) Å) よりも長く、フラン配位子のより弱い水素結合を示している、と筆者らは主張しました。さらに、25 °Cでの水の吸着等温線においては、 MOF-303 が示した湿度が著しく低い領域での水の吸着ステップSは観測されませんでした。これは、MOF-333 においては水クラスターの種形成が抑制されていることを意味します。ただし、湿度22%に達すると急激な取り込みが起こりはじめ、湿度が高い領域での水の吸着量は、MOF-333 と MOF-303 でほとんど変わりませんでした。
フランを配位子に持つ MOF-333 とピラゾールを配位子に持つ MOF-303 の298 K での水の吸着等温線の比較. MOF-303 は, 湿度が限りなく0に近い領域で, 急激な水の取り込み (ステップS) を示しませんでした.
より精密に水の吸着特性を調節するため、2,4-フランジカルボン酸と1-H-ピラゾール-3,5-ジカルボン酸を混合して MOF を合成し、フラン配位子をピラゾール配位子が共存するMOFを合成しました。興味深いことに、合成したMOF中の配位子の比率は、合成の際の配位子の仕込み比率と一致し、MOF 内での配位子の比率を自在に制御できることが分かりました。さらに、MOF内のフランの割合が高くなるにつれて、水の吸着等温線の初期の水の吸着ステップSが緩和されることが示されました。
ピラゾール配位子とフラン配位子を混合して MOF を合成することで, 中間的な水の吸着特性を示す化合物が合成できました.
MOF-303, MOF-333 および配位子混合系における水の回収容易性を調べるため、0.85 kPa および1.7 kPa 水蒸気フロー下での熱分析を行い、水の脱着等圧線(isobar) を測定しました(0.85 kPa および1.7 kPa は30 °Cにおいて、それぞれ湿度20%および40%に対応します)。その結果、1.7 kPa下の脱着等温線において、ピラゾール配位子のみ持つMOF-303は 55 °C に達して以降、水の残存量が 0.1 g/g のまま横ばいになり、それ以上水が脱着されませんでした。一方、フラン配位子のみを持つMOF-333は、45 °C の時点で水の残存量がほぼゼロになりました。このことは、MOF-333において、水の回収が容易であると同時に、残存量が少ないために回収量 (working capacity) が多いことを意味します。さらに、脱着に高温が必要でないため、脱着の際の材料の劣化を防げます。
水の脱着等圧線. ピラゾール配位子のみを持つMOF (8/0), ピラゾール配位子とフラン配位子を 1/1 の割合で持つMOF (4/4), そしてフラン配位子のみを持つ MOF (0/8) の水の吸着等圧線の比較. 8/0 では, 70 °C に加熱してもいくらかの水が残存していますが, フラン配位子を持つMOFでは, 70 °C での水の残存量が少なくなりました.
ただし、0.85 kPaの水蒸気フローの脱着等温線においては、MOF-333が30°Cで水の吸着をほとんど示さず、吸着力が弱すぎることが明らかになりました。一方、フランとピラゾールを1:1の割合で持つ混合系は、30°C, 0.85 kPaの水蒸気フローにおいても水を吸着し、親水性と回収容易性のバランスがちょうどよいと判断しました。そこで、筆者らは、フランとピラゾールを1:1の割合で持つ混合系を用いて、1.7 kPaの水蒸気フロー下で、30°C と 85 °C を行き来して、吸着と脱着を繰り返す耐久実験を行いました。その結果、2000 サイクル後も、操作容量は 97% 保持されており、温和な吸着-脱着サイクルの利点を示しました。
議論すべき点
ガス吸着装置を利用して測定した吸着等温線と熱分析を利用して測定した脱着等圧線が食い違っている印象を受けました。例えば、フラン配位子のみのMOF-333において、25 °Cの吸着等温線は湿度 20% 付近から水蒸気を吸着しています。一方、湿度20%を模した水蒸気フロー(0.85 kPa) の熱分析では、室温下で吸着を示しませんでした。ひょっとすると、0.85 kPaの水蒸気フロー実験のときは、十分長い時間MOFを水蒸気に晒しておらず、水の吸着がまだ平衡に達していなかったのではないか、という可能性が示唆されます。もしそうだとしたら、水の捕集システムを構築するにあたって、水のクラスター形成の速度などを調査する必要があるのではないかと思います。
所感
論文のタイトルからもわかるように、今回の成果は「水吸着において優れたパフォーマンスを示す材料の報告」というよりは、「水の吸着過程を丁寧に単結晶X線構造解析で調べた論文」です。実際、水の蒸気圧をコントロールするのは難しいので、異なる吸着量での結晶構造の決定は、技術的に難しく、学術的にも興味深い結果です。
一方で、MOF における水の吸着力を下げるためにピラゾール配位子からフラン配位子へ変更したことは、大変おこがましい言い方をすれば、単結晶X線構造解析をしなくても思いつけた構造指針であるとも思います。そして、配位子の性質によって、MOF の疎水性を制御できることは、MOF の分野ではすでによく知られた概念です。しかし、水クラスター形成過程の結晶構造を詳細に議論することによって、ピラゾールからフランに変えたことの構造設計の妥当性に一層説得力が出てきたことは否めません。水のクラスター形成の解明という基礎的な調査を、空気中からの水の回収という重要な応用研究に貢献させた、という論文のストーリー構成が美しいと思いました。この論文をメタ的に読むことで「成果を一流誌に掲載するためにはどのようにストーリーを練ればよいのか」を学べるような気がしました。
次に読むべき論文は?
Water Adsorption in Porous Metal-Organic Frameworks and Related Materials
Furukawa, H.; Gándara, F.; Zhang, Y.-B.; Jiang, J.; Queen, W. L.; Hudson, M. R.; Yaghi, O. M. J. Am. Chem. Soc., 2014, 136, 4369-4381. DOI: 10.1021/ja500330a
Yaghi らによる水吸着に関する初期の論文。MOF の水吸着特性における、孔の大きさ、構造体のトポロジー、親水性官能基の影響について、単結晶X線構造解析も用いて詳細に調査しています。
Water and Metal-Organic Frameworks: From Interaction toward Utilization
Liu, X.; Wang, X.; Kapteijn, F. Chem. Rev. 2020, 120, 8303. DOI: 10.1021/acs.chemrev.9b00746
MOF における水吸着とその応用に関する、2020年のレビューです。網羅的です。
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参考文献
- https://www.worldwildlife.org/threats/water-scarcity
- Mekonnen, Mesfin M., and Arjen Y. Hoekstra. “Four Billion People Facing Severe Water Scarcity.” Science Advances 2, no. 2 (February 5, 2016): e1500323. https://doi.org/10.1126/sciadv.1500323.
- Furukawa, H.; Gándara, F.; Zhang, Y.-B.; Jiang, J.; Queen, W. L.; Hudson, M. R.; Yaghi, O. M. J. Am. Chem. Soc., 2014, 136, 4369-4381. DOI: 10.1021/ja500330a