2021年度科学研究費助成事業 学術変革領域研究(B)に採択された『糖鎖ケミカルノックインが拓く膜動態制御(略称:糖化学ノックイン)』について、研究チームのメンバーにお話を伺いました。
研究内容はもちろんのこと、他ではなかなか聞けない研究への思いや新しいことへ挑戦する意気込みなど、全5回にわたりインタビューをお送りします。
初回は本研究チームの領域代表を務める東京大学大学院薬学系研究科・講師の生長幸之助先生のインタビューです!
糖化学ノックインってどんな研究?
生長
最近文部科学省の方で新しく作られた学術変革領域というものなんですけど、趣旨としては異分野融合ですね。分野の違う若手研究者を3〜5人くらい集めて、今までにないような仕事をやってくれというものです。
僕らは、反応化学と生命科学の融合を掲げて研究を進めようとしています。
生長
僕個人がタンパク質の化学修飾法の開発という研究をここ数年くらいやっていて、ある程度の成果が出てきたので、それをもとにさらに発展させたいと考えています。
生長
膜タンパク質という生命科学の世界でいろんな役割を果たしている重要な分子があるんですけど、その動きがどうやってコントロールされているのかを知りたい、ということですね。
そこで注目したのが糖鎖なんです。膜タンパク質に糖鎖がつくことによってその動きが変わっていくんじゃないかといった発想が元になっています。様々な糖鎖をくっつけてやるのにタンパク質の修飾法が使えるんじゃないかと考えています。
生長
膜タンパク質が辿る運命は、タンパク質そのものの話だけにとどまりません。周りの膜の動き方にも関わってきます。タンパク質に引きずられる形で膜の動き方も変わってくるだろうと予想されていますね。
応用面としては、癌などの疾病診断やドラッグデリバリーシステムなどが期待できます。
生長
細胞が放出する膜カプセルの一種にエクソソームというものがあるんですが、薬を中に詰めこんで体内の好きなところに届けるだとか、中身を調べると細胞の状況が分かり診断に使えるだとかの応用が期待されています。エクソソームも糖タンパク質を含む膜ですから、そういったものの動き方を追跡したりコントロールしたりするための基礎技術や知見になるんじゃないかと考えています。
異分野の研究者たちで作るチーム
生長
このテーマを大きく3つの課題に分けて、「つくる」「みる」「あやつる」というチームで進めています。
生長
まず、膜タンパク質と糖鎖の組み合わせを変えてもしっかり2つを繋げられるようにしましょうというのが「つくる」グループですね。
そして、膜タンパク質がどのように膜と共に動くのかを見るには追跡技術が必要なので、それを開発しようっていうのが二つ目の「みる」グループです。
最後の「あやつる」グループでは、人工的な糖鎖の構造を使うことによって、自然界が予想もしない膜タンパク質の動きに持っていけるんじゃないかということを研究します。
生長
僕がやろうとしているのはまず「つくる」ですね。つまりタンパク質と糖鎖をガチャンとくっつける方法を確立することです。
あとは「あやつる」です。いろんな組み合わせを作って試すことをしないといけないので、構造を人工的に変えた糖タンパク質を「あやつる」グループに供給して、動きがどう変わるか見ていく予定です。
自分一人ではできないので、糖鎖生物学に長けている人とか、糖鎖を改変できる触媒化学者とか、膜タンパク質の動きを解析する技術を持ってる人とか、そういった方々と組んで一緒にやっています。
分野を超えたテーマというのはどのようなところから生まれたのでしょうか。
生長
反応化学の人に声を掛けられたところからはじまっているんですけど、反応化学だけだとあまり話が広がっていかないんですよね。それで違った分野の人を呼んできてこういう話が出来上がったんです。なので人が先に集まってテーマが後でできたという感じです。各自の興味があるものとマッチしているので、そういう意味では良いテーマなのだろうと思いますね。
新しいことへの挑戦と分野の発展性
生長
これまで僕個人は有機合成をずっとやってきたんですね。薬学部なので薬を開発するのに役に立つような化学反応とか分子の作り方とかを考えることが主でした。ですが東大に着任して以降少し違う方向にいっているんです。
生長
昔ながらの有機合成って、小さな分子をどうやって上手く作るかをずっと考えているようなところがあるんです。ですが僕が今やっている事はタンパク質みたいな分子量が何万もある大きな分子をどうやって化学変換していくかを考えているんですね。
生長
でも僕個人の研究にも良いことがたくさんあったなと思っていて。小さな分子を扱ってるだけじゃ全然知り合えない人たちとか、生物系の人たちにも話が通りやすくなったんです。
なので僕個人の経験から言うとやったことないことをやってみるのがすごい重要かなって思います。最初は分からないことだらけで大変なんですけど。
生長
分からないことをやるのが研究だと思うので、思い切って違うことをやってみる。そうすると世界が広がるし、研究者としての成長にも繋がるかなと。
生長
分野が全然違う人もいて、お互いの分野は100%知っているわけではないので、5人でディスカッションしているとお互いに知識がアップデートされる。そういう良い関係性が作れる座組になっていると思います。そういう場から生まれることを大切にしたいですね。
生長
なおかつ僕のバックグラウンドでもある反応化学分野の発展性も考えています。
実は反応化学の人たちってかなりいろんなことができるポテンシャルがあるのに、今まで通りのことしかやってない人が多いんじゃないかと感じてるんです。だからこういう風にすれば新しい価値が出せるとか、そういったこともなるべく伝えられるような研究をやっていきたいと思っています。
まずは”お隣さん”に伝えること
生長
そうですね。一見さんにも分かりやすく表現することはもちろん重要かなと思ってるいるんですけど、見慣れてもらうことも重要じゃないかなと思っています。
生長
例えばサイエンスの話って日常的に触れる機会がないというか、積極的に情報を取りに行かないと分からないような状態になってます。ネット巡回やTVニュースで普段から触れる話じゃないんですよね。でも100回自然と触れていれば、興味を持つ機会は1回か2回くらいあるはず。そういう機会を増やすっていうことが実は重要なのかなと思ったりしますね。
生長
みんなの手の届くようなところに先端科学や基礎研究を置いておくことで自然と興味を持ってもらえれば、みんな自分なりに調べると思うんです。mRNAワクチンとかもそうだと思うんですけど、中身は難しい基礎研究の集まりなのに、自分事になったら調べる人が出てくる。
生長
端的にいうと基礎研究に理解がないっていうのは、発信が足りていないっていうことかなと。あと、発信の仕方もなんとかしたいなと昔から思っていて。
生長
今回の領域のホームページもイラストや漫画とかを使ってなるべく分かりやすくしようと思っています。こういうホームページって分野の研究者しか基本的に見ないんですけど、できれば専門からちょっと外れた研究者に見てほしいなと思っているんです。
生長
専門が少し違うだけで研究者といえども学部レベルの知識しかなかったりするので、学術研究は意外とタコツボになりやすい。一般の方とまではいかなくても”お隣さん“にちゃんと分かってもらえる状況を作りたいなと思っています。
確かにサイエンスコミュニケーションというと、一般向けに分かりやすくっていう感じになりがちですが、”お隣さん”っていうのは大事かもしれません。
生長
そういう人に分かってもらえると同業に理解者が増えてくる。するとあそこでこんな面白いことやっているよみたいな口コミをしてもらえる。だから無理をせずにまずは隣の人に分かってもらうやり方が良いのだろうと思っていますね。
勇気を持って1つのことを続ける
生長
僕自身やりたいことを明確に決めて研究をやってきたわけではないんですけど、自分の興味にマッチするのはもちろん、苦じゃない負担に感じないことを研究テーマに据えてやってほしい、と学生の皆さんにはよく言っています。アカデミックな研究ってすごく長丁場なので、そうじゃないと続かないんですよね。お金のためとか他人が言ったからとか、そういう理由でやってると絶対そんな長期間続かない。
生長
自分のケースは合成化学、反応化学がその対象だったからこそ今もやっているんですが、1つを深堀りするといろんな広がりも見えてきます。だから何かひとつ強いものを意識的に作っておくのも重要だと思います。
生長
そうですね。あれもこれも面白そうだけど、反面、何をやっていいか分からなくなりがちな世の中です。その中で勇気をもって「自分はこれをやる」って決めて、数年間掛けてやることがとても重要に思いますね。それを足がかりにして別の分野に行けば、自然とマルチな人間になれると思うんです。だからまずは何でもいい、どんな小さなことでもいいので、「これだけは誰にも負けない」と言える強い専門性を持つことから始めてほしいですね。
*本記事は研究室が発信するブログメディア「Hey!Labo」(運営:株式会社ロフタル)による寄稿記事です。
Hey!Labo記事URL:https://hey-labo.com/labo/glycan-chemical-knockin/blog/536
インタビュー担当:株式会社ロフタル
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