光レドックス触媒反応に続いてブームが訪れている有機電解合成反応。
もちろん両者とも昔からあったものですが、最新触媒や試薬などの開発、多くの研究者が参入したことにより大幅にできることが多くなりつつあります。
かくいう筆者の研究室でも装置を導入して、徐々に取り入れ始めています。主流でやっていくというよりも有機合成の幅を広げていることは確かであり、合成ツールのひとつとしては使えたほうがよいからです。
有機電解合成は、いわゆる電気化学反応なので、大雑把に言えば電極2つとフラスコ、電解質と反応させる化合物に電源がさえあれば反応をかけることは可能です。
とは言われても、本気で新しい電解反応開発するぞ!とならなければなかなか手が出ないのは当然です。そういうわけで、誰でも使うことのできる有機電解反応の「プラットフォーム」があれば、文献で紹介されている反応や新しい反応の開発まですぐにとりかかることができます。
そこでつい最近、メルク社有機電解合成プラットフォームである、SynLectro™が発売されました。今回、この製品の特徴の紹介を、他の製品と比較して簡単にしてみたいと思います。
まずは何が重要か?
電解反応装置でなにが重要か?人それぞれだと思いますが、以下にあげます。
- 安価である:どんなに素敵な反応でも、装置が高価だと手を出しにくいですよね。1反応いくら?なんて考えてしまいそうです
- 簡便である:装置はセットアップしたのはよいが、いちいち手間がかかる、ケアが大変なんてことがあると使わなくなっていまいます
- 電極の配置:電極を平行に保持し、準備段階から合成反応中に至るまで、電極を確実に固定することが重要です。電極の平行が維持できないことで不均一な電界が生じ、局所的なホットスポット発生による副反応や、電極・装置の損傷に繋がる恐れがあります。最悪のケースとしてショートした場合、ラボの安全面からも推奨されません
- 多検体反応できる:反応をスクリーニングするときに複数個同時に同条件でかけれたほうが好ましいですね
- 反応の様子がみえる:化学者たるものやっぱり反応がみれたほうがよいですよね。特に電解反応はなにかトラブルがないか、目で見て確認できる方がいいですね
- スケールアップ可能:有機合成ですから最適化して条件をできる限り容易にスケールアップできるような装置が望ましいです。ハイスループットとスケールアップは相反するものかもしれませんが
特に電解反応特有なものは3。例えば、以下のような普通のスリーブ状丸底フラスコでは、電極が傾いてしまい平行の維持が難しく、電界の安定化が困難になります1。
また、電極の平行維持に加えて、多くの自作装置は、作業上の安全性を脅かすような液漏れに悩まされることが多いらしいです。
また、汎用性を考えると開放系の反応システムであることや、温調機能があることが望ましいという点も付け加えておきます。そういった意味で、実験室で安全に電解合成反応を行うにはしっかりとした装置を購入したほうが望ましいわけです。
Erectrosyn™ :スタイリッシュに小スケールで1つの反応をかけたい
以上のようなセットアップが大変、なんか面倒そうという考えを覆したのが、このIKAから発売されているErectrosynですね。スクリプス研究所のPhil Baran教授と共同開発した この装置は、大変スタイリッシュで非常にセットアップが簡単そうです。もちろん上記の電極の平衡維持に関しても解決しており、CVも測定可能、すぐに使える有機電解反応のオールインワン型といっても過言ではないでしょう。
オールインワン型といっても、様々なオプションが用意されており、当初は1反応しかかけれなかったのですが、現在では複数の反応がセットアップできたり、いろいろな電極の準備もあるようです。大きな問題点は値段が高価といったところでしょうか。色々つけると、元の価格は何だったんだぐらいな価格に跳ね上がります。スケールアップにもあまり向いていないかもしれません。
Waldvogel型電解装置:多検体スクリーニングに便利
一方で、Erectrosynよりも先に発売されていた、電解反応スクリーニング用の電解装置です。電解反応開発で著名なドイツマインツ大学のWaldvogel教授が開発したもので、これもIKAから発売されています。テフロン製のソケット?で電極が固定されているので、ずれることがなく、6つの反応を同時にかけることが可能です。
筆者の研究室でもこれを採用して使っています。実は、正確に言うとこの装置は慶応大学の栄長教授に教わったもので、セット価格でなく、それぞれ別にオーダーすることで、かなり安価に準備することができます。セットだとかなり高価ですが、アルミブロックやパワーサプライなどはそれぞれ似たようなものを準備すればよいというわけです。内容を教えていいのかわからないので、このぐらいにしておきますが、かなり安価に準備することができました。
問題点は、容器もテフロン製なので反応の中身が見えないということと、Erectrosyn同様に、スケールアップが困難であり、たくさん化合物を合成したい場合は6つ同じ反応をかけなければなりません。また、完全密閉系なので、万が一気体が大量に発生するようなことがあれば、破裂の危険性も無いわけではないです(スケールが小さいので大丈夫かもしれませんが)
SynLectroTM: バッチリアクター。スケールアップ合成を検討可能
上記の2つは上述した特徴1,5,6をすべて備えてるとはいいきれませんでした。そんなわけで、Waldvogel教授が新たに開発したのが、今回シグマアルドリッチ社から発売された新製品であるSynLectroになります。
どんな製品かはまず以下の動画を見ていただければわかるでしょう。
あれ?一見して、普通のフラスコの電極さしているだけなんじゃ??と思った方。まあ簡単に言えばそうですね苦笑。電極をしっかり平行化、反応の中身が見えて、開放系にもでき、温調機能も備え、スケールアップも可能かつ液漏れをしないとなるとやはりガラス製品になってくるようです。紹介ポイントは以下の通り
- 有機電解合成のバッチ式リアクターを簡素化・標準化し提供
- 電解合成における反応性や安全性の面から最適化されたガラスセル・PTFE栓・電極ホルダー・電極(電極は現在、14種類)
- スケールアップ合成を検討可能な50mL/200mLのセルサイズ(通常型&ジャケット型)
- R.Waldvogel教授監修(Johannes Gutenberg Univ. Mainz)
というわけで、新製品は原点回帰でありながら、これまでに蓄積した経験を生かした拡張性の高い、モジュール型の製品でした。たくさんの反応をかけなければならないときには、最適ではないかもしれないですが、多くのオプションも揃っており、スケールアップ可能で、安価に購入できる本製品は第三の有機電解反応のプラットフォームとなりそうです。
追伸:SynLectroの名前の由来
SynLectro = synthesis and electroです。SynElectroよりCOOLな造語だそうです(米国native speakerの感覚として)
SynLectro関連リンク
参考文献
- Waldvogel, S.R., J. Am. Chem. Soc. 2017, 139, 12317−12324. DOI: 10.1021/jacs.7b07488