第351回のスポットライトリサーチは、九州大学 安達・中野谷研究室 で研究をされていた陣内 和哉さんにお願いしました。陣内さんは2021年3月に博士の学位を取得後、現在は企業の研究員として活躍されています。
安達研究室(最先端有機光エレクトロニクス研究センター:OPERA)は有機半導体デバイスの分野で世界を牽引している研究室です。熱活性化遅延蛍光を利用した有機EL(TADF-OLED)をはじめとして、新しいコンセプトの詰まった有機エレトロニクスを推進されています。
今回ご紹介いただける成果は、有機蓄光に関するものです。蓄光を発する有機材料は、有機蓄光のパイオニアであり陣内さんの直接の指導にもあたった嘉部 量太先生(現在は沖縄科学技術大学院大学で准教授としてPIをされています。嘉部グループHPの綺麗な動画も必見!)によって開発されていましたが、紫外光でしか励起できない、大気下では動作しないなど性能上の課題もありました。今回の成果は、それらの限界をまさに逆転の発想で乗り越えたものとなっています。新しい材料系の未来を開いたということで高く評価され、2021年11月30日にNature Materials誌に原著論文として公開され、JST、九州大学、OISTからプレスリリースも公開されています。
“Organic long-persistent luminescence stimulated by visible light in p-type systems based on organic photoredox catalyst dopants”
Kazuya Jinnai, Ryota Kabe*, Zesen Lin and Chihaya Adachi*, Nature Materials 2021, 12, 9298-9308. DOI: 10.1038/s41563-021-01150-9
安達 千波矢 教授からは陣内さんについて以下のコメントを頂いています。
海の中では、ウミホタル、夜光虫、ホタルイカ、さらには、蛍光を発するウミウシや発光海藻まで豊かな発光現象が生じています。ダイビングが趣味の陣内君からは、怪しく発光する海の写真を何度か見せてもらったことがあります。趣味と研究の接点はとても大切で、今回のLPLの研究成果は、研究で忙しい合間を縫って週末にダイビングをすることで、多くのヒントを得ていたんじゃないかと思います。大自然の中で掴んだ感覚はとても大切で、未知の体験によって、新たな研究のきっかけが掴めるように思います。発光現象は人を引きつける力があります。陣内君の次の写真を楽しみにしています!
また、直接の指導に当たった嘉部 量太(現OIST准教授)先生からもコメントをいただきました!
陣内君は九大OPERAで有機蓄光研究を拡大するときに最初に加わってくれた学生です。有機蓄光は、現象を確認するだけなら材料を混ぜて光を当てるだけなので非常に簡単なのですが、その中では電荷が貯まる過程と、電荷を消費して光る過程が同時に進行するため、解析は容易ではありません。何もわからない手探りの状況から始めたこともあり、苦労をかけた部分も多いと思いますが、陣内君の頑張りにより、有機蓄光の新しいコンセプトが詰まった論文を形にすることが出来ました。
ダイビングのインストラクター資格を持つ陣内君は、私がOISTに着任して一番喜んでいたのかもしれませんが、COVID-19のせいで沖縄にもほとんど来ることが出来ず、ハワイ(Pacifichem)にも行くことが出来ず、少し残念な状況で卒業となってしまいました。現在は企業での研究開発という、これまでとは異なる環境ですが、新しい環境をしっかり楽しんで活躍されることを期待しています。
最後に宣伝ですが、近々、Chem-Stationとも提携しているQコロキウムで関連する内容を講演予定(12月23日 17:00 – )ですので、興味があればご参加頂ければと思います。また、OIST 嘉部ユニットではポスドク、大学院生を大募集しています。今回のような研究にもし興味があれば、お気軽にお問い合わせください。
それでは陣内さんのインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
有機フォトレドックス触媒を利用することで、従来の有機蓄光システムとは少し異なる駆動原理を持つ、p型有機蓄光を実現した研究です。これによって、有機蓄光材料の可視光励起及び大気中・水中での蓄光を世界で初めて達成しました。本成果は有機蓄光の実用化に寄与するとともに、有機蓄光分野の裾野を大きく広げます。
時計の文字盤が暗闇でぼんやりと光っているのをご覧になったことはありますか?明かりの下で光を蓄えて暗闇で長時間光続けるのが蓄光材料です。現在、実用化されている蓄光材料は全て無機材料ですが、我々のグループは2017年に有機分子のみで光エネルギーを電荷分離状態に変換して蓄え、蓄光を示す有機蓄光材料を世界で初めて報告しました (世界初の有機蓄光)。当初の有機蓄光材料は、過剰量の電子アクセプター分子と微量の電子ドナー分子の混合物で構成されており、光吸収によって電荷分離が生じると、アクセプター分子上に生じたラジカルアニオンが過剰量のアクセプター分子間を拡散することで電荷分離状態が長時間保持されます。主に電子が移動するためn型有機蓄光材料として考えることができます。しかし、ラジカル種が酸素と反応するため、大気中・水中では蓄光は観測されません。また、励起波長も紫外領域に限定されていました。さらに、最重要性能である発光持続時間は無機蓄光材料の100分の1程度しかなく、実用化には程遠い状況でした。
今回、我々は従来とは逆相となるp型有機蓄光、つまり微量のアクセプターと過剰量のドナーから構成され、ドナー分子間をラジカルカチオンが拡散するシステムを利用すること、可視光を吸収するカチオン性有機フォトレドックス触媒(1,3,5-トリフェニルピリリウム;TPP+)をアクセプターとして用いること、さらにキャリアトラップ機構を導入することでこれらを解決しました。TPP+は可視域に吸収を持ち、還元状態 (ラジカル種:TPP・) が安定、かつ酸素よりも深い還元電位を有しているため、酸素による酸化を低減することが出来ます。このため、大気中でも電荷分離状態が保持され、蓄光が観測されます。さらに、ドナー分子上のラジカルカチオンを捕捉できるキャリアトラップ分子を微量添加することで、電荷分離状態のさらなる安定化を実現し、これまでより長い4時間以上の発光時間を達成しました。
本研究により、有機蓄光材料の高機能化を実現するとともに、材料選択肢が大幅に広がりました。有機半導体分野以外の研究者様にも関心を持っていただき、有機蓄光研究が加速度的に進展することを期待しています。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
キャリアトラップを添加した材料が一晩中光り続けたときが一番印象に残っています。無機蓄光材料ではキャリアトラップを添加することで10時間を超える発光持続時間を実現しています。無機でできるなら有機でもできるだろうと考えて、実験を進めており、実際に兆しのようなものはありました。しかし、発光持続時間の改善効果は微々たるものでした。というのも、n型では”ドナー分子とは直接電荷分離せずに、アクセプター上に生成したラジカルアニオンを捕捉する分子”が必要であり、そんな都合のいい分子はみつからなかったためです。そんな折、p型有機蓄光を予期せず開発し、「ラジカルカチオントラップならいけるかもしれない」と思い、研究室にあった電子ドナー材料を片っぱしから突っ込みました。すると、ほとんどのサンプルが肉眼でわかるくらい発光時間が長くなりました。夜の研究室で全部のサンプルを並べてず〜っと眺めながら、M1の頃に初めて有機蓄光を見た時に抱いた「有機蓄光をもっとずっと長く光らせたい」という夢がようやく叶ったと感動したのを覚えています。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
開発したp型有機蓄光システムの発光メカニズムを解析するプロセスです。この研究は元々単分子蓄光システム開発を目指している折に、嘉部先生が別の有機フォトレドックス触媒を候補として紹介くださったところからスタートしました。有機フォトレドックス触媒をホストに分散すると予想通りに蓄光が観測され、目的の単分子蓄光システムが開発できたと喜びました。一気に論文化だと意気込んだのも束の間、実験を重ねるほど、想定外のデータばかり得られ、一度研究は暗礁に乗り上げました。肉眼で蓄光が見えているからこそ歯痒く、同じ材料に固執してしまっていました。そこで、一旦考え方を変え、他の有機フォトレドックス材料にも目を向けたところ、特にTPP+をTPBiに分散すると圧倒的に長い蓄光が実現され、それがきっかけとなり単分子蓄光ではなくp型有機蓄光であると方向修正できました。得られた一つの結果、一つの材料に固執するのではなく、俯瞰的に眺めることでようやく全体像が掴めてくるという研究の基本とも呼べることを思い出させてくれました。(有機蓄光の測定の難しさに関しては、別の論文にまとめていますのでご一読頂けますと幸いです。)
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
分野の領域を広げることができるような研究に取り組みたいです。現在は光化学から離れ、企業でポリマーの開発をしています。完全に畑違いの分野ですが、やるべきことは変わらないと考えています。それは、原理に基づいて考えること、常に広い視野で物事を眺めることです。そういった姿勢が異分野をつなぎ合わせて新しい化学を生み出す源泉になると信じています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
大学を卒業した今だからこそ実感するのは、研究室というのは本当に恵まれた環境だったということです。企業研究員は時間的制約でいっぱいです。どうしても「やりたいこと」ではなく、「やるべきこと」に集中しがちです。
自分のやりたい研究をやりたいようにできるのは学生のうちだけです。失敗したって、方向性が間違っていたって、誰に迷惑がかかるわけでもないのです(もちろん成功するに越したことはありませんが)。長い人生のうち学生として研究できる期間はほんの一瞬です。その短くもかけがえのない時間が皆様にとって素晴らしいものとなるよう心から祈っています。
最後になりますが、本研究の遂行にあたって最高の環境とご指導を頂きました、安達千波矢教授、嘉部量太准教授、多大なるご支援を頂きました、九州大学OPERA、ERATO安達分子エキシトン工学プロジェクト、OIST有機光エレクトロニクスユニットの皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。
関連リンク
- 九州大学 安達・中野谷研究室
- JST ERATO 安達分子エキシトン工学プロジェクト
- OIST 有機光エレクトロニクスユニット
- プレスリリース:有機材料を用いた蓄光デバイスの高性能化に成功
研究者の略歴
Profile:
名前:陣内 和哉(じんない かずや)
所属:九州大学 最先端有機光エレクトロニクス研究センター (OPERA)
専門:有機蓄光
略歴:2016/03 九州大学工学部物質科学工学科 卒業
2018/03 九州大学工学府物質創造工学専攻 修士課程修了
2019/04 – 2021/03 日本学術振興会特別研究員 (DC2)
2021/03 九州大学工学府物質創造工学専攻 博士課程修了