創薬プロセスにおいて、毒性の問題はいつまでも付きまとい続けます。顕著な細胞毒性や Ames positive を示す化合物は開発初期で早々に除外されますが、非臨床試験 (=動物試験・in vivo) や臨床試験 (ヒトを対象とした治験) まで進んで初めて明らかとなる重篤な毒性もあります。最近では、ナルコレプシー I 型の治療薬として期待されていた武田のオレキシン受容体作動薬 TAK-994 が、第 II 相試験における安全性シグナルの問題で開発中止となりました。分析技術や AI による毒性予測の精度は年々向上しながらも、生体内における予期せぬ作用に頭を悩まされることは尽きていません。
しかし、臨床試験で毒性が明らかになるならば、まだ良いのかもしれません。承認・発売されてしばらくしてから重篤な副作用が発見され、重い臓器障害や死者をも出してしまう例も多々あります。臨床試験で扱われる投与例は大規模でもたかだか数万に過ぎず、市販後には多ければ何百・何千万という患者さんが薬を使用します。そこで、臨床試験では洗い出すことのできなかった、少数の個人の体質に基づいて発現する特異体質性薬物毒性 (Idiosyncratic Drug Toxicity: IDT) が問題となります。IDT の発現には用量依存性がなく、少量の投与でも重篤な毒性を示す場合があります。このような毒性が発見された場合、投与の制限や場合によっては市場撤退を余儀なくされることもあり、そうなれば回収や補償も含めて製薬企業によっては多大な痛手となります。
IDT の発現機構には、免疫系の関与によるものと、シトクロムP450 (CYP) などの代謝酵素によって生成する反応性代謝物によるものなどがあります[1]。
図1 薬物毒性の 2 パターン
反応性代謝物
CYP は大部分の薬物の代謝に関与する酵素群です。CYP による代謝では通例、親化合物の水溶性を上げる (水酸基の付加、アルキル基の脱離など) 反応を介して低毒性かつ排泄されやすい構造への変換が起こります。ただし代謝によって親化合物よりも毒性の高い構造になることもあり、そうして生じた化合物は活性代謝物と呼ばれます。活性代謝物は通常の化合物と同様、用量依存的な毒性を示します。一方、一部の化合物の代謝においては、化学的に不安定で高い反応性を有するフリーラジカルや親電子物質などの反応性代謝物が生成します。これらの反応性代謝物は短寿命であり、周囲の水分子やグルタチオンなどの解毒・抱合分子と反応して無毒化されますが、まれにタンパク質などの生体分子と共有結合を形成してその機能を不可逆的に阻害することにより重篤な毒性を発現することがあります。この場合の毒性は用量非依存的であり、低容量でも重い副作用を惹起する可能性があります。代謝酵素の発現量には大きな個体差があり、反応性中間体を生成する代謝酵素が多く発現している個体では、それだけ反応性中間体による毒性発現リスクが高くなります。このことが個人の体質による薬物毒性、IDR の発現に繋がります。
図2 反応性代謝物を生じうる部分構造の例
近年の創薬プロセスにおいては、代謝物の予測や検索を開発早期に行うことにより、代謝に伴う用量依存的な毒性を回避することが当たり前になっています。加えて、反応性代謝物の生成をも開発初期段階 (非臨床試験より前) に特定し、市販後も含めて安全性リスクを少しでも減らそうという試みもなされています。そこで活躍するのがトラッピング剤と呼ばれるツール化合物です。
トラッピング剤
トラッピング (Trapping) =捕らえること
その名の通り、毒性の黒幕を捕らえて白日の元に晒すためのツールです。同じ意味で使われている言葉にスピントラップ剤があります。スピントラップ剤は不安定なフリーラジカルなどの活性種と反応して安定ラジカル種を形成し、ESR 法による測定を可能にする試薬類です。薬物代謝におけるトラッピング剤は、短寿命な反応性代謝物と優先的に反応し、安定な付加体 (アダクト) を形成して MS などでの検出を容易にするものです。
代表的なトラッピング剤にグルタチオン (図3 左) があります。グルタチオンは、グルタミン酸・システイン・グリシンからなるトリペプチドで、システインのチオール (SH) 基がα,β-不飽和カルボニル化合物 (Michael acceptor) などのソフト (HSAB則参照) な求電子剤と反応することで解毒作用を発揮します。グルタチオン付加体を LC-MS で分析することにより、反応性代謝物の構造推定が可能になります。しかしそれだけでは反応性代謝物がどの程度生成しているか (=定量) 判断することは困難です。それを可能にするのが、標識化されたトラッピング剤です。標識とはトラッピング試薬に定量性を持たせるためのオプションのようなものです。例えば、グルタチオンを [35S] で放射性標識することにより、RI-HPLC で反応性代謝物を高感度で定量することが可能になります。しかしながら、放射性同位体を用いる試験ではホットラボの設備を要することや時間経過とともにシグナルが減衰する点などが問題となります。
そこで有効となるのが、蛍光標識されたトラッピング剤です。蛍光は FL-HPLC にて定量可能なうえ、安全性・安定性・設備・コスト面などで RI 標識に比べて優れています。そんな蛍光標識化トラッピング剤の代表としてダンシルグルタチオン (dGSH) (図3 右)があります。dGSH は N末端に蛍光団であるダンシル基を結合したグルタチオンで、渡辺化学工業さんから市販もされています[2] (関連記事: 蛍光標識で定性的・定量的な解析を可能に:Dansyl-GSH)。dGSH は反応性代謝物の高速な検出において威力を発揮し、さまざまな製薬企業で応用されるに至っています。
図3 グルタチオン (GSH) およびダンシルグルタチオン (dGSH) の構造的
広範な反応性代謝物を捕捉可能な新規蛍光トラッピング剤
しかし、dGSH にも惜しい点がいくつかあり、その一つが「ハードな反応性代謝物を検出できない」ということです。ハードとは HSAB 則に基づいた分類でいうアルデヒドやケテンなどの求電子剤であり、グルタチオンのような軟らかい求核剤との反応性が低く、アダクトを形成しません。一方でハードな反応性代謝物はタンパク質のリジン残基 (アミノ基=硬い求核剤) と反応するため、タンパク質を修飾し毒性を示すという点では危険であることに変わりありません。ハードな代謝物とアダクトを形成する検出試薬としてはメトキシアミンなどがありますが、そのアダクトもイミンという不安定な活性種なので、検出効率は良くありませんでした。
慶應義塾大学薬学部の大江知之准教授と柴崎智香子博論生らは、ソフト・ハード双方の反応性代謝物を検出可能な新規蛍光トラッピング剤 CysGlu-Dan を開発しました [3]。CysGlu-Dan は N末端にシステインを有し、グルタミン酸から伸びたリンカーを介して蛍光団であるダンシル基が結合した化合物です (図4)。CysGlu-dan の特徴はその N末端にあります。既存のハードなトラッピング剤ではアルデヒドをイミンとするだけで終わっていましたが、CysGlu-Dan では生じたイミンに分子内近傍のチオール基がアタックすることで安定なチアゾリジン骨格を形成します (図4)。これにより FL-HPLC での安定的な定量を可能にしています。論文中では実際にベンジルアルコールやエチニルベンゼンを CYP により代謝させ、生じたベンズアルデヒドやフェニルケテン (いずれもハードな反応性代謝物) の検出に成功しています。CysGlu-Dan ではもちろんソフトな反応性代謝物の検出・定量も可能で、抗糖尿病薬トログリタゾンや抗炎症薬ジクロフェナクの反応性代謝物を dGSH よりも効率的にトラップしています。さらなる CysGlu-Dan の利点としては、反応性代謝物の生成試験に重要な CYP の代謝活性を阻害しないということです。 CYP のアイソザイム 7 種類 (1A1、2B6、2C9、2C19、2D6、2E1、3A4) に対する阻害活性は、dGSH と同等かそれ以上に弱く、無視できる程度でした。この性質は反応性代謝物検出において false negative を防ぐ上で非常に重要な事項です。以上の特徴により、CysGlu-Dan は広範な反応性代謝物を検出可能な実用性の高い蛍光トラッピング剤であることが示されました。
図4 CysGlu-Dan によるアルデヒド (ハードな反応性基) のトラッピング
アシルグルクロニドの検出
大江らはさらに、第 II 相薬物代謝 (抱合反応) によって生じる反応性代謝物アシルグルクロニドを検出可能な蛍光トラッピング剤を創成しました[4]。アシルグルクロニドの毒性に関してはコチラの記事をご参照ください。Dap-Dan (図5) は末端にエチレンジアミン構造を有するダンシル誘導体です。これまでアシルグルクロニドのトラッピング剤としてはダンシル基を結合したリジン-フェニルアラニンジペプチド (dKF, 図5) が用いられていましたが、その検出効率は高くありませんでした。Dap-Dan はカルボン酸のアシル化体およびグリコシル化体を逃さずトラップできるよう精密に設計されており (図 5: ジクロフェナク-アシルグルクロニドのトラッピング機構) 、実際に構造解析によって安定な付加体の形成が確認さてれいます。Dap-Dan は、形成したアシルグルクロニドの毒性によって市場撤退した数種の医薬品の糖化体を dKF よりも遥かに効率よく検出することに成功しました。医薬品設計においてカルボン酸は水溶性の向上や標的との相互作用部位の追加に有用な置換基ですが、予期せぬ毒性発現のリスクを有することも近年明らかになってきました (関連記事: カルボン酸に気をつけろ!グルクロン酸抱合の脅威) 。毒性リスク評価において、Dap-Dan は今後のスタンダードな蛍光トラッピング剤として活躍する可能性を大いに秘めています。
図5 Dap-Danの構造およびアシルグルクロニドのトラッピング機構 (文献[4]より引用・改変)
おわりに
「薬も過ぎれば毒になる」「くすりはリスク」など、医薬品と毒性は切ってもきれない関係にありますが、IDR・反応性代謝物はそういった常識の範疇を越えて毒性を発現する、市場撤退の黒幕のような存在と言えます。そんなやつらが潜んでいることを早期に効率よく発見するための蛍光トラッピング剤は有効なツールではありますが、これまでその選択肢は非常に限られていました。トラッピング剤は、例えれば万引きGメンのような存在かと思います。反応性代謝物がいざ生体分子と反応して被害を及ぼす前に、犯人を引っ捕えて事務所や警察へ突き出す役割を担っています (反応性代謝物が見つかった場合は「もうこんなことはしないね」では済まされないのですが)。創薬プロセスにおける反応性代謝物の検出はまさに総当たり的となりますが、大量の万引きGメンを動員するだけでなく、個々のGメンのスキルアップによって効率の向上に努めるべきかと感じます。今回紹介した CysGlu-Dan や Dap-Dan のような次世代の蛍光トラッピング剤が人口に膾炙し、広く用いられるようになることを願ってやみません。
参考文献
[1] 大江知之、「反応性代謝物とその評価」、日本薬理学雑誌、2009, 134, 338-341, doi: 10.1254/fpj.134.338.
[2] Watanabe Chemical News, WN-180801-431.
[3] Shibazaki, C.; Ohe, T.; Takahashi, K.; Nakamura, S.; Mashino, T., “Development of fluorescent-labeled trapping reagents based on cysteine to detect soft and hard electrophilic reactive metabolites”, Drug Metab. Pharmacokinet, 2021, 39, 100386, doi: 10.1016/j.dmpk.2021.100386.
[4] Shibazaki, C.; Mashita, O.; Takahashi, K.; Nakamura, S.; Mashino, T.; Ohe, T., “Development of a Fluorescent-Labeled Trapping Reagent to Detect Reactive Acyl Glucuronides”, Chem. Res. Toxicol, 2021, In press, doi: 10.1021/acs.chemrestox.1c00236.
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