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化学者のつぶやき

ヘテロ環、光当てたら、減ってる環

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種々の生物活性物質に適用可能な飽和複素環の環縮小反応が開発された。可視光の照射のみで飽和複素環のヘテロ原子を環内から環外に移動させることができる。

飽和複素環の骨格変換反応

ピペリジンに代表される飽和複素環は天然物や医薬品、農薬に頻出する骨格である。この飽和複素環を修飾する反応は数多く開発されているが、環拡大または環縮小により骨格自体を”編集”する手法は未だ少ない。ピペリジンからピロリジンへの骨格変換には、四級アンモニウムの形成[1]もしくは酸化的なC–N結合開裂[2]を経由する環縮小反応が知られる。一方で、ピペリジンのC–N結合を切断した後にC–C結合を形成し、窒素原子が環内から環外に移動する反応形式は珍しい(図1A)。
Seebachらはα-カルボキシルテトラヒドロイソキノリン誘導体に強塩基を作用させることでインダン骨格を与えることを報告した(図1B)[3]。また、テトラヒドロピランを基質とする類似の変換反応がSuárezらによって報告されている。彼らはα-ジケトニル糖に対して可視光照射すると、環収縮と続くヘミケタール化を経て5,5-縮合骨格を形成することを見いだした(図1C)[4]。しかし、前者は二つの基質、後者は糖誘導体にしか適用できず利用できる基質が限られていた。
今回、カリフォルニア大学バークレー校のSarpongらは、α位にアシル基をもつピペリジンに400 nmの光を照射すると、C–N結合の開裂後に新たなC–C結合が生成し、二置換シクロペンタン骨格を形成することを見いだした(図1D)。本反応はテトラヒドロピランやチアンなどの他の飽和複素環や医薬品、ペプチドに対しても適用できた。

図1. (A)ピペリジンの環縮小反応、(B) テトラヒドロイソキノリンの環縮小反応、(C)糖の環縮小反応、(D)飽和複素環の環縮小反応

 

“Photomediated Ring Contraction of Saturated Heterocycles”
Jurczyk, J.; Lux, M. C.; Adpressa, D.; Kim, S. F.; Lam, Y. H.; Yeung, C. S.; Sarpong, R. Science 2021, 373, 1004–1012.
DOI: 10.1126/science.abi7183

論文著者の紹介

研究者:Richmond Sarpong

研究者の経歴:

1991–1995 B.Sc. in Chemistry, Macalester College, USA (Prof. Rebecca C. Hoye)
1995–2001 Ph.D. in Chemistry, Princeton University, USA (Prof. Martin F. Semmelhack)
2001–2004 Postdoc, California Institute of Technology, USA (Prof. Brian M. Stoltz)
2004–2010 Assistant Professor, University of California, Berkeley, USA
2010–2014 Associate Professor, University of California, Berkeley, USA
2014–                             Professor, University of California, Berkeley, USA

研究内容:天然物の全合成、C–C結合活性化

研究者:Charles S. Yeung
研究者の経歴:
2002–2006 B.Sc. in Chemistry, The University of British Columbia, Canada
2006–2011 Ph.D. in Chemistry, University of Toronto, Canada (Prof. Vy M. Dong)
2012–2015 Postdoc, Harvard University, USA (Prof. Eric N. Jacobsen)
2015–                             Medicinal Chemist, Merck, USA
研究内容:メディシナルケミストリー、触媒反応の開発
研究者:Yu-hong Lam (Colin Lam)

研究者の経歴:
2001–2005 M.Sc. in Chemistry, University of Oxford, UK (Prof. Véronique Gouverneur)
2005–2009 Ph.D. in Chemistry, University of Oxford, UK (Prof. Véronique Gouverneur)
2009–2016 Postdoc, University of California, Los Angeles, USA (Prof. Kendall N. Houk)
2016–                             Process Chemist, Merck, USA
研究内容:計算化学

論文の概要

検討の結果、著者らはベンゼン溶媒中a-アシルピペリジン1に400 nmの光を24時間照射すると、syn体のシクロペンタン2が主生成物として得られることを見いだした(図 2A)。
窒素原子の保護基をアリールスルホン(1a)としたときに最も収率良く2aを与え、アミド(1b)やホスホロアミダイト(1c)も問題なく反応が進行した。ケトンの置換基はフェニル基のほか、ナフチル基(1d)やアルケニル基(1e)が利用できた。また、本反応はピペリジン以外の飽和複素環(1f, 1g, 1h)やペプチド(1i)にも適用でき、気管支拡張剤リミテロール(1j)は収率44%で2jを与えた。
反応機構は次のように提唱されている(図 2B)。まず、α位にアシル基をもつピペリジン1に光照射することでビラジカル3が生じる。続いて1,5-水素原子移動により1,4-ビラジカル4となった後に、C–N結合が均等開裂することで(Norrish Ⅱ型反応)イミンエノール5が生成する。最後に5の分子内マンニッヒ反応により五員環を形成し、シクロペンタン2が得られる。
また、ピペリジン1kをキラルリン酸触媒(R)-TRIP存在下で反応させると、エナンチオ選択的に反応が進行し、(–)-2kがエナンチオ過剰率84%で得られた(図2C)。

図2. (A) 最適条件と基質適用範囲 (B) 推定反応機構 (C) 不斉環縮小反応

 

以上、著者らは光照射による飽和複素環の環縮小反応を開発した。可視光の照射のみで目を疑うような分子変換が起こっており、まさに「光反応ならでは」と感じさせられる反応である。

参考文献

  1. (a) Tehrani, K. A.; Syngel, K. V.; Boelens, M.; Contreras, J.; Kimpe, N.D.; Knight, D. W. Boron(III) Bromide-Induced Ring Contraction of 3-Oxygenated Piperidines to 2-(Bromomethyl)Pyrrolidines. Tetrahedron Lett. 2000, 41, 2507–2510. DOI: 1016/S0040-4039(00)00191-X (b) Xypolia, A. F.; Pardo, D. G.; Cossy, J. Ring Contraction of 3-Hydroxy-3-(Trifluoromethyl)Piperidines: Synthesis of 2-Substituted 2-(Trifluoromethyl)Pyrrolidines, Chem.-Eur. J. 2015,21, 12876–12880. DOI: 10.1002/chem.201502084
  2. Roque, J. B.; Kuroda, Y.; Gottemann, L. T.; Sarpong, R. Deconstructive Diversification of Cyclic Amines. Nature 2018, 564, 244–248. DOI: 1038/s41586-018-0700-3
  3. Gees, T.; Schweizer, W. B.; Seebach, D. An Unusual Rearrangement of a Lithiated N-Acyl-tetrahydroisoquinoline to an Amino-Indan Skeleton and Structural Comparison of 3-Amino-2-Methylindan- and -Tetrahydronaphthalene-2-Carboxylic Acids as Possible Building Blocks for Peptide-Turn Mimics. Helv. Chim. Acta 1993, 76, 2640–2653. DOI: 10.1002/hlca.19930760721
  4. (a) Dorta-Álvarez, D.; León, E. I.; Kennedy, A. R.; Riesco-Fagundo C.; Suárez, E. Sequential Norrish Type II Photoelimination and Intramolecular Aldol Cyclization of 1,2-Diketones in Carbohydrate Systems: Stereoselective Synthesis of Cyclopentitols. Chem., Int. Ed. 2008, 120, 9049–9051. DOI: 10.1002/anie.200803696 (b) Dorta-Álvarez, D.; León, E. I.; Kennedy, A. R.; Martín, A.; Pérez-Martín, I.; Riesco-Fagundo C.; Suárez, E. Sequential Norrish Type II Photoelimination and Intramolecular Aldol Cyclization of α-Diketones: Synthesis of Polyhydroxylated Cyclopentitols by Ring Contraction of Hexopyranose Carbohydrate Derivatives. Chem. Eur. J. 2013, 19, 10312–10333. DOI: 10.1002/chem.201301230
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