第352回のスポットライトリサーチは、九州大学大学院薬学研究院(山田研究室)・松岡悠太 助教にお願いしました。
生体膜の大部分はリン脂質で構成されていますが、それが酸化を請けることで様々な疾患/炎症と結びつきます。しかしながら酸化リン脂質を選択的かつ網羅的に検出することはこれまで極めて困難でした。本研究はそのような挑戦的課題に挑んだもので、Nat. Commun.誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Structural library and visualization of endogenously oxidized phosphatidylcholines using mass spectrometry-based techniques”
Matsuoka, Y.; Takahashi, M.; Sugiura, Y.; Izumi, Y.; Nishiyama, K.; Nishida, M.; Suematsu, M.; Bamba, T.; Yamada, K.-i. Nat. Commun. 2021, 12, 6339. doi:10.1038/s41467-021-26633-w
それでは今回もインタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
生体膜を構成するリン脂質 (phospholipid: PL)は、酸化を受けやすく、容易に「酸化リン脂質 (酸化 PL)」が生成されます。酸化PLは、細胞死や炎症反応の制御など多彩な生理活性を示し、様々な疾患の発症に関与します。しかし、その生成メカニズムが複雑であるため、これまでに構造同定された酸化PLの数は極めて少なく、疾患発症時において実際にどのような分子種が増減しているか、またそれらがどのような局在性を示すかは全く不明でした。
そこで私たちは、未知の酸化 PL を探索する技術として、液体クロマトグラフィー質量分析法(liquid chromatograph/mass spectrometry: LC/MS)を用いたノンターゲット分析を活用し、計 465 種の酸化 PL 構造を新たに推定しました (図-1a)。こうして構築した構造ライブラリーを応用し、アセトアミノフェン誘発急性肝障害モデルマウスの肝組織中において 70 種もの酸化 PL が生成することを明らかにしました (図-1b)。さらに、酸化 PL を可視化する技術として、新たに重酸素(18O2)標識質量分析イメージング (mass spectrometry imaging: MSI)法を開発し、酸化 PL が肝組織中の障害部位に蓄積していることを見出しました (図-2)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
酸化リン脂質の質量分析イメージングを行う際に、重酸素 (18O2)を用いた点です。この実験は、慶應義塾大学医学部の杉浦悠毅先生と共同研究で行わせていただきました。最初、一般的な脂質の質量分析イメージング手順で、酸化PLの画像化を試みたのですが、鮮明な絵がなかなか得られませんでした。いろいろ調べてみると、どうやらイオン化法であるmatrix assisted laser desorption/ionization (MALDI)のレーザー照射時に試料中で酸化反応が生じ、これが原因でバックグラウンド強度が高くなっていることがわかりました。
その際、たまたま別に、実験動物に18O2を吸引させ肝組織内で生じた酸化PLを18O標識する実験を行っていました。そこで杉浦先生と、「これ使えるんじゃね?」という話になり、実際にやってみると、これが大当たり。「組織内で生じた18O標識-酸化PL」と「MSI測定時に生じる16O標識-酸化PL」を、分子量でうまく区別して画像化することができました (図-2)。研究を進める上で、柔軟な思考や視野を広く持つことが、如何に重要であるか痛感させられましたね。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
特に苦労したのは酸化リン脂質のノンターゲット分析と構造推定ですね。膨大な質量分析データから極微量な酸化リン脂質に由来するピークを選定するのは至難の業でした。本実験は九州大学生体防御医学研究所の高橋政友先生、和泉自泰先生にかなりお力を貸していただき、解析条件を最適化していきました。
さらに、選定したMSピークのMSMSスペクトルデータを1つ1つ、自分の目でみて、それが間違いなく酸化リン脂質に由来するピークか確認するのも、気が遠くなる途方もない作業でした。しかし、世界中でまだ誰も知らない酸化PL分子を、自らの手で見出したときの喜び・感動は何にも代えがたいものでした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
常に意識しているのは、「今、自分にしかできない研究をする」ということです。これまでに培ってきた知識、技術、または人生観をもとに、独創性の高い・尖った仕事を今後も続けていこうと考えています。そして、いつか自分の成した仕事が、次の世代への礎になれれば幸いです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。ケムステは自分が学生のころからよく拝見していたので、自分が記事に掲載されるのは何だか不思議な感じです。また載せていただけるような、面白い研究成果を、今後も出し続けていきたいと思います。
最後になりますが、学生時代よりご指導いただいている山田健一先生、本研究論文の共著者の皆様にこの場を借りて厚く御礼申し上げます。また、このような機会を与えてくださいましたChem-Stationの方々にも感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 松岡 悠太
所属: 九州大学大学院薬学研究院 生命物理化学分野 助教
略歴:
2011年3月 九州大学薬学部創薬科学科 卒業
2013年3月 九州大学大学院薬学府創薬科学専攻修士課程 修了
2016年3月 九州大学大学院薬学府創薬科学専攻博士後期課程 修了
(2013年4月-2016年3月 日本学術振興会特別研究員 DC1)
2016年4-5月 九州大学大学院 薬学研究院 特別研究員
2016年6月より現職