史上初の電池として知られるボルタ電池が開発された1799年から220年あまり、電気化学反応は広く研究されており、すでに解明されている反応だという認識の方も少なくないかもしれません。しかし、測定技術の発展によっていま、原子レベルの局所的な反応メカニズムが場所によって異なることが明らかになってきています。そこで、電気化学反応を単分子レベルで調べられる最先端の手法について解説します。
電気化学反応の究極的な理解には、単分子レベルの測定が必要
電気化学反応は、電極表面と分子の間の電子の受け渡しを介する化学反応です。溶液中の電極に電流を流して物質を分解したり、逆に化学反応から電流を取り出したりすることできるため、電気・化学エネルギー変換と呼ばれることもあります。蓄電池や水素発生に用いられることから、来るカーボンニュートラル時代に向けて詳細な理解が求められている反応です。
近年の研究で、電気化学反応の活性は、電極表面に並ぶ金属原子ひとつの欠陥や、一原子分の段差(ステップ)などの単原子・分子レベルの微細な構造に大きく影響を受けることがわかってきました(1)。つまり、この反応を究極的に理解するためには、反応物分子が電極表面のどこに近づき、どのように電子を受け取り、生成物となるか、ひとつひとつの原子・分子の反応を「見る」必要があるということです(図1)。
単分子測定の進化 EC-TERSに至るまで
では、ひとつひとつの原子・分子を見るためには、どのような手法があるでしょうか。
真空中や大気中において、先端が原子ひとつになっている金属探針を使って、表面をなぞることで原子を可視化する走査トンネル顕微鏡(STM)という手法が、1980年代以降発展してきました。例えば、炭素で構成されるグラファイト(HOPG)表面をなぞると、炭素原子が並んでいる形をはっきりと「見る」ことができます(図2)。
この手法を溶液中の電極表面に適用すると、電気化学反応を起こしている電極表面を「見る」ことができます。電気化学(EC)とSTMを組み合わせて、EC-STMと呼びます。この手法で、例えば、グラファイト表面が電気化学的に酸化されて削られていく様子を捉えることができます(図3)。
しかし、これだけでは、電気化学反応を「見た」ことにはなりません。反応の結果として生じる形状の変化は捉えられても、一つひとつの分子の動きまでは捉えることができないからです。
詳細な分子の動きを捉えるには、分光学の力を借りるのが有効です。特に、分子に光を照射して散乱光を検出するラマン分光(Raman Spectroscopy)を用いると、分子の振動を捉えることができます。電極表面に近づいて吸着し、電子を受け取る間の分子の振動から、どのように反応が進行するかを推察することができると期待されます。実際に真空中や大気中で、STMとラマン分光を組み合わせた探針増強ラマン分光(TERS)で、ひとつの原子・分子の振動を検出することにすでに成功しています(2), (3)。
そこで、電気化学(EC)とSTMを組み合わせてEC-STMを行ったのと同様に、電気化学(EC)とTERSを組み合わせるのが、EC-TERSです(4)-(6)。分子が電極表面のどこに吸着し、どのように電子を授受して反応が進行するのか、ひとつひとつの分子の動きを描くことで、エネルギー問題を解決しうる電気化学反応のメカニズムを明らかにすることが期待されます(図4)。
EC-TERSのこれから
現在、EC-TERSの信号を捉えることに成功しているのは世界でも数グループのみです(4)-(6)。そのどれもが、ひとつの分子の化学反応を解明するには至っていませんが、日進月歩で技術は進歩しています。ひとつひとつの原子・分子の反応を「見る」ことができる日は近づいています。
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参考文献
- Pfisterer, J. H. K.; Liang, Y.; Schneider, O.; Bandarenka, A. S. Direct Instrumental Identification of Catalytically Active Surface Sites. Nature 2017, 549 (7670), 74–77. DOI: 10.1038/nature23661
- Lee, J.; Crampton, K. T.; Tallarida, N.; Apkarian, V. A. Visualizing Vibrational Normal Modes of a Single Molecule with Atomically Confined Light. Nature 2019, 568 (7750), 78–82. DOI: 10.1038/s41586-019-1059-9
- Jaculbia, R. B.; Imada, H.; Miwa, K.; Iwasa, T.; Takenaka, M.; Yang, B.; Kazuma, E.; Hayazawa, N.; Taketsugu, T.; Kim, Y. Single-Molecule Resonance Raman Effect in a Plasmonic Nanocavity. Nat. Nanotechnol. 2020, 15 (2), 105–110. DOI: 10.1038/s41565-019-0614-8
- Zeng, Z. C.; Huang, S. C.; Wu, D. Y.; Meng, L. Y.; Li, M. H.; Huang, T. X.; Zhong, J. H.; Wang, X.; Yang, Z. L.; Ren, B. Electrochemical Tip-Enhanced Raman Spectroscopy. J. Am. Chem. Soc. 2015, 137 (37), 11928–11931. DOI: 10.1021/jacs.5b08143
- Kang, G.; Yang, M.; Mattei, M. S.; Schatz, G. C.; Van Duyne, R. P. In Situ Nanoscale Redox Mapping Using Tip-Enhanced Raman Spectroscopy. Nano Lett. 2019, 19 (3), 2106–2113. DOI: 10.1021/acs.nanolett.9b00313
- Yokota, Y.; Hayazawa, N.; Yang, B.; Kazuma, E.; Catalan, F. C. I.; Kim, Y. Systematic Assessment of Benzenethiol Self-Assembled Monolayers on Au(111) as a Standard Sample for Electrochemical Tip-Enhanced Raman Spectroscopy. J. Phys. Chem. C 2019, 123 (5), 2953–2963. DOI: 10.1021/acs.jpcc.8b10829