このシリーズ、化学者のためのエレクトロニクス講座では半導体やその配線技術、フォトレジストやOLEDなど、エレクトロニクス産業で活躍する化学や材料のトピックスを詳しく掘り下げて紹介します。3回目の今回は電解めっきの原理について特集します。
電解めっき(画像:Wikipedia)
前回ご覧いただいたように、電解質溶液に電圧を加えると、まず非ファラデー電流が流れて電気二重層が電極表面に生じ、さらに電圧を上げていくと電極反応が始まってファラデー電流が流れはじめます。
このとき、ある程度貴な金属を含む溶液では陰極(カソード)上で金属イオンが還元され、単体金属が析出する反応が起こります。これが電解めっきです。
カソード電位が平衡電位に一致しているときには、還元反応でカソード表面に金属が析出する速度と、析出した金属が酸化されて溶出する速度が一致します(バトラー・ボルマーの式)。負の方向に過電圧を加えていくことで、有意な速度で金属の析出が進行します。
なお、カソードでは金属イオンの還元のみならず、その他の還元反応がしばしば競合します。代表的なものが水素電極反応(HER)で、プロトンの還元により水素ガスを与える反応です。これは水溶液を用いる限り避けがたい副反応です。
めっきと電流密度
さて、現実の電極反応は電位によってのみ規定されるわけではなく、電流密度の大きさによっても大きく左右されます。これは、大電流を流すと反応種が瞬時に消費され、拡散律速(↔電荷移動律速)となるためです。めっきの場合、反応種となる金属イオンが電極近傍で希薄になることで、豊富に存在する水が還元されるHERが起こりやすくなり、電極反応の効率は低下します。
一般にはこれは好まれざる現象ですが、敢えて拡散律速条件でめっきを行うケースがあります。それがストライクめっきです。
ストライクめっきとは、基板上に最初に非常に薄いめっき(厚さ0.1 μm以下)を下地として施すことで、その後の本格的なめっき皮膜の密着性を向上させる技術です。ストライクめっきは電流密度が高くと金属イオン濃度が低い条件で行い、めっきの析出効率を極端に低下させることでHERを主反応とします。その結果、無数の気泡によってめっき皮膜の表面は粗雑となり、その上に施す別の皮膜との密着性が向上するという算段です。
ただ、一般のめっきにおいては高すぎる電流密度では焦げたような外観を与える(ヤケ)など不良の原因につながり、効率も低下することから適切な範囲に保たれています。
めっき皮膜の特性
さて、用途にもよりますが得られためっき皮膜の特性として重視されるものには、膜厚、表面の粗さ、結晶性、残留応力(合金であれば組成)などが挙げられ、それぞれ蛍光X線分析、電子顕微鏡、XRD、X線残留応力測定装置などで評価されます。これらは金属の種類やめっき条件に応じて多彩に変化しますが、とりわけめっき皮膜の性能に直結するものとしては残留応力が重要です。
残留応力は金属組織内に残っている力のことであり、引張方向の力を正、圧縮方向の力を負として定義されます。これらはいずれも被膜の割れや剥がれを引き起こす要因となり、とりわけ厚い被膜では影響が顕著となります。その除去には「焼きなまし」などの熱処理が多用されますが、はんだなどの低融点合金や酸化されやすい金属では困難なケースもあり、残留応力の発生しにくいめっき液が求められます。
合金めっきと共析
合金めっきを理解する上では共析という概念が重要です。共析は他の金属とともに別の金属が析出する現象で、その合金組成を予測可能なものを正常共析、予測不可能なものを異常共析と呼びます。異常共析は金属間の強い相互作用による析出速度の抑制、または触媒作用に起因します。
正常共析には、拡散律速下における正則共析、カソード電位に析出比率が依存する非正則共析、平衡電位下での平衡共析があります。正常共析する合金では、十分大きな過電圧(電流密度)を加えると、析出皮膜の組成は溶液の濃度比(組成参照線)に漸近することが知られています。
一方、異常共析には析出の抑制が起こる変則共析と、触媒作用によって一般には析出しない元素が析出する誘導共析があります。変則共析の例としては、亜鉛と鉄族元素の合金において、鉄族元素吸着中間体を形成することから卑な亜鉛が優先して析出する現象が有名です。
誘導共析ではP, B, W, Moなどの単独では水溶液から析出しない元素が合金として析出します。W, Pでは合金クラスターの形成が、Moでは不安定単核錯体の形成がその要因と考えられています。最も代表的な例として、NiにPやBが合金として共析する現象が知られます。
アンダーポテンシャル析出
また、アンダーポテンシャル析出(Underpotential Deposition : UPD)と呼ばれる表面現象も重要です。UPDは平衡電位よりも正な電位において、カソード表面に数原子層程度の金属が析出する現象です。これは、異種原子(カソード材料)上に析出する方が同種原子上に析出するよりも安定な場合にしばしば見られます。
金属イオンは水溶液中で水和するか、配位子と錯体を形成した状態で存在しています。これが電気二重層内に侵入して電場の影響を受けると、錯体は変形してついには分解し、裸の金属イオンが電極表面に引きつけられていくこととなります。近年、この過程が放射光施設として名高いSpring-8を利用した表面X線回折法によって観測され、金属イオンの脱水和が電析における律速段階であること、対イオンの果たす役割の重要性などが解明されつつあります[1]。
複雑な界面現象であるめっきの理解は未だ進んでいるとはいえず、多くの化学者が日々研究しています。