第350回のスポットライトリサーチは、慶應義塾大学大学院理工学研究科 博士課程 2 年の 菅野 翔太 さんにお願いしました。菅野さんは理工学研究科 有機金属化学研究室 (垣内史敏 教授) の所属で、新規触媒反応の開発を精力的に行われています。今回は、離れた位置の 3 つの結合を連続して形成する新規 C-H ホウ素化+分子内環化反応を開発し、Journal of the American Chemical Society (JACS) 誌に発表されした。JACS 誌のカバーにも採用されています!
Palladium-Catalyzed Remote Diborylative Cyclization of Dienes with Diborons via Chain Walking
Shota Kanno, Fumitoshi Kakiuchi, Takuya Kochi*
J. Am. Chem. Soc, 2021, 143 (46), 19275-19281, doi: 10.1021/jacs.1c09705Abstracrt
A novel method for catalytic remote bismetalation of alkene substrates by the addition of dimetal reagents is accomplished by using chain walking. In the presence of a palladium catalyst, the reaction of various 1,n-dienes and diborons were converted into cyclopentane derivatives with two boryl groups at remote positions via facile regioselective transformation of an unactivated sp3 C–H bond to a C–B bond. Sequential construction of three distant bonds, which is difficult to achieve by any method, was accomplished for the reactions of 1,n-dienes (n ≥ 7).
プレスリリースはコチラ。
慶應義塾大学理工学部化学科の河内卓彌准教授らは、有機分子の環状構造を構築しつつ、離れた位置に二つの炭素-ホウ素結合を形成する新たな手法の開発に成功しました。有機分子内の複数の結合を連続的かつ一挙に創り出すいわゆる「ドミノ型」反応は、複雑な有機分子を高効率的に創出する手法として広く利用されてきましたが、形成された結合どうしが生成物内の近傍に位置する場合に限られていました。2019 年に本研究グループでは、「離れた位置」で連続的に結合を構築する「ドミノ・マーブル型」反応を世界に先駆けて開発しており、最近では離れた位置に二つの結合を形成する「遠隔二官能基化」反応が多くの研究者によって開発されるようになってきています。しかし、互いに離れた 3 つ以上の結合を形成する手法はありませんでした。本研究では、ジボロンというホウ素-ホウ素結合をもつ化合物を反応剤として用いることで、環状構造を構築するとともに 2 つのホウ素部位を有機分子上に導入でき、互いに離れた 3 つの結合を連続的に形成する新規分子変換反応を実現しました。本手法で得られる、有機合成において有用な炭素-ホウ素結合を特異な位置にもつ環状化合物は、多様な有機分子への更なる変換が可能です。 本手法の開発は、近年革新的な有機合成手法として注目を集める「遠隔官能基化」反応を新たな段階へと発展させ、有機合成化学の更なる飛躍につながることが期待されます。
本研究の成果は、2021 年 10 月 25 日(現地時間)に、アメリカ化学会誌「Journal of the American Chemical Society」のオンライン版で公開されました。
チェーンウォーキング (Chain-Walking) とは、基質の炭化水素鎖に沿って金属錯体を移動 (walk) させ、好ましい結合形成部位を認識させることで、低活性の C-H 結合を官能基化する有機合成の技術です。金属が速いβ-水素脱離/挿入を、オレフィンの脱離を伴うことなく繰り返す機構で、ポリマー合成などに応用されています (ケムステ内リンク: チェーンウォーキングを用いた反応例「CO2を用いるアルキルハライドの遠隔位触媒的C-Hカルボキシル化」)。
本研究を指揮された准教授の 河内 卓彌 (こうち・たくや) 先生より、菅野さんの人柄や研究姿勢についてのコメントを頂きました。
菅野君はいろいろなことに興味をもちながら、その本質を見極める能力が高い類まれな学生であると思います。また、流暢な英語に加えて、だれとでも分け隔てなくフレンドリーに接することができるため、自分が興味をもったことについて積極的に情報収集しながら、考えや方向性をまとめていくことができます。化学についても学部 4 年生の頃から講演会でしっかりとした質問ができるなど深い興味をもって取り組んできています。研究に関しては、学部 4 年生での研究室配属当時から、炭素-ホウ素結合形成を伴うチェーンウォーキングを利用した反応開発を行っています。研究開始時から 1 年半以上に渡り収率改善が困難な状況が続いていましたが、菅野君は自分で文献調査を行いながら、自らの感覚と信念をもってジボロンを用いるというアイデアを出し、最終的には今までにない型の反応としてまとめあげてくれました。「感覚と信念」と書いたのは、熱心な文献調査だけであれば、「おそらくうまくいかない」となりそうなところを、「意外と簡単ですね」という結果にもっていっているからです。菅野君の世界の広さから考えると今後どのような道に進むかは私には想像できませんが、何をするにしても将来が大変楽しみだと思っています。
B4 からの地道な努力、そして感覚と信念で今回の立派なお仕事をまとめられあげたことは、ご本人にとっても指導教員にとってもまさに研究者冥利に尽きるといったところですね!それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
環状構造を構築しつつ、離れた位置に二つの炭素-ホウ素結合を一度に形成できることを見出しました(トップ画像)。
今回我々は、チェーンウォーキングという、反応活性点を分子内の遠い位置へ選択的に移動させられる機構を応用することで、従来は困難であった、2 つのホウ素官能基を互いに離れた位置へ導入することを達成しています。本反応では、遠く離れた不活性な位置における C(sp3)-H 結合の C(sp3)-B 結合への変換を位置・立体選択的に実現しています (図1 A)。また、環化前段階におけるチェーンウォーキングも可能であり、この場合、従来は困難であった「互いに離れた 3 つの結合の連続的な構築」を達成しています (図1 B)。得られた生成物は、ホウ素を起点としてさらに変換可能です (図1 C)。従来のアルケン変換法の常識を覆す、新たな手法といえます。
図1 今回開発に成功した遠隔ジボリル化・環化反応
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
実は本研究テーマは、当初目指していたものではありません。本テーマは、当初の研究課題を遂行する上で壁にぶつかり苦しんでいた際、副生成物が痕跡量だけ存在していることの発見から生まれました。見つけたシーズの全体像を把握すべく博士課程の研究課題として設定し、強みと弱みに向き合い、外部へのアウトリーチ活動を行い、資金獲得に向けてプロポーサルし、、、本研究テーマに取り組む一連の過程は、まるでベンチャー企業を立ち上げ経営するかのようでワクワクしました。結果として、本研究テーマを世界で認められる一成果へと育ててこられたことは、忘れられない思い出になりました。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
生成物の収率を、痕跡量から 80% 超まで向上させるのは困難でした。当初の研究計画が進まず、ようやく突破したと思った矢先にまた壁にぶつかるということが繰り返しありました。
乗り越えるうえで一番大きかったのは、「結果を詳しくみること」だと思います。複雑な反応系だったので解析に苦労しましたが、河内先生をはじめとする周囲の方と相談しながら、実験結果を隅々まで詳しく見たときに、突破するきっかけを見出すことができました。自分が見えてない部分は多いので、分からないとすぐにあきらめず、周囲の方と協力しながら徹底的に実験結果に向き合うことで、新たな突破口が浮かんでくると思います。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
必ずしも化学に携わらない将来を想定しています。研究生活を通じて得てきたことは本当に多くあり、物事の考え方や性格といった内面を育ててもらったことが大きいなと感じます。化学の面白さも交えつつ、研究を通した学びや成長などを発信していけたらなと考えています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
最後まで読んで頂きありがとうございます。研究生活には、進路の悩みが尽きないと思います。学部で就職するか修士まで行くか、博士に行くか、そしてアカデミア or 民間か。私もとても悩んだので、学内外の多くの方に相談に乗ってもらい、結局博士に進学しました。博士課程に来てこそ見えてくる世界があることは Q2 で答えた通りで、エキサイティングな日々を送っています。研究に限らず将来どうしようか、早期から色々と考えておいたらよいかなと思います。
最後に、大変多くの指導をいただいています垣内史敏先生、河内卓彌先生と研究室のメンバーの皆様、そして学外でお世話になった全ての方に感謝申し上げます。
研究者の略歴
菅野 翔太 (かんの・しょうた)
慶應義塾大学大学院 垣内研究室 博士2年
研究テーマ:チェーンウォーキングを活用した新奇触媒反応の開発とその展開
痕跡量の副生成物を見逃さない「研究者の目と手」、そして実験結果にトコトン向き合う研究姿勢、なかなか実践するのは難しいですが、ぜひ見習っていきたいものです! 菅野さん、河内先生、垣内先生、ご協力いただき誠にありがとうございました。
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!