ポスドクのリアルを書き続ける連載記 第2話です。前話はこちら。
第2話:新人ポスドク, プライベート爆散する。
ポスドクになった筆者だが,いきなりプライベートで大事件が起きた。当時,筆者には長らく遠距離交際していた方がおり,博士になったので結婚を相談しようと考えていた矢先,向こうから別れを切り出された。
「ポスドクってことは,院生生活と似た生活がまた続くの?…全く想像できない。あなたは優しくない。一緒にいる未来が見えません。」と,筆者も全く否定できない,ぐうの音も出ない,一撃必殺の口撃を受けた。本当に苦しかった院生生活を支えてくれたので,今でも感謝しているが,ポスドクの苦難を予感させる初めての出来事としてはあまりにも痛恨の一撃すぎる…と思った。
ゾンビポスドク,人の感情を取り戻す。
一方,前回からゾンビ化が急速に進行し「もはや人ではない何か」になりつつあった筆者は,落ち着くために生成物150 g程度のカラム精製を行うことにした。周りの後輩からは「えっ!?なんで普通に巨大カラムしてるんですか!?」と,とりあえずフラれたことを伝えて実験する筆者が狂っているように見えたようだ。実際,狂っていたに違いないが,博士は実験時が座禅と同じくらい落ち着く生物だと聞いており,筆者もそういうものになっていた。
とはいえ,隣のセミナー室で後輩達の緊急会議が始まり,後日,卒業したOB達も県外から急遽駆けつけて飲みに連れ出してくれた。筆者が呑んだくれるという行為で自身と向き合い,尊厳を回復することを知っているあたり,やはり優秀な後輩達である。筆者が人としての感情を取り戻すと共に,周りに助けられて生きていることを実感する良い経験だった。
⅓の純情な感情の研究員, 学術交流する。
研究に特化しすぎた生活によって失敗を招いた筆者は,次回までの改善策として研究以外の世界に一体何があるのか,憲法第25条に準じて文化的な生活をやり直すことにした。プライベートな時間の確保方法に悶々としていた頃,恩師から合宿型の学会に参加しないかと連絡がきた。古くから有名な合宿形式の学術大会で,恩師の恩師がいた頃は研究室全体でよく参加し,先輩達が交友関係を広げた話を聞いていたので一度参加したかった。
初参加にして学会に馴染み過ぎた筆者は…酔いすぎた。3日間のうち,実質16時間ぐらいしか元気な状態を維持してなかったが,初対面の学生と「研究と学生結婚」について肩を組んで議論し,モチベーションアップとお互いの傷を舐めあった記憶ははっきりあった。また,博士課程からお世話になっていた他大学の先生に「先生…外の世界が見たいです……。」と意識が飛びながらに打ち明けていた。これが海外ポスドクを目指すきっかけだった訳であるが,殆ど記憶にないのが筆者のお粗末・ポンコツ具合を表す象徴ではないだろうか。*読者の皆さんは仕事,プライベートと共に意識があるときに悩みを打ち明けよう!
悩める研究員,化学の応用文化に触れる。
文化に触れる意識を持ったことは,筆者の研究観に影響を与えた。プライベート爆散後,心の傷を埋める趣味の1つとして海釣りを始めた。青春を触媒とし,大海原に全力で何度も釣具を投げ込むことでストレスを発散する,古典的だが信頼性の高い方法論である。釣れない間は研究と関係ない友人と雑談し,掛かってから魚という自然と1対1で向き合えるのも良かった。
このような背景のもと,筆者は秋に入ると爆釣が期待できる太刀魚ワインド釣法というワームルアーを使った釣りに取り組んだ。本釣法は,蓄光する蛍光化合物を練り込んだワームを使用し,水中で蓄光ワームがぴょんぴょんすることで捕食本能を刺激し,リアクションバイトを誘発する魚の生態を利用した学術的にも興味深い手法である(たぶん)。
筆者は,こんなに安価で蓄光する化合物とは一体何だろうかと疑問に思いつつ,蓄光用にUVライト(365 nm)を購入し,ワインド釣法の習得に励んだ。
釣りキチ研究員,釣具でテーマを発見する。
とある日,戦いの末得られた晩御飯を確保後,釣具と一緒にそのまま大学に持ってきてしまった。仕方ないので晩御飯を研究室で食べた後,UVライトで自分や後輩の作った化合物を片っ端から照射し始めた。何を血迷ったか,モラルのかけらもない筆者は,安いといえどバカにならないワーム費用削減のために蛍光塗料に使えそうな化合物を探し始めたのだ。
そんな中,青白い光と金色に光る2つの化合物を見つけた。知識はないが好奇心があった学生時代に「この骨格を持つ化合物って光らないのかなぁ?」と漠然とした発想を持っていたが,博士課程で好奇心や柔軟な発想を完全に忘れていた。「太刀魚を安く釣って食べたい」というただの邪念で,新規な蛍光化合物を発見した懺悔と研究のセレンディピティに改めて感動した。大海原へ奉納するには勿体無いので,ワームは市販品を買った。
上述の蛍光現象は,完全な新規現象とまでは至らなかったが,後日,現象を利用する新たな研究テーマとして動き始めた。博士課程中に研究テーマを自分で1つも立てられなかった視野の狭さは,多忙の中で自分本来の好奇心や感受性を放棄していたことに気が付いた。1つのことを学ぶために全てを捨て去る時間も確かに必要だった。しかし,今必要なのはこれまでの経験と新しい取り組みによって産まれる自分のアイデアや感性を育む時間だと実感した。筆者と同様に一般社会を一度断捨離して躓き気味のケムステユーザーは,昔の青かった感性を今の研究に組み合わせると全く考えつかなかった方法で悩みを突破できるかもしれない。
末端研究員,政治に翻弄されて失職する。
意識を消失しながら将来フラグを立たせることに成功していた筆者に,学会の数ヶ月後,今度は研究者人生を揺るがす大事件が起きた。文科省と東京医科大学の汚職事件の余波で「私立大学研究ブランディング事業の廃止」が決定したのである。つまり,本事業に採択されていた全大学で研究予算の打ち切りが決定し,本予算で雇われた筆者も実質あと半年で路頭に迷うことが突如決定した。(事件等を伏せてもよかったが,自身の努力と全く関係ないことで職を失った若手研究者がたくさんいたはずなので,一当事者のささやかな反抗として書かせて頂いた。噂によると,ほ…おや?誰か来たようだ)
瀬戸際研究員,一か八か海外進出を目指す。
雀の涙ほどの成功と,とてつもない不幸との狭間で生きている筆者は,またも強制的に人生の選択を迫られることになった。流石に突然すぎたので,慈悲深い恩師が2つの選択肢を与えてくれた。1つは「あと1年は大学単独で研究費を出してくれるので,再度国内ポスドクをしてどこか公募が出たら助教に出す」で,もう1つは「海外に行ってみるのはどうか。ただし,行くところは自分で探せ」だった。
筆者は,1秒もかからず「海外に行きます」と即答した。ポスドクになってから他研究室の若手の先生に「海外はいかないの?」と聞かれた時,自分がどうなるか全くイメージできず,答えをはぐらかしていた。しかし,好奇心を取り戻した筆者が,失うものが何もない状況で「海外で研究してみる」という魅惑の選択肢を選ぶのは当然だった。
ポンコツ研究者,海外オファーを勝ち取る。
筆者がすぐに海外へ行けそうな方法は一択しかなく,談話会でご迷惑をかけた先生に連絡した。急に連絡が来て先生もビックリしただろうが快諾して頂き,カリフォルニアの研究所にいる教授に推薦メールを送ってくれた。その後,CVとCover Letterを送ると,約6時間後にあっさり受入承諾メールが届いた。
…筆者は,研究室の中心で奇跡を叫んだ。
─しかし,人生ジェットコースターな筆者を,世界はそう簡単に留学させてくれなかった─
〜〜続く〜〜
経験からの要点
人生,何が起きるか本当にわかりません。しかし,躓いた時に助けてくれる人を探せば,必ず近くにいます。思い切って連絡・相談しましょう。筆者は,地獄生活を経ていくらでも恥をかけるようになっていたのが幸いでした。聞くは一時の恥,聞かぬは一生の恥。
「自分で何かを選べないと思うこと」は物凄くストレスがかかる考え方だということに気が付きました。人生や研究で絶賛お悩み中の方は,自分の行動を選んでいるという自己肯定を持てば,多少気が楽になるかと。また,筆者のように趣味の時間が研究に繋がることがあるので,プライベートな時間を持って見識を広げるのもアリかなと思います。
目から鱗,コロンブスの卵が満ち溢れているのが研究の世界だということを再確認できました。「最短距離を突き詰めるよりも遠回りや無駄だと思ったことが実は正解だったりする。しかし,それは経験しなければ分からず,もしノーミスでたどり着いても深みは出ない」かの有名な元プロ野球選手のイチローさんが某番組で稲葉さんに仰っていた言葉です。長期スパンで物事を進める研究活動においても,この言葉は間違っていないと筆者は思います。
おまけ
最後にあえて書かせていただきます!本稿が出るのは選挙前の予定です。
正しいことがまかり通る世界にするために,ケムステユーザーの方は選挙に行きましょう。今後,気まぐれな政治に翻弄される若手研究者が出ないようにするために,住む地域の代表ぐらいは自分で選んでよりよくすることを目指しましょう!いかんせん,政治不信による若者の選挙放棄が増えていますが,不信を改善するには権利を放棄するわけにいかんのです。アカデミアの研究活動のほとんどが税金で賄われている以上,政治は切っても切り離せない関係です。自分の研究環境を良くするために選挙内容をしっかり検討し,「一票」という論じ方で自分の意見を表明しましょう!
参考・関連リンク
おしえて!イチロー先生:人に戻った筆者のバイブル動画。
もしもイチローが社長だったら!?:バイブル動画②。決してSMBCの回し者ではない。
ワインド釣法 ① ②:筆者が太刀魚と戦うために身につけた釣法。①が釣法解説 ②が実釣動画 今後,独自理論の言語化がますます必要になる情報社会で釣りを通してプロ研究者にオススメする動画。
群青:喜怒哀楽を失った筆者が音楽に触れ直した時に最初に聴いた曲。初回試聴時,筆者は泣いた。
いらすとや :アイキャッチ画像の素材引用元