第343回のスポットライトリサーチは、東北大学大学院工学研究科(髙橋幸生研究室)・修士2年の上松 英司さんにお願いしました。
電池材料などとして使われる先端材料の複雑・不均一な内部構造は未だ不明な点が多くあります。今回の研究では多次元イメージング計測とデータ科学の連携によって電池材料粒子内部の高精細な可視化に成功しました。本成果はThe Journal of Physical Chemistry Letters誌 原著論文およびプレスリリースに公開されています。
“Visualization of Structural Heterogeneities in Particles of Lithium NickelManganese Oxide Cathode Materials by Ptychographic X-ray Absorption Fine Structure” Hideshi Uematsu, Nozomu Ishiguro,* Masaki Abe, Shuntaro Takazawa, Jungmin Kang, Eiji Hosono, Nguyen Duong Nguyen, Hieu Chi Dam, Masashi Okubo, and Yukio Takahashi, J. Phys. Chem. Lett. 2021, 12, 5781−5788. DOI: 10.1021/acs.jpclett.1c01445
研究を指導された髙橋幸生 教授と石黒志 助教から、上松さんについて以下のコメントを頂いています。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
髙橋教授コメント
上松君は、研究室配属から1年半の間に驚くほど成長し、放射光計測・解析に関する多くのスキルを身に付けました。自身の研究テーマに真摯に取り組み、粘り強くデータ解析した結果が今回の成果に結びついたと思っています。今後、多くの経験と自信を獲得しながら、さらなる成長を重ね、我が国の学術研究(出来れば、放射光分野)の将来を担う人材になることを期待しています。
石黒助教コメント
上松君は、COVID-19の難しい状況下になってすぐに当研究室に配属したので、始めは、制限された環境下で知識・技術の習得は苦労するかもしれないと思ったのですが、もともとの意識と好奇心が高く、同期の学生とともにすぐに乗り越えてきてくれました。現在では試料の取り扱いから、実験機器の設計、計測実験、プログラミング・解析まで色々な作業に積極的に取り組んでいます。また、ディスカッションでも1アドバイスしたら、自分でその詳細を調べて、私が想定した以上のものを提供してくれるが、頼もしく感じます。今後も知識・技術を吸収しつつ、新しい価値観を創出できる人材になる事を期待しています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
「電池材料の中身がどうなっているのか?」を放射光X線により可視化する研究です。現在、電池材料のさらなる高機能化を目指して、電子顕微鏡などでの試料表面の観察・分析が広く行われ、どのような組成、構造、粒子の形状などが、どう性能と関連しているのか議論されています。しかしながら電子顕微鏡では試料粒子・薄膜を原子スケールで観察・分析可能な一方で、試料表面や極めて薄く加工した試料しか見ることができません。電池材料の内部構造について観察可能な手法が少なく、性能との関連は未知な領域が多く存在します。そのため試料内部構造と性能との関連を試料内部の深くまで高解像度で可視化可能な手法が求められています。
放射光X線計測は、電子顕微に比べより厚い試料の内部まで観察可能かつ試料へのダメージが比較的小さいことが強みです。私たちが研究を行っているタイコグラフィ−XAFS(X-ray Absorption Fine Structure : X線微細吸収構造)法は、大型放射光施設SPring-8などで得られる輝度の高いX線を用いる顕微化学状態イメージング手法です。この手法により、電子顕微鏡には及ばないものの数十 nmの空間分解能で分厚い試料内部までの化学状態分布と微細構造を明らかにすることが可能となっています。さらにはタイコグラフィ–XAFS計測データを解析していくと、数万ピクセル×(化学状態パラメータ数)ものいわゆるビッグデータが取得できます。この膨大なデータの中から知識を抽出するために、機械学習やデータマイニングといった高度情報処理技術を駆使する必要があると考えられます。
本研究では、スピネル型ニッケルマンガン酸リチウム(LNMO)というリチウムイオン電池正極材料をターゲットとして、タイコグラフィ−XAFS計測を行い、計測結果から化学状態パラメータ分布を抽出しました。そしてデータマイニング手法を用いて相構造に由来する化学状態パラメータ間の相関性をグループ分けすることで、粒子内部の複雑な不均一構造を可視化することに成功しました。本研究での成果は、電池材料に限らず触媒や磁性材料など幅広い先端材料のナノ機能分析への応用が期待されます。また現在、東北大学青葉山新キャンパス内に従来よりも高輝度な光源が利用可能となる次世代型放射光施設が建設中であり2024年度より運用開始予定です。この優れた光源の登場によりタイコグラフィ−XAFS計測のさらなる高分解能化や計測時間の短縮化が見込まれ、様々な試料の多様な条件での観察により先端材料の設計・開発が促進されることが期待されます。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
特に思い入れがあるのは、大型放射光施設SPring-8での計測です。施設を使用できるのは1度に1週間ほどであり、限りある時間の中で解析に耐えうるデータの計測に苦労しました。計測では、先生方を含めた当研究室のメンバー全員で装置のセットアップから計測まで行い、最高のデータを取れるように最適なセットアップを全員でひたすら模索したのは思い出深いです。また一回8時間前後の長時間の計測が問題なく実行されているか日夜を通し監視する必要があったため、体力的にも精神的にも大変でした。そのためこの実験の結果が論文になってとても嬉しいです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
正直にいうと計測から出てきたデータの解析まで全て難しく大変でした。計測について前述したので解析について書くと、100枚以上の試料像と化学状態パラメータマップや散布図を睨み、それら1枚1枚に問題がないか、そしてどのような関連性が潜んでいるかを探すのがとても難しかったです。
タイコグラフィ−XAFS法では、試料を透過したX線の回折強度パターンから位相回復計算という反復計算を用いて試料像を再構成し、これをX線エネルギー毎に取得しスタックすることで試料像のピクセル毎にXAFSスペクトルを取得します。その再構成像が歪んでいないかズレが生じていないか、エネルギー毎に確認し、パラメータを変えたり、場合によっては補正を行うコードを組み込んだりと試行錯誤しました。
データ間の関連性に関して、膨大なデータの中から探し出し定量的に評価するのは人間の目ではやはり難しいです。そこでデータマイニング的手法を検討し適用することで乗り越えました。
様々な難しいところがありましたが、当研究室の高橋先生、石黒先生、姜先生、早稲田大の大久保先生、産総研の細野先生、北陸先端大のDam先生、Nguyen先生の多大な協力により乗り越えることができました。上記の先生の他にも、同期には解析のコードを共有したり、話をして自分の考えがまとまったりと非常に助けられました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
計測技術は、生体化学、材料科学、半導体など多くの分野を支える基盤となる技術です。化学に特定せず広い分野の発展の礎となる研究をしていきたいです。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
私の研究は多くの先生、仲間に支えられてこのような成果となりました。新しい仲間がさらに増えるととても嬉しいです。私が所属する研究室は放射光計測を主にテーマとしており、材料分析から計測治具の設計、光学系シミュレーション・実証、プログラミングに至るまで広く扱っています。学部生・大学院生の方で興味が湧いたなら、ぜひ高橋(幸)研究室においでください。
最後に、自身の研究を広く伝えるこのような機会を与えていただいたChem-Stationスタッフの皆様に深く感謝を申し上げます。
研究者の略歴
名前:上松 英司
所属:東北大学大学院工学研究科金属フロンティア工学専攻 髙橋(幸)研究室
研究テーマ:タイコグラフィ−XAFS法による蓄電固体材料の化学状態可視化
略歴:
2018年3月 国立豊田工業高等専門学校機械工学科 卒業
2020年3月 東北大学工学部材料化学総合学科 卒業
2020年4月―現在 東北大学大学院工学研究科金属フロンティア工学専攻 博士前期課程 在学