ケミカルバイオロジー・生体関連化学用途の分子構造において、とにかくよく見かけるポリエチレングリコール(PEG)。
水に溶ける、毒性が少ない、免疫原性が少ない、反応しづらく安定、末端加工もしやすい、分子サイズも様々に入手可能、しかも安価・・・という、生体関連応用にとって理想的な特性がこれでもかというほど詰め込まれている分子です。筆者もタンパク質修飾プロジェクトを始めて以来、もの凄く頻繁に使うようになりました。
一方で精製に関しては考えることが多くあります。水に溶けやすくなる分、分液やカラムなどでロストしやすくなってしまうのです。モノがゲル状になってしばしば取扱困難になることもあります。
先日報告されたOPRD誌の論文で、PEG分子の効率的な精製・単離法が紹介されていましたので、今回ご紹介します。
“Complexation of Polyethyleneglycol Containing Small Molecules with Magnesium Chloride as a Purification and Isolation Strategy”
Zheng, B.*; Li, J.; Pathirana, C.; Qiu, S.; Schmidt, M. A.; Eastgate, M. D.* Org. Process Res. Dev. 2021, doi:10.1021/acs.oprd.1c00174
実験手順
- PEG化合物のジクロロメタン(DCM)溶液に対し、3当量の塩化マグネシウム(MgCl2)、5当量のテトラヒドロフラン(THF)を加えて、8-16時間室温で攪拌する。
- tBuOMe (MTBE)を1時間かけて加え、2~3時間攪拌する
- ろ過してDCM/MTBE(1/1)溶液で洗浄し、PEG化合物-MgCl2錯体を得る
- DCM/水で処理すればMgCl2の脱錯も可能
原理
PEGが金属と錯形成できる性質を利用しています。クラウンエーテルと同じような話で、至極単純な理屈です。とはいえ錯形成効率が悪い、錯形成時にべたくと扱いづらいなど実用上の課題があったようで、そこをいろいろテコ入れしています。
初期スクリーニングにおいては、化合物1と様々な金属化合物を混合し、錯体としての回収率をHPLC評価しています。
傾向として分かったのは下記の通り。
- 毒性が低く、安価で、混合時によく懸濁するマグネシウム・カルシウム塩が優れる
- 酸素親和性/ルイス酸性の強い亜鉛やチタンはガム状になって回収率がさがる
- ランタニド金属はコスト高であり毒性が懸念される
- MgBr2・CaCl2は回収率が良い一方、PEG錯体の吸湿性が高く取扱困難
- MgCl2が回収率もそこそこ良好、PEG錯体が低吸湿性、毒性も低く、分子量も小さく、安価なので最適
- ルイス塩基性のないジクロロメタンを錯形成溶媒に使うと回収率に優れる。このときTHFを少量加えると錯形成効率が上がる
実施例
TFAによるtBu基の除去、精製を例に紹介します。
反応終了後、クエン酸ナトリウム水溶液で洗浄してまずTFAを除去します。その後、本法で錯形成を行い、tBuOMe (MTBE)で洗浄、ろ過してMgCl2錯体を得ます。余計なFmoc系副生物は、この手順下にろ液に行き、化合物純度が86.1%→98.5%に向上します。このプロトコルは20グラムスケールで実施可能です。その後、DCM/水溶媒で処理することで脱錯も可能ですが、MgCl2錯体のまでもアミド縮合反応に用いることができます。化合物1は粘度の高い油状物質である一方、MgCl2錯体にすると固体になり、ハンドリング面でも改善されています。
様々なPEG化合物に対して同様の精製法は適用可能ですが、当量などの最適化が多少いるようです。N3基は耐えますが、tBu基やBoc基は一部除去されることがわかっており、使用時には注意が必要です(ピリジンなど少量のアミン系塩基を添加しておくと改善することが述べられています)。歪みアルキンはこの条件だと損壊されるようで、適用外となっています。
終わりに
これほど簡便に行えるPEG化合物精製法は、そもそも報告が存在しないようです。生体関連化学の発展著しいトレンドにあって、簡便PEG精製法の意義はいよいよ高まってくると思われます。今後とも優れた手法が開発されていくことを期待したいですね!