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ケムステしごと

3Mとはどんな会社? 2021年版

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Tshozoです。以前こういう記事を書いたのですが、もう10年近く経つのもあり書き直してみます。今回はやや詳しい歴史と同社中興の祖であるWilliam McKnight氏の企業哲学などをまず書き、取組内容をバージョンアップしますのでお付き合いください。なお歴史については同社100年史(文献1)に詳細がまとまっており、下で描く以外にも英雄が何人も居ますのでので興味がある方は是非お読みを。

同社の成り立ち おさらい

実はデュポンとかダウと違って、3Mには創業者的な方がお見えにならず、**賞を取ったような派手な発明家や研究開発に係るアイコンのような方も創業初期には存在しません。その意味では合資会社として発足したBASFと似ており、何名かの共同出資者による会社としてスタートしました(文献2)(文献3)。ただBASF社にEngelhorn氏という首魁がいたように3M社にも中心人物がいて、それが”Lucius Pond Ordway“という方。以下、都度都度で出てくるキーマンに絞って話を進めるとします。

まず会社名。3Mは1902年創業時は”Minnesota Mining and Manufacturing“、日本語で「ミネソタ鉱山工業」という社名でした。ただその名前にも関わらず、最初から鉱山事業に大失敗。それも「産業用砥石に必要な硬質コランダムという鉱物が採取できるはずが、アルミナとシリカが混じった雑鉱物しか取れなかった」という豪快なもの。ではどうするか、ということで当時の経営層に請われて参画してきたOrdway氏はそこに更に投資し、一見何も関係のない「サンドペーパー」事業、つまり紙やすりの製造・販売に事業を切り替えるよう影響力を発揮します。

3M創業初期に大きな役割を果たしたLucius Pond Ordway氏(文献2)
当時既に結構な銭を稼いでおりいわゆる「エンジェル投資家」と呼ばれる立場にあり、
様々な企業体を経営していた同氏の経験が初期の舵取りにおいて重要であった

うどんで失敗したからステーキ屋に転身したみたいな方針転換ですが、1910年にはゼネラルモーターズが復興したりシボレーが設立されたりフォードやビュイックが業績を拡大したりしていて、産業用途(特に車の鋼板前処理)に紙ヤスリ需要が伸びていくという確信に基づいていたのだと思います。既にミネソタ経済界の顔役であったOrdway氏ですので、経済動向などもきちんと把握したうえでの業態変更だったのでしょう(なお登記上で同社が”3M”となったのは同社の創業100周年である2002年(リンク)//それまでは創業当時のMinnesota…を公称に使っていました)。

で、同氏が別に抱えていた企業(配管製造会社)とミネソタ鉱山工業を合併させ追加投資を行い本社を移転。3階建ての新社屋をつくり経営を主導していくのですが、ここでOrdway氏のセンスが光ったのがこの新社屋に研究開発部署を置くと同時に営業活動を開始させた点。ナイアガラ滝付近から研磨剤を調達したりして布ヤスリを作りながら会社を建て直しつつ、最初のヒット商品である耐水性紙ヤスリ(後述)の発売にこぎつけます。ここまでに創業から10年以上かかりましたので難儀はしていたものの、現在の3Mにも繋がる研究開発と営業が一体となって商品を供給するというスタイルはこの時点で萌芽していたわけです。

ですがここまでは今の3M社と関係があるようでないようで、といった感じ。研究開発をやや強調して書きましたがドイツでは当たり前のことでしたし、商品群は紙ヤスリがメインであんまり化学と関係ない印象。しかしこの黎明期から紙ヤスリの成功に至る期間に、同社の運命を決定づける重要な人物、”Richard Gurley Drew“氏と上述のWilliam Mcknight氏が入社するという幸運が転がり込みます。

Richard Gurley Drew氏(左), William Mcknight氏(右) (いずれも文献3)の肖像

まずRichard “Dick” Drew氏。この方は同社の主要商品スコッチテープ(Scotch Tape)のオリジナル発案者兼開発者です。同氏も研究者ではなく、言い方は悪いですが当初は一介の営業マン。しかし工場に日常的に出入りし、また研究開発部にも出入りしていたことで、顧客ニーズを深く理解し開発ネタとをリンクさせる能力を自らで創り上げていきます。その中で当時流行であった2トーンカラーの車の外板塗装に必要な仮貼りマスキングテープ(貼って、キレイに剥がせて、塗装ラインが綺麗に出るテープ)という用途を開拓、大きな売上げをたたき出します。彼はこれ以外にも食品包装用のセロハンテープ開発にも成功し、まさに「辣腕商品開発営業マン」のはしりでありました。

Drew氏(右上写真一番右側)が開発した”Scotch Masking Tape”(文献4)
筆者は”マスキングテープ”という言葉自体が3Mによる発明と考えています

こうして同社は売上を伸ばしますが、テープだけ売っても競合は追いついてくるし安売り競争に巻き込まれたら消耗戦になってしまう。とはいえテープのバリエーションを増やすだけでは在庫が積みあがるのは目に見えている。ではどう差別化していけばいいのか。そもそも会社活動を根本から支える企業哲学はどうすべきか。幸か不幸か同社は創業事業に失敗したため生き残るのに必死で経営理念のようなものはもともと持っておらず、模索しながら作っていくしかなかったわけです。

ここでDrew氏の取組を支えるような形で重要な役割を果たしたのがWilliam Mcknight氏。彼は創業時の混乱期(1907年)に入社したのですが、所謂一流とは言い難い地方大学出身、化学者でもなくしかも卒業せずに中退(本人の意思に基づく)で明日にも潰れるかもしれない3M社に簿記係アシスタントで雇われた、悪意のある言い方をすると一見「ふつうの人」としてビジネスマンの経歴を開始します。しかしその基礎能力や財務センス、特にコスト低減能力を見込まれた同氏はひょいひょいと昇進していきなんと29歳で同社の副社長に昇進、最終的に60年近く3Mに関わり続け、その中で形成した哲学が大きく同社に根付いていくことになります。

その哲学を端的に表したのが、同氏が1950年前後に経営陣に向けて書いた下記の手紙の内容。あちこちで取り上げられていますが普遍性の高い内容なのでMcknight氏と同社に最大の敬意を払いつつ、重要部分をほぼ全文書きださせていただきます(文献4)。

“As our business grows, it becomes increasingly necessary to delegate responsibility and to encourage men and women to exercise their initiative. This requires considerable tolerance.”
“Those men and women to whom we delegate authority and responsibility, ①if they are good people, are going to want to do their jobs in their own way. These are characteristics we want and should be encouraged as long as their way conforms to our general pattern of operation.
“Mistakes will be made, but ②if a person is essentially right, the mistakes he or she makes are not as serious in the long run as the mistakes management will make if it is dictatorial and undertakes to tell those under its authority exactly how they must do their job.
“Management that is destructively critical when mistakes are made kills initiative, and it’s essential that we have many people with initiative if we’re to continue to grow.”

大意:「商売のスケールがでかくなるほど社員の個性を尊重しながら自主性・自律性・責任感を備えるよう、腹くくって我慢して育ててやらんといかんぜ。彼らが失敗しても、俺らマネジメント側が逐一指示してやらかさせたときのミスほど大したことじゃないんだから長い目で見て支えてやれや、会社の成長にはそういうモノになった社員を何人も抱えていることが不可欠なんだ

この中で重要な前提であるのが①②。「①善良な人員なら」「②本質的に正しい方向に向かう人なら」という意味ですが、結局のところ同社の発展はこの2点をどう見極めるかに本質が詰まっているような気がします。人の心は古井戸のようなもんで覗き込んでもわかりませんから選考はテキトーかつ無作為が一番ラクなのですが、一方でいい人だと思っていたら裏切られた・利用された、というのは世の常ですから呑気なユートピア的舵取りをしていては組織の体をなさなくなります。ここらへんの基準や方法論は決して表には出てこないでしょうが、同社がどうやってベクトルを合わせつつ発展するような取り組みをしているのか、非常に興味があるところです。

ともかく現代の価値観で見ると当然の内容かもしれませんが、エリートパターナリズムが一般的だった時代のアメリカでこうした考え方が出来、しかも継続していけるのはすごい。そしてこれらが同社の実質的な社是となり、これを実行していくマネジメントスタイルはどうあるべきかを突き詰めた結果、「密造酒作り」と言われた15%カルチャーや、社内キャリアを1本槍ではなく2本槍とするデュアルキャリアラダーシステム(管理職とスペシャリストを行き来できる人事制度)のような、現在も同社の発展を支える特徴ある方法論が出てきたのだと思います。特に前者は「未来の技術や商売は管理職にも誰にも予測できない、だからどう模索すべきか」という課題に対し、自分たちが苦労した経験から滲み出てきた「智慧」のようなものではないか、という印象ですね。

同社の特長を端的に示した15%カルチャー(文献5)と
Dual Career Ladder システム(文献5を筆者が解釈して編集し引用)
前者で素晴らしいのは「明文化していない」点
明文化すると必ず抜け落ちるものがある』ということを認識している組織にしか出来ない

15%ルールとは「3Mに貢献し得ると自分が信じるんやったら、就業時間の15%を使って開発をやってええで」というもの。なおこの15%ルール、色々な企業が取り入れて真似ているそうですがあんまり成果が出たとか長続きしたとかいうケースを聞いたことがありません。これはおそらく仏作って魂入れずで、3M社のように従業員に自由自律、相互尊重、融通無碍といったことが文化・底流として根付いていることが大前提なのでしょう。ただ、一般的な記事や書籍では同社の開発活動の自由がよく強調されますが、実際にはその15%を支えることのできる厳しい85%のノルマが存在するようですので、やるべきことをこなしているからこそ、ということは認識しておく必要があるかと。

なおMcknight氏が残した言葉で下記のようなものがありまして(文献3)、

“We encourage a health disrespect for our management in our employees. “

都合よく解釈すると「マネジメント層は健全にバカにされてナンボ」。要は商品やサービスといった会社が産むべき本質的価値に対しては、管理職だろうが誰だろうがフラットな立場でやっていくことが大事、ということでしょうがこれは本当に難しい。「人の職位が発言権である」ことが常態化している本邦には受け入れがたい言葉なのではないでしょうか。それもあって筆者が非常に好きな言葉の一つです。

あと、Mcknight氏は研究や商品開発と何も関係無さそうに見えますが、上の方で述べた同社の初ヒット商品である新型耐水性紙やすり(不織布(紙)+耐水性接着剤+研磨剤)は、実は彼がCEOに就任して間もないころに指示した開発活動が結びついたもの。あるインク製造自営業者(Francis Oakie氏/後に3Mのパートナーとなり様々な商品開発に貢献)が紙やすりサンプルを全部くれ、とMcknight氏本人に手紙を送ってきたため、販売マネージャに命じて背景を調べさせたところ「Oakie氏が近所で仲良くしているガラス加工業者が研磨ダストのせいで肺を病み、商売をやめることになってしまった、何とかならないか」(文献5)、というのがきっかけでした。ここで凄いのが心意気に感動したMcknight氏がわざわざOakie氏をミネソタの3M本社に呼び寄せ、きちんと契約を結んで共同開発を行う形にした点。Oakie氏本人がインク業者だったのが奏功したのか、ダスト抑制のための水をかけながらでも性能を発揮する紙やすりの開発・商品化に成功し、その後自動車の塗装面仕上げにも応用され商売的にも大成果を収めます。Mcknight氏本人は技術は素人であったかもしれませんが「可視化しにくいニーズを掬い上げ、場を作り出し研究開発と製品をリンクさせてニーズを満たすことに成功し、応用先も広げる」初めてのモデルケースを成立させたわけで、同氏・同社にとって極めて重要な出来事だったのだと思われます。

3Mの研究活動と最近の活躍の傾向

ということでここから現在の同社概要と研究活動の中身について。2018年で同社は従業員数91,000人70ヵ国に跨り、5つの商売領域24つの部署46つの技術プラットフォームを持つ巨大企業(文献6)。ここまで図体がでかくなるとだいたい官僚化して動きが鈍くなるのですが、それを支えるのが上記で述べた”1 Culture“(同 文献6)。規模が大きくなっても発展していくには、各小規模ユニットが確固たる哲学に基づいて有機的・自律的に動くしかない、ということをよく理解されているのでしょう。その結果売上は3兆円を超え、研究開発費は2000億円/年以上、55000個を超える商品類、数万以上の特許を積み上げ今も拡大を続けています。

次にその開発の中身について。以前の記事で「融通無碍」とは書きましたが、今見直してもその言葉が一番よくあてはまると思います。同社の製品は「化学製品開発業」に相応しく工業製品から一般文房具に至るまで非常に広い範囲に至り、しかも紙ヤスリというような古い製品においても最新技術を導入して未だに進化させているケースもあるので、この合成方法が、この特殊な技術が、という言葉では同社の凄さを括ることが出来ないのです。今回同社の資料を色々見直してみて改めて思い知らされました。

ただそうは言ってもある程度は特徴は表現しなくては記事になりませんのでまずは同社の歴史からみた代表的製品の流れを(文献7)から引用しましょう。

(文献7)より筆者が編集して引用
これでも同社の製品のごく一部というのが驚愕としか言いようがない

これを見ると1970年くらいまではテープを土台とした製品が多いですが、この前後から既に現在の同社を支えるフッ素系製品(ゴム)や医療関係(手術用衛生布・マスク)をターゲットに商品開発を開始していることがわかります。また1939年に既に光学系の奔りである反射板用に材料を提供しており、その後の光学製品展開への端緒をこの時代に仕込んでいる点も驚きです。

しかも紙やすりもテープもポストイットもフッ素ゴムも反射板もマスクもずーーーっと現在も商品として存続している。これはいかに同社が普遍的なニーズに向き合って商品開発をしているか、を示しており、●-ズソックスとか●ピオカとかいうようなどっかの代理店が仕込んだような見た目だけの流行りモンとはわけが違うのです。もちろんOHPのように時代の流れで無くなった製品もあるのですが、同社の凄いのは製品が無くなったとしても得た材料や知見や要素を再構築して新たな製品群に組み込んでいけるその機動力。儲かるとすぐ工場を増設してあっという間にブームが過ぎ不良債権化、というのは製造業でよく見る話なのですが、同社は製造設備を構えつつ協力工場や特約店などを増やし網の目状に商売を構成していて身軽さと同時に継続性も両立する形態となっている気がします。もちろんダンピングまがいの価格攻勢が続く中で儲かるようにするのは厳しいご時世だとは思いますが同社の製品はスペシャルなところがあり、その価値を開拓し続けられる限り継続していけるのでしょう。売上比率をみるとそれぞれの部門でまんべんなく稼いでおり、まさに「有機体」の印象を受けます。

2016年時点での各部門の利益額・利益率(文献7)
ここまで全部利益率が高くてバランスがいいのも製造業の中では非常に珍しい

で、商品開発の特徴的な例をさらに引用すると下図。今回はスコッチテープ周りを示す図を引用しますが(文献5)、テープという用途だけでなく医療関係などに展開を探りその技術を磨くだけでなく胡坐をかかず開拓し続けるという同社の姿勢が非常によくわかるのではないかと思います。普通の組織の場合ここまで戦線を拡げるとだいたいが自滅するのですが…まったくもって不思議です。一番大事なのは消耗戦に巻き込まれないようにする戦略と戦術、また巻き込まれた場合の商売継続を判断する先読み力となのでしょう。実際Imationに渡した磁気記録事業なども拘泥せずに切り分け、その結果時代の流れで読み通りSSDとHDDに置き換わりましたから、こうしたスパっと切り替える冷静な経営管理が出来ているのでしょう。

マスキングテープ・セロテープから派生した製品群(文献5)
吊り下げフック用Commandシリーズはお世話になってます(リンク)が、
まさかセロテープから派生したものだとは知りませんでした

OHPプロジェクタレンズから派生した技術と製品群再掲(文献8) 何度見ても本当にすごい

で、トピックとして近年の代表的な成果を採り上げるとすると、少し前の商品ではありますがやはりナノ多層積層工学フィルムが傑出した成果でしょう。これ、金属ではないのにピッカピカに光るという、頭の中に?が100個くらい並ぶ製品。論文がScienceにも出たことがありますので詳細はそちらをお読み頂きたいのですが、やっと10年ほど経って東レだけが同様のフィルムを商品化できたという、先進性も技術的にも特許的にも用途性も比類ないものでした。正直どうやって何百層にもわたるPMMA(アクリル樹脂)とPEs(PETなどのポリエステル樹脂)ナノレベルのフィルムを作ってるのか想像もつきません(おそらく多連溶液流涎法かマルチスロットダイキャストだとは思いますが100層重ねるのにも10×10で10ダイ要りますから1000層とかなったら一体幾らかかるんねんという・・・→ご参考)。

また、もともとはカナブンなどの甲虫の羽が何故金属を含んでないのに金属調光沢を示すのか、という疑問から発案したようですが実際に作ってしまう(下図)ところがおそロシア。柔軟な光反射加飾フィルムに留まらず、太陽電池や室内の昇温防止のために熱になりやすい可視光や赤外光をはじくような機能性光学フィルムとしての用途も拡大していっており、しかも完全有機フィルムですから軽量で廃棄時には燃やせてしまうというおまけつき。非常に未来を感じさせるような商品ではないでしょうか(積層フィルムが光を操るリクツなどは東レ殿によるこの資料がわかりやすいです→リンク)。

(文献9)より筆者が編集して引用
フィルム断面の写真とか金属光沢の樹脂部品類とか、合成画像じゃないですからね

また意外なところでは、合金アルミニウムの軽量電線に同社の技術が使われている点。高電圧用絶縁テープから派生した同社の商売はいつの間にか高電圧線そのものに及び、金属コンポジット材料の要素・材料技術を駆使して鉄塔の重量負荷を下げつつ線を渡しやすくする特徴を持つ複合アルミ電線を生み出しました(文献10)。従来の鉄線(ACSR)に比べ軽量かつ大きな電流を流せるほか、温度が上がっても「たわみ」が少なく鉄塔の増設も不要といういいことづくめで、世界各国で導入が進んでいます。残念ながらまだ日本には導入されていないようですが(鉄より高いアルミを使用しているため初期投資が高くなることを嫌がるケースが多いと推定)、2014年時点でも海外でかなりの量が採用されているようなのでコストも信頼性もどんどん良好になっていくでしょう。

(文献10)より引用 導電部もさることながら構造を支える芯線に秘密があり、
酸化アルミナ連続ファイバーを溶湯アルミに通してコンポジットワイヤ化するという
かなり手の込んだことをやっている

筆者が期待しているのはこうした技術が銅の代替電線に適用されるのではないかという点。近年銅が様々な原因で高騰して下げる傾向を見せない中、色々な会社が悲鳴を上げており、代替ニーズは山のようにあります。住友電工殿なども開発しているようですが3M社の特徴はターミナル(端子)も含めた総合的な提案が出来る点でもあり、期待したいところです。

加えて、昨年初頭から大きな存在感を見せた同社のN95サージカルマスク。白元や興和、キムワイプのKimberly-Clark、ドイツのDACH, Honeywellなどの競合会社と共に世界を支えているメーカのうちの1社でもある点は昨今のコロナ禍でかなり強調しておきたいところです。近年のコロナ禍でこの製品がなかったらおそらく医療従事者がもっと多くの数倒れてしまっていたでしょう。もちろん商売的な考えは多少はあったであろうものの、2020年1月の時点で迅速にタスクチームを組んで直轄工場と力を合わせ垂直統合化を行いFair(特に医療用マスク(resipirator)の価格を公表し転売を防ぎ値段を上げなかった)に対応したという、同社が2020年四半期の資料で述べていた通り(文献11)である点はもっと広く知られてもよく、こうしたところにも社是が活きているのだという印象を受けます。ワクチンだけでは本禍がそう簡単には抑えられないということが明らかになりつつある中、最終戦線を守るこうしたマスクの供給、品質、使い勝手向上に関わる同社含めた関連会社の活動は大きな意義を持ち続けることになるでしょう。

同社が供給するマスク製品ラインナップ 右に行くほど厳密性が拡大 (文献12)より筆者が加工して引用
一番下の写真にある、同社が昔から所有しているNon-Woven Fabricの技術が基礎になっている

というわけでこの他にも半導体、医療、電子機器などここに挙がる以外にも考えも及びつかない範囲で様々な研究開発を行っているであろう3M社。今後も活躍の場はどんどん増えてきていくであろう中、私がひそかに期待しているのが今後ますます人類にとって重要になるであろう農業・環境分野。熾烈な低コスト戦争に巻き込まれそうになる分野でもありますが、同社のような視点が広く大きく異なる立場から、農薬以外での防虫、外来種防御、マイクロプラスチックの回収などで思わぬ解決策を提案してもらえないかなぁと考えております。

おわりに

全体的に3M社を賞賛するような書き方をしてきましたが、筆者は同社の回し者ではなく完全部外者ですので実態はわかっていませんし、「隣の芝生は青く見えている」だけかもしれません。また従業員全員が完全に満足するような会社などこの世に存在しないので、上記とは色々違うような雰囲気があるのかもしれない点だけは注記しておきます。昨年くらいにTwitterに出ていた某社に関するこちらの話のように、入ってみたら該当部署には創業者哲学のカケラもなかった、ということすら珍しくない現代ではなおさらです。

ただ、3Mについてやはり他社と何かが違うと思うのは、製品に哲学が反映されていると感じる部分が多い点。つまり、ある材料を変更して使ったりしていると、差異が発生して3Mに戻る、または他の製品では性能などが足らない部分のでやっぱり同社の製品に戻る、ということが実感として何回もあるためです。製品にそうした「こだわり」のようなことを示せている以上、同社の哲学は高い率で引き継がれているとみられるのではないでしょうか。上記の15%ルールやキャリアシステムなどの制度面を見てもそうですが、仏作って魂入れずになっていない点を考えると、折れない哲学が芯にある会社ほど強いと思わされます。

そして同社を支える哲学が「ふつうの人」が作ったというのも興味深い。50年間継続して成長する会社を率いたMcknight氏がただの人であったわけがないのですが、一般に言われる”Gifted”であったか、という点では大変失礼ながらNoでしょう。しかし同氏が「ふつうの人」の感覚を持っていた、という点は、市井の人々が何を欲しているか、何に困っているか、それを踏まえて将来はどうあるべきかを判断するのに大きな意味を持っていたと思うのです。今もなお世界中にファンを持つ漫画家の故 藤子・F・不二雄氏もある著書で『秘訣というわけではないのですが(中略)漫画家として人気を保ち続けるには「ふつうの人」でなければならないと思うのです』と書いていて、このこととも一致しているような気がします。

もっとも、その同社にも危機がありました。1996年あたりに●ーイングの元社長が乗り込んできて、GEなどが提唱した当時の流行りにのっかってトップダウン方式に切替え、特に機械屋さんの視点で6SIGMAという、導入した会社のほとんどが結果的に無惨な状態に陥った●●経営的手法を強制し、3Mそのものの文化をむちゃくちゃにしかけた時期もあったのです(文献13)。豊かな雑木林が生える土地にいきなり針葉樹を生やそうとしてもうまくいくわけがなく、この方式は大混乱を引き起こしたことは言うまでもありません。なおこの方はボー●ングの中興の祖と呼ばれたそうですが、その後の同社の状態を見るとただ本質的に大事なものを不要と称して削り倒して財務上よく見せていただけではないかという印象しか残りませんでした。

ただ3Mにとって幸運だったのは彼が去った後、同じく雇われ社長であるものの様々な会社の高い再建実績を誇ったGeorge William Buckley氏がCEOとして就任し、同社の文化を深く理解し建て直した点(文献14)。それまでは経営効率的にも苦しんでいた同社でしたが、Buckley氏の就任と活躍は同社にとってターニングポイントでもあったという印象があります。是非こうした特徴のある企業の哲学が出来るだけ本質を残したまま引き継がれ、活躍してほしいと願う次第です。

ともかく今回改めて色々同社のことを調べ直し、もし人生がやり直せるなら、もっと有能になるように勉強して同社に入って活躍しつつ、幼少期を過ごした街の近くで生活できるように努力したかったなぁと思う筆者でした。まぁまた来世にやり直しますとしましょう。

ということで今回はこんなところで。

参考文献

  1. “A Century of Innovation: 3M Story”, 3M 100年史, 2007 リンク
  2. “The Financial Angel Who Rescued 3M: The Life and Times of Lucius Pond Ordway”, Virginia Brainard Kunz and John M. Lindley, Ramsey County History, volume 36, number 3 (Fall 2001), p. 4, リンク
  3. “人と組織の可能性を信じる企業文化 100年続く3Mのイノベーション”, Visions編集部, 2020年, リンク
  4. “The Magic of 3M”, Management Accounting, 2月号, 1986
  5. “Leading Innovation”, Dr. Y. T. Shih, 3M Corporate Research Laboratory, 34th National Conference of Chartered Accountants, 2013
  6. “A perspective on innovation management systems for Innovation Continuity”, Dr. Benjamin Watson, Innovation Leader & Lead Research Specialist, 3M – Global, 2018
  7. “3M Value Creation”, Hisao Kawamura, 3M Japan, 2017, The World Conference on Intellectual Capital For Communities 13th Edition
  8. “3M Innovation”, , Randy Frank, IEEE Meeting Nov. 2014
  9. “Durable Films for Solar Light Management”, 3M Film Technologies, Tim Hebrink, 3M Company, March 28, 2012
  10. “3M™ Aluminum Conductor Composite Reinforced (ACCR)”, 3M, Allan Russell, IEEE Conference, May 2015, リンク
  11. “2020 First Quarter Business Review (Unaudited)”, April 28, 2020, 3M リンク
  12. “COVID-19: Optimizing Healthcare Personal Protective Equipment and Supplies”, Jessica Hauge, 3M, ASPR TRACIE, September 24, 2020, リンク
  13. “Leaders can shift company culture, but it’s not easy. 3M’s experience with Six Sigma shows a path. “, The Network for Business Sustainability, リンク
  14. “3M’s innovation revival”, Marc Gunther, September 24, 2010, Fortune, リンク
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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