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一般的な話題

パーフルオロ系界面活性剤のはなし ~規制にかかった懸念物質

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Tshozoです。

先日のNHKでのニュースとは無関係に調べていた本件、思うところありオープンで書いてみることとします。フッ素系材料について相変わらず知見が薄いため間違いありましたらご指摘ください。なお日本語でも理解しにくい事項であるため、こちらのサイト→(「化学物質管理の情報サイト」)を参考にさせて頂きました。またアメリカ科学振興協会(AAAS)が出しているフッ素有機化合物に関する冊子が非常にわかりやすく英語が苦手な筆者でもイメージがつかみやすかったのでお勧めです(リンク)。

※御礼とご連絡@2021/9/1 筆者追記

パーフルオロアルキル化合物分子の強い疎水性の根本的な理由について、「フッ素原子の強い電子吸引性が理由で-CFx-付近の疎水性が非常に強くなる」的な話を記載していましたが、最新研究によるとそうではない、とのご指摘を頂きましたので当該部分と関連部分を追記のうえ以下修正いたします・本件は階層双極子アレー理論/Stratified Dipole-Arrays SDA理論を提唱されている京都大学 化学研究所 長谷川先生よりご指摘頂きました 御礼申し上げます

何が起きているのか

環境省が先日発表したのですが(文献1)、まとめると下図。要は「PFOS(パーフルオロオクタンスルホン酸)及びPFOA(パーフルオロオクタン酸)という、後述するあんまり人体によろしくない可能性の高い物質が、日本の河川や地下水などから環境基準の100倍以上のレベルの濃度で見つかった」というものです。どっから来たんでしょうね…いやまったく。

(文献1)より編集して引用(数字はPFOS+PFOAの値なので注意)
アメリカでの地下水中基準上限値は数十ng/L前後なのでいかに高い値であるかがわかる
沖縄と神奈川は米軍(後述)が関係している可能性が高いが、特に大阪が謎

で、今回はそれの兄弟分にあたるPFBS(パーフルオロブタンスルホン酸)という材料が少し前にとある規制にひっかかったという点を交えて背景など調べてみましたのでお付き合いください。

パーフルオロ系界面活性剤とは

何をいまさら、ですが念のため。パーフルオロ系材料とは日本語でフッ化有機化合物(以下PFAS:Perfluoro-Alkyl-Substances・正しくは「過」フッ化有機化合物で、アルキルじゃないものもありますが今回はこの名称に統一)のことで、一番身近なものは旧デュポン・現ChemoursのRoy Plunkett氏により発明された商品名テフロンです。ご自宅でよく使う撹拌子とかフライパン表面コートとかに使われてるアレです(一般には伝熱性などを上げる目的でカーボンとか金属粉が入ったりしているので黒かったりします)。

一般の方にもっとも身近なテフロン撹拌子
写真は筆者が一番好きなフットボール型 
フロン工業殿のページから引用
もはや書くまでもないがテフロンの分子構造とそのイメージ 
黄色がフッ素原子

化学周期表の最右上段にあるフッ素原子は非常に強い電子吸引性を持ち、加えて立体障害性が高いことから、炭素が結合すればするほど一般的な化学的手段などによっては電子を引きずり出すことがほぼ出来なくなり、不活性になります。このため、上図のテフロン(ポリテトラフルオロエチレン・PTFE)は極めて高い化学的安定性、非反応性、フィブリル化性など他の有機材料がほとんど持たないような特異な性質を持つため、軍事にも民間にも広く使用されています。

で、このテフロンの分子構造と同じ主骨格を持ったパーフルオロアルキル系界面活性剤(セッケンのようなもの・Perfluoro Alkyl Surfactants/以下PFASuといいます)が今回述べるもの。以下で出てくるPFOS、PFOA、PFBS、…などは全てこのグループに属します。セッケンと書きましたが、通常のセッケンと言えば代表的なのは下図のラウリルスルホン酸ナトリウム。油になじむところをCHxのラウリル(ドデシル)部が、水になじむところをいかにも水っぽいスルホン酸ナトリウム部が担うことでセッケンとしての機能を果たします。

洗剤含めて色々な用途に使われるラウリル硫酸ナトリウムの構造
東京化成工業殿のページより引用(リンク)

これに対しアルキル部CHxが下図のようにパーフルオロアルキル状態CFxになったのがPFASuです。より強い親水性と疎水性のバランスを実現し強烈な界面活性作用を持つのですが、これはパーフルオロ部が非常に強い疎水性を持ち、加えてフッ素原子の電子吸引性によりスルホン酸付近の電子まで引っ張られることで先端部カチオン(Na+など)の解離度が上がって親水性がより上がる、という相乗効果があるためと考えられています。(2021/9/1 筆者修正)

(2021/9/9 筆者追記)このパーフルオロアルキル化合物が強い疎水性を付与したり出来るのは分子内のパーフルオロ部が強い疎水性を持つため、と一般的に言われていて筆者もそれを是として書いていましたが最近の研究によるとそうではなく

PFASu単分子でのCFx部の疎水性は従来言われていたほどはなく、むしろそのCFx部は単体では水を引き付け得るが、一方でCFx部がある程度長く(≧C7)なると、脂質膜状に集合したCFx端部の-CF2-部における分極のベクトルが協奏的に揃い集合体の「殻」が発生するような状態になって、結果としてマクロな分極がほぼゼロになる。これによりPFASu集合体(結晶態、と言うべきでしょうか)の表面エネルギーが著しく低下し、結果としてこれを塗工した場合その対象物の表面に強い疎水性(又は親水性)が発揮される

ということが実態のようです。模式図として一番イメージしやすいのは下図でしょう(文献2)。

(文献2)より引用 一番右がスクラムを組んだ状態

同じく(文献2)より引用 FがCの電子を引っ張って形成する分子端部の-CF2-における分極が
C≧7以上で協奏的にベクトルをそろえて結晶状になり、集合体としての分極Pがほぼゼロに(!)

PFASu 分光の縦波(LO)方向の伸縮振動に対応する波長がバルクと単分子膜とで
C=9の時点で完全に一致=分極が発生していないことを示す重要なデータ(文献2)

で、何故PFASuでしかこの現象が発生しないのか。これも(文献2)で説明されており、パーフルオロアルキル化合物の方が分子の直線性が強く、且つC7以上になると強い双極子性の位相がそろ、強力な脂質膜状の構造を取ることが出来る、というのが理由とのことです。これに加え、単分子が油水界面に倒れこまないような分子の長さがポイントになる、ということが補足として申し上げられることでしょうか。単分子でのふるまいよりも集合体としての安定性とその結果としての疎水性、ということはこうした分子内のCF分極に着目すべきであるというのが文献2,3の肝要なところであると考えられます。

もう一つの重要な物性(文献3) パーフルオロアルカン材と通常のアルカン材の
融点の変化 フッ化物の方はn=7のところで異常な変曲点があることがわかる

長谷川先生の提唱されているこのSDA理論は様々な現象を説明し得る可能性があり、各所でPFASuの基礎知見として応用が見込まれているようです。より分量が少なくても効果的な界面活性剤の開発の方向性も指し得るとも思われます(分極の平均化については本記事の最後に詳細を記載しました)。

なお「言われてみれば・・・」的な話なのですが、オクタン系のPFASuの水への溶解度は10g/L前後と結構高く、筆者が修正前に記載した「PFASuは単分子で疎水性が極めて高い」というような記述は矛盾することになりますね。このミスは、こうした基礎的な疑問や矛盾を疎かにすると思わぬ方向間違いをしてしまうという好例でもあります。ここらへんのフッ素化合物の疎水性のしくみについては機会を変えて詳細に採り上げてみたいところでもあります。

上記のアルキル部(-CHn-)の炭素鎖長さを縮めてパーフルオロ構造にした界面活性剤の例、
パーフルオロオクタンスルホン酸(以下PFOSといいます) (文献2)より引用
スルホン酸部がカルボン酸になったのがPFOAで、いずれも後述のように実質使用禁止になっている

こうした特徴がある便利な性質を、少ない添加量(対象物の0.005wt%で効果を発揮する例も)で材料表層に発揮出来るため、PFASuは衣服防水処理や防水スプレー、潤滑剤、工業的な成型剥離剤や洗浄剤、メッキの効率を落とす泡やインクハジキの抑制用添加剤、コーティングのレベリング(平滑化・ハジケ防止)添加剤、身近なところではピザやハンバーガーなどファストフードの包み紙表面の撥油剤としての使用はもちろん、一部半導体の製造にコソっと使われているとかいないとかに加え、大口需要として消火剤、樹脂への混合による難燃化・剥離性向上・表面改質などに使われたりしています。当然これらPFASuは自然界には存在しませんので完全人工材料です。

なお消火剤のリクツとしては、この界面活性剤を含んだ水に高速の水と不活性ガス(CO2など)を加えながら大量に泡を起こし火元全体に吹きかけて覆い、燃えにくい泡で火と火元(燃料など)を包んで酸素が届かないようにするイメージ(下図)です。パーフルオロアルキル系界面活性剤は少ない量で油面を覆うことができ、またハロゲン化物ということもあり燃えにくく、長時間保存していても変性しないのが用途拡大の利用のようで。

消火剤としてのPFASuの作用図(文献4)
図のように可燃物液面にキレイに広がって酸素などを遮断し火災を抑制することができる

社会のなかでのPFASuの動き方と使われ方イメージ(文献5)
スキー等の冬スポーツが大嫌いな筆者はフッ素系潤滑剤用途の完全禁止には同意したい

今回採り上げるパーフルオロブタンスルホン酸(以下PFBSといいます)系界面活性剤は、製造量こそ世界全体で1000トンにも満たないものの上記のように様々な用途があり実はアレにも入ってる、実はコレにも少量添加していた、とかいう例がかなり多い。便利極まりないこの材料が”REACH“という欧州での非常に重要な材料規制の対象になった(発表リンク)(注:登録されたのは2020年1月です)、ということが記事の背景です。実はずっと以前から対象になるなる言われてたらしいんですが筆者はいつも材料開発系に関わっているわけではないのでご容赦ください。

歴史とパーフルオロ系界面活性剤 PFAS・PFASuの何がイカンのかについて

そもそも昨年にPFBSが規制対象になったのには伏線があり、まず上で少し述べたPFBSの先祖とも言うべきPFOSPFOA(パーフルオロオクタンスルホン酸・カルボン酸系界面活性剤)が使用禁止になった経緯について触れる必要があります。要はPTFEが発見されてから、2006年にEPA(アメリカ環境保護庁)が各社に製造中止を要求するあたりまでの時系列を整理した下図の通り(文献6)。

上図の要旨としては、「PTFEが発見されて以降、派生材料のPFOS、PFOA(パーフルオロオクタン酸)も生み出され色々使われてきたが、実は1960年代あたりからどうも健康に悪いかも、という認識が持たれ続け2000年代にやっと生産中止を宣告された」というものです。図の中で、実は3Mが上記の図の2000年にPFOSの製造中止を決断した13年も前に動物実験や魚の肝臓からPFOSが検出されるなど(文献5)懸念が示されていたことがわかります。ちなみに3Mの当該決断は英断であったという印象がありましたが、何のことはないずっと前から関係者や別の方々(EPA含む)がアラームを出していたのですね。特に赤い矢印が指すコマとか(「D社が内部文書で健康への影響を懸念」など)を見ると「オォイ!」って言いたくなります。実は各社とも社内である程度人体への悪影響を掴んでたんじゃねーかと。流石に最近はこうした後出しは無いと信じたいですが、目の前のメンツとコケンと家族だけを大事にする人間の本質が変わらない以上、世界のどこかで似たような事は起きると思いますねぇ。

ともかくその生体への影響を主なものから古い順に並べると、

・1978年:サルとげっ歯類に数十mg単位でPFOAを注射したところ死亡と免疫系の異常を含めたかなりの毒性(雑)がみられた
・1980年:有機フッ素化合物の工場で働く労働者の血清中にPFAS(パーフルオロアルキル化合物)が発見された
・1987年:ラットに対する実験で発がん性があることが判明
・1998年:献血の血液中からPFAを検出
・2000年:PFOSとPFOAがアメリカ人の臍帯血のほぼ100%から検出され高い生体蓄積性が確実となる
・2012年:PFASが子供の免疫系に影響し得ることが判明

と、年を追うごとに影響がヒトに近く、かつ重要問題化してきています。最新研究によると呼吸器系や、高脂血症(高コレステロール)、腎臓がん、精巣がんなどに影響があると言われている(下図)ほか、ハーバード大学が出した論文では“PFASuの体内残留濃度が高いとコロナウイルスの被害を拡大しうる“という、直ホンマかいな的な研究結果(文献6・形質細胞に蓄積したPFASuの量が多いほど呼吸器の免疫活動に悪影響を与えうる、という内容)も出てきており、微量でもその残留性を問題にすべきという認識が共通になって、その結果使用禁止となったのはやむを得ないと言ってよいと思います。

PFOAが影響を及ぼし得ると考えられている人体の組織と症状一覧(文献7)
蓄積性のことを考えると正直無視できないのが個人的な印象

ざっと健康への影響に関する論文一覧を眺めてみると、子供の発達年齢遅滞、妊娠時高血圧、コレステロール値異常と尿酸値異常、肝/腎機能障害、一部のガンを引き起こすのはかなりのバックグラウンドから確実なようです。ただ、そのほかについては筆者の印象としては人間に明らかな悪影響を示すかどうかは議論継続中、というレベルという印象を受けるにとどまりました。しかし人間にこれだけ異常を引き起こすということはもっと小さな生物に対しての毒性はさらに強いものになることは予想されますし、そもそもが”強い蓄積性に懸念を抱きあやふやな状態であっても先手を打って規制を立ち上げる”という姿勢は見習わねばならんでしょう。蛇足ですがこれらPFAは最初に述べた通りフッ素ー炭素間の強力な結合のおかげで環境中に出てもほっとんど分解せず、”Forever Chemical“とかいうマンションみたいな二つ名をつけられています(注:長鎖系PFASは太陽光やオゾンで多少分解するケースも示されています(文献8)が、地下水とか体内に入ってしまっては日光も届きませんので…)。

PTFEだけなら親水性、親油性も非常に低く身体親和性がほとんどないと言っていいので、たとえナノサイズになって残っても小石みたいなものでたぶんおそらくよっぽど影響は少ないと予想されますが(※全て回収してスクラバ・フィルタの付いた高性能焼却炉で焼き捨てるのが一番合理的ですが)、このPFOS, PFOAをはじめとしたPFASu系統は親水性を高めているせいで、しかも数多あるラインナップが中途半端に低分子なこともあって水に溶け油に溶け、アメリカでは地下水などに紛れ込んで飲料水に入り、北アメリカ周辺の海洋生物にかなりの濃度で蓄積しているほか(文献9)、動物だけでなくアメリカ人の100%近いの体内にPFOSなどを含むPFAが蓄積していることが明らかになっています(文献10)。

ちょっとデータが古いが(2002年)
海洋哺乳類内の形質細胞内(濃い青)及び肝臓内(薄い青)のPFOS濃度分布(文献9)

アメリカ人の体内のPFASu類濃度の経時変化(文献10)
アメリカ人ほぼ98%の体内に存在するらしくそもそも平均値がゼロでない時点で恐ろしい話
製造規制以降で減少傾向なのは救いではある

なおここまで北米付近で酷くなった原因、あっちゃこっちゃの樹脂添加剤とかファストフードの包み紙、とかいろいろ言われていますがこれらは量としてはたかが知れており、最も影響が大きいと思われるのは上記で述べた「消火剤用」に大量に使われたせいのようです。何せ軍隊や空港といった、燃料などが大量におかれるようなところに相当量購入されたようですし、使い方もおそらくメチャクチャ(下図)で環境負荷とか全く考えてなかったんじゃないでしょうか。

PFASuの大量流出ケースの比率例(文献11) 7割近くを占めるAFFFは消火剤のこと

アメリカ海軍とかが戦艦上で火災時に大量に使ったり、
要らなくなったりしたものを直接海洋投棄したり、漏らしたり(2013年時点)(文献11)

空港で大量に使ったりしてた↑ので
近くの海岸もすぐこういう↓ふうになっていたらしい(文献11)

で、近くの海岸はこの有様 沖縄周辺でやたら数値が高いのはこの関係と予想(文献11)

ということでPFOS・PFOA系が禁止になったので、ここからPFBSについて。フッ素系材料のパイオニアでもある各社(3M, Chemours, Merck, Solvayなど)ともPFOS・PFOAが禁止になって何もしないわけにはいかないので「長鎖パーフルオロ系の方が人体蓄積が長いから短くすればいい(実際その傾向はあるようです)」という知見のもと、3Mはオクタン部を短いブタンに変えて末端を修飾したものを、Chemoursはアルキルの間にエーテル構造を加えた骨格のものを、MerckなどもC2/C3ブランチ系を組み込んだパーフルオロ系界面活性剤をそれぞれ作って、分解しても短鎖に留まるような工夫をし規制に対応していました。そのほかの関連各社もブタン系のPFASuをラインナップに組み込んだりしていましたが、結局主骨格が短鎖(ブタン)になってるものもSVHCにランク付けされてほぼアカン、となりました。なお機能的には長鎖PFASuの方が性能的に優秀であることが多く、ブタンが更に短くなるようなことになると関係者にとって相当に頭の痛い話である、というのは想像出来るかと思います。

今回REACH規制のうちのSVHCに位置付けられたPBFSの代表的な分子構造 (文献12)より引用
ただ、長鎖のオクタン系と比べると界面活性作用が弱いらしい

(文献10)によるとPFBS及びその塩を混合物を含む何らかの形で製品を上市していて影響を受けうるメーカは3Mをはじめ、Lanxess、三菱マテリアル電子化成、Wacker、Lanxess(Bayer系)、Miteni(イタリア)、ヘンケル(ロックタイトブランド)などですが、同じく(文献10)や後述するミシガンでの地下水のPFBS検出濃度の高さを考えるとしかたありませんね。

なおこうしたPFA死ね死ね圧に対し企業として注目すべきはDowや信越化学のアクションで、特にダウはシリコーン化合物を代替物質に据え「DOWSIL」と名付けて販売している点。加水分解しやすいシリコーン系化合物は長期的用途には向かないでしょうが、短期的用途はこれで大分切り替えられる可能性がありますので分散剤やフォーミュレーションの設計などの際は念頭に置いておいたほうがよい材料ですね(半導体を中心にシリコーン系材料がダメな用途も多いですが)。

DOW社の”DOWSIL”シリーズ分子構造(製品リンク)
メチル基が分子全体を覆うように存在することでフッ素がついていなくても疎水性が増す

一方、国内では筆者が確認した限りでPFASuを製造・販売しているのはAGCセイミケミカルDICなどが大手です。ここらへんは各社、規制に対応する材料を用いていくか、それとも事業を見直していくかのスタンスが違うのと外側からはなかなか判断できないので是非は問えませんが一部でDOWと同じようにシリコーン系の材料を採用しているところが出てきており、今後の動きには要注目でしょう。あと知らなかったのですがフッ素化学で長い歴史を持つ旭化成やダイキンはこうした界面活性剤は国内ではすでに販売していないようで、少し驚きでした。

今回のREACH規制について(本来厳密な法制についてかなりラフに書いておりますので、各自で詳細を充分ご確認ください)

ようやく本題です。REACH規制とは2008年あたりに運用が始まった法規制で、

Registration, Evalution, Authorisation and Restriction of Chemicals” 「化学物質に関する登録・評価・認可・制限(の仕組み)」

ということの略称(REARCHと言いたいですが…)。要は化学物質界のブラックリストの作り方です(経産省資料(リンク)などがわかりやすい)。環境ホルモン、つまり内分泌かく乱物質という言葉と大いに関係のある本規制は「人類があんまりにも色々化学物質をばらまくもんだから、規制しないとえらいことになる」という考えのもと、水質や動植物の分析、加えて社会環境の分析などの結果からフィードバックを行いブラックリストをつくり、かつそれらを制限・規制・更新していく法制と活動全体のことを指します。

そのブラックリストの作り方が色々わかりにくいのですが、すごく雑に言うと番付が存在し、

●横綱:「制限対象物質」・・・製造自体を禁止することを強いられる
●大関:「認可対象物質」・・・認可届出をした上で規則に従って十二分に管理して使わないとBNetzAとRAPEXという密告通知システムに殴られてしまう
●関脇:「高懸念物質・SVHC (substances of very high concern)」・・・大関(認可対象物質)入り直前リスト「廃止の準備しとけよ」的な位置づけ
●小結:「高懸念物質 候補」・・・関脇予備軍

のようにランク分けされていて、横綱(制限対象物質)は適用除外用途以外、使用・販売できなくなります。また今回関脇に認定されたPFBS、PFBAはいわば既に横綱化したPFOS、PFOAと同部屋の力士で、大関入りは間違いないと思われます。このREACH規制ですが現時点で24次選抜まで進んでいて、。PFBSが指定された22次選抜で登録されたものは下記のとおりで、いずれも以前から候補に挙がり、特にUV重合開始剤(#2,#3)は以前から水生生物に対して大きな影響が懸念されていた材料でした(なお21次の時点でエーテル結合を含むPFASuが規制を食らい(リンク)、ChemoursのGen-Xタイプもおそらくアウトになる見込み)。

PFBSと同時に関脇SVHCに登録された物質群(リンク)
PFBSは一番下で、それ以外は樹脂の可塑剤、UV重合開始剤2つとポリマーに関わるものが多い

これまでのこの傾向を見ていると、やばそうなものがSVHCリストに登録されるとだいたい徐々に大関にアガッてしまっているようで、長期的には横綱ばっかりということも考えられる非常に厳しい規制です。「この材料がないと人命に影響が出る」、つまり医薬品のような特殊用途では適用除外とされるケースもありますが、基本的に関脇以上は常に監視された状態で使う必要がある、と考えたほうがよいでしょう。なお欧州規制がなぜ日本でも影響があるのか、ということは筆者も小さいころから不思議であったのですが、欧米側に居る以上こうした規制を遵守しないと様々なイチャモンをつけられる要因になってしまうので仕方ないのですね。それを差し引いても今回の件は順応すべきだと思いますけど。

蛇足ですが今回はあくまで文字通りパーフルオロブタン「スルホン酸とスルホン酸塩」が規制対象なので、PFBS変性品などは対象になりません。ただ心配なのが保護部が切れたり分解したら結局PFBSや類似物が出来て流出しうる点、つまり分解物にまで考えを巡らせた規制をせんでいいのかい、と思うのですが。もっともSVHCという材料リストは高頻度で更新されていて、今後ほぼ全てのパーフルオロ系界面活性剤、下手をすれば大部分のパーフルオロ化合物が対象になっていく可能性がありますから各社とも安穏としておれないのではないというのが現実だと思います。

で、SVHC以上の番付に登録されるとどうなるのかですが、規制当局に提出する資料とか手間も膨大になり、使用にはトレースなどが必要になり、事務処理費用・関連費用もバカにならず、で、結局特殊用途以外または代替物質が無い場合以外は使用を止めるケースがほとんど。オクタン系(C8)がダメになったのでブタン系(C4)に変えたから大丈夫、ということで昔は切り抜けたわけですが結局ブタン系もひっかかりましたので今後類似構造を持つ材料は相当な対応(廃液からの回収・引き取り・完全燃焼処理など)を要求されていくことになると考えるべきです。

なお一部業界からは「こうした規制は過剰だ」という反応が予想されますが、上図のように腎臓や子宮胎盤に蓄積性があるとか、下図のように付近で地下水中のPFBAの濃度がかなりの量になってるとかいうデータを眺めていたりすると不安になりますし。それにヒトの細胞が基本的に脂質膜から成っておりそこに交じり得る成分がこうした強い界面活性作用を示す、しかも生体内でほとんど分解されない材料が微量でも紛れ込んでしまうことに対して化学の知識がある方ならば懸念が募るのは当然でしょう。また繰り返しになりますが、ヒトで大丈夫なら使っても大丈夫という近視眼はもういいかげん止めるべきと思います。

ミネソタ3M近くの化学物質物処分場付近でのパーフルオロ系化合物 地下水中濃度 (文献13)より引用
EPAの飲料水基準を大幅に超過 

蛇足ですがアメリカの一部でPFAについて「ガンなどの疾患クラスターがD社工場回りで発生して裁判になり和解した」というようなトラブルがアメリカで多発していますが、議論を眺めると科学的に少し怪しい部分があるのでそれについては調査継続するということにさせていただきます。

ただ、心配なのはこういう規制がかかっても、実は中国をはじめとした第三国でガンガン合成されたりしているケースがある点。海洋投棄とかが起きるともう手が付けられない。たとえばですがちょうど3MがPFOS製造を取りやめたタイミング(2002年)と入れ替わる形で中国の生産が増えていくという、なんとも閉口する現象が起こったりしていました。PFBSでもたぶん同じようなことが起こると考えると色々憂鬱ではあります。

(文献14)より引用 PFOSFはPFOA/PFOSの前駆体(末端が-SO2F)のこと

ESGやSDGsが叫ばれる昨今、銭はかかりますがこうした高懸念物質を全世界で生産中止にする、またこれまでの負の遺産を一掃するために空港などの残存品を全回収して自社で処分するといったような英断を下す企業にこそ、投資が向かうような仕組みになってほしいものです。銭はこれまで以上にかかるようになるでしょうが、もうそろそろ民主主義が容易にアクセスできるアレやアレが尽きかけているということを考えると、現状維持か少しずつ畳むかする方向を模索する以外ないんだと思います。そういう意味で世界火祭りは終わりなのかもしれません(昭和の中盤にも似たようなことは言われていましたけど)。

おわりに

フッ化物は代えがたい特性を持つので筆者も色々使っていますが、フロンといいPFOSといい今回のPFBSといい、代表的な工業用有機フッ素化合物が少量でもどれも地球規模の問題を引き起こすというのはなかなかしんどいもんがあります。使い方と処理さえ間違えなきゃ(最小量しか使わない+環境放出を避ける+残りは回収して全部焼き尽くす)いいんでしょうが、きっと採算が取れないですね。今回は界面活性剤を中心に書きましたがもっと広い範囲のPFAが環境中に堆積しつつあることを問題視しPFA自体を規制対象に挙げるべきといった動きもアメリカのNPOあたりに見られ、議論は続くでしょうがマイクロプラスチックの例などを見てもややヒステリックな形での規制活動が起こり得ることを覚悟しなければならないと思います。

ただどっちにしろ「なんでもかんでもばら撒くような産業活動はもうしてはいけない」ということはボチボチ必須になりつつあるのでこれを念頭に置いた企業活動をすべきなのでしょうが、それと同時に「利益を出す」ということは非常に難しく、色々なところを見ていると全然両立させるような兆候はみられないし正直相当にむずかしそうなのでなんか諦観モードになります。

ちなみに書いている途中で思ったのが、パーフルオロではなく多少なりとも分解しやすい部分フッ化有機化合物にできないのか、という疑問。これも色々調べてみましたがどうにも無理なようでして(下図)、PTFEをつくるついでに出てきた材料を捨てず有効活用する、という石油化学会社がやってきたようなパイプラインになっていて、最初から部分フッ化物だけを狙い大量につくる、というわけにはいかないようです。第一、たとえばPvDFがPTFEを性能的・コスト的を全て代替できるかというと色々疑問なのと、Solvayの例を見ていると結局工場での合成時に工場周囲に廃棄物が結構発生する、ということが明らかなようですので。

パーフルオロアルキル化合物の合成パイプラインの一例(文献15)
黄色の矢印部がPFOS系(-SO2F)のパイプだが、
他の支流(-SO2Cl, -SO2I)へ移行
させるというのは無理ではないとは思うが難しそう

ということで有機フッ化物材料の使用は最低限最小限に抑え、シリコーン系材料のように比較的環境負荷の低い適切な代替物質を探索していくしかないのでしょう。関係各所の対策にかかる労力を考えるとつらいものがありますが、今後はこうしたことも今まで以上に見越した材料開発をやっていかなければならない状況であるのだと思います。

なお最近、環境関連について明るい話本当に聞かないんですよね。マスコミが出すのは各社の株価に関わるようなゴミネタがほとんどでまっとうな技術ニュースは流れないし魚は取れなくなるしプラスチックはそこらじゅうに落ちてるし迷惑な外来種はどんどん入ってきますし気温は上がるしタイヤからの汁でシャケは死ぬし意味のわからないゴミのような太陽光発電が山々を荒らしてますし産廃が川を汚して特産品が取れなくなるし熱海で某業者が投棄した土砂が街を流しても誰も罰せられる気配がないし、どなたが言ったか忘れてしまったのですが「国破れて山河在り」ならまだいいほうで日本には山河すら無くなってしまうのではないか、という危機感が日に日に強まってきています。こうした腹立たしいことは数十年経つのに何も変わってないことを考えると、シー●ェパードやらの環境テロリストのやり方さえなまっちょろいのではないかというなんか過激派みたいな考えが腹の中から沸き立ってきて「一日だけなら共産主義になりたい」とかいう薄暗いことを妄想してしまうのは筆者だけでしょうか。便利と規制、自由と抑圧というバランスは難しいですがいずれも後者が強まっていくのは歴史の流れなのかもしれんとも思ったり。

ということで最近非常によろしくない感じが色々なところを包んでおり、時代の流れなのか自分が齢を食ったせいなのかよくわからんのですがせめて自分の作っている箱庭程度でもしばらく残ってくれるよう、尽力したいと思う次第であります。

それでは今回はこんなところで。

参考文献

  1. “令和2年度有機フッ素化合物全国存在状況把握調査の結果について”, 環境省, リンク
  2. “Physicochemical Nature of Perfluoroalkyl Compounds Induced by Fluorine”, Takeshi Hasegawa, The Chemical Record (2017), 17(10): 903-917, リンク
  3. “パーフルオロアルキル化合物のバルク物性の統一的理解”, 長谷川 健 教授 京都大学化学研究所, オレオサイエンス 16巻 3号(2016), リンク
  4. “Perfluorobutane Sulfonic Acid(PFBS) Chemistry, Production, Uses, and Environmental Fate in Michigan”, Michigan Department of Environment, Great Lakes, and Energy, September 23, 2019
  5. “Fire-extinguishing performance and mechanism of aqueous film-forming foam in diesel pool fire”, Case Studies in Thermal Engineering, Volume 17, February 2020, 100578, リンク
  6. “The Perils of PFAS”,  Linda S. Birnbaum, Ph.D., D.A.B.T., A.T.S. Scholar in Residence, Duke University,  February 12, 2021, リンク 同女史による講演リンクはこちら
  7. “Severity of COVID-19 at elevated exposure to perfluorinated alkylates”, PLOS ONE, December 31, 2020, リンク
  8. “残留性有機フッ素化合物群の包括的海洋測定法の開発”, 産業技術総合研究所 谷保 佐知 環境研究総合推進費平成25年度課題 リンク
  9. “Perfluorochemical Surfactants in the Environment”, Environ. Sci. Technol. 2002, 36, 7, 146A–152A,  リンク
  10. “Using 2003–2014 U.S. NHANES data to determine the associations between per- and polyfluoroalkyl substances and cholesterol: Trend and implications”, Ecotoxicology and Environmental Safety, Volume 173, 30 May 2019, Pages 461-468, リンク
  11. “Flame Retardants, PFAS and Firefighters”, Graham Peaslee, University of Notre Dame, February 8, 2020, リンク
  12. “Perfluorobutane Sulfonic Acid (PFBS) Chemistry, Production, Uses, and Environmental Fate in Michigan”, Michigan Department of Environment, Great Lakes, and EnergySeptember 23, 2019, リンク
  13. “Cancer-linked Chemicals Manufactured by 3M Are Turning Up in Drinking Water”, Bloomberg, リンク
  14. “PFOS in China:Production, Application & Alternatives”, Presentation for Stockholm Basel Convention (2013)
  15. “Working Towards a Global Emission Inventory of PFASS”, OECD Environment, Health and Safety PublicationsSeries on Risk ManagementNo. 30, リンク
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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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