第336回のスポットライトリサーチは、福元豊 さんにお願いしました。
化学反応の選択性は、無数の非共有結合性相互作用に支配されています。そのなかでも「ロンドン分散力」は大学レベルの化学教科書ならどこでも取り上げられているほどの基礎概念です。しかし、これを反応化学に積極的活用した報告は極めて希少でした。今回の成果ではロンドン分散力支配を上手く用いることで、一目見て信じがたい位置選択性を実現し、機能的にも魅力が持たれるらせん状π分子の合成に成功しています。本研究成果は、J. Am. Chem. Soc.誌 原著論文およびCover Picture・プレスリリースに見事公開されています。またSynfactsにもハイライトされています(Synfacts 2021, 17, 0981)。
“Could London Dispersion Force Control Regioselective (2 + 2) Cyclodimerizations of Benzynes? YES: Application to the Synthesis of Helical Biphenylenes”
Ikawa, T.*; Yamamoto, Y.; Heguri, A.; Fukumoto, Y.; Murakami, T.; Takagi, A.; Masuda, Y.; Yahata, K.; Aoyama, H.; Shigeta, Y.; Tokiwa, H.*; Akai, S.* J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 10853–10859. doi:10.1021/jacs.1c05434
福元さんの大学院生時代の指導教員であった赤井 周司 教授・井川貴詞 准教授のお二人から、今回はコメントを頂いています。福元さんは赤井研時代に本反応を始めて実現された方ということで今回の紹介に至りました。修士卒で企業に就職された後、名古屋大学にて博士号取得に邁進しておられるそうで、次なる成果が期待されます。それではインタビューをどうぞ!
赤井教授コメント
福元君は、研究室対抗のバレーボール大会で大活躍した印象が強く残っています。普段はあまり表に出さないのですが、内に秘めた熱い闘志を持っていて、研究が思うように進まない日々が長く続いても、まったくめげずに、工夫を凝らして研究テーマを力強く推進してくれました。彼は、研究者として活躍する高い資質を持っていたので、修士課程の途中で、就職活動を始めると聞いたときは残念に思いました。しかし最近、今の仕事を続けつつ名大創薬の博士後期課程に通っていることを聞いて、粘り強い福元君らしい決断だと感心させられました。彼の更なる成長が楽しみです。
井川准教授コメント
福元豊さんは、当時、研究室(阪大・赤井研)の中でも一二を争う実験量の多い学生さんでした。また、一つ一つの実験を大変丁寧に実施し、豊かな発想力と注意深い観察眼で今回の研究成果の端緒となる反応を見事に発見してくれました。手先が器用で数ミリグラムスケールの実験にもかかわらず、副生成物を含め確実に化合物を単離・精製(更に、再結晶まで!)そして構造決定する技術には感服させられました。当然ながら、博士課程へと進学してほしかったのですが、修士修了後すぐ就職したいとの願望が強く、諦めざるを得なかった記憶があります。福元さんには是非、日本を代表するメディシナルケミストに成長して頂きたいと心より願っています。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
今回、私たちは分散力を利用してベンザインの(2+2)付加環化反応を制御することに成功しました。
分散力は、すべての分子に働く引力として、高校の化学基礎の教科書にも記載されています。しかし、分散力は非常に弱いというイメージが強いためか、これをベンザインの反応制御に利用した例は全くありませんでした。一方、ベンザインの[2+2]付加環化二量化反応は、ビフェニレン骨格を構築する反応として広く認知されていましたが、収率が低く、あまり注目されていませんでした。また、ベンザインの反応でよく議論される位置異性体が生じるかどうか?については全く知られていませんでした。
私たちは分散力によって、(2+2)付加環化二量化反応の収率と選択性の2つの問題を一挙に解決することができました(図1)。すなわち、ベンザインの3位に大きな分散力が期待されるアダマンチル基が置換したとき、得られたビフェニレンは74%と本反応としては驚異的な収率を叩き出しました。また、単一の位置異性体として得られた生成物上の2つのアダマンチル基は、同じ方向を向いていました。なお、この選択性は置換基が小さくなるほど、収率・選択性ともに低くなります(メチル基の時は収率36%, 位置選択性は約1:1)。
次に、分散力による反応制御をらせん分子の合成に適用しました(図2)。ここでは、π電子系を拡張した四環性ベンザインを反応系中にて発生させ、上下に重なる芳香環の間に働く分散力を利用することで、位置を完全に制御しながら高収率(62–87%)にて、らせん型のビフェニレン類を世界で初めて合成することに成功しました。
みなさん既にお気づきのことと思いますが、上記の化合物は立体障害を考えると明らかに不利な生成物です。分散力と立体障害は引力と斥力という全く逆の関係にあるのですが、今回ご紹介した反応のように分散力が上回る場合があることを覚えておくと何かの役に立つかもしれません(Schreiner, P. et al. Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 12274)。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
初めてらせん分子の構造を確認した瞬間が一番印象に残っています。今回の位置選択的[2+2]付加環化二量化反応を初めて見つけたきっかけは、実は後半で説明したらせん分子合成の反応でした。別の反応を検討していた際、単離したある副生成物の構造解析を行っていたのですが、NMRでは構造がはっきりしなかったためX線結晶構造解析を試みることにしました。解析結果ファイルを開くと、そこにはらせん構造をした分子のORTEP図が(図3)。「いやいやさすがにそんなはずは・・・」というのが最初の感想だったのを覚えています。それくらい予想外で衝撃的でした。副生成物が実はダイヤの原石だったという話はよく聞きますが、まさか自分の身に起こるとは思ってもいませんでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
四環性ベンザイン前駆体の合成です。最終的には上記の図のようなシンプルなものに落ち着きましたが、この形に辿り着くまで約1年かかりました。全く進捗が無い時期が数ヶ月続きましたが、状況が好転してきたと実感したのは「1つの反応やルートに固執せず色々試してみよう」と研究の進め方を変えたときからでした。反応条件をがらりと変えてみたり、振り出しからルートを再検討してみたりすると、一見遠回りに見えてそちらの方が実は近道だった、ということが何回もありました。もちろん結果論にすぎませんし、ケースバイケースではありますが、色々試してみるというのは今でも心がけています。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
「色々試してみよう」が高まって(?)2021年現在は社会人ドクターとして化学に関わっています。昼は企業で創薬、夜は大学で全合成をやっていますが、直近の目標はこれらを両立し無事学位を取得することです。その後のことはまだ深く考えていませんが、創薬化学というジャンルの中で面白い研究ができたらいいなと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
約5年前の成果がこのように論文として花開いたのは、後輩たちや先生方のご尽力あってこそだと思っています。自分一人では到底ここまで到達できなかったと思います。皆様も様々な縁を大事にし、感謝の気持ちを忘れずに研究に励みましょう。
研究者の略歴
名前:福元 豊(ふくもと ゆたか)
所属:ラクオリア創薬株式会社 兼 名古屋大学大学院創薬化学研究科 博士後期課程1年
専門:有機化学、創薬化学
略歴:
2014年 大阪大学薬学部薬科学科 卒業
2016年 大阪大学大学院薬学研究科 博士前期課程 修了
2016-2018年 株式会社クレハ
2018年-現在 ラクオリア創薬株式会社
2021年-現在 名古屋大学大学院創薬化学研究科 博士後期課程 在学中