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一般的な話題

ナイロンに関する一騒動 ~ヘキサメチレンジアミン供給寸断

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Tshozoです。様々なところで問題になっている表題の件、既にあちこちで取り上げられていて(リンク 及び リンク など)、

「供給がタイトだったところにテキサス大寒波で大停電が起き、ナイロン原料プラントが稼働停止に追い込まれ供給が止まった」
「そのくせ需要は大して減らずバランスが崩れてえらいことになっている」
「各メーカはJVなどを通じて増産は進めようとしているものの復旧は進まず、また即座に大量合成できて代替できるものがなかなかない」

という3点くらいでまとめられるようなのですがこれでは技術的に不十分と感じています。

皆さんも気になりますよね? その現在とは? 調べてみ略

(2021/08/24:ナイロン66用途割合、および「終わりに」のところ、その他細かい部分を修正しました ご指摘ありがとうございます)

そもそもナイロンとは、マテリアルフローは、用途は

“ナイロン”とはデュポンによる商品名で、材料的にはポリアミド(以下PA)とよばれる樹脂の通称です。そのPAとは、アミド結合(-CO-NH-)を分子構造内を持つ下図のようなプラスチックポリマーの一種で、その安さと寸法安定性、高い機械的特性や良好な切削加工性、高温安定性から様々な用途に使われる汎用プラスチックのグループ(エンジニアリングプラスチックの一種とみる場合もあります)。発明者はデュポンのウォーレス・カロザース。彼が作ったPAの原型を元にデュポンが合成繊維をつくって人工絹を実現し、世界の衣料品市場を一変させる起点を作った偉大な化学者です。このPAにも様々な種類はありますが、今回は特に多く合成されていて各種特性に優れているPA6,6・PA6,T(以下ナイロン66・ナイロン6T)に関する話。なお数字はそれぞれのブロックの炭素鎖の長さを示します(以下簡単のため , は省略します)。

ナイロン66とナイロン6T 分子構造 (文献1)より引用
ヘキサメチレンジアミン部(左の青い部分)が共通構造 また6TのTはテレフタル酸のこと

用途一覧 後述する”Butachemie”社ページより引用 リンク
後述するが車両用エアバッグ用の布はナイロン66を使っているケースがほとんど

で、その分子構造は上記のとおり単純な構造ですので合成も簡単。たとえばナイロン66の方を採り上げますと、アジピン酸(以下ADA)とヘキサメチレンジアミン(以下HMD)を水で混ぜて適当に加熱してかき混ぜて出来上がり、です。

ナイロン66合成イメージと一般的な条件 (文献2)より引用
圧力釜の中で水が沸騰するので、その力で攪拌させるという結構な力技合成

嘘です。環状・分岐構造を作りやすくうまく反応制御しないとダメで、また二十年前くらいまでは高温高圧反応窯の中で長時間煮る(文献2)というバッチ重合が主流で、セミ連続プロセスになったのは結局2000年くらいという、歴史が古いわりには合成ノウハウがないと難易度の高いポリマーでもあります。主鎖の柔軟性があり自由度が高いうえ、反応起点が1分子あたりに2個ありますから確かに難しそうですよね。なおナイロン66の重合反応溶媒には水を使うそうなのですが、加水分解しやすいアミド構造を持つ高分子を加圧沸騰水の中で合成させる、という方法が成り立つのに少し驚きでした。ちなみにナイロン6Tの方もADAの方がテレフタル酸に代わるだけで条件としては大きな違いはないはずです。たぶん。

ナイロン66連続合成プラントのイメージ (文献3)より引用
ナイロン塩溶液(Nylon Salt Solution)にしてから3M社などのフィルターを通して
反応釜へ送液し、合成後直接ペレットやファイバーに直接成形される
何故か二酸化チタンを混ぜているケースがあるが理由は不明です

で、この66と6Tに共通して使用する原料ヘキサメチレンジアミン HMDが改めて今回のポイント。これが2021年2月に供給途絶に近い状態になり、欠品騒ぎが相次ぐもののどうにも出来ないケースが多発し、現在もその混乱の余波が続いています。その結果今年3月くらいに大手2社(後述)のほか東レなどのPA供給メーカ側によるフォースマジュール(「材料供給契約が履行出来なくなったとしても不可抗力である」宣言)という聞きなれない言葉を頻繁に目にしたのも、このHMDがボトルネックになっていた(いる)ため。

なおナイロン66まわりの需要の70%近くが衣料用繊維、残り30%程度が自動車産業充てだそうです。後者用途の詳細は下図のようなもので、エアバッグやタイヤのコード、エンジン周りの部品類に大量に使われているのでこりゃ大問題で、性能的にも製造技術的にもポリエチレンとかで適当に代替するわけにもいきませんからそりゃ工場も止まりますわなあ。

ナイロン66の繊維以外の用途割合 高温や強度を求められる用途が多い(文献4)
なお6Tの方は66より更に吸湿性が低く、より高耐久の用途に向く
残念ながら66の世界年間生産量については100万トン/年未満、しかわかりませんでした

通常、生産が止まると最終製品が作れなくなってしまうこうしたキーマテリアルに対しては関係者が色々と政治的・技術的調整を行って必ず支流をつくりバッファをつくり供給が途絶しない工夫を行うのですが、今回は供給側がヒーコラ言っていた状況と増産準備とのスキマをついてこのような予期せぬ酷い災害が起きたため、関係者にとっては運が悪いとしか言いようが無い事態だったわけです。

今回問題になった材料と技術的ボトルネックの背景

HMDはシンプルな分子構造で合成もさぞ簡単なのだろうと想像してしまいます。しかし世界で大量製造できているのは実はたった4社。元DupontのInvista、元MonsantoのAscendButachemie(もともとは欧州に発足したInvistaとSolvayとの合弁会社・2020年にBASFが経営権を取得)、そして旭化成だけ。ただ旭化成は自社製品向けのみにHMDの合成を行っていて、他社販はしていないようです。それぞれのHMD推定シェアは関係者からの伝聞レベルですがInvistaとButachemieで約60%強、Ascendが30%弱、残り10%前後が旭化成、という構成らしく、旧所属会社の売上レベルを反映したような順になっています。

当該4社 いずれも世界に冠たる技術基盤を持つ優良企業 ロゴは各社HPより引用
今回大寒波の被害を受けたのはテキサス石油精製工場に隣接するInvistaとAscendの主要工場

なんでこんなによく知られるプラスチックの原料がこの4社だけで作られているのか。まずはこいつ(HMD)がどう合成されてどういう技術的なところがポイントになるのかを整理していきます。

HMD合成の概要を示すと下図(文献5)。大きく分けると旧Dupont(現Invista)が開発した化学法(ブタジエン法)と、旧Monsanto(現Ascend)が開発した電解合成法があります(Ascendは電解合成法もブタジエン法もどっちもやってるようです)。どっちもアジポニトリル(以下ADN)を経由するのですが、そこに至るのに特徴があるのでそれぞれ説明します。

各社の合成法 (文献5)より筆者が編集して引用
一番下のアジピン酸から作るルートは昔は主流だったものの
Hgアマルガムを利用していたこともあり、現在は用いられていない様子

まずブタジエン法はどういうものか。最初にナフサなどからエチレンを経由しブタジエンを作ります。本当です。というかブタジエンが継続的に供給されうる状態または場所でないと安定的・継続的に作れないので、必然的にナフサを精製出来る大型石油コンビナートに隣接させた工場を作らねばなりません。一般的に石油コンビナートは以前少し書いたようにナフサなどから出てきた材料類を全て使い切る思想に基づき、その割当てを考慮した形で作られる。つまりメーカ単独で工場を建てられない。ということは基本的には石油コンビナートプロジェクトかコンプレックス建造にくっつかないと新規の供給増加ができない。昔ならいざしらず、巨大プロジェクトがそうそう無い現在のご時世ではまず増えにくい。これが能増について大きな障壁であるのは推定できるでしょう。なお2020年あたりの世界ブタジエン生産量が~1200万トン/年くらいでHMD合成にその10%くらいを充てているようですから、その消費量の大きさがうかがえると思います。

で、なんとかブタジエン供給を受ける状態になったとしてその次。昔はわざわざ塩化ブタジエンにしてましたがコストの面から現在は「直接青酸(HCN)をブタジエンにあてて片側をシアン化したものを更にシアン化させてADNを合成し、その後水素化する」というヒドロシアン化法を選択しています。歴史的にはInvistaがこの手法で常に最先端を行っているのですが、技術的注目点としては有機金属錯体を用いた合成法を確立している点。触媒の詳細は明らかになっていませんが関連文献を眺めてみると末端をシアン化する触媒には配位子にシクロオクタジエンを使ったニッケル錯体を使用している、と推定されます(下図・文献によってはリンが側鎖に含まれるホスフィン系の配位子と主張するものもありました)。

(文献6)より引用 均一触媒系で・錯体化学が実工業、しかもマススケールで
大きな意義を示した好例 上段の反応は110℃で15気圧くらい、下段の反応は50℃で8気圧くらいで実施

このスキームの中では、やはり上図右側中断の異性体変換の反応が気になります。つまり最初の反応(上図上段)は異性体が不可避的に出来るので、収率向上のため要らん異性体を変換する錯体を使用しているところです(上図中段右のNiL4・こちらはホスフィン系の配位子を使っているとみる論文が多い)。一般にブタジエンからモノシアン化するのは~50%程度と収率が悪いのが一般的ですが、これの実質収率を向上させるため、2種類の錯体を使うことで解決することを試みたわけです。こういうことが1970年前後から継続的に行われていたというのはまっこと驚きで。なおButachemieはInvistaと同様技術のはずで、一方Ascendがどの合成方法を取っているかは残念ながらわかりませんでした。

ともかくこうしてできたADNを高圧水素とニッケルスポンジ、モノによってはルテニウムなどの金属触媒存在下で100℃310気圧という条件に晒し、HMDが出来上がります(図は省略)(文献6)。こういうのを毎日何千トンスケールで行い副反応を抑制し純度を高めつつ生産を行うのですから、いかに難しいことかが想像出来るかと。プロセス中の化合物はどいつもこいつも可燃物で下手すりゃ爆発しますし毒性が高いし、参入しようと思っても考えるだけでしんどいでしょう。

いっぽう、電解合成法はどういうものか。こちらは更に参入の敷居が高い。まず原料がアクリロニトリル(H2C=CH-CN・以下AN)なのですが、これを作るのにプロピレンガスが必要なのでこちらも大型コンビナートの横に工場を置く必要があり、Ascendもだいたいコンビナートに隣接している工場を運営しており、上記のブタジエン法と同じ苦しみを味わうことになります。もちろん旭化成も水島コンビナートでプロピレンからANを合成し・・・だったのですが、同社にとってはそれは昔の話。旭化成は地道に関連技術の改良を続け、現在ではコンビナートから外れた商流を持つプロパンからANを合成できるようになっています。こうした原料商流を変えるという開発は地味ながら商売には大きなインパクトを与えることですので、同社の姿勢と、開発に貢献された方々に敬意を表したいところです。AN供給で競合する三菱化学やBP(≒SOHIO)も同ルートは研究開発していたようですが、モリブデン・バナジウム・ニオブ複合酸化物で進めていた旭化成が世界に先んじた形になったわけです。

通常ルートのプロピレン→ANのルート いわゆるソハイオ法
触媒にはモリブデン・ビスマス・スズ酸化物が用いられ500℃・数atmの環境で反応が進む

旭化成オリジナルのプロパン→ANルート
同社が世界で初めて産業化した(同社リンク)

ちょっと古いがプロパンからのルートでの合成触媒の各社選択材料(文献7)
最近の旭化成の特許を見てみるとTeがなくなってLaなどが含まれるものが目立つ

で、ADNに進むには準備したANを二量化しなくてはいかんのですが、ここで活躍するのが電解二量化と呼ばれる「フロー式電池の中で合成を行う」という技術。これは以前東京大学西林仁昭教授が達成された窒素固定の触媒技術の紹介で触れたプロトン供給と電子供与を分けるタイプの合成と似ており、これをフラスコの中ではなく、プロトン供給を電解液から、電子供与を電極から、という形の大規模フロー式電解セルの中で行うのが大きな特徴。これを月産何千トンというレベルで量産していると知った時には非常に驚きでした。旧MonsantoのManuel Baizer博士が構想立案から完成までにかかわったため、正式にはBaizer Processというのですが、ここまで先進性が伺えるプロセスのわりにはさほど知名度が高くないのが残念(副反応についてはケムステ内でのこちらの記事に詳しい)。

電解二量化の反応式(文献8) アルケン部の端部を加水分解しつつ還元するという、
驚きの二量化反応が進む(文献9) 電流効率90%は相当立派な数字
ただ、カソードでの水素発生を抑制するため電極には鉛かカドミウムを使用する

反応中心部イメージ(文献9) アノード側は酸性均一溶液だが,
カソード側(セルの右側)はアルカリ性懸濁溶液であるのが驚愕
Nafionは燃料電池にも使われる電解質膜だがクロスオーバーしないのだろうか
& 電極表面上に副反応物がデポしないのだろうか…

プロセス全体図(文献10) 赤枠のところが上記で述べた反応中心部だが
実は生成物分離の方(Catholyte Reservoirの下流である右側)が相当複雑になる
確かに濃度調整とか副生成物の分離管理とか大変そう なおQSはアンモニウム塩のこと

こうしてBaizer Processによって出来たADNはその後Invistaと同様の技術で水素化されHMDとなって出来上がり、です。ニトリル基をこの電解セルの中で同時に水素化できれば楽なのでしょうが、おそらく電位などが適していないのでしょう。ともかく、こうしてできたHMDが冒頭のADAやテレフタル酸との反応によりナイロン主鎖構造に充てられ、ナイロン66,ナイロン6Tなどが合成されるわけです。

以上、HMDの合成方法までの概要でしたがこういう基礎化学品も非常に奥が深く、感心すること仕切りで、また合成方法いずれも眺めてみて技術難易度や初期投資の大きさから他メーカが手が出しにくい点は理解が進んだかと思います。前者のInvistaが主に進める反応は長年の合成ノウハウがあってこそ、またコンビナートでどういう形で供給を受け、その前後の商流をコントロールし得るInivistaなどの伝統的底力というか”パワー”に基づくものですし、これを超えるには技術力云々以前にInvistaと同等のパワーが無いとしんどいでしょう(なので結局欧州は同等のパワーが示せるBASFが引き受けることになったのかと)。蛇足ですがBASFも上記のButachemieを買収したことで原料から一貫でナイロン66付近の材料を供給できる体制を整えたことになり、もともと自力のある同社の位置づけはより高くなっていくでしょう。

いっぽう後者の電解合成はそもそも特異性の高い分野。電気化学はなんというか、有機合成分野から行っても無機分野から踏み込んでも色々と迷うような独特の感覚が必要になる領域であり、結局両者ともにこうした背景が参入を長年拒んできたのだといえます。その昔にMonsantoが何故この電解技術に手を出せたのか正直よくわかりませんが世界で初めて実現したその実力を捨てることなく今もBayerと共に歩みを進めていますし、「吾一人征く」のように見える旭化成はそもそも社業の流れで海水を電気分解する装置の設計製造、電解質膜の合成、電気化学技術と全て持っていたから踏み込め、また継続して事業を行える領域だったのでしょう。多少電気化学に縁のある筆者としてはこっちの方を推したいですね。

今後どのような流れで解消し得るのか

Invista・Ascend・BASF・旭化成ともに増産が難しいのがわかったとして、では彼らがどう混乱から復帰しようとしているのか。基本的には原状回復(設備復帰)と設備増強しかないのですがどっちもちぐはぐな感じです。

というのも、原状復帰についてはInvista, Ascendのダメージを受けた主要工場の復帰については現在どの程度まで復活したのかがまったく不明だからです・・・よくよく調べると今年のテキサス大寒波の被害発生以降InvistaもAscendもその件についてまったく発表していないどころかそもそも寒波で被害を受けた、という状況報告のニュースリリースすらない(InvistaニュースリリースページAscendニュースリリースページ)。日本なら「プラント停止に伴う欠品可能性のおしらせ **次ご報告」的なプレスリリースが打たれるのだと思うのですが、この2社についてはオフィシャルには何一つない。文化的なものが違うとはいえ、関係者だったらこれは困りますなぁと感じます(株価に影響するため情報展開を関係者のみに限っている可能性が高いのですが)。化学系ニュースを眺めても2月にBloombergが「復帰に数週間」と見込みを書いていたくらいでその後全く続報無しで、テキサス大寒波と(筆者が)騒いでいたのがアホちゃうか、と拍子抜けするくらいです。コンビナートで連結するプラント類の復帰・再起動がいかに難しいかは色々聞いたことがあるだけに、とてもそうは思えないのですが…ともかくそこまで傷が広がらないことを祈る次第で。

その一方増強については寒波とは関係なく各社2022年~23年での稼働を準備していた設備が順次立ち上がるらしく、各社併せてHMDが年間100万トン程度増産される予定なので将来的には概ね解消される見込みです。具体的にはInvistaが中国工業団地内に合弁会社を作って年産40万トンのADNを増産する(リンク)ほか、テキサス工場を刷新し全体の製造キャパを増やす準備が進み(リンク)、一方Ascendは同じくアラバマで2020年に工場増築申請を済ませていますし(リンク)、さらに中国生産を目指し蘇州にある化学工場を買収するなどの手を打っているとのこと。Butachemieと旭化成についてはまだ具体的な動きがあまり見えていないのですが、こうした状況に対しては何らかの対応は行うと思われるものの明日にすぐ新工場完成、とかいうレベルのものではないのは明白ですのでアクションの効果が出てくるのはそれこそ数年後です。

ということで近々の需給ギャップに対して表向きはやはり目処が見えておらず仁義なき奪い合いが始まっている印象を受けます。たとえばスイッチ類で有名なO社製品は一部汎用品が各種サイトで欠品続き(複数の原因がありますが)。通常1週間以内で手に入るものが来年2月まで入手出来ないような状況に陥っています。また完成車工場の生産があちこちで遅延するなどのケースが未だにみられることから、これら4社による商流が正常に戻るにはもう少し時間がかかる印象を受けます。半導体不足なども重なっているためナイロンだけの問題ではないですが、関係者にとって頭の痛い問題があと半年は続くのではないでしょうか。

欠品騒ぎによりO社のパチモンが出回るの図(TLのリンクはこちら) そもそも社名が読めない

ということで改めて各社の状況を整理すると

●Invista:名実ともに業界トップリーダ 増産準備を含め世界的な供給網構築に余念がないものの旧式設備の更新と寒波直撃からの再生に苦しむ
●Ascend:電解二量化に拘ることなく2通りの手段で生産 寒波直撃で再稼働に難航するも増産準備は着実に進行
●BASF :プラント老朽化などでスタンスがフラフラしていたものの、ナイロン一貫生産に向けInvistaからの買収などを含め欧州プレゼンス再構築を目指す
●旭化成  :小規模ながら独立独歩で安定供給継続 最近kg単価で高額値上げを勝ち取る AN自体が自社の武器のためアジアを中心にプレゼンス拡大中

のように書けるかと思います(色々異論は出るでしょうが…)。ただこれらが復帰してきても、もう一つの原料であるアジピン酸の方もどうも供給がひっ迫しつつあるという噂も聞こえてきており長丁場の綱渡り状態が続くため、関係各社の踏ん張りどころもどこまできくのか非常に不安なところではあります。

代わりの材料はないのか

以上はあくまでブタジエンなどを原料にしたメーカの状況でしたが、他メーカも手をこまねいているわけではなく、HMDを必要としない66ナイロン代替材料の提案が進んでいます。具体的にはフランスのArkemaが2011年あたりからずっと開発してきていたヒマシ油を原料としたナイロン材料(HMDの炭素鎖の長さがC11まで長くなり、疎水性が上がって吸湿性が減り高温耐熱性が上がったもの)。同様の材料をユニチカが2013年から上市しているほか、オランダの元石炭公社であるDSMも同様の提案を続けているので、多少高くとも商品が途絶してキャッシュがなくなるよりはマシと判断したメーカは短期的かもしれませんがこうしたもの(下図)を採用していくと思われます。いずれも66などより炭素部が多く強度的にはかなりスペックが上であるため、製造技術上はともかく性能上の代替品としては十分な実力があると思いますが供給可能分量としてはまだごく少量で、しかもこれらのポリアミドの主原料がヒマシ油であることからそれなりに高額であることは予想されますので、どこまで浸透するかはなかなか読めないのが正直なところですね。

アルケマによるバイオ由来の66ナイロン代替品製品名「リルサン」(PA11)
ユニチカは「Xecot」(PA10)、DSMは「EcoPaXX」(PA410)という名前で販売中(文献11,12,13)

正直、こういう地道な努力に基づく製品が前に出てきていてうれしいです

またDSMは2000年以前から同社が粘り強く続けてきたナイロン46という、1-4,ジアミノブタンとアジピン酸を重合させたタイプのものを応用した製品(リンク)を提案していて、ナイロン6と混ぜることでナイロン66と同等の性能を示すことをアピールしています(詳細リンク)。同社は1,4-ジアミノブタン自体も最終的に非石油由来とし完全非石油化することを目指しているらしく、供給体制が多様性を持つことと資源を出来るだけ再生可能由来・CO2削減に近づけていくことの両得を狙えるもので、こうした商品が広がるのはうれしい面も多くありますのでコスト勝負にならないよう、各社引き続き粘り強く拡販を行っていただきたいものです。

オランダのDSMによるナイロン46 供給できるメーカがDSM以外にほとんどいない(文献13)

蛇足ながらこういう汎用プラスチックの量産と言えば中国などによる技術取り込みがすぐ出てくる話なのですが、そのとおりに2010年前後から中国単独で年産数十万トンレベルのADN合成をやろうとしてしばらくは結構うまくいってたものの、2015年にひどい爆発事故(これ と これ天津のアレとは別)を起こしてからよっぽど懲りたのか、結局外資に入ってもらって作る必要がある、となったため2020年にようやくInvistaが入ったプラント着工許可が下りた状況になります。フッ化物合成とかが結構簡単に中国の民間企業で達成できているのを考えると意外な印象を受けたのですが、作る量が量(年間数十万トンレベル)だけに何かやらかすとハデに爆発してしまうので自前主義を諦めたのでしょう。ここらへん判断が早いです、大陸の方々。日本国内のメーカだとF/Sだけで2年とかかかっ略

おわりに

今回は高校の化学の教科書などと首っ引きだったのですが、知っていたつもりで全く理解していないことが多く反省しきりの回でもありました。

で、下記完全に筆者私見ですが、そもそもこういう供給不安定性は、上記のように技術的・規模的に難しいのもありますが「実はあんまり儲からないから」なのではないのかという気がします。

考えてみましょう。(準)汎用プラスチックを作って売る商売です。今回のような非常事態を除き完成した樹脂がkg単価で600円を超えるようなことはほとんどない。アルミ等の強豪が控えているところに軽量化という点で何とか切り込んでいって供給量は増えて売上げが伸びる一方で汎用だからと価格を値切られる。そのくせ設備投資は石油プラントベースに伴った巨額なものでオペレーションも相当に費用がかかり、自然災害のリスクに向き合えるようプラントは堅牢重厚にしなくてはいけない、供給安定のために在庫を積み増すと資産化して経営を圧迫する、政治的リスクも含めて立地には気を遣う、安全運営と供給責任と原料高とお客の板挟みに遭い胃がキリキリする、上流で何かトラブルが起きるとそもそも商売にならなくなる、競合からの突き上げが激しくなる、しかも最近は株主というカオナシみたいな連中が金を出せ、金を出せと配当金をせびる。手元に残った利益は雀の涙程度しか残らず、利益が少ないと経営責任を詰められる。

・・・このあっちこちから圧迫受ける商売、成り立たんですよねこれ。「これが仕事だ、お前は甘い」と言われるかもしれんですが正直やりたくない。薄利でも感謝されればやりがいはあるかもしれませんが、あんまりそういう話は聞いたことはない。というか筆者もナイロンに感謝しつつ仕事はしたことがない(反省)。ともかく、たとえばInvistaは遡ること2003年時点でデュポンから切り離されており、その後デュポンがダウとの合併に踏切りコモディティ分野をほぼ全て本体から切り分けたのもこうした背景があったことは否定できないと思います。もちろん、特にInvistaは圧倒的なシェアを背景に儲かっているから80年近くやっているのだとは思いますが、株式投資の利回りをそれこそやたら求められる昨今益々厳しくなるんでは、という印象を受けています。いかにトップメーカと言えども価格競争などには常に晒されているわけで、いわゆる先進国で価格が成り立たなくなったら、設備費や人件費を無視できるような国に持っていくしかありません。

ということで上記は完全に筆者の憶測ですが、化学系含め製造業自体が金融や様々なものに引きずられてやりにくい商売領域になっていることは否めないのではないかと思います。金主の欲深が治るとも思えない、消費者は安いものを欲する、そこには敬意とか節操とかいうものは無くむしろ相手に隙を与える弱みとして見られてつけこまれる、となるといったんグレートリセットでも起こらないとこの流れは解決しない。社会が発展するのはいいのですが、その中で節操とかそういうもんがどこかにいくとこうなる、という実証を歴史上でやってしまってるのかもしれません。どっかの国のように国民から巻き上げた巨額の銭を惜しみなく設備投資につっこみモノも人もタダ同然・奴隷同然で使いまわす商売が出来ればいちばんラクなのですが、そりゃ民主主義や道義とはかけ離れていますよね。

そんな中どうやってやっていけばいいのか。その昔、「技術は人に資するためにある」と言ったのはかの本田宗一郎氏ですが、そのどっちもモヤっとしている時代の技術はどこに行くのか正直誰にもわからんです。逆にこれくらいで参るような哲学や理念はその程度のものと見做されてしまいますからそれは癪に障るので、ここは意地を張って四方よしを目指した近江商人道を広めていくとしましょう。

それでは今回はこんなところで。

(参考文献)

  1. “ナイロンの世界的な供給不足の影響が拡大” ARC WATCHING 2019年2月, 旭リサーチセンター, リンク
  2. “ポリアミド”, 高分子, 高分子27巻3月号(1978年) P201-, リンク
  3. “Customer Application Brief Filtration in Nylon 6,6 Manufacturing “, 3M, リンク
  4. “MANAGING THRU THE  POLYAMIDE 66 SHORTAGE”, July 2018, Cliff Watkins, PolySource
  5. “Industrial Catalytic Aspects of the Synthesis of Monomers for Nylon Production”, Article in CATTECH, 4(1):4-16, December 1999, リンク
  6. “Industrial Chemicals and Intermediates from 1, 3-Butadiene”, Recent Advances in Petrochemical Science, Volume 6 Issue 5 – November 2019
  7. “Comparison of Different Chemical Processes from a Life Cycle PerspectiveComparison of Different Chemical Processes from a Life Cycle Perspective”, Chemical Engineering Transactions 36, January 2014, リンク
  8. “Organic Electrochemical Synthesis”, Hu Group Meeting Lecture Slides, Oct 31 , 2016, リンク
  9. “An Experimental Study of the Competing Cathodic Reactions in Electrohydrodimerization of Acrylonitrile”, Journal of The Electrochemical Society, 158 (12) E129-E135 (2011), リンク
  10. “Electrochemical Routes for Industrial Synthesis”, J. Braz. Chem. Soc., Vol. 20, No. 3, 387-406, 2009., リンク
  11. “ヒマシ油由来ポリアミドの最新動向と用途展開”, 日本ゴム協会誌, 2013 年 86 巻 6 号 p. 188-193, リンク
  12. “XecoT” 商品チラシ, Unitika社, 筆者が過去にエキスポで入手
  13. ” Bio-based Material Applications and Sustainability as a Business Growth Driver at DSM”,  2018, August, リンク
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Tshozo

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メーカ開発経験者(電気)。56歳。コンピュータを電算機と呼ぶ程度の老人。クラウジウスの論文から化学の世界に入る。ショーペンハウアーが嫌い。

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