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うっかりドーピングの化学 -禁止薬物と該当医薬品-

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「うっかりドーピング」という言葉をご存知でしょうか。禁止薬物に該当する成分を含む風邪薬などを、本来の治療目的で大会前に摂取してしまい、意図せず規定違反になってしまうことを指します。

スポーツにおける禁止物質・禁止方法は世界アンチ・ドーピング機構(WADA)の禁止表に定められています。 禁止表は毎年1月1日に更新されるため、常に最新版の禁止表を確認する必要があります。禁止物質は次の 3つ に分類されます。

1. 常に禁止されている物質 (何時であろうとアスリートは使用禁止)

2. 競技会において禁止される物質(あらゆる競技大会の間だけ禁止)

3. 特定の競技において禁止される物質 (該当競技以外の選手は使用可)

東京都薬剤師会HPより引用

このうち、1 にはいわゆるタンパク同化ステロイド (アナボリックステロイド) などが該当します。筋肉が ⇑ムッキムキ⇑ になる、分かりやすいドーピング薬物です。問題になりやすいのは、2です。常に禁止されているのではなく、競技会の時だけ禁止となるため、普段飲んでいる風邪薬や漢方薬などをうっかり飲み続けてしまうことが多々あるとされています。本記事では、アンチ・ドーピング啓蒙の観点から、いくつか例をあげて紹介します。

エフェドリン・メチルエフェドリン・プソイドエフェドリン

エフェドリンは日本薬学の父とも言われる長井長義マオウ (Ephedra Sinica) より抽出したアルカロイドで、フェネチルアミンに分類される神経興奮性物質です。これらは市販の総合感冒薬 (風邪薬) の多くに含まれており、アドレナリンβ受容体刺激作用により気管支拡張・鼻粘膜拡張・血管収縮作用などを示すことから風邪の諸症状の改善に用いられます。メチルエフェドリンも同様の誘導体です。プソイドエフェドリンは (1R, 2S)体であるエフェドリンのジアステレオマー ((1S, 2S) 体)であり、一般用の風邪薬・鼻炎薬の他、医療用の花粉症の薬 (ディレグラ®・プソフェキ) にも配合されています。エフェドリン類は中枢神経興奮作用を持ち、大量投与により精神高揚・血流を増加させるため、尿中濃度閾値を超えた場合は禁止薬物として扱われます (エフェドリン・メチルエフェドリンは 10 μg/mLを超える場合、プソイドエフェドリンは150 μg/mLを超える場合)。

西洋薬の風邪薬の場合は成分表をチェックすれば配合されているか判別できますが、問題なのは漢方薬・生薬由来製品です。風邪のひきはじめに愛用される葛根湯麻黄等はマオウを配合しており、必然的にエフェドリンが含まれています。その他、ツムラの医療用漢方薬の番号で言うと、2.葛根湯加川芎辛夷、19 小青竜湯、28 越婢加朮湯、52 薏苡仁湯、55 麻杏甘石湯、62 防風通聖散、63 五積散、78 麻杏薏甘湯、85 神秘湯、95 五虎湯、127 麻黄附子細辛湯、などにもマオウが配合されています。よく出るのは小青竜湯 (喉の諸症状の緩和) や防風通聖散 (便秘・浮腫の緩和、ダイエット目的で用いられこともあり。OTC商品名ナイシトール®) でしょうか。薏苡仁湯は筋肉痛・関節痛に適応を持ちますが、こちらは1日量に換算して葛根湯の約半量のマオウが含まれています。運動後に悩まされる症状の緩和に使おうと思うと禁止規定に該当してしまいます。漢方薬だけでなく、のど飴にも注意が必用です。有名な『浅田飴』はマオウが含まれるため競技大会中の使用はできません。

また、ハンゲ (半夏) にも少量のエフェドリンが含まれています。ツムラ16 半夏厚朴湯は神経を落ち着かせ、のどのつかえや咳などを鎮めます。女性に多く服用されるお薬ですが、競技大会中の服用は避けた方が良いでしょう。

ツムラの半夏厚朴湯

ヒゲナミン

 

ヒゲナミンはイソキノリンアルカロイドの一種で、中枢興奮作用・β2刺激による気管支拡張作用を持ちます。よく見るとエフェドリンなどと同様のフェネチルアミン骨格を有しています。ブシ (附子)、サイシン (細辛)、ナンテンジツ (南天実)、ゴシュユ (呉茱萸) 等に含まれています。このうちナンテンジツは常盤薬品工業の「南天のど飴」に含まれており、2017年にヒゲナミンが禁止薬物に指定されたのを受けてこのようなお知らせが出ています。ヒゲナミンは他にも非常に多数の生薬・漢方薬に含まれているためその全てをリスト化するのは困難だと言われてます。

漢方薬については特定成分の含有を全て把握するのは不可能なため、アスリートは使用をやめることを推奨するとの勧告が出されています。

糖質コルチコイド (ステロイド)

いわゆるステロイドですが、蛋白同化作用のあるステロイド剤とは異なります。糖質コルチコイドは以下の理由により、競技大会中における禁止薬物に指定されています。

エネルギー代謝を活性化させ、競技力向上を狙って使用される。あるいは、陶酔感を期待して使用されるため禁止。

炎症を抑える作用があるので、ケガをしていても競技を継続できてしまうことがあるので注意。

感染の増悪、続発性副腎機能不全、消化性潰瘍が発現する。

日本薬剤師会HPから引用

強いアレルギー症状の際は、糖質コルチコイドであるプレドニゾロン (プレドニン®) や配合剤であるセレスタミン®などが処方される場合がありますが、それらは禁止薬物に該当するため使用できません。なお、糖質コルチコイドに関しては経口使用、静脈内使用、筋肉内使用又は経直腸使用はすべて禁止されるとあります。ここで気になるのが、気管支喘息で用いられる吸入ステロイドですが、吸入型の糖質コルチコイド (オルベスコ®、パルミコート®、アラミスト®、フルタイド®) はすべて禁止薬物から除外されています。上記引用のような全身作用がないこと、また生命維持に直結することなどが要因と考えられます。その他にも、常時禁止の薬物であるβ2刺激薬と糖質コルチコイドの合剤の吸入薬 (アドエア®、シムビコート®、フルティフォーム®) も使用可能とされています。

もう一つ注意すべきなのが、痔のお薬です。一般的な痔のお薬はほとんどが糖質コルチコイドを主成分としており、それらは経直腸使用に該当するため使用禁止薬物となります (ボラギノールA®、強力ポステリザン®、ネリプロクト®、ボラザG®など)。OTC の痔疾用薬は種類が多く、プライベートブランド商品も多いのでしっかり成分名を見る必要があります。同じボラギノールのブランド名でも、ボラギノールM軟膏・坐剤の成分はリドカイングリチルレチン酸アラントイントコフェロール酢酸エステルで糖質コルチコイドを含まないので使用可能とされています (グリチルレチン酸はグレーな気もしますが…) 。なお、粘膜部でない皮膚への塗布については禁止されていません。

β遮断薬

β遮断薬は高血圧や狭心症などの心疾患に用いられる薬剤であり、アーチェリー、自動車、ゴルフ、射撃、スキー/スノーボードなどの特定の競技において使用が禁止されている薬物にあたります。よく処方されるのは、アテノロール (テノーミン®)、ビソプロロール (メインテート®)、カルベジロール (アーチスト®) などでしょうか。『静穏作用のため選手の不安解消や「あがり」の防止、また、心拍数と血圧の低下作用で心身の動揺を少なくするため禁止』とされています。つまり、集中力の向上につながるため、特に集中が必要な上記の種目で禁止されているということですね。上記の種目は比較的高齢の選手人口も多く、血圧の薬などを服用している場合も充分考えられるので、特に気をつけるべき薬剤でしょう。その他、血圧に関する薬剤では利尿薬やその合剤が禁止薬物に指定されています。

スポーツファーマシスト

さて、ここまでざっと禁止薬物を挙げてきましたが、規定ではさらに多数の薬剤が禁止薬物に指定されており、とてもではないですがすべて把握しながら競技に臨むのは現実的ではありません。そこで活躍するのがスポーツファーマシストという認定資格者です。

最新のアンチ・ドーピングに関する知識を持つ、日本アンチ・ドーピング機構 (JADA) が認定する薬剤師です。
JADA では、公認スポーツファーマシストの認定プログラムを運営しており、日本薬剤師会の協力のもと、講習会の開催や、最新情報の提供などを行っています。
スポーツにおける薬の使用について、アスリートやその家族、サポートスタッフの心強い相談先として全国で活躍しています。

日本アンチ・ドーピング機構HPより引用

スポーツファーマシストは、国民体育大会に向けての都道府県選手団への情報提供・啓発活動や、学校教育の現場におけるアンチ・ドーピング情報を介した医薬品の使用に関する情報提供・啓発活動などを行なっています。しっかりした講習や試験などを受けた薬剤師が認定されるもので、まだまだ人数も少なく、アスリートの方々からの相談は多くないようですが (参考リンク)、今後需要は高まる資格だと予想されます。

スポーツファーマシストに興味のある薬剤師さん向けのサイトはこちら↓

薬学と私・第68回 薬剤師の新たな職能:スポーツファーマシスト

薬剤師のためのアンチ・ドーピングハンドブック

おわりに

東京 2020 大会では、ロシアがドーピング問題により国として出場できなくなりました。また 2004 年のアテネオリンピックではハンマー投げ一位選手のドーピング違反発覚により室伏広治選手が繰り上げ金メダルになったこともありました。意図的なドーピングもこのように後を絶たないものですが、その裏で「うっかりドーピング」に該当してしまっている選手の方も多いのではないでしょうか。特に小規模な大会では見逃されがちですが、なんであっても規定は遵守しないといけないでしょう。「うっかりドーピング」という概念を知っているだけでも充分な対策になりますので、分からないことがあればスポーツファーマシスト、もしくは街の薬剤師さんに聞いてみてください。

関連リンク

東京都薬剤師会 -意図しないドーピング(うっかりドーピング)を防止しよう 薬剤師向けページ

関連書籍

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DAICHAN

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創薬化学者と薬局薬剤師の二足の草鞋を履きこなす、四年制薬学科の生き残り。
薬を「創る」と「使う」の双方からサイエンスに向き合っています。
しかし趣味は魏志倭人伝の解釈と北方民族の古代史という、あからさまな文系人間。
どこへ向かうかはfurther research is needed.

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