第337回のスポットライトリサーチは、大阪大学大学院工学研究科(安田研究室)・杉原尚季さんにお願いしました。
炭素―フッ素(C-F)結合は化学界ではもっとも強固な化学結合の一つであり、大変安定で切断が難しいものです。過去のスポットライトリサーチでも同領域の研究を数々紹介(参考:① ② ③)していますが、いずれも高い評価を受けた研究となっています。今回の成果では、フッ素を好むスズ元素の特性を上手く活用し、かつ光エネルギーを与える触媒系を巧みに用いることで、変換困難なパーフルオロアルキル基の化学反応を開発しています。J. Am. Chem. Soc. 誌原著論文・プレスリリースに公開されています。
“Photoredox-Catalyzed C–F Bond Allylation of Perfluoroalkylarenes at the Benzylic Position”
Sugihara, N.; Suzuki, K.; Nishimoto, Y.; Yasuda, M. J. Am. Chem. Soc. 2021, 143, 9308–9313.doi:10.1021/jacs.1c03760
今回は指導教員のお二人(安田誠教授・西本能弘准教授)から、コメントを頂いています。研究室での丁寧な取り組みが成長に結びついている、着実かつ優れた姿勢がうかがえますね。それでは今回もインタビューをお楽しみください!
安田教授からのコメント
研究室には大きくいくつかの研究の流れがあり、杉原君はラジカル反応を鍵とするグループに4年生の時に入りました。ここは、歴代の学生さんにとっては苦労の絶えないグループで(笑)、苦しむことが常なのですが、結果的にこれまでのすべての学生さんが自分自身で大きな柱となる新しいことを見つけ出し、博士の学位を取得しています。実際、杉原くんも収率が上がらず苦労をする日々が続きました。一方で、研究室では古くから有機スズ化合物を扱っており、各種スズ化合物を作り、使い、改良するというノウハウがありました。彼はそんな周りの情報を見逃さず、また先輩のいい意味でのプレッシャーを意気に感じ、後期課程進学の決意をする中で今回の反応を見つけてくれました。さらに、いろんな分野に興味を広げ、失敗を恐れずいろんなことにチャレンジをしていってほしいと思っています。西本准教授からのコメント
杉原君は研究から離れると飄々としてつかみどころのない感じなのですが、研究のこととなると実験にはしっかりと取り組み、周辺の勉強も欠かさないストイックな面がある学生です。今回の研究に関しても、彼がコメントでも述べているように、再現性の点で苦労しましたが、持ち前のストイック気質で、細かい条件検討を重ねることで、最適条件を導きだしてくれました。また、トリフルオロメチル(CF3)基の変換反応でもある程度の結果は出ていたのですが、パーフルオロアルキル(CnFm)基に方向転換して、0から仕上げまでの仕事の速さには目を見張るものがあり、そういった爆発力も持っています。まだ、D1なので今後の彼の益々の活躍に期待です。
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
光触媒と有機スズ試薬の協働により、パーフルオロアルキル化合物の特定の炭素-フッ素結合のみを選択的に変換する反応を開発しました。
強固な炭素-フッ素結合の変換には厳しい条件や反応性の高い試薬を用いる必要があり、そのような条件下では、無差別にフッ素置換基への反応が進行してしまうために、パーフルオロアルキル基内のある特定の炭素-フッ素結合だけを変換するということは困難な課題でした。
今回、光触媒存在下、有機スズ試薬を用いることでパーフルオロアルキルアレーンのベンジル位の炭素-フッ素結合を選択的にアリル基へと変換する反応を達成しました。パーフルオロアルキルアレーンが光触媒により1電子還元されることによって生じるラジカルアニオンのSOMOに、C–F結合のσ*軌道が関与していることがベンジル位選択的なC–F結合変換の鍵であることがDFT計算による考察からわかりました。また、アリルスズが不安定なラジカル中間体の捕捉とLewis酸としてフッ素アニオンを捕捉する二役を担っていることを反応速度実験とDFT計算によって明らかにすることができました。さらに、本反応を利用することで医薬品として有望なASK1阻害作用を有する化合物のフッ素置換類縁体の合成にも成功しました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
当初はトリフルオロメチル(CF3)基の変換反応に取り組んでいたのですが、そこからパーフルオロアルキル(CnF2n+1, n≥2)基へと展開できたことです。CF3基の変換は多くの報告例がありますが、CnF2n+1基に関する報告はほとんどありません。CnF2n+1基というのはアルキル基に比べて強い電子求引基として働くだけではなく、立体障害もかなり大きくなることが原因です。「でも、まあそういわず、難しいほうがおもろいんじゃね?!」ということで反応を試してみたところ、思いのほか収率よく位置選択的なC–F結合変換反応が進行しました。CF3基に比べて反応性の低いCnF2n+1基の変換において、従来の反応系では利用されていなかった有機スズ試薬を利用することが重要であることまで明らかとすることができました。この少しずつ謎が解けていく感覚は今まで経験したことのないものでした。当研究室で長年取り組んでいる有機スズ化合物の研究から得られたスズのラジカルとの反応性やLewis酸としての利用などに関する知見が重要なポイントでした。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
検討を始めたばかりの頃、再現性の確立にとても苦労しました。同じ実験をしていても収率に大きなばらつきがあり、光の照射方法、温度、反応容器など様々な要因について検討を行いました。最終的には、実験装置の細かな設定が再現性に重要であることがわかりました。同じ実験をしたつもりが違う結果になることが続いたときは正直つらかったですが、研究を進める上での問題点を粘り強く原因究明して、最終的に解決できたという成功体験を得たことは非常に有意義でした。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
将来は世の中の役に立つような研究・開発ができたらと思っています。そのためにも今は研究室での活動を通して力をつけていきたいです。
取り組んでいるテーマである光触媒と有機金属試薬を用いた変換反応の研究を展開していくとともに、どんどん新しいものにチャレンジし、幅を広げていけたらと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
とにかくやってみるということは非常に大事だと思います。研究もそうですがそれ以外のことでもやってみないとわからないこと、やったからこそわかることも多くあります。なので、どんどんいろんなことにチャレンジしていきたいです。
最後に、日頃より大変多くのご指導、ご助言をいただいています安田誠先生、西本能弘先生、小西彬仁先生、活発に議論していただいている研究室のメンバーの皆様に感謝申し上げます。また、昨年度博士号を取得し、卒業された鈴木健介さんには研究室への配属当初からたいへんお世話になりました。深く感謝いたします。
研究者の略歴
名前:杉原 尚季
所属:大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 安田研究室 博士後期課程1年
研究テーマ:光触媒と有機金属試薬の協働による新規変換反応の開発
2019年 大阪大学工学部応用自然科学科 卒業
2021年 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士前期課程 修了
2021年-現在 大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻 博士後期課程 在学