第330回のスポットライトリサーチは、東京大学大学院薬学系研究科 金井 求 研究室 博士課程3年 (論文発表当時) の 永島 臨 さんにお願いしました。
永島さんは アルツハイマー病に関連するタンパク質アミロイドβを酸素化することで脳内アミロイドβを減少させる、生体適合性の高い新規光触媒を開発し、その成果を Science Advances 誌に報告しました[1]。プレスリリースはこちら。
Nagashima, N., Ozawa, S., Furuta, M., Oi, M., Hori, Y., Tomita, T., Sohma, Y.; Kanai, M.;
“Catalytic photooxygenation degrades brain Aβ in vivo”,
Science Advances, 2021, 7, eabc9750
DOI: 10.1126/sciadv.abc9750.
さらに当該論文の成果は、有機化学の注目論文をハイライトし紹介するレビュー誌 Synfacts にも取り上げられました。
Contributor(s): Trauner, D.; Ko, T., “A Blood-Brain Barrier Penetrant Photooxygenation Catalyst for Aβ Degradation” Synfacts, 2021, 17, 0697, DOI: 10.1055/s-0040-1719746.
アルツハイマー病の治療薬は4種類の対症療法薬と、アミロイドβに対する抗体医薬アデュカヌマブ (ADUHELM™) のみが 2021 年 7 月現在承認されています (関連記事: アルツハイマー病に対する抗体医薬が米国FDAで承認)。アミロイドβはアルツハイマー病の治療標的として最も注目されておりますが、それに対する抗体医薬はコストや有効性の観点から汎用性があるとは言えない状況です。金井研究室では以前より触媒を用いたアルツハイマー病治療法の開発に力を入れており、第 54 回のスポットライトリサーチでも取り上げさせていただきました。今回、さらに進化させた光触媒を用いた永島さんらの研究成果は、実用性の高い新たなアルツハイマー病治療法の創出に繋がることが期待されています。
永島さんの研究を指導された東京大学薬学系研究科 教授の 金井 求 先生から、彼の研究と人柄についてコメントをいただきました。
永島さんは、研究も運動も後輩指導もできる、話していて気持ちの良い学生でした。修士の時は、エピゲノムを動かす化学触媒の開発をおこなっていましたが、博士に進学するときに全合成がやりたいと自ら訴えてきて、反応開発を基盤にした全合成プロジェクトを始めました。しかし、うまく行く前に世界中から同じ標的天然物の短工程全合成が複数報告されてしまいました。悶々とした日々の中でD2になる前に、今からならば難しいテーマをやりきる時間がまだあるのでテーマを変えてくれと、また自分から言ってきて、そこから取り組んだテーマが今回紹介させていただいた研究につながりました。
難しいテーマに果敢に挑まれ、限られた時間で立派にやりきる、まさしく研究者の理想像ですね!
それでは、インタビューをお楽しみください!
Q1. 今回プレスリリースとなったのはどんな研究ですか?簡単にご説明ください。
アルツハイマー病は認知機能の低下を主症状とする疾患で、現在大きな社会問題となっています。アルツハイマー病の発症は、アミロイドβ (Aβ) というペプチドの凝集が神経細胞を傷つけることに由来する、とするアミロイドβ仮説が一つの説として唱えられています。金井研究室ではこれまでに光照射下で触媒を作用させてAβを酸素化させ、それによってAβの凝集性や毒性が低減されることが見出していました。しかしそれら触媒の血液脳関門 (BBB) 透過性の低さから、静脈内投与を介した治療への応用に向けては課題を残していました。
今回我々は、BBB 透過可能な屈曲型光酸素化触媒を開発しました (後述)。本触媒を静脈内投与した後に体外から光照射を行うことで、アルツハイマー病モデルマウス脳内のAβを酸素化させることができました。更に脳内のAβ蓄積を抑制し、新たなアルツハイマー病治療法創出の可能性を示せました。
Q2. 本研究テーマについて、自分なりに工夫したところ、思い入れがあるところを教えてください。
光酸素化触媒を生体内反応へと適用するためには、
(1) 高い Aβ 選択性
(2) 組織透過性の高い長波長光での励起
(3) 高い BBB 透過性
の三点全てを満たす必要性がありました。実際に現在までに研究室で開発された触媒 [2-3] は、電子ドナー・アクセプター間の結合回転によってAβへの選択性を発現しており、分子が巨大になり BBB 透過能も低くなっていました。
そこで私はコンパクトな分子ながらAβへの選択性を発現する分子としてアゾベンゼン―ボロンコンプレックス触媒を開発しました。本触媒は Aβ非存在下では光照射されても屈曲運動を起こすことで活性がオフになっており、Aβと結合することでその運動が阻害され活性がオンになり酸素化を進行させることができます。さらに、小さな構造ながらオレンジ色の長波長光を吸収することができ、(1)~(3) の全ての特性を満たすことができました。設計した通りに化合物にスイッチ ON/OFF 機構を持たせられ、さらに脳内で酸素化できるような分子になったときは気持ちよかったです。
Q3. 研究テーマの難しかったところはどこですか?またそれをどのように乗り越えましたか?
やはり生体内での反応を達成するという部分が難しかったと思います。すでに研究室で作られた触媒もAβの選択性や長波長光の励起という観点では優れていたので、過去の触媒を超える分子を目指して、試行錯誤しながら様々な触媒を合成しました。上述した分子設計により生体内反応を達成しましたが、共同研究者の小澤くんとウエスタンブロッティングの結果を見た時には非常にうれしかったです。チャレンジングな研究テーマだったからこそ、大きくやりがいを感じることができました。
Q4. 将来は化学とどう関わっていきたいですか?
私が学部三年生だったときに、金井先生が研究室紹介で「生体内で起こっている一つ一つの現象は、細かく見たら全て化学反応です。化学者だからこそ貢献できる仕事があるはずで、化学のアプローチで生命科学や医療に貢献したい」とおっしゃっていて、非常に面白い考え方だと感じました。その考えには大学院を卒業し製薬会社に就職した現在も強く同意しています。
また、大学院での研究では AIE (凝集誘起発光) の性質を触媒のスイッチング設計に取り入れましたが、原子単位で分子を操って機能を発揮させられることも化学の面白さの一つだと思います。化学者として更に他分野を知り、取り入れ、分子を設計することで、科学全体を推し進められるような研究がしたいと思っています。
Q5. 最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
普段何気なく過ごしていた研究室ですが、自分が成長する上で非常に整っていた環境だったと思っています。ですが、大学院で研究できる時間は限られています。私は研究室時代、自分の分野だけでなく有機化学全体を学ぶように努めてきましたが、数年ではとても時間が (努力も…) 足りなかったと思っています。その限られた研究室の時間を後悔無く過ごせるよう心より応援しております。
最後に、ご指導くださいました 金井 求 教授、相馬 洋平 講師 (現 和歌山県立医科大学薬学部 教授) に深く感謝いたします。また共同で研究・ディスカッションしてくださいました金井研の皆様、東大薬 富田研の皆様にも感謝申し上げます。
研究者の略歴
名前: 永島 臨 (Nozomu NAGASHIMA)
所属: 東京大学大学院薬学系研究科 金井研究室
研究テーマ: アルツハイマー病治療を志向した生体内アミロイドβ光酸素化触媒の開発
永島様、金井先生、ご協力いただきありがとうございました。
それでは、次回のスポットライトリサーチもお楽しみに!
参考文献
- Nagashima, N., Ozawa, S., Furuta, M., Oi, M., Hori, Y., Tomita, T., Sohma, Y.; Kanai, M.; “Catalytic photooxygenation degrades brain Aβ in vivo“, Science Advances, 2021, 7, eabc9750, DOI: 10.1126/sciadv.abc9750.
- Ni, J.; Taniguchi, A.; Ozawa, S.; Hori, Y.; Kuninobu,Y.; Saito, T.; Saido, T.C.; Tomita, T.; Sohma, Y,: Kanai, M., “Near-Infrared Photoactivatable Oxygenation Catalysts of Amyloid Peptide” Chem, 2018, 4, 807–820. DOI: 10.1016/j.chempr.2018.02.008.
- Photo-oxygenation inhibits tau amyloid formation
金井研究室のスポットライトリサーチ
・アミロイド認識で活性を示す光触媒の開発:アルツハイマー病の新しい治療法へ
・トリプトファン選択的なタンパク質修飾反応の開発
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